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軍師の初仕事

 このようにして俺は、宮廷魔術師 兼 図書館司書 兼 王女の軍師となった。

 肩書きがどんどん増えていくが、あまり気にしない。

 いや、姫様のメイドは気にしているようだ。


「レオン様、差し出がましいですが、名誉職である宮廷魔術師はともかく、図書館司書は辞任されてはいかがでしょうか」


 建設的かつ当然の意見であるが、俺が難色を示すと、姫様は反対する。


「クロエ、いいではないですか。戦場に旅立つたびに、軍に申請をし、軍師となってもらえばいいのです」


「しかし――」


「レオン様から本を取り上げるのは、魚から水を取り上げるようなもの。わたくしがこの国の女王となってレオン図書館を作るまで、宮廷図書館で働いていただきましょう」


 と俺の兼業を認めてくれた。

 話の分かる上司である。たしかに俺は本に囲まれていないと駄目なのだ。


 今でも心の奥底では司書として人生をまっとうしたいと思っているが、それ以上の感情もあった。


 それは『影』から仕えることになった姫様を出世させることである。

『最低限』でも彼女をこの国の『女王』にすることが、目下の目標であった。


 そのことを伝えると、当のシスレイアは、

「わたくしが女王ですか」

 きょとんとした表情をする。


 そのメイドのクロエは、

「さすがはレオン様です。傑物は凡人とは視点が違います」

 と言った。


 シスレイアは控えめに反論する。


「昨晩、わたくしはレオン様に忠誠を誓いました。どのような命令にも従うと決めましたが、わたくしはこの国の第三王女です。兄が三人、姉がふたりもいます。そのような娘が王位になど就けましょうか?」


「今現在、王は病に伏している。数年前までは壮健で、エルニアにその人あり、と言われた勇猛な王だったが、今やおしめをした老人だ」


「…………」


 シスレイアが沈黙したので、メイドのクロエが代わりに答える。


「つまり、近日中に身罷られ王位争いが発生する、ということですね」


「その通りだ。姫様を暗殺しようとしたケーリッヒが一番先に手を打ってくるかな」


「とおっしゃいますと?」


「第二王子だからな、第一王子を殺せば必然的に王位が手に入る」


「長兄のマキシスを殺すのですか?」


「君のような可愛い妹を殺そうとしたんだ、なんのためらいもなく殺すだろうね」


「そもそもマキシスだって王位を簒奪されないようにケーリッヒのことを狙っているはず。同じ穴の狢ってことだ」


「――一滴の血も流れずに次の王は決まらない、ということですね」


 クロエは言う。


「――父上が遺言を残されないから」


 シスレイアは嘆くが、それは関係ない、と言う。


「どのみち、諍いは起こる。三兄弟の誰が王になっても遺恨は残し、争いになっていた」


「……かもしれませんね」


「というわけで、俺たちも遠慮せず、王位を狙おうじゃないか。王になったほうがこの国を動かしやすい」


「しかし、先ほども言いましたが、わたくしは王の六番目の子供です。王位からもっとも遠い」


「分かっている。だから裏で色々と政治工作するさ」


 ただそれには、と続ける。


「王位を狙える段階になるまで、姫様を出世させる必要がある。この国に姫様派と呼ばれる連中を作る必要がある」


「姫様はスラムの聖女の弟子です。スラムの人々は支持してくれます」


 クロエの言葉だった。


「それは有り難いが、それだけじゃ足りない。国民すべてが熱狂してくれるような支持、それと宮廷内の有力者の支持も必要だ」


「あらゆる階層の支持が必要ということですね」


「そうだ。それにはいくさで武勲を上げるのが一番だ」


「やはりそれが一番の近道ですか」


「そうだ。いくさは国民を熱狂させる。誰よりも強い将軍はそれだけで尊敬される。宮廷の貴族どもも戦争に強い将軍には一目置くからな」


「ならば当面の目的はいくさで出世することになりますが、早々都合良く戦争が起こるでしょうか」


 現在、この大陸は西を諸王同盟、東をアストリア帝国が支配しているが、慢性的に戦争をしているわけではない。


 先日のような小競り合いは常にしているが、互いの主力が激突するような「大会戦」は数年に一度くらいしか起きないのだ。


 諸王同盟とアストリア帝国は、国境線を境に『騒々しい均一』を保っているといえた。


 そうなるとなかなか武勲を立てるのは難しいものだが、俺は焦っていなかった。


 そもそも自分の知謀だけで武勲を立てられるとは思っていない。そこまで自惚れていなかった。


「武勲を立てるにはまずは姫様の軍団を拡張しないと」


 軍隊での姫様の階級は「准将」。幸いと自分の幕僚を持てる階級であった。


 兵の数は「旅団」から「師団」をひとつ任せてくれる階級であり、戦局に影響を与えるような階級ではないが、それでも今のうちに「使える」人材を集めておくのは必須かと思われた。


 姫様が出世をすれば、複数の師団を管理するようになり、それらを任せる人材も必要になるのだから。


 その意見を話すと、姫様も同意してくれる。


「世界最強の軍師と、世界最高の司書を手に入れることはできましたが、武のほうが足りないような気がします。……あ、もちろん、レオン様は魔術師としても最強だと思っていますが」


「お世辞はいいよ。たしかに武のほうが足りないと俺も思っている。特に兵士と一緒に前線に飛び込み、剣を振るってくれる仕官がほしいな」


 その言葉に同意してくれるシスレイア、一緒に悩んでくれる。


「ただの戦士ではなく、頼りになるタフガイがほしい。どのような苦境も跳ね返す負けん気、死の間際でも笑っていられるような豪胆なやつ」


「剣を振るいながら剣林弾雨の中を飛び込み、敵将を倒してくるような人物ですね」


「そうだ。それでいて人格者だといい。卑怯者ではなく、清廉な心を持っているやつだ」


「しかし、そのように都合のいいものがいるでしょうか? 仮にいたとしてもすでにどこかの部隊に所属し、そのものを手放さないのではないでしょうか?」


「かもしれないな。しかし、勇者の価値を知る将官ってのは少ないものさ。そのものの本当の価値を知らずに邪険にしている、という例を俺はたくさん見てきた」


「レオン様もそうですね。歴代の上司は皆、レオン様の価値を理解していませんでした」


「だな」


 苦笑を漏らしていると、いつの間にか消えたメイドの少女が、「うんしょ」と紙の束を持ってきた。


「それは?」


 メイドのクロエは言う。


「これは過去一年の王都の新聞です」


「ほお、主要紙全部あるな」


 ガーディアン・ヒューム、ドワーフ・タイムズ、サン・エルフシズム、王都で発行されている有名な新聞はすべてあった。


 トゥスポなどのゴシップ誌などはなかったが。


「ここで議論していてもまとまらないと思ったので新聞を持ってきました。過去の記事を見ましょう。戦地で活躍した軍人が特集されている号もありますし」


「それは名案だ」


 と言うとクロエはぺこりと頭を下げる。すると彼女の部下と思われるメイドたちが次々に部屋に入ってきて新聞を置いていく。


「…………」


 さすがは主要紙一年分。その量は相当ありそうだった。

 思わず溜息を漏らすとクロエはにこりと笑う。


「新聞を精査する前に、お茶でも入れましょうか」


 と言うとひとりのメイドさんが銀のワゴンを持ってくる。その上には紅茶道具一式がおかれていた。それに焼き菓子なども。


 紅茶党である俺の心は弾む。王族の館の紅茶と菓子はさぞ美味いだろうと思ったのだ。


 丁重に、だが最適な動作で紅茶を入れるメイドさんを見つめながら、部屋が紅茶の香気で満たされるのを感じた。

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