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仕組まれた晩餐会

 時計が十七時を指した頃、〝すべて〟を察した俺は荷物の中から薬草を取り出す。

 それをすりこぎで潰すと、フラスコの中に入れ、指先から炎を出しあぶる。

 兵士にお願いして持ってこさせた卵黄を入れると、ボンと爆発する。

 なにごとか、と兵士が部屋の中を覗き込んでくるが、「ちょっと強烈なタバコに引火しただけさ、騒がせて済まない」と謝ると立ち去っていった。

「聞き分けが良くて助かる。――まあ、本番は夕食の席ってことだろうと思うが」

 セシリアはそこで決着を着けるつもりは明白だったので、こちらも気合いを入れなければいけない。

 俺は窓を開けると、上空を飛んでいる鳶に目を付ける。

 その鳶を油揚げならぬ干し肉で引き付けると、そのまま魔法で意識を奪い、簡易的な使い魔とする。鳶の足に書状を付けると、大空へ返す。

 鳶は勢いよく、王都のほうへ向かって行った。

「さあて、これですべて準備は整った。問題は王妃殿下の夕食になにを着ていくかだな」

 俺の手持ちの服はこれのみ。正確には同じデザインしかない。迷う必要はないのだが、一国の王女様に会うのにこの格好はないだろうと思った。なので俺は客間のウォークインクローゼットにある礼服に手を伸ばす。

 燕尾服など一度も着たことがなかったが、この際、これに袖を通すのも悪くないだろう。

 そう思って着てみたが、十八時になるとクロエがやってきて爆笑する。


「馬子にも衣装、馬子にも衣装――」

 

 お腹を抱えて笑うメイドさん。――まったく、失礼なメイドだ。嫌な気分になった俺はいつもの服に戻す。

「これは軍服であり、官服だ。公式の場でも問題ないはず」

「そうです。セシリア様は庶民の出、そのようなこと、気にされません」

「だな。蛙の子は蛙。レオンはいつも同じ服だ」

 勝手に諺を作ると、姫様の準備が整ったか尋ねた。

「はい、もう大分前に。姫様はおめかしをされ、一刻も早くレオン様にお見せしたいと逸っております」

「ならば開口一番の言葉は決まったな」

「愛している、結婚してくれ?」

「いや、綺麗だね、だ」

「独創的ではありませんが、レオン様にしては良いほうです。及第点」

 そのように批評すると、彼女はお姫様を部屋に連れてくる。

「…………」

 絶句する俺、その姿は控えめに言って〝神〟だった。

 艶やかなシスレイアのドレス姿に見とれているとクロエが肘で小突いてくる。台詞を忘れていることに怒っているようだ。

 俺は予定通り、「き、綺麗だな」と言うと、シスレイアは花のような笑顔で、「ありがとうございます」と言った。

 俺たちはそのまま夕食の会場である食堂へ向かう。

 道中、俺は彼女たちに臨戦態勢で挑むことを伝え、先ほど作った薬を飲むように指示する。

「これは?」

「ダイエット薬」

「私はともかく、おひいさまにダイエットは不要です」

「まあ、そういうな楽に痩せられるから」

「レオン様は街の怪しいゴロツキですか」

「おっと、たしかにそんな謳い文句だな。しかし、事実だ。これは食物の油分を体内で吸収させず、大便として出す魔法の薬だ。これを飲むだけで五キロは余裕で痩せられる」

「食事の前に大便とか言わないでください」

「失敬、まあ、うんこだ」

「…………」

 そのようなやりとしをしているとシスレイアは薬を飲み干していた。

「レオン様が用意してくれた薬に万が一もあるわけがありません」

 そのような論法で飲み干してくれた。

 その姿を見てしまうと彼女の従者であるクロエも従わざるを得ない。

「まったく、なにを考えているか分かりませんが、身内も欺く、徹底した秘密主義はどうにかされたほうがいいかと」

「美女ふたりが驚愕する姿を見るのが好きなんだよ」

 そのように戯けて返すと、そのまま食堂に入った。

 レインハルトの別荘の食堂は三〇人ほどが一斉に食事できるほど大きい。王都から貴族の団体客がきても同時に持てなすことが出来るだろう。

 清潔な室内に豪勢な調度品、この別荘を管理する未来の王母のセンスの良さがうかがえる。

 将来、王母となったあとも王宮の管理の心配はいらなそうだ。

 そのように観察していると、上座に車椅子の少年が見える。レインハルトだ。

 夕食には参加しないと思われたので、意外だった。

 第三夫人セシリアが説明する。

「この子がどうしてもというものだから」

 レインハルトは毅然とした態度で言う。

「僕はこの国の第三王子です。遠方から客人がやってきたというのに、その客をもてなさないのはエルニアの沽券に関わります」

「国の沽券などどうでもいいのよ。あなたは自分の健康を第一に考えなさい」

「精神の健康がなによりも大事です。幸い最近は体調もいいのです」

 レインハルトははっきりした口調でそう言い放つと、シスレイアに微笑む。

「僕は姉上と一緒にいるときが一番、心が安らぎます」

「ありがとう、レインハルト」

 シスレイアは微笑み返すと、レインハルトの対面に座った。彼女を囲むように俺とクロエも座る。

 着席するとき、クロエは小声でこんな台詞を漏らす。

「――いつもは持てなす側ですから、緊張します」

 と――。

 俺は「そのメイド服、とても似合っている」と彼女を勇気づけると、料理が運ばれてくるのを待った。

 この手の会食はコース料理と相場が決まっている。

 前菜となるサラダが運ばれてくる。

 サラダはラカール海老のゼリーサラダ。ココの豆とケイの果実も添えられている。

 小洒落たもので初めて食べるが、とても美味い。

 ラカール海老はぷりぷりしているし、ココの豆は香ばしく、ケイの果実の甘酸っぱさはいいアクセントになっている。

 ちらりと横を見ると、シスレイアはケイの果実に口を付けていなかった。

「珍しい、もしかして嫌いなのか?」

「はい、幼い頃に古くなったケイの実を食べて食あたりを起こしたことがあって」

「ならば仕方ない。俺の姉さんも牡蠣に当たったことがあるよ」

 そう言うと俺はケイの果実を分けて貰おうとしたが、それはレインハルトによって止められる。

「姉さん、そういえばケイの果実が苦手でしたね。僕にわけてください」

 そうねだったが、それはセシリアのよって止められる。

「だ、駄目よ!」

 思わぬ大声にレインハルトはびくりとする。

 セシリアが大声を張り上げるなど、稀であったから、シスレイアも驚いていた。

 俺はじーっとセシリアを見つめる。

 彼女は〝冷や汗〟を掻きながら説明する。

「あ、あなたももうじき一四歳、王族なのだから、客人の残したものをねだるような真似は止めなさい」

「客人ではなく、姉さんです。幼き頃から互いに食べられないものを交換してきました」

「あなたは王になるのでしょう。ならば王らしく振る舞いなさい」

「――分かりました」

 そのように言われれば従うしかない。レインハルトは引き下がる。シスレイアもこのようになってしまった手前、俺に分け与えることも出来ず、無理して口に運んでいた。

 その光景を凝視するセシリア。シスレイアがケイの果実を食し終えると安堵した表情を浮かべた。

(……分かりやすい御婦人だ。ま、根は善人なんだろうな)

 そのような感想を浮かべると、次に出された料理にフォークを突き刺す。

 前菜のあと、腹の足しにもならないような小洒落た料理が運ばれてくる。

 それらをあっという間に食すと、メインディッシュが運ばれてくる。

 子羊のTボーンステーキだ。

 男は黙って肉! という哲学を持っている俺は嬉々としてナイフを入れる。すうっとナイフが通るところを見ると、最上級の肉が使われているようだ。

 笑顔で食していると、セシリアが話し掛けてきた。

「宮廷魔術師レオン・フォン・アルマーシュ」

「レオンでいいぞ」

 肉を嚥下しながらそう言い放つ。

「では、レオン、あなたはわたしの息子を政争に巻き込むつもり?」

「結果、そうなるな。しかし、そうしなければ必ずマキシスに命を奪われるぞ。それは本意ではないのだろう?」

「もちろんよ。誰が可愛い息子を殺されてなるものですか」

「ならば俺たちに味方しろ。いや、姫様に。姫様ならば弟を殺すなんて有り得ないだろう」

「……そうね」

 シスレイアを見つめるセシリア、しかし、その瞳には悲しみの成分があった。

「あなたの論法は理に叶っている上に、説得力がある。レインハルトが毒殺されそうになる前ならば心動かされていたかもしれない」

「……やはりあれは毒殺なんだな」

「ええそうよ。首謀者はマキシス、この国の第一王子、順当に行けば次期国王になるもの」

「淡々と語るな、自分の息子が殺されそうになったというのに」

「そうかも。でも人間、あらがいようがない強大な力の前にはなにも出来ないものだから」

「第三夫人とあろうものが」

「第三夫人なんて」

「今は実質、王妃だろう」

「今はね。でも、王宮にやってきた頃はなにも知らないただの街娘」

「シスレイアの母親と一緒だな」

「そうね、フィリアと同じ境遇」

 フィリアとはシスレイアの実母である。ふたりはほぼ同時期に宮廷に召し出された。王の側室となったのである。

「わたしとフィリアはとても仲が良かった。姉妹みたいに育ったの」

「セシリア様はわたくしの母と同じ下町で育ったのです。幼き頃はよく一緒に遊んでいたそうです」

「そうね」

 にこりと微笑むセシリア、当時を思い出しているようだ。

「フィリアは天使のような子供だった。見た目だけでなく、その心根も綺麗で、幼き頃から末は王妃と持て囃されていたの。まさか本当にそうなるなんて夢にも思っていなかったけど」

「第二夫人です。それも途中でその位も奪われ、下町に追放されました」

「陛下の寵愛を考えれば実質第一夫人はあの子よ」

 シスレイアの家庭環境は複雑だ。母であるフィリアは端女として王宮に登ったが、そこで現在の国王ウィレスに見初められた。ただ、その寵愛を第一夫人に嫉妬され、不遇な王宮生活を強いられたらしい。何度も王宮を追放されては戻っての繰り返し、シスレイアが幼い頃などはその嫉妬から逃れるため、王都の下町で暮らしていたこともある。最後はその下町で暗殺者に襲われ、最期を迎えることになるのだが――。

「陛下が本当に愛したのは、フィリアだけ」

「かもしれません。しかし、それも昔の話――」

 母はもういない、とシスレイアは心の中で続ける。

「そうね。でも、陛下は今もフィリアのことを愛しています。政略結婚によって娶った第一夫人よりも、フィリアのおまけで付いてきたわたしよりも……」

 セシリアはどこか悲しげにそう漏らすと、意識を切り替えた。

「ともかく、わたしは棚ぼた的に王妃になったに過ぎないの。フィリアが暗殺され、第一夫人のジャクリーンが病死したから」

「まあ、運も実力のうちさ。その運を信じて俺たちに懸けてくれると嬉しいんだが」

「そうね。それもよかったかもしれない。しかし、先ほども言ったけど、遅かった。あと、一ヶ月、早く接触してくれれば……」

 セシリアは心底残念そうに指を立てる。

 すると扉の奥から屈強な兵士が数人現れる。

 シスレイアとクロエは警戒するが、俺は平然としていた。

「これはなにかの余興かな?」

「まさか、芸人ではなくてよ」

「残念、筋肉芸でも見せてくれると思ったのに。――しかし、なめられたものだな。俺は戦略級の魔術師だぞ。この人数でどうにかできるとでも?」

「まさか。あなたの情報は事前に得ています。――マキシスから」


「マキシス!」


 その言葉を聞いたシスレイアとクロエは同時に驚くが、俺は別になにも思わなかった。

「まあ、最初からそうだと思ったよ。セシリア、あんたはマキシスに通じていたんだな」

「ええ、残念ながら」

「ど、どういうことですか?」

 シスレイアは俺の顔を見つめる。

「マキシスはレインハルトを殺そうとしたのですよ。なのにセシリア様が通じるなんて」

「通じるは言い方が悪かったかも。支配と言ったほうがいいかな。おそらく、セシリアはあの事件、レインハルト毒殺未遂のあとこのように協力を持ちかけられたはずなんだ。シスレイアを殺せば、レインハルトの命は助けると」

 ですよね? と続けるとセシリアはうなずく。

「そうよ。あの毒殺は警告だった。自分の配下になれという。無論、いやよ。あのように蛇のような目をした男に従うなんて。――でもしょうがないじゃない。あの男は次期国王。強大な門地と派閥も持っている。どうあがいたって勝てない。レインハルトの命を守るにはこれしかないの!」

 その告白にレインハルトは大声を張り上げる。

「母さん! 僕はそこまでして生きたくない! 卑怯者の汚名をかぶってまで生きてなんになると言うんだい!」

「ああ、レインハルト、優しくて気高いわたしのレインハルト。あなたならばそういうと思っていた。だから会食には参加しないでって言ったのに」

 セシリアは涙ながらにそう言うが、考えを改める気はないようだ。兵士たちに指示をする。俺たちを殺すように。

「――せめて楽に殺してあげなさい」

 と命じる。

「有り難い配慮だが、もう一度言う。俺に敵うとでも?」

「勘違いしないで。この兵士たちはあなた方の介錯人よ。苦しまずにするための配慮よ」

「ほう、その口ぶりは、先ほどの食事に毒でも混ぜたのかな?」

「……察しがいいわね」

「アホでも分かるよ。レインハルトが俺たちの食事に口を付けようとしたときに反応を見れば」

「ならば分かるでしょう。もうじき、激痛が体中を走るわ。シシンの毒を体内に入れたものは、ののたうちまわりながら死ぬの」

「知っている。糞尿を垂れ流しながら死ぬんだ」

「あなたはともかく、親友の娘のそんな最後、見たくない」

「あんたは本当に優しいのな。そこをマキシスに利用されてしまったのだろうな。しかし、安心しろ。俺たちは死なない」

 そう言い放つと、クロエが兵士たちに飛びか掛かった。

 懐中時計を使うまでもなく、体術のみで兵士をなぎ倒していくクロエ。その姿を見てセシリアは驚愕する。

「な、馬鹿な! とっくに毒は回っているはずなのに!?」

 セシリアは驚愕する。なぜ、なぜ、という言葉を繰り返すので、俺は第三夫人に敬意を表し、種明かしをする。

「あんたは最初から殺意を隠さなかったからな。さっき、薬を煎じて、毒を無効化する薬を飲んでおいた」

「な、なんですって!?」

「魔術学院卒に時間を与えたのが悪手だったな。出逢った瞬間に殺しておけばよかった。ま、結果論だが」

「……く」

 セシリアは苦虫を噛みつぶした顔をすると後退する。屈強な兵士が彼女を守るが、時間稼ぎにもならない。俺とクロエならば兵士五〇人くらいはいくらでも相手に出来た。

 この部屋の周囲にする兵士は二〇にも満たないはずだ。

 それを知っていた俺は彼女に降伏勧告する。

「まだ、大丈夫だ。今から姫様に味方しろ。レインハルトは必ず王にする! 安全も保証する」

「……影の宮廷魔術師さんの約束は千金に値するわね。しかし、無理よ。この館にはマキシスの見張りがいるの。もうじき、応援の軍隊がくるわ。マキシスの親衛隊。〝黒の精鋭〟その数は一〇〇〇。いくらあなたでも正規軍一〇〇〇には勝てないでしょう」

「当たり前だ。個人の力では限界がある」

「ならば降伏して。マキシスはあなたに並々ならぬ復讐心を抱いているわ。捕まったらとんでもない拷問を受けるわよ」

「だろうね。爪はぎ、水攻め、陵遅刑、考えるだけでも萎えるよ」

「ならばここで自決なさい」

「それは無理だ。俺には夢がある。それは姫様がこの国を、いや、この世界を住みよい世界に変えるところをこの目に焼き付けることだ」

「無理よ。そんなこと不可能だわ」

「可能だよ」

 俺は即答すると窓を《衝撃波》で吹き飛ばす。

 そこから周囲を観察すると、たしかに別荘は敵兵に囲まれつつあった。

「あれが黒の精鋭か、本当に黒一色で統一しているのな」

「そうよ、マキシスの虎の子、エルニア王国最強部隊のひとつ」

「たしかに強そうだ。しかし、最強部隊のひとつってことは他にも強い部隊があるんだろう?」

「ええもちろん、王国陸軍にも海軍にも精鋭部隊はいる。ジグラッド中将の〝芽吹きの騎士団〟が有名かしら」

「姫様のシンパにも心強いのがいるじゃん。なら心配ないな」

「ジグラッド中将の援軍を期待しているの? ならば無理よ。あの人は今、遠征中。帝国軍と交戦しているわ」

「まさに戦の申し子だな。常在戦場を地で行くお方だ。心強い。しかし、ジグラッド中将以外にも人材は多いんだぜ。たとえばこの国は最強の上を行く、最強無双の部隊がある」

「最強無双の部隊?」

「そうだよ。その名は天秤師団姫様親衛隊だ」

 そう宣言すると同時に黒い部隊の中心に爆炎が生まれる。

 衝撃波と煙がすぐに立ちこめ、黒の精鋭は混乱する。

「あ、あれは!?」

「あれこそが姫様の最強の味方だ。その目に焼き付けておけ。黒の精鋭とやらよりも何倍も強いぞ」

 不敵に言い放つと、黒の精鋭の側面から真っ赤なローブを着た部隊が襲いかかる。

「あれはナイン様ですね」

 シスレイアの声は弾む。

「そうだ。ナインに与えた部隊だ。あいつ、異世界のイイの赤備えに触発されたな。部隊全員、赤で統一しやがった」

 イイの赤備えとは、日本という異世界のトクガワイエヤスという天下人に仕えた武人の名前だ。猛将として知られ、配下すべてに赤い甲冑を着せたことで有名だった。

 戦場で赤は目立つ。目立つと言うことは狙われやすいことにも繋がるが、イイナオマサという武将は戦場で群がってきた敵将をことごとく跳ね返し、武勲を立て続けた。

 関ヶ原という天下分け目の戦で負傷し、その傷がもとで戦死するが、イイの赤備えは後世に残る活躍をしたのだ。それにあやかっているのだろろうが、炎の魔術師、ナイン・スナイブスもまた豪胆な男であった。

「レオンの兄貴、オレの活躍を見てくれ!」

 と言わんばかりに黒の精鋭を蹴散らしていく。

 紙でも切り裂くかのように黒の精鋭を分断すると、その一方を包囲殲滅する。

 もう一方はもうひとりの英傑ヴィクトールである。

 天秤師団最初の士官。

 俺が直々にスカウトした猛将中の猛将だった。

 ヴィクトールは大剣を振るいながら、みずから先頭に立ち、敵を包囲殲滅していた。

「おれの配下に卑怯者はいない」

 と言わんばかりに勇猛に戦闘を繰り広げている。

 その戦いぶりに賞賛しながらセシリアに問うた。

「あれが俺の部下、姫様の配下だ。マキシスの何倍も頼りになるだろう?」

「…………」

 セシリアは沈黙する。

「まあ、そうか。それでもマキシスの勢力は強大だよな。まあ、気持ちは分かる」

「……あなた、どうするつもりなの? マキシスはエルニア陸軍を、いえ、この国を掌握しているわ。そんな男の軍を攻撃してしまったら、国賊宣言をされるわよ。賊軍認定されるわよ」

「まあ、それはしょうがない。おそかれ、早かれそうなる運命だった。予定より早いが、俺たちはこれから王都を脱出し、反乱軍となる」

「賊軍になるつもり!?」

「反乱軍だよ。正義を通すための軍隊だ。戦場で必ずマキシスを打ち倒し、レインハルトを奪還、王位に就かせる」

「この後に及んでまだレインハルトを王にするつもりなの!?」

「ああ、うちの姫様は、権力はほしくても権威はいらないんだってさ。この世界を変える力には興味があっても玉座に興味がないらしい。俺もそれには同意だ。人間、生まれ持った器量がある」

「レインハルトは王に向いているとでも?」

「少なくともマキシスよりは」

 そのように答えると、俺はセシリアに別れを告げる。

「賊軍認定される前に俺たちは王都を脱出する。しかし、すぐに戻ってくる。必ずレインハルトを奪還するから、それまで耐えてくれ。あんたが息子を守ってやれ」

「…………」

 セシリアは沈黙した。いや、沈黙せざるを得ないようだ。

 その胸は様々な感情が渦巻き、脳は混乱しているように見えた。しかし、答えは決まっている。彼女は必ず〝息子〟のためになる決断を下すはずであった。

「じゃあ、あばよ」

 そう言い残すと、俺は血路を開く。

 乱入してきた黒の精鋭を蹴散らすと、姫様とメイドを伴って脱出した。

 姫様は最後、セシリアのほうへ振り返り、深々と頭を下げたのが印象的だった。

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