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ドオル族の少女

 ヴィクトール少尉逮捕の記事を詳細に読む。

 どうやら彼は同僚を殺害し、上官を殴り飛ばした罪で捕縛されたようだ。

 その記事を見たシスレイアは衝撃を受けた表情をしていた。

 メイドのクロエは無念のそうな表情をしていた。


「せっかく、有能そうな士官を見つけたのに、がっかりです」


 おひいさまを慰めるメイドであるが、俺は「なにをそんなにがっかりしているんだ?」と尋ねる。


「引き抜こうと思っていた人物が、犯罪者だったのです。自分の見る目のなさに自己嫌悪をしました」


「なんだ。姫様は新聞に書いてあることを鵜呑みするのか?」


「と言いますと?」


「ドワーフ・タイムズは硬派な新聞だが、それでも軍部の意向には逆らえない新聞だよ。軍にとってまずいことは書けない」


「ならば嘘の記事であると?」


「いや、本当だろうが、この記事には事実しか書かれていない。肝心の動機が書かれていないんだ」


 姫様はじいっと記事を読み返すが、「本当です」と言った。


「ヴィクトール少尉が同僚を殺した理由が一切書かれていません。不自然です」


「おそらく、それを書いた記者の最後の抵抗だったんだろうな。ジャーナリズムと軍部の意向の」


「そこまで読み取られましたか」


 驚くというより呆れるシスレイア。


「まあ、想像だがね。だが、大きく間違ってはいないはず」


「ならばどのような理由で同僚を殺したのでしょうか?」


「そこまでは分からないが、調査する価値はあるはず。もしも私怨や激情で殺したのではなければ、救ってやりたい」


「レオン様はお優しいのですね。それに他人を信頼できる度量を持っている」


「まさか、俺はこいつの面構えを気に入っただけだよ」


 と言うと写真が載っている記事を姫様に見せる。


「こいつは私怨で人を殺すようなやつには見えない。それにこの不敵な面構えは姫様がこれから作る軍団に役立ちそうだ」


 千の敵を前にしても怯むことはないだろう、と続ける。

 それを聞いたシスレイアは納得しながら、こう言った。


「……やはりわたくしの人を見る目に狂いはないようです。レオン様はきっと」


 その声は可聴範囲ギリギリの音域だったので、俺の耳には届かなかったが、それでも姫様が俺を信じてくれているのは分かった。


 その期待に応えるため、メイドのクロエにこの記事を書いたドワーフ・タイムズの記者と接触し、情報を得るように命令する。


 彼女は「承知しました」


 と風のように消える。

 それを見送る俺は、彼女が消えるとその主に尋ねる。


「というか、あのクロエって娘はなんなんだ? メイドとしても一流、戦士としても一流、間諜(かんちょう)としても一流っぽい。忍者なのか?」


「その忍者がなにかは存じ上げませんが、彼女は王宮にやってきた日からわたくしに仕えてくれている忠臣です」


「なるほど、それにしても動きから手配まで、完璧だな」


「それは日頃の努力のたまものでしょうが、彼女の種族が影響しているのかもしれません」


「人間ではないのか」


「はい」


「意外――ではないか」


 懐中時計に魔力を込め、ぶん回す姿は人間ぽくないと思っていた。


「クロエはドオル族と呼ばれる亜人の娘です。ドオル族は人形のような姿と人間離れした身体能力を持つ一族です」


「見た目は人間にしか見えないけどな」


「メイド服を着ていれば。一緒にお風呂に入ると彼女が人とは違うと分かるはずです」


 どのように違うのだろうか。今度、お風呂に入れば分かるのだろうが、そのような機会はないだろう。


 これ以上、尋ねる気もない。


 クロエという少女は美味い紅茶を入れてくれる使える人材である、と分かっていれば十分だった。



 忍者メイドのクロエが情報収集にいそしむ。


 やはり彼女は諜報員としても優秀で、翌日にはドワーフ・タイムズ社の記者から情報を聞き出していた。


 それを俺たちのもとに持ってきて、正確に伝えてくれる。


「やはりヴィクトール少尉は罪なくして囚われたようです」


 俺の想像が当たったことを驚く姫様。


「やはりレオン様の予想通りでしたか」


「はい、ヴィクトール少尉は、戦場で民間人に暴行を働いた同僚をその場で斬り殺したのです」


「なんと……」


「最初は捕縛しようとしたようですが、民間人を辱めた同僚は逆ギレをし、ヴィクトール少尉に斬り掛かったようで」


「軍律をただそうとしたヴィクトール少尉が正義で、それに斬り掛かった同僚が悪なのですね」


 俺は、

「そうだ」

 と肯定するが、物事はそんなに単純ではない、と続ける。


「おそらくだが、ヴィクトールは上官にそねまれていたんじゃないのか?」


「ご明察の通りです。ヴィクトール少尉は王虎師団・第4連隊に所属していたのですが、連隊長に睨まれていたようです。この連隊長は貴族出身なのですが、武勲を立て続けに立てるヴィクトールをねたみ、出世をさまたげていたようです」


「男の嫉妬はみにくいな」


「同感です。今回の事件はその連隊長の親戚が民間人に暴行を働いたことが始まりです」


「なるほど、ヴィクトールが連隊長の一族を斬り殺したことを口実に、そのまま軍法会議で始末しよう、というのが連隊長の企みか」


「その通りです」


「ならばそいつの思惑に乗る必要はないな」


「御意」


「いくら連隊長に嫌われていたとはいえ、ヴィクトールには味方も多いはずだ。戦場で救われたものも多いはず。彼を弁護してくれる兵を探せ」


「御意。――それとですが、現場には斬り殺した同僚以外にも他に兵がいたそうです」


「目撃者がいるのか」


「御意」


「そのものを見つけ出せ。ヴィクトールの行動にこそ正義があると証明してもらう」


「すでに手配済みです。もうじき、行方が知れましょう」


「さすがは忍者メイドだ」


 と褒め称えると、彼女の部下のメイドがやってくる。クロエに耳打ちすると、クロエは残念そうに眉を下げる。


「……申し訳ありません。先手を打たれました。目撃者の兵は連隊長によって左遷させられたそうです」


「なるほどな。まあ、俺が連隊長でもそうする。謝らないでいいぞ」


 と言うとクロエに左遷先を聞いた。


「まさか、左遷先まで向かうつもりですか」


「その通りだ。ヴィクトール少尉の命が掛かっているからな。それにシスレイア軍団の命運も」


 そう言うと俺はクロエから左遷先を聞き出す。

 そこはエルニア国でも有数の危険地帯だった。

 アストリア帝国の国境線ではない。


 逆に国境からは離れた地だ。その代わり太古の昔から竜が住み、そこに挑むと必ず死ぬと言われている山だった。


 その山はシビの山と呼ばれている。――別名、竜の山である。

 俺たちはそこに向かわされた目撃者を確保するため、旅立つ。


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