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三個師団分の信頼感

 鉄の鮫が完璧に沈黙したのを確認すると、クロエは湖面に顔を出し、シスレイアに視線を送る。彼女は言われるまでもなく即座に地底湖に飛び込むと、そのままレオンのところへ向かった。先ほどの《着火》で魔力を使い切ったのだろう。空気の球はなくなり、水死体のようにぷかりと浮かんでいた。

 シスレイアは普段の穏やかな姿からは想像できないような速度でレオンを救出すると、そのまま岸へ連れて行った。

 地底湖に浮かぶ小島にレオンを引き上げると、シスレイアはレオンの胸を確認する。上下しているか見たのだ。しかし、恐ろしいことにレオンの胸は動いていなかった。

「……心肺停止!?」

 医学の知識があるシスレイアは顔を青ざめた。

 慌てて胸の上に顔を寄せると心音を確認する。たしかにレオンの心臓からは鼓動を感じられない。シスレイアは即座にレオンの胸をはだけさせる。意外と筋肉質な胸を意識してしまうが、シスレイアは気にせず心臓マッサージを始める。

 骨が折れてもいいくらいに押す。それが心臓マッサージのコツであったが、シスレイア程度の筋力では骨が折れる心配は不要だろう。それよりも早く心臓を動かし、空気を送り込みたかった。なのでレオンの口に着目するとそのまま口づけをしようとするが、それはクロエに止められる。

「おひいさま、おやめください」

「なぜです。レオン様の命が惜しくないというのですか」

「まさか、レオン様の知謀と魔力は大陸随一。このクロエの命と引き換えにしてもお守りしたい存在です」

「ならば一刻も早く人工呼吸を」

「駄目です。王室典範では十六の誕生日を超えた生娘が、最初に接吻をした相手と結婚をしなければいけない、となっています」

「その典範は古すぎます。すでに死文と化している」

「しかし、だからといってこの国の未来を担うお方が破るのはどうかと」

「……!」

 話にならない。そう思ったシスレイアはクロエの制止を振り切ってレオンに口づけしようとするが、この後に及んでクロエは止める。それも物理的に。

 シスレイアを押しのけると、「私が代わりに人工呼吸します」と申し出た。

「クロエには人工呼吸の心得があるのですか?」

「昔、部族の男の子が蛙のお尻の穴にストローを刺して膨らませているのを見ました」

「なんて酷いことを! それにレオン様は蛙ではありません」

「そうですね。でも、蛙のほうがましかも。少なくとも蛙は人を欺きません」

 どういうことですか? シスレイアがそのような表情をするとクロエはレオンの唇に指を添える。

「こういうことです。レオン様、いい加減、死んだふりはやめてください。おひいさまはだませてもこのクロエは騙せません」

 断言するとレオンのまぶたがぴくりと動く。次いで唇も。

「……やれやれ、さすがはドオル族だな。聴覚が化け物じみている」


「レオン様!!」


 シスレイアは驚愕の声を上げる。

「やあ、お姫様、ご機嫌麗しゅう。フォン・アルマーシュ、地獄より生還しました」

 少しだけ戯けながら言う。

「どういうことですか?」

 シスレイアはきょとん俺の顔を見つめるが、クロエはジト目で見つめる。

 ふたりの視線のアンバランスさが可笑しかったが、種明かしをする。

「いや、シスレイアがあまりにも真剣なのでからかっただけさ。途中から意識を回復したんだが、ここで死んだふりをしたらどうなるか、実験したかった」

「実験……」

「魔術師としての知的好奇心だ。許せ」

 ぶっきらぼうに言うが、少しだけ後悔する。シスレイアはいまだ驚愕の表情をしているので罪悪感が生まれたのだ。しかも彼女は怒ることはなく、むしろ、嬉しそうにしているから余計に胸に刺さる。

「……よかったぁ。レオン様が無事で本当に良かった」

 何度もつぶやく。

 こうなってくると本当に申し訳なくなってるが、そこはクロエがフォローしてくれた。

「死んだふりをしつつ、おひいさまの唇を狙ったというわけですね。私が気が付かなければ来月には祝言でした」

「それな。俺の計画がおじゃんになるところだった。ま、未遂でなによりだ」

 強引に纏めると、先ほど対岸から飛ばしておいた荷物類を漁る。新しい義手を手に装着するのだ。その光景を観察するふたり。

「予備の義手をお持ちでしたんですね」

「ああ、ドワーフの技師に頼んでおいた。俺の生命線だしな。実際、さっきの戦闘でもこれがなければ負けていた」

「はい。しかし、まさか敵にわざと左腕を食わせた上に、遠隔操作で大砲を使うとは思っていませんでした」

「敵に食われたのは偶然というか、俺のミスだよ。ま、そこから活路を見いだすのが俺のすごいところかもしれんが」

「はい、さすがレオン様です。毎日のように尊敬する箇所が増えていきます」

「そいつは有り難い。さて、服を乾かしたら先に進もうか。構造上、この先に行けば上層部に出られるはず」

「そのようですね」

 クロエは耳と身体で風の動きを読み、俺の予測を補強してくれる。

「二〇〇メートルほど先に通路があるようです」 

 俺はクロエの感覚を全面的に信用していたので、そこに出口があると確信した俺は休憩を取ることを提案する。

 シスレイアとクロエも同意してくれる。

「そうですね。思わぬ水泳で体力を消費しました。それに服を乾かさないと」

 見ればシスレイアの服はびしょ濡れだ。ブラウスが少し透けて下着が見えている。

 俺は頬を染め上げると視線をずらす。

 その姿を見てクロエは意味ありげに、「ふふふ」と笑った。見透かされているようでムカツクが、これから料理を作ってくれるものに文句は言えない。

「ささ、おひいさま、お着替えです。濡れたままでは風邪を引きます」

「それはクロエも同じではないですか」

「その通りです。でも、クロエはメイド服なので大丈夫なのです」

「……??」

 メイド服の生地は厚く、黒なので透けないという理論であるが、シスレイアは意味を図りかねているようで頭の上に「???」を浮かべている。

 クロエはそれも微笑ましく見つめながら、シスレイアの両肩を押す。そのまま岩陰に入ってお着替えを始めたようだ。


「まあ、おひいさま、お胸が大きくなっていますね。ブラのサイズを上げなければ!」


 わざと俺に聞こえるように言う辺り、明らかに俺をからかっているのだが、効果てきめんであることは認めなければいけない。ことこの手のことに関しては俺はクロエにも劣るのだ。

 そのように溜め息を漏らしながら、火を起こす。

 着替え終えた彼女たちは、さぞ身体を冷やしていると思ったのだ。

 まずは暖を取って落ち着かせたかった。


 焚き火を囲みながら、三人で温かいスープを飲む。

 ジャガイモとコーンをすりつぶしたものに、砂糖とチキンスープの素を混ぜたものであるが、とても美味い。野菜の甘みが舌を温かく包んでくれるからだ。

 揚げたパンも入っており、これだけでお腹を満たせるくらいにボリューミーだった。

 半分程度飲み終えると、これからのことを話す。

「構造上、上層部に出ればレインハルトの別荘に出る。つまり、姫様の弟との面会はすぐに叶う」

「久しぶりの再会です。弟は元気でしているでしょうか」

「元気にして貰っていないと困る」

 ――なにせ、もうじき、王様になって貰うんだから。

 心の中でそのようにつぶやくが、そろそろ、シスレイアにも計画を披瀝するべきかと思った。

 俺はシスレイアがカップから口を離した瞬間を見計らって話し掛ける。

「――おひいさま、弟のことで相談があるのだが」

「弟を次期国王にする件でしょうか?」

「……なんだ、気が付いていたのか」

「はい。レオン様ならばそうするかと思っていました」

「ならば君を摂政にする計画もばれているかな?」

「なんとなく、予期していました」

「では答えから聞く。俺の計画に賛同するか?」

「します」

「即答だな。もっと考えてもいいんだぞ」

「何日も悩んだ末の結論です。この国を救うにはそれしかないでしょう。それにわたくしはこの世界を救いたいと最初に会ったときにお伝えしたはず」

「だな、しかし、この国の法律では君が女王になる可能性は少ない」

「兄と弟のほうが継承権上位ですからね。それは分かっています」

「当初の約束通り、君を女王にすることは出来ないかも知れないが、君を〝女王〟と同等の権力者にすることは出来る」

「有り難いことです。あのときも言いましたが、わたくしがほしいのは権威ではなく権力。この国を変える力です」

「いい覚悟だ。さすがは俺のお姫様」

「……ただ、ひとつだけ心配があります」

「なんだ?」

「弟に国王が務まりましょうか? 弟は病弱であると同時に気が弱いのです」

「だからこその摂政だよ。君が弟の足りない部分を補えばいい」

「……足りない部分を補う」

「君にはそれができるはずだ」

 シスレイアはしばし思索すると、「はい」とうなずいた。

「それでいい」

「覚悟は出来ました。未来地図ビジョンも見えています。しかし、もうひとつ不安が。弟が王位争いに参戦すれば兄のマキシスが弟を疎ましく思うでしょう。……血みどろの争いになるかも」

「なんだ、そんなことを心配していたのか」

「心配します。実の弟です」

「その口ぶりならば弟の勝利を願っているようだな。それならば心配ない。君の心配ももっともだが、ふたつの理由によって杞憂であると断言する」

「お聞かせ願えますか?」

「ひとつ、君の弟が王位争いに参加しなくても、マキシスは君の弟を許さない。王位に就くか、就く前に暗殺するだろう。先日の事件を忘れたか?」

「やはり先日の事件は兄の仕業……」

「他に動機あるものはいない」

「どのみち、戦うしかないんだよ。君も君の弟も。ならば共闘したほうがいい」

「分かりました。共闘します。わたくしが義母を説得します」

「有り難いことだ」

「して、ふたつ目の根拠はなんでしょうか?」

「そっちか、そっちはもっと単純明快だ。ふたつ目の根拠、それは君には最強の宮廷魔術師兼軍師が付いているということだ。そいつの名はレオン・フォン・アルマーシュ、そいつが一匹いるだけで、三個師団ほどの安心感がある」

 そううそぶくと、シスレイアは表情を崩す。

 全面的な信頼感を寄せ、こう言った。

「三個師団ではなく、一〇個師団分の信頼感があります」

 と――。


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