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夕食の前に

 上層に戻る階段を上ると、案の定、すぐに出口が見えてくる。

 別荘の炭焼き小屋に続いていた。

 俺たちは炭焼き小屋の床板を外すと、そこから地上の空気を吸う。

 炭焼き小屋の空気はかび臭かったが、それでももう落とし穴に落ちたり、機械の鮫に襲われたりしないでいいかと思うと気が楽になる。

 炭焼き小屋の鍵を内側から開ける前にシスレイアに確認する。

「早速、君の弟君と面会したいところだが、部屋はわかるかな?」

「もちろんです。目を瞑っていても向かうことができます」

「では先導をお願いする」

 そのようなやりとりをするとそのまま建物部分へと向かう。

 レインハルトの住う建物は立派であった。さすがかつて王族の城として利用されたものだと納得できる作りをしている。

 道中、見張りの兵と出くわすが、《透明化》の魔法を使ったり、クロエが色仕掛けをしたり、ときには武断的な手法を使って突破していく。

 クロエが「やれやれ」と言うこと六回目にしてやっとレインハルトの寝室に辿り着く。

 シスレイアは丁重に弟の寝室の扉を四回ほど叩く。

 すると部屋の奥から少年の声が聞こえる。

「……そのノックは姉さん?」

 弟の問いにシスレイアは「そうよ」と答える。姉と妹の間にはその会話だけで十分なのだろう。シスレイアはドアを開ける。

 そこにいたのは天蓋付きのベッドの上に身体を預ける少年だった。

 いや??少女か? 髪が長いので女に見えなくもない。しかし、シスレイアの弟なのだから男子なのだろう。彼は女性のように見目麗しい少年だった。

 その容姿に驚いていると、少年は開口一番に言った。

「その男の人がレオンさん?」

「そうよ」

 どうやらシスレイアはことあるごとに手紙に俺のことを書いていたらしい。レインハルトは初めて会ったとは思えませんでした、と前置きしながら挨拶をしてくれた。

「僕の名はレインハルト・フォン・エルニア。この国の第三王子、姉さんの弟です」

 彼の自己紹介は簡潔を極めたが、嫌われている訳ではないようだ。

「もしもこの身体が元気だったら、立って挨拶をしたいのですが……」

 とはにかみながら言った。

「君、いや、殿下が病弱なのは知っている。先日、実の兄に毒を盛られたことも」

「さすがは地獄耳です。姉さんの手紙にある通りだ」

「この国の諜報機関に同期がいてね。さて、そこまで知っているのならばちょうどいい。我々は殿下をこの国の王にしようと思っている。殿下が国王、殿下の姉君が摂政だ」

「それは素敵なアイデアだ。特に姉さんが摂政というのが」

「ならば同意してくれるか?」

 その問いにレインハルトは笑顔で「いえ」と答える。

「なぜだ? このままだと君、いや、あなたは殺されるぞ、実の兄に」

「君で結構ですよ。??殺されるというのは承知済みです。猜疑心の塊である兄上が王位を継げば僕は殺されるでしょう」

「ならば君は自殺するというのか?」

「それも悪くありません。どのみち、長く生きられない身体です」

「分からんぞ。異世界には君みたいな王がいる。〝中継ぎ〟だと思って王位についた病弱な男がいたのだが、周囲や自身の予想に反して長生きしてしまったんだ。名をアウグストゥスという。ローマの初代皇帝だ」

「皮肉なものですね。しかし、僕はそうではない。成人できないでしょう」

 一四歳に満たない少年は毅然と言い放つ。達観しているというより、老成しているようなにも見えた。たった一三年しか生きていない少年であるが、様々な経験を積んでいるようにも見える。さすがはシスレイアの弟だ。

「ですので王位につくのはお断りします」

「この国の危機だ。君の兄がこの国を継いだらエルニアは衰退する。さすれば諸王同盟も崩壊しよう」

「かもしれませんが、それも一興です。それに僕の死後のことまで責任は持てません」

 たしかな意志を感じさせる。この辺はシスレイアの弟だった。

「ならば君が王位につくのを諦めろということか。さすれば君の大切な姉さんは死ぬぞ」

「それは困ります。どうか姉上は救ってください」

「無理だ。我々は弱小勢力、せめて大義名分がなければ勝ち目はない」

「ならば僕が王になれば勝てると?」

 少年の瞳の奥に輝きを感じた俺は説明する。

「もしも今から説明することに理を感じたら、考え直してくれるかね」

「話を聞いてから決めます」

「しっかりものだ。いいだろう、どのみち選択肢はない」

 そう前置きすると、俺はプレゼンを始める。姫様の命が、いや、この世界の命運が掛かったプレゼンだった。

「俺には勝機がある。だからここにやってきた。レオン・フォン・アルマーシュは勝機がある戦いしかしないんだ」

「かつて難攻不落の要塞を落としたときに言い放った台詞ですね」

「そうだ。使い回しで悪いが、後世の歴史家は未来の国王に言い放った言葉として歴史書に記すだろう」

 気取った言い回しですね、クロエはくすりと笑う。俺は気にせず続ける。

「俺には勝算がある。マキシスを追い出し、君を王位にすればこの国は持ち堪える。やがて諸王同盟の中心となるような国になるだろう」

「僕にはそのような力はありません」

「君だけでは無理だ。君が王位に就き、君の姉さんが摂政に就任したとき、化学反応が生じるんだ」

「化学反応……」

「そうだ。王として見れば君は病弱にして脆弱な存在でしかない。君は賢くはあるが、それゆえに悪いことばかり考えてしまうしな。しかし、そこに希望を持った摂政がいたら? 未来は明るい、この世界は善意で満ちていると信じている女の子が補佐してくれるとしたらどうだ?」

「たしかに物事の負の面ばかり見てしまう僕と、正の面を見ようとする姉さんの相性はいいかもしれない」

「最高だよ。そこに小賢しいことばかり考える軍師、どんなことも断行する宮廷魔術師が加わったら鬼に金棒だ。他にも素晴らしい人材が揃っている」

「メイドのクロエ、剣鬼のヴィクトール、炎の魔術師のナイブス、その他、綺羅星が如く人材が揃っているそうですね」

「それだけじゃない。この国も完全に腐っているわけじゃない。軍部にも味方はいる」

「軍の良識派の将軍たち、特にジグラッド中将は頼もしいです」

「そう言うことだ。君が王位に就けばさらに味方は増える。さすれば俺はその戦力を活用し、姫様が政治をしやすい環境を整えよう」

「姉上が政治のしやすい環境……」

「そうだ。約束する。少なくとも君の姉上が泣くようなことはしない。だから協力してくれ」

「分かりました」

 レインハルトの即答に気が付かず、俺はさらにプレゼンをしてしまう。

「君が王として権威を掌握し、俺と姫様が権力を奪取する。いや、権力を奪取る術は俺が考え実行する。君の姉さんの心を悩ますようなことは??ん? 今、分かりましたって言ったか?」

「はい、その通りです。分かりましたと言いました」

「それは王位に就いてくれるということか?」

「はい。そうです。微力ながらお手伝いします」

「いや、さっきまで厭がっていたが」

「今でも厭ですよ。しかし、姉上の命がかかっています。僕の命はどうでもいいですが」

 その言葉をシスレイアは嗜めるが、レインハルトは笑うだけだった。彼は俺の瞳を見つめると、こう言った。

「ただし、僕が王位に就くにあたって、ひとつだけお願いがあります」

「なんなりと、陛下」

「簡単なお願いです。そんなに改まらなくていいですよ。僕の願いは僕が死んだあとのことです。先ほども言いましたが、僕は長生きできないでしょう。遠からず死ぬ。そのとき、僕の後継者は姉上とする。それが僕の願いです」

「…………」

 その真剣な問いにシスレイアは沈黙してしまう。

一三歳の少年とは思えないような落ち着きを感じたが、常に生死の境界線上にいるその環境が彼を強くしたのだろう。なにか言いたいシスレイアを制すと、俺が彼女に変わって約束した。

「分かった。いえ、分かりました、陛下。もしも陛下が崩御した際は、このフォン・アルマーシュが責任を持ってシスレイア殿下を王位につけて見せます」

 その言葉を聞いたレインハルトは年頃の少年のように微笑む。

「ありがとう、天秤の軍師様。そして改めてよろしく。僕のことはレインハルトと呼んでください」

 その笑みと言葉に惹かれてしまう。シスレイアと半分しか血の繋がっていない少年であるが、たしかに半分は繋がっている少年であった。そのことを確信した俺は彼をシスレイアの次に重きを置く人物として認識するようになった。

 こうして次世代の王は確定したわけであるが、それを快く思わないものがいることを少年は伝えてくれる。

「レオンさん、早速相談なのですが、僕自身、王になるのを拒む気はありません。姉さんを救うために力添えしたいくらいです。しかし、それを望まぬ人間は多いです」

「兄貴のマキシスや保守派の連中か」

「代表的なのは。しかし、それよりも厄介なのは??」

 少年が最後を言い終えるよりも早く、寝室の扉が開け放たれる。


 どん!


 と勢いよく解き放たれた扉から入ってきたのは、美しい貴婦人だった。

 宝石を散りばめたドレスを着た御婦人は開口一番に言い放つ。

「お久しぶりね。シスレイアさん」

 柔和な声であったが、少しヒステリックにも聞こえる。さもありなん、可愛い息子の部屋に見知らぬ侵入者がいるのだ。母親ならば気が気ではないだろう。

 そう、この人物こそレインハルトの実母、この国の第三夫人であった。

 マキシスとケーリッヒの母である第一夫人は亡くなっており、またシスレイアの母親である第二夫人も鬼籍に入っているので、実質上の王妃がこの人であった。

 名をセシリアという。

 改めてこの国の王妃を観察するが、どこにでもいる普通の女性であった。無論、美人ではあるが。なんでもこの人はシスレイアの母と同じく、庶民の出身らしい。貴人独特の権高さや厭らしさは微塵もなかった。

 しかし、両脇に屈強な兵士を抱えている。これは招待状がないからしかたないことであった。

 両兵士からはびんびんと殺気が伝わってくる。廊下にもたくさんの兵士が控えているようだ。

 俺はシスレイアとクロエに視線を送る。次いで窓にも。

 レインハルトを抱えてこの窓から逃げるか? そう提案しているのだが、それは当のレインハルトによって断られた。

「レオンさん、母上には心配を掛けられません。それに窓の外にも兵はいます」

「ならば万事休すかな?」

 小声で言うが、レインハルトは首を横に振る。

「必ず隙を作ってみせます。それまでは是非、穏当に」

「了解した、陛下」

 そう返すと、俺は出来るだけ友好的な笑顔を作りながら言った。

「初めまして、セシリア第三夫人」

「初めまして、招かざる客人たちよ」

「俺とクロエはその自覚はあるが、義理の娘のシスレイアもそうなのかな?」

 セシリアの視線はシスレイアに伸びる。一瞬、なんともいえぬ表情をするが、つん、と答える。

「義理の娘とはいえ、招待もなくやってこられたら歓迎できないわ」

「では改めて招待状を頂けますかな? 我々はあなたの息子を救いに来た」

「レインハルトを? あなた方か?」

「そうです。先日、あなたの息子は毒を盛られました。実の兄にです。姉と弟は共闘すべきでしょう。それが唯一、生き残る選択肢」

「あなたたちはレインハルトを王位に就かせようとしているの?」

「左様です。攻撃こそ最大の防御」

「有り得ないわ。あの子は身体が弱いの。気も。王の器ではないわ」

「母親ならば息子に王位をと思っていましたが」

「わたしが望むのはあの子の平穏だけ。どこか遠方の地に領地でも貰って、伯爵家でも起こしてほしい、それが願いよ」

「なるほど、守りの姿勢ですな。それも悪くない。乱世でなければ、ですが」

「互いに妥協点は見いだせなさそうね」

「じっくり話し合いたいです」

「――いいでしょう。あなたがたをこの別荘に招待します。数日、骨を休めて行きなさい」

「有り難い」

「今宵、夕食に招待します。シスレイアとともにきなさい」

「それは有り難い。腹を空かせて待っています」

「それまでの間、レインハルトには近寄らせません。息子は身体が弱いの」

 そう言うと同時にレインハルトは咳き込むが、演技ではないようだ。セシリアは水差しに水を入れるとそれをレインハルトに渡し、背中をさする。麗しき親子愛であった。

 それをじっと見ているのはシスレイア。ぼそりと漏らす。

「……お母様」

 お母様とはセシリアのことではなく、自分の実母、第二夫人のことだろう。シスレイアは幼き頃に実母と死別した。それも第一夫人の放った刺客からシスレイアの身を守るため。ゆえにこのように美しい親子愛を見ると母親のことを思い出すのだろう。

 抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、それはできない。人前であったし、そもそも俺はただの軍師でしかなかった。彼女を慰めるのは未来の伴侶となるべき男だ。俺ではない。

 そのように思いながら兵士たちに案内され、客間に向かう。

 道中、クロエに小声で話し掛ける。

「……兵士たちの殺気が尋常ではない。夕食の席でなにか起きるぞ。準備を欠かさぬように」

「……分かっていますわ。やはりレインハルト様とはわかり合えそうですが、そのセシリア様とは無理そうですね」

「……手負いの子供を抱えた雌ライオンはこんなもんさ。すぐに戦闘にならなかっただけましだ」

 そう纏めると兵士たちの足が止まる。客間に付いたようだ。男女別々なのでここでお別れであるが、部屋は隣同士なのでなにかあればすぐに駆けつけることが出来るだろう。

 安堵したので俺はそのまま豪華なベッドに身体を預けると、持ってきた本を開く。夕刻までまだ間がある。お気に入りの物語に浸りながら、策略を巡らせた。

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