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6.棘と運搬

『と、いうわけで』

「どうゆうわけで?」


 あれ?


『カナちゃんさん?』

「なぁにぃ?」

『ちゃんと聞いてたよね?』

「なにをぉ?」


 聞いてなかったんだね、わかります。


『朝ごはんの話だよ』

「朝ごはんがあるの?」

『ない。ないから話してるんだ。あのね、カナちゃんは自分で朝ごはんを集めないといけないの』

「食べなくても大丈夫だよ?」

『そんなのお兄ちゃんが許しません!朝に活力を補充しなくちゃ』

「でも、いつも食べてなかったよ?」

『ありゃ、そうなの?この世界では朝は食べないのかな?』

「ううん。みんなは食べてたけどぉ、カナのは監視の人達が踏んずけて遊ぶから貰えないの」


 ……。

 誰か今すぐにあの男達連れてきて!

 今なら殺れるから!!!!


「だからね、食べなくても大丈夫だよ?」

『今のを聞いたら、なおのこと食べさせたくなった』

「えぇー」

『えぇって……食べないと死んじゃうんだよ?』

「もう死んでもいいよぉ」


 なっ!!


『そんなこと言ったらダメじゃないか!』


 つい、怒鳴ってしまった。

  そのせいで、部屋を沈黙が支配する。


「だって……生きてても痛いことがいっぱいだもん」

『死ぬのはもっと痛くて苦しいよ。それに、その言葉をママが聞いたら、きっと悲しむ』

「私が………ギリッ」


 歯軋りがなり、カナちゃんの顔が歪む。


「カナが、死ねば……ママとまた、一緒に居られるんだよ…………ママは、カナと一緒にいる時が一番幸せって………言ってたもん!」


 そうゆうことか。

 この子はとことん母親思いなんだ。

 苦しい生活環境での拠り所であり、嫌なことに対しての受け皿でもあった母親のことを、心の底から敬愛していたんだ。

 語る言葉には全て耳を傾け、言いつけを守り、常にそばを離れなかった。

 その母親が、そばにいてほしいと言ったのだ。

 その言葉は、死んでからも彼女の胸に、返しのついた棘として痛みを与えていた。

 そして、それは今も継続している。


 出会った瞬間、助けたいと思った。

 安っぽい偽善かもしれないが、俺は考えていたんだ。

 この子に何かを与えてあげたいと。

 怪我を治して安らぎを。

 敵から護って平穏を。

 これからも、俺は変わらず、彼女に与え続ける。

 なら、この棘を取り除くには何が必要か。


 何を与えればいい?

 心の支え?善悪の教え?悪夢への防止策?

 それとも、母親代わりになることだろうか。


 俺は違うと思う。

 それじゃ、この子は救えない。

 そんなんじゃ、この棘は成長するだけだ。

 なら、正解は……?


『カナちゃん。ママがいなくなって寂しいかい?』

「寂……しい」


 カナちゃんは泣いていた。

 ポツポツと、秘めていた想いが、縛っていた感情の楔が、崩れて、溢れて、落ちていく。

 悲しみや怒り。

 吹き溜まっていたものが込み上がってくる。


「私が……ヒグッ……悪い、の?」

『カナちゃんは悪くないよ』

「カナが……なにも…ヒグッ……できないから、ママ……死んじゃったの?」

『違う。ママは頑張ったんだ。頑張ったから死んじゃったんだ』

「カナの……ヒグッ、せい?」

『違う』

「ヒグッ……じゃぁ、なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ついには、楔が抜け落ちた。

 でも、まだ心に複雑な形で絡まっている。

 このままにしていては、棘は勢いをのせて傷口を抉るだろう。

 中途半端で終わらせるぐらいなら、手を出すな。

 昔よく、じっちゃんに言われてたな……。


『ママは頑張ったんだ………頑張ったから、許された』


 カナちゃんは何も言わない。

 蹲って、涙を必死に止めようとしている。

 楔が無くなるのを恐れて、何かのせいにしてしまっては、母親が離れて行ってしまいそうで。

 溢れそうな、欠片を必死に止めようとしている。


『天国に行くことを許されたママは、今も、上でカナちゃんを待っている』

「……だったら」

『でも、カナちゃんはまだ許されてない』

『今カナちゃんが死んでも、行くのは下の地獄だ。ママには会えない。これからずっと苦しみ続ける』

『だから、カナちゃんは生きないといけない。天国に行くことが許されるまで、頑張らないといけない』

「頑張ったら………ママに、会える?」

『会える。必ずね』


 また、部屋に沈黙が降りる。


「カナ、頑張る」

『うん』

「頑張ってママに会いにいく!」

『カナちゃんはえらいな』

「カナ、えらい?」

『えらいえらい』

「えへへ」


 赤く腫れたまぶたに涙はなく、どこまでも無邪気な子供の笑顔をしていた。

 これでいい。

 子供は無邪気に笑っていればいい。

 嫌なことは忘れてもいい。

 ただ、健やかに育ってくれれば。


 何が必要か?

 そんなの、厨二病にわかるわけが無いだろ?


 厨二病患者は気高く、気品に充ちている。

 ので、下々の考えに耳を貸すことは無いのだ。

 しかし、今は、気まぐれで優しさに触れさせるのも、また一興。

 従属は主を映す鏡だから、な。


『カナちゃんカナちゃん』

「なぁに?」

『俺を……家族にしてくれないか』

「えぇ〜。どぉ〜しよぉ〜かなぁ〜」

『おねがい』

「うん!いいよ!」


 何が必要か。

 そんな取捨選択、俺にはできない。

 神でもなけりゃ、偉人でもないのだから。

 俺はただの厨二病。

 それでも、家族にはなってあげられる

 ただの厨二病でも、優しさをわけ与えることは、できるんだ。

 この子に出会った瞬間、何かを与えてやりたいと思っていた。

 この世界について、俺はあまりに無知すぎる。

 そして、それはカナちゃんも同じ。

 なら、俺はカナちゃんに選択肢を与えよう。

 良心となり、何もわからないこの世界で、進む道を照らしてあげよう。

 それが、この世界で俺のやるべき事だと、思うから。

『カナちゃん。これからもよろしくね』

「よろしくね!お兄ちゃん!!!」


 ◇


 気を取り直して狩りの時間。

 ではなく、やるのは木の実の採取と野草探し。

 本当は、化け物の闊歩する森なんか歩かせたくはないのだが、背に腹は変えられない。

 餓死なんて可哀想だからな。

 かと言って、ウォーター・リーパーを食べさせるのも違う気がする。

 ついでに周辺地域の特徴や傾向を調べておきたかったし、丁度よかったのだ。

 いつ、何が起きるやも、知れない。


 早めに備えておかないとね。


 カナちゃんを外へ誘導し、探索開始。

 マングローブ擬きがあるせいで、湿地帯を想像してしまうが、地面は案外頑丈だ。

 ぬかるみに足を取られる心配がなくて、お兄ちゃん安心です。


『警戒しながらちゃんと隠れて移動するんだよ』

「はーい」


 マングローブ擬きの根っこを経由して移動していくカナちゃん。

 ちゃんと左右の安全確認も忘れない。


 うんうん。言いつけを守れるええ子や。


 マングローブ擬きが日光を遮っているおかげで、足元にはヒカリゴケしか生えていない。

 もし日が当たっていたら、雑草が伸び放題になり、少し先の危険も検知できない危険な状態になっていただろう。

 来る時は草の生えてない場所から来たのでその心配はなかったが、ここはそうでもない。

 何しろ、日陰から出るとすぐに草むらができているのだ。

 近づかないように言明しはしたが……。

 不安だ。

 蛇とか出てきませんように!


「あ!」

『ど、どうした!』


 急に声を上げて立ち止まるカナちゃん。

 驚いて、つい吃ってしまった。


「あの実、監視の人が食べてたのだよ!」


 指し示した先を辿ると、そこにはオレンジ色の丸い実をつけた植物が、マングローブ擬きの根に巻きついて自生していた。

 林檎くらいの大きさがあり、数もなかなか。

 群生地と呼ぶにふさわしい光景だ。


『そっか。知ってる植物があったなら、そこまで苦労せずに済みそうだな』


 よかったよかった。

 自生の仕方と色的にカラスウリを連想したけど、サイズも形も違うし、関係なさそうだ。

 カナちゃんも、この成果にご満悦。

 笑顔がいつもの二割増で輝いて見える。


 でも、パッチテストはしないとだよな。

 自分が食べるなら、そこん所は適当でもかまわないけど、食べるのはカナちゃんなんだし。

 もしかしたら、カナちゃんの知ってる実に似てるだけで、実際は毒があるかもしれない。


「えっへん!」

『カナちゃん。その実を食べないで持ち帰って、汁だけ腕につけてみて』

「うーん?」


 理由がわからないのだろう。

 首を傾げている。

 うさぎ耳がそれにつられて垂れた。

 うん、可愛い。


『お願い。必要なことなんだ』

「うーん………分かった!」

『ありがとう』


 カナちゃんはその実を採れるだけ採って家に戻り、教えた通り、汁だけを腕にぬってくれた。

 そのまま二十分放置。

 本当は十分でもいいのだが、念の為だ。


『痒くない?』

「痒くないよぉ」


 湿疹はなし、か。


『それじゃぁ次は、唇に塗ってみて』

「うん!」


 その後、二十分経っても異常がなかったので、少し舐めてもらった。

 それでも異常はない。

 少し齧ってもらい、数時間。


『大丈夫そうだね』

「何がぁ?」

『うぅん。なんでもないよ』


 さすがにカナちゃんの記憶力を疑ってたとは言い難いしね。


「むぅ。家族に隠し事しちゃダメなんだよ!」


 頬を膨らませて、怒ってるよのポーズをとっているカナちゃん。

 おぉう。

 そこを突かれるのは痛いな。


『アハハ。腐ってたりしてないか心配してただけだよ』


 嘘じゃない。大人のエゴと言ってくれ。


「本当?」

『ほんとほんと……あははは。それよりお腹すいてるでしょ!いっぱい食べてお昼寝した方がいいんじゃないかな!』


 強引な気もするが、この子の言及にこれ以上耐えられる気がしない。

 俺のメンタルは豆腐製なんだ。


「お昼寝……」

『そう、お昼寝。寝る子は育つからね!いっぱい寝た方がいいよ!』

「お昼寝って、お昼に寝ること?」

『あれ?お昼寝知らない?』

「お昼に寝てたらお仕事できないよ?」


 この世界、幼女に対して過酷労働過ぎません?

 食事なしでお昼寝なし?

 それでどうやって健やかに育てと?

 っざけんな!


『カナちゃん寝よう!今すぐ寝るんだ!』

「まだ眠くないよぉ……」

『だーめ!俺がお兄ちゃんになったからには、妹は三食昼寝付きの生活を過ごしてもらう!』

「むぅ。お兄ちゃん嫌い!」

『なんと!?』

「カナまだ眠くないもん!遊ぶんだもん!」


 あ、意外と子供らしい反応だ。

 これで「仕事したい!」とか駄々こねられたらどうしようかと思ったよ。


『遊びたいの?』

「遊びたい」

『そっか。じゃぁ、遊ぼっか』

「うん!」


 甘々である。

 兄としてやって行けるか、将来が不安だ。

 それから二人は、オレンジの果実運搬という名の遊びを、夕方まで続けた。


 ……。


 って、結局仕事じゃねぇか!

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