鬼神ヴィクトール
琥珀色の液体を軽く見下ろすと、それを口に運ぶ。
とても高貴な香りがし、渋みも適度だった。
砂糖は二杯にしてもらったので、そんなに甘くないが、これだけいい茶葉ならばストレートにすればよかった、と軽く嘆く。
「二杯目はストレートにしますわ」
と微笑むメイドのクロエに茶の礼を言うと、さっそく作業を始める。
「さあて、新聞に目を通すが、注目するべきは、一面ではなく、『今日の英雄』のようなコーナーかな」
「なぜ、一面ではないのですか?」
「一面は主に将軍や政治家が飾っているからだ。俺らが探しているのは、将来、有望な将軍候補だ。戦場で活躍してくれそうな、士官や下士官がほしい。そういった連中は、サン・エルフシズム紙の7面くらいにある今日の英雄で特集されていることが多い」
「なるほど、たしかに」
さすがは慧眼です、とシスレイアは褒める。
彼女は読んだ新聞を「参考になる」「参考にならない」ボックスにより分けていく。
俺とシスレイアとクロエの三人はそれぞれの速度で新聞を読んでいく。
新聞の読み方ひとつでそれぞれの性格が出るのが面白かった。
俺は新聞など読み捨てるもの、と手荒に扱う。くしゃくしゃにし、文字も乱読気味に素早く読む。
シスレイア姫は逆に新聞を大切に読む。わずかの皺も付かないように丁重に読んでいる。速度もそんなに速くない。その性格のようにおっとりとゆっくりと読む。
クロエはその中間で、多少、皺が付くことも気にしない。読む速度も俺と姫の間くらいの速度だ。
やはり育ちというものがあるのだな、と思っているとシスレイアがドワーフ・タイムズを持ってこちらにやってきた。
「レオン様、面白い記事を見つけました」
「ほお、どんなのだ?」
問返すと、彼女は注目の記事を開く。
「ここの記事なのですが、質実剛健なドワーフ・タイムズの記者が絶賛する士官を見つけました」
「へー、安易に人を褒めないドワーフの記者がねえ」
「それは気になる」
と記事を読む。
するとそこにはこのような見出しがあった。
「東部戦線に新たな英雄が現れる。大剣を振るって敵をなぎ倒す様は、まさに現代の鬼神」
大仰な見出しであるが、その見出しにふさわしい戦果も上げているようだ。
「たったひとりで20人の敵兵を斬ったのか、すごいな」
「すごいですね。ひとりで戦局を左右してしまいそうです」
「先日の姫様救出作戦のときにいれば、もっと正攻法でやれたかもな」
と言うと俺はその人物の姓名と階級を確認する。
「名前はヴィクトールか。フォンがないということは平民かな」
この国では貴族にはフォンの呼称が付くのだ。
「そのようですね」
「年齢は25歳か。脂が乗りに乗っている年代だな」
「レオン様より年上ですね」
「だな。まあ、それはいいとして、この記事だけではな。ドワーフ・タイムズだから提灯記事ではないだろうが、この戦果が偶然ということもある。たった一個の戦果だけでは、人は計れない」
と言うとメイドのクロエはすかさず残りの記事を持ってくる。
ナイスタイミングである。
さすがはメイド、と褒めると彼女の持ってきた記事を見る。
「……ふむ、順調に戦功を上げているな」
ヴィクトールの戦功が初めて取り上げられた記事は一年前のもの、そこから定期的に似たような戦功を上げていた。
「というか、すごいですね。この御仁は」
「まさしく鬼神です」
女性ふたりは驚いているようだが、俺は眉を潜ませる。
その様子を見たシスレイアは尋ねてくる。
「なにか気になることがありますか?」
「ちょっとな。いや、ちょっとじゃないか」
「どこがおかしいのでしょうか?」
「いや、このように定期的に活躍しているのに、こいつの出世が遅いと思ってな」
「出世ですか?」
「このようにド派手な武勲を上げれば、すでに佐官になっていてもおかしくないのに、一ヶ月前の記事は少尉のままだった」
「……たしかに変ですね。なにか事情があるのでしょうか? あるいは誤植とか」
「職人気質のドワーフがこんな誤植を?」
それはない、と言い切ると、「なにか事情があるのだろうな」と言い切る。
すると部屋にひとりのメイドが入ってくる。彼女の手には新聞が握られていた。本日発売の夕刊分である。
彼女がそれを主に渡すと、シスレイアは驚いた顔をする。
「……さすがはレオン様です。神託の巫女のように物事をずばりと言い当てる」
称賛よりも事実を知りたかった俺は、シスレイアから新聞を受け取ると、記事を確認した。
そこに書かれていた記事はこのような見出しであった。
「鬼神ヴィクトール少尉、本当の鬼となる。 同僚を殺害し、憲兵隊に捕縛される」
ヴィクトール少尉はやはり難物であるようだった。