外伝 釣り
宮廷魔術師兼軍師であるレオン・フォン・アルマーシュには読書以外の趣味もあった。
釣りが好きなのである。
王都の河川の釣りポイントは知り尽くしていたし、出張で湖や海のある都市に行けば必ず釣り糸をたらした。
レオンはカレンダーに記載された月齢を確認すると、そわそわと退勤した。
親戚の不幸を理由にしたので、上司は皮肉たっぷりに、
「君は親戚が多いな」
と言ったが、さして気にせず釣り場に向かった。
いつものように振り出しの小型ロッドを取り出すと、いそいそと餌を付け、魚釣りを始める。この時期ならば鱒が釣れる。今日は鱒のパイ包み焼きだ。
口腔に涎を貯めると、レオンはしゅっとルアーを投げる。
手作りのルアーは四〇メートルほど飛ぶ。
ゆっくりとリールを巻き、また投げる。ルアーフィッシュングのコツはキャストの回数を増やすこと。試行回数を増やせば自然と釣果があがるのだ。軍師らしからぬ数打ち戦法であるが、魚は〝人間〟と違って賢いので、小細工は通用しないのだ。
レオンは、まったりとルアーを投げ続ける。
広がる大自然。
なにもない風景。
都会の喧噪から離れてなにも考えずに無心に釣り糸をたらすのは至上の喜びであった。
それで夕飯の鱒も二匹ほどゲットできたのだから至上の二乗だ。
「あと、二匹くらい釣っていくかな。しばらく釣りは出来なそうだし」
そう思ったレオンはタックルケースを漁り、別のルアーに付け替えようとするが、ケースの中に手紙があることに気が付いた。
封筒を空けると便箋を取り出す。
そこには見慣れた文字が書かれていた。差出人はメイドのクロエだ。彼女は達筆な文字でレオンを挑発していた。
「本日も司書としての仕事を放棄し、軍人としての本分も果たさないレオン様」
開口一番にこれである。
まったくもってその通りなのでそれ自体腹は立たないが、最後に添えられた文章がカチンときた。
「趣味の釣りもいいですが、レオン様のことですから、どうぜ、釣れないでしょう。釣り人は釣れないと余計のめり込むもの。しかし、お忙しいレオン様にそのような暇はありません。ゆえに先回りして魚屋で鱒を買っておきます。クロエが鱒のパイ包みをご馳走するので、釣り熱は冷ましておいてくださいね」
「…………」
釣りの名手であるレオンになんたる言い草である。それにレオンはすでに二匹ほど鱒を釣っている坊主とはほど遠い釣果なのだ。
そのように憤っていると三匹目ゲット。
レオンは得意げに微笑むと、メイドをぎゃふんと言わせるため、自宅に戻った。
しかし、レオンはそこで〝クロエ〟の買ってきた鱒を食べることになる。
レオンはその理由をクロエに話さなかったので、終始ドヤ顔をされた。
まあ、それでも後悔はないが。
レオンは自宅に帰る途中、戦災孤児と遭遇したのだ。王都の外周部でテントを張り暮らす人々。戦争難民である彼らは常に腹を空かせていた。
物欲しげにレオンの氷結箱を見る少年少女。レオンはクロエに小馬鹿にされるのを覚悟で鱒をすべて与えてしまったのだ。
そのことを知らないクロエは、
「クロエの先見の明はどうですか」
と鼻高々だが、気にはならなかった。
「ま、おれの自尊心よりも、この国の未来への投資が一番だ」
どのような社会体制でも、子供にミルクを与えるのが最良の投資。異世界のウィンストン・チャーチルという男の言葉を思い出すと、クロエの造った鱒のパイ包みに舌鼓を打った




