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ゴブリンの集団

 このようにシビの山に旅立つことになった俺たちであるが、シビの山に向かう、と言った瞬間、姫様の執事は反対する。


「危険です。お嬢様をそのような場所に連れていくなんて」


 そりゃそうだ、としか言いようがなかったが、よく見るとシスレイアはリュックを用意し、その中に必要なものを詰め始めていた。


「……まさか、君も行く気か?」


 と尋ねるが、シスレイアは二つ返事で返す。


「もちろんです。レオン様だけ危険な場所におもむかせるなどありえません」


「俺としては武芸が苦手な君が一緒のほうが困るんだけど」


「たしかに武芸は得意ではありませんが、わたくしには強運があります。いまだ戦場で傷を負ったことがないのです」


「昨日までそうかもしれないが、それが明日の保証にはならない。それに俺がこれから向かうのは戦場ではなく、竜の山だ」


「ですね。ヴィクトール少尉を救う目撃者を確保しに行くのですね」


「そうだ。連隊長が悪巧みをして竜の山に向かわせている。そこで竜の逆鱗を手に入れるまで戻ってくるな、という任務を受けたらしい」


「なんという酷い命令」


「同感だ。狡猾なことにその同僚には出世がちらつかされている。俸給もな。もしも任務を果たせばそれらが手に入り、家族の生活が楽になるそうだ」


「……しかし、死ぬ可能性もある」


「そっちのほうが高い。だから我々が救いに行く」


「今、我々と言いましたね?」


「言ったよ。君のメイドに同伴願うつもりだ」


「クロエも女の子ですが、なぜ、わたくしは駄目なのですか」


「女の子?」


 先日、棍棒や短剣を懐中時計で砕き、躊躇なく悪漢の鼻に一撃を入れていた少女を、女と換算していなかった。


「それは酷いです。ああ見えても、いえ、あの容姿通り、とても繊細な女の子なんですよ」


「分かった。道中、女の子として扱う」


「それだけでは駄目です。クロエは寂しがり屋の恥ずかしがり屋、道中、色々と相談できる同性、さらに世話し甲斐のある金髪のお嬢様が必要だと思いませんか?」


 思いません、と言いたいところだが、その肝心のクロエが「ひしりっ」とシスレイアを抱きしめていた。


 おひいさまと一緒でなければどこにも行きません、という感じである。


「…………」


 非難がましい目でメイド服の少女を見つめると、俺は折れた。


「……シスレイア姫の帯同を許可する」


 その言葉を聞いたシスレイアは嬉しそうにメイドを抱きしめると、次いで俺にも抱きついてくる。


「だからレオン様は大好きなのです」


 と断言すると、先ほど用意していたリュックサックに下着類を入れ始める。

 居たたまれない気持ちになった俺は自分の家に戻ると、旅の準備を始める。


 俺は着た切り雀というか、同じデザインの衣装しか持っていないので準備に時間が掛からない。


 一週間分の下着類を入れるが、これも同じデザインなので選ぶという時間が掛からない。


 毎朝、どんな服を着るか悩むことほど無駄な時間がないと思っている俺、ゆえに同じデザインのものしか持っていないのだ。


 職場の女魔術師からは「……レオンきもっ」と言われたことがあるが、俺は王都の人気役者ではない。服装には無頓着だった。


 その代わり持っていく本はこだわるが。


「シビ山まで往復で2週間近く掛かるとして、その間、本を読める時間が一日二時間とすると、本気を出せば10冊は読めるな」


 そうなるとミステリー小説、戦記小説などをピックアップしたくなるが、気になる兵法書も持っていきたくなる。


「一番時間を潰せるのは辞書なんだよな」暇なときに読む辞書は格別だ。どうでもいいワードを調べたり、適当にめくったページを読み込んでいるだけで時間が潰れる。


 そのようなことを考えながら持っていく蔵書をチェックするが、すべての用意が終わるとシスレイアとクロエがやってくる。


 ふたりは馬に乗っていた。


「てっきり馬車で向かうのかと思っていたが」


「馬車だと時間が掛かります。我らは幸いと馬に乗れますから」


 俺が不機嫌な顔をしていたからだろうか、シスレイアは申し訳なさそうに尋ねてくる。


「……もしかしてレオン様は乗れないのですか」


「……いや、さすがに乗れる」


 ただ、道中、本を読めなくなったから機嫌が悪くなっただけだ、とは言わない。

 仕方ないので俺は数冊、本を自宅に戻すとそのまま馬にまたがった。

 シスレイアの用意してくれた馬は駿馬だった。さすがは王族という感じだった。



 馬を飛ばすと、予定の倍の速度で到着する。

 三日ほどでシビの山の麓に到着した。


 俺たちは林を見つけると、そこに数日分の馬の餌と水を置いて馬を木にくくりつける。


 平原では頼りになるが、山では馬はかえって邪魔になるのだ。


 それに竜にとって馬はご馳走。竜を引きつけて無用な戦闘になるのは避けたかった。


「俺たちは竜殺しの称号がほしいんじゃない。俺たちがほしいのはヴィクトール少尉のための証人だ」


 無論、証人が竜と戦闘を行なっていたら、援護はするが、それでも竜の討伐よりも彼の確保を優先したかった。


 そのことを三人で確認すると、そのまま山に登った。

 シビの山は想像以上の険路だった。悪路だった。


 さすがはドラゴンの山である、と思っていると、前方になにものかがいることに気がつく。


 最初は例の「竜の逆鱗採取部隊」かと思ったが違った。

 前方にいるのは人間ではなかった。

 緑色の皮膚を持った小鬼たちだった。

 いわゆるゴブリンである。

 皆、石器のナイフと斧などを装備していた。


 通常、ゴブリンはそれほど好戦的ではない。むしろ臆病な生き物で戦闘になるケースは少ないが、場合によっては戦闘になる。


 例えば向こうが極度の飢餓状態で、こちらが弱者と見なされた場合は必ず戦闘になる。


 ――さて、我々はゴブリンにどのような目で見られているのだろうか。彼らの行動を観察する。


 どうやら俺たちは弱者と見なされたようだ。

 数が三人しかいなかったし、うちふたりは可憐な女性だった。


 ドレス姿の王女様とメイド姿の少女が強そうに見えるわけがない。かくいう俺も研究者タイプの魔術師が好むようなローブを着ている。歴戦の冒険者感はゼロである。


 というわけで戦闘になるが、俺はあまり緊張していなかった。


 まず俺自身、ゴブリンの10匹や20匹くらい退治できる力量があったし、メイドのクロエも強いことを知っていたからだ。


 ふたりで共闘すればゴブリンの集団など雑魚以外のなにものでもない。


 それに俺は姫様がそこそこできることを知っていた。先日、戦場で彼女が指揮をする姿を見たが、あれは剣術の心得があるものの指揮だった。戦い方を知っているものの采配だった。


 事実、姫様は宮廷に上がって以来、毎日、剣術の訓練をしているようだ。


 自分の身は自分で守る。己を守れない人間に民は守れない、というたしかな哲学が有るようである。


 彼女は剣を抜くと、優雅に、だが力強くゴブリンを斬り伏せていく。


 ドオル族のメイド、クロエのような剛の一撃こそ放てないが、ゴブリンの急所に的確にレイピアを突き立てる姿は勇ましく、頼りになった。


(平和を願うだけのお姫様かと思ったが、なかなかやるようだ……)


 心の中でそう漏らすと、俺は無詠唱でエネルギーの矢を作る。

 それをゴブリンに放つと、エナジーボルトが一気に二匹のゴブリンを貫く。

 それを見ていた姫様はぽつりと言う。


「レオン様は知謀だけでなく、魔術師としても最強です」


 お褒めにあずかり恐縮であるが、驕ることはなかった。


 俺は魔術学院で習った魔法戦闘術を駆使すると、五匹のゴブリンを瞬殺し、ゴブリンの集団の戦意をくじいた。


 元々、こちらの物資狙いで襲いかかってきたゴブリンの戦意が高いわけもなく、総崩れとなる。


 クロエは逃げ出すゴブリンの後頭部を懐中時計で思いっきり叩くが、俺が追撃をやめるように言うと、「御意」と頭を下げた。


 姫様の主の命令は姫様の命令も同じらしい。


 やりやすくて助かる、と言うと、クロエはわずかに頬を緩め、「恐れ入りたてまつります」と言った。


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