火竜誘導
シスレイア姫とメイドのクロエは俺の実力を知っていたが、ジェイス曹長たちは知らない。
実績なきものの大言壮語を信じるような輩はいないのである。
だから俺は彼らに詳細を伝える。
俺の作戦を聞いたジェイスたちの表情は、驚愕に染まっていた。
「まさか、そんな奇策を用いるとは」
「この山の地形を利用して戦うなんてすごい軍師様だ」
道中、崖があり、その上に大岩があったので利用させてもらうだけなのだが、この状況下でさらりとその作戦が浮かぶのがすごいらしい。
そんなことないよな、という視線をシスレイアに向けるが、彼女はゆっくりと顔を横に振ると、
「控えめに言ってすごいです」
くすくすと笑いながら言った。クロエも似たような表情をし、「凡人には考えつかない発想です」と言い放った。
ただ、道中に面白い地形があるな、と思っただけなのだが、皆、あまり風景を見ていないのかもしれない、そう思った。
さて、俺がすごいかどうか、それは後世の歴史家に決めてもらうとして、問題は道中にある大岩を動かせるかどうか、である。
ジェイスたち三人を見つめるが、魔法が使えそうなものはいなかった。また筋骨隆々で頼りになりそうなものも。
――となると、必然的にメイドさんを注目する。彼女は小柄ながらドオル族の戦士なのだ。大岩くらい動かせるだろうと思った。
というわけで、大岩を動かし、それをドラゴンに落とす係はメイドのクロエに決まった。
即座に任命である。
姫様もそれを承認するが、姫様は俺と一緒に竜を誘き出す役がやりたい、という。
それは俺もクロエも反対であったが、シスレイアは強引に役割を割り振る。
「竜をおびき寄せるのは古から姫の務め。それに最強の魔術師、レオン様がいればどのような困難も恐るべきではありません」
姫様は案外、強引で我が儘なのでその意見を変えることはないだろう。
まあ、彼女の剣の腕はゴブリン戦で見せてもらった。足手まといにはならないだろうと、許可をする。
あとはジェイスたちの割り振りだが、ジェイスだけ俺に帯同してもらい、残りはクロエとともに大岩を押す係になってもらうことにした。
クロエはひとりで十分、というが、タイミングよく大岩を落とすには、見張り役と伝令役がいるのだ。それは彼らにやってもらう。
と説明すると、ジェイスたちは同意でいてくれた。
そのまま俺たちは二手に分かれ、ドラゴンを追う。
というかドラゴンはまだゴブリンの死体を捕食中だった。十数体はいたはずだが、なんという食欲だろうか。
ただ、さすがに満腹なのか、俺たちの姿を見ても物欲しそうには見なかった。
「腹を空かせていないのならば、相手を怒らせればいい」
と言うことでシスレイアに悪口を言ってもらう。
突然振られた彼女は、「え……? え……?」という表情をしていた。だが、すぐに自分の役割を納得すると、悪口をひねり出す。
「……ええと、大きなトカゲみたいですね!!」
その言葉を聞いたドラゴンはきょとんとしている。そもそもドラゴンには人語は通じないのだ。仮に通じたとしてもそんなに怒るような悪口ではないが。
姫様は優しい、生来、悪口など思いつかないタイプなのだろう。
姫様の心根の優しさを改めて嬉しく思ったが、同時に「あはは」と笑ってしまう。
それを見ていたシスレイアは、
「レオン様はいけずです! 見本を見せてください!」
頬袋を膨らませて怒る。リスみたいに可愛らしいので、相手を怒らせるコツを伝授する。
「相手を怒らせる方法はいくらでもあるが、そのひとつを教えようか」
と言うと俺は古代魔法言語を詠唱する。
両手に炎が宿ると、それをひとつにし、巨大な炎を作り上げる。
「そのひとつが、相手の得意分野で相手のお株を奪うこと。人魚が泳ぎで人間に負けたら、鳥人が飛行で人間に負けたら、さぞプライドを傷つけられるだろう?」
その言葉、それに俺の両腕に宿る炎を見て、シスレイアは、ごくり、と生唾を飲み込む。
「なんという魔力。ドラゴンの息よりも強力そうです……」
「『そう』ではなく、強力なんだ。今、見せるよ」
そう言うと俺は容赦なく、紅蓮の炎を解き放ち、火竜にぶつける。
俺の手のひらから放たれた放射状の炎は瞬く間に火竜を包む込み、焦がす。
「グギャアアアアー!」
この世のものとは思えない叫び声が周囲を包む。
通常、火竜を攻撃するときに炎の魔法を選ぶ魔術師はいない。
炎系の魔物には、水か氷と相場が決まっているのだ。
しかし、ドラゴンはたしかに炎に対する耐性を持っているが、それでも炎に対して無敵なわけではなかった。
火山のマグマに落ちれば死ぬし、超高温の攻撃には弱かった。
つまり、俺の炎魔法はマグマよりも熱いのだ。
自分のはく炎よりも熱い魔法を受けて、ドラゴンはのたうち回る。
――のたうち回るが、さすがはドラゴンというべきか。
勢いよく翼をはためかせ、天空まで舞い、きりもみするように地上に落下すると、その勢いで炎を消す。
「ほう、見事なものだ」
と思わず論評してしまうが、他人事のような口調がジェイスの不安を煽ったようだ。
彼は顔面を蒼白にさせながら言う。
「レ、レオン大尉、貴殿の炎魔法は素晴らしいですが、あいつには効果がないのでは……。ただ、怒っただけのような」
見れば親の敵でも見るかのような目でこちらを見つめている火竜、今にもこちらに飛びかかってきそうであった。
俺は悠然と説明する。
「ならばそれは成功だ。俺たちの役目はあいつを怒らせることなのだから」
「……それは承知していますが、あいつ、激怒していますぜ」
「だろうな」
竜は天が裂けそうなほどの咆哮を上げた。
そのまま血走った目で突撃してくる。
俺は突撃する竜の頭に《飛石》の魔法を掛ける。
そこらに転がっている石を魔法の力で飛ばしたのだ。
まぶたの上に直撃したため、竜は一時的に行進をやめた。
その隙にシスレイア姫とジェイスに後退をうながす。
一応、挑発しながら後退するように伝えたが、彼女たちにはその余裕がないようだ。
ならば俺が、と、小説仕込みの罵詈雑言を掛けながら後退する。
時折、風の刃などを作り出し、物理的にも挑発するが、俺の挑発は上手くいったようだ、火竜は面白いように崖に向かってくれた。