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シビ山のドラゴン

 半数のゴブリンは逃げ去ったが、もう半数のゴブリンは残っていた。

 ただ彼らにはもう戦意はない。


 皆、俺の魔法か、クロエの懐中時計か、シスレイアのレイピア攻撃によって傷付いたものたちだ。致命傷を避けられたものもいるが、皆、その場で動けなくなっていた。


 姫様がうずうずしていることに気が付く。治療してやりたいのだろう。


 しかしゴブリンは恩義を感じない生き物、治療した瞬間に襲いかかってくるのは必定であったので、耐えてもらう。


 姫様とてその知識はあったのだろう。無理に治療しようとはしなかった。ただ、断腸の思いでその場を去ろうとすると、辺りが急に夜になった。


 大きな影が俺たちを包み込む。

 突風のようなものも。

 まるで太陽が飲み込まれたような感覚を味わうが、その表現は誇張ではなかった。

 空を見上げるとそこにいたのは大岩に翼が生えたかのような生き物だった。


「ドラゴン!」


 そう叫んだ俺は、無詠唱で防御壁を張る。


 メイドのクロエとシスレイア姫を近くに寄せると、球形の防御陣を張る。

 高熱にも耐えられる絶対障壁だ。


 その行動は正しく報われる。

 防御陣を張り終わった瞬間、真っ赤なドラゴンは口から炎の息を吐き出した。

 空中でホバリングをしながら、地獄の炎をまき散らす。

 それによって地に倒れていたゴブリンの過半は焼かれた。

 竜は地に降り立つと、丁度いい焼き加減になったゴブリンを喰らう。

 ミディアムレアに焼き上がったゴブリンを一飲みにする。

 二三、小さな小鬼を喰らうが、ドラゴンは美味そうにゴブリンを食していた。


 その場で固まる俺たち。しかし、このままでは食欲旺盛なドラゴンがゴブリンを食べ尽くすのは明白だった。そのとき、ターゲットになるのは明らかに俺たちであった。


 ――というわけでここは撤収することにする。


 呪文を詠唱し、足音を消すと、光学魔法を駆使し、ドラゴンの注意を引かないように気をつけた。元々、ドラゴンはゴブリンの血の臭いに釣られてやってきたようだから、俺たちに標的が移るようなことはなかった。無事、安全地帯まで脱出するが、幸か不幸か、そこで「逆鱗採取部隊」と出くわしてしまう。


 王虎師団から選別された逆鱗採取部隊。

 逆鱗を採取することを命令された三人の男は慌てながら走り寄ってくる。


 彼らは俺たちを無視すると、そのままドラゴンのいる戦場へ向かおうとしたが、当然、止める。


 彼の名前を呼ぶ。


「ジェイス曹長! やめるんだ。命を粗末にするんじゃない」


 まさか名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。

 ジェイスとその仲間たちはこちらに振り向く。


「貴殿は誰ですか? なぜ、俺の名を」


「自己紹介が遅れたな。俺の名はレオン・フォン・アルマーシュ大尉だ。王都で宮廷魔術師 兼 図書館司書ととある女性将官の軍師をしている」


「そのレオン大尉がおれのような男になんの用です? やっと、ドラゴンを見つけたのです。邪魔しないでいただきたい」


「そうはいかない。お前たちがこのままドラゴンに突っ込んだら負ける。むざむざと殺すわけにはいかない」


「…………」


 自覚はあったのだろう、ジェイスたちは沈黙するが、それでも声を絞り出す。


「……負けるのは承知の上です。おれたちは金目当てで『逆鱗採取部隊』に志願したんです。今、ここでやらなければどうするのです」


「たしかにそうだ。しかし、君が死ねば無実の男がひとり死ぬ」


「ヴィクトール少尉のことですか?」


「そうだ」


「……彼には申し訳ないことをしました。しかし、俺の力ではどうにもなりません。

連隊長は貴族なんです。それもかなりの上位の貴族の一門。平民の俺が逆らったらなにをされるか」


 すでに左遷をさせられ、命を懸けさせられているではないか、とは言わない。そのような言葉では信頼を勝ち取れないと思ったのだ。


「連隊長様が怖いのは重々承知している。それに君に出世と金が必要なのもな」


 そこで言葉を区切ると、続ける。


「俺が仕えているとある女性将官とはこの方だ」


 横に控えていたシスレイアを紹介する。彼女はすこやかな笑顔を浮かべる。


「この方はこの国の王族だ。シスレイア姫、知っているだろう」


「も、もちろん……」


 平伏するジェイスたち、シスレイアは彼らの頭を上げさせるとこう言った。


「連隊長やその後ろに蠢く貴族どもはこのわたくしがその名に誓って押さえつけます。ジェイスさんたちには指一本触れさせません」


 シスレイアの名、評判は彼らの耳にも伝わっていたのだろう。彼らは彼女の言葉を疑わなかった。――ただ、


「シスレイア姫のお言葉は有り難いのですが、我らには金が必要なのです。この逆鱗採取部隊に追いやられたのは、連隊長の嫌がらせでもありますが、それぞれに出世や金、あるいは逆鱗目当てでやってきたものもいるんです」


「なるほど、ならばその逆鱗を採取できれば問題ないのだな」


 さも当然のように言ったからだろうか、ジェイスたちが、「え!?」と驚くのがワンテンポ遅れた。


「レオン大尉、まさか我々に協力してくれるのですか」


「逆鱗が手に入り、連隊長の仕返しの恐れがなくなれば、軍法会議でヴィクトールを擁護してくれるかね」


「もちろんです。おれは元々、ヴィクトール少尉が好きなんです。何度、戦場で命を救われたことか」


「ならば取り引き成立だ。貴殿の舌と、ヴィクトールの命がドラゴン一匹で買えるのならば安いものだ」


 そう断言すると、俺は彼らに作戦を伝えることにした。


 ドラゴンを殺すといったが、正攻法にやるつもりはなかった。正攻法でも倒せないことはないが、その場合は多大な犠牲を払うだろう。それは勿体なかったし、俺は影の軍師である。影の軍師には影の軍師らしい、小賢しいやり方があると思っていた。

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