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4.ゴブリンの王

「な、なんだこのゴブリン!」


 強ぇ。

 恐ろしく強ぇ。

 変異種でもねぇのに俺の刃が通用しない。

 何を警戒しているのか、距離を詰めてこないのが救いだ。

 いったいどんな手品を使ってやがる。

 ゴブリンは雑魚種。

 そこらの成人男性でも、狩れる。

 本来、戦闘専門の俺達の相手する魔物じゃない。

 なのにどうした。

 このザマはなんだ。

 カウンターの初撃を無手でつかまれた。

 到底ありえる話じゃねぇ。


 今じゃ雑用をやっているが、俺は元傭兵だ。

 戦闘への準備で手を抜いたりなんかしない。

 なのに、研いだばかりの刃を素手で止められた。


 ふざけるな!

 屈辱で頭がどうにかなっちまいそうだ!


 ゴブリンなんぞに遅れをとる言われはないんだ。


 腐っても俺はトロール級だぞ!?


 腰に仕込んでいた毒付きの投擲ナイフを投げる。

 その後ろに追従しての接近。

 ゴブリンは手を開閉して何かを確かめており、こちらに気づいていない。

 相手がマヌケをかましている間に、投擲ナイフが眼球に直撃。毒が傷口から侵入した。


 即効性の麻痺毒だ!当分は指の一本も動かせまい!

 さらに、毒が完全に回る、絶妙なタイミングでの肉薄。

 崩れ落ちるゴブリンの首に一向。

 が、悔しいことに、案の定刃は薄皮一枚で防がれてしまった。

 内部へは、ダメージ入っただろうが、手応えが今ひとつ。


 骨の一本も折れちゃいねぇ。

 苛立ちを覚え、衝撃で空を舞うゴブリンを睨みつけた。


 口から泡を吹いている。

 毒が上手くハマったな。


 状態異常を受けての接敵は相応の技術がともなう。


 ゴブリン風情が、技術を磨いているはずもねぇ!


 そして、こちらは一人ではない。

 落ちてきたゴブリンに、片手剣使いの右切り上げが見舞われた。

 同じく、皮膚に傷はないが、勝負はついただろう。

 俺ほどではないが、奴も元傭兵。

 ゴブリン討伐など二人もいれば、この通り楽勝だ。


「ったく……ビビらせやがって」

「まったくだ」


 片手剣使いが悪態をつき、俺も同調する。


「ゴブリンの癖にやたら硬かったな……強化魔法か?」

「魔法に明るくはないが、強化魔法でもあそこまで底上げはできねぇはずだ」


 ゴブリンを倒すのに、オークに手傷を負わせる攻撃方でやっと勝てるレベル。

 それが、どれだけ奇怪なことかは、傭兵をやっていた男達だからこそ理解できた。

 突然変異にしても異常。

 もしこれがゴブリンではなく、より高位の魔物であったなら…………。

 考えただけで、嫌な汗が背を伝う。


 長居するのは得策ではなさそうだ。


「嫌な予感がする。目的の石を確保してずらかるぞ」

「死体はどうすんだ?」

「適当に捨ててしまえ。一匹の死体ぐらいでアンデッドは発生しねぇ」

「そ、それもそうか。なんなら日を改めて、燃やすなり、埋めるなりすればいいんだからな」

「そういうこった。わかったらとっとと、ゴブリンからぶんどってこい」

「自分で行きゃいいだろ。俺は近寄りたくねぇぜ」

「チッ……小心者も大概にしろよ」

「なんと言われようとも、俺は我が身が大事なんだ。報酬が良くなけりゃ傭兵なんてやってねぇよ」


 ……。


 まぁいい。

 こいつのビビりは今に始まったことじゃねぇ。

 報酬目当てで傭兵やってる奴なんて珍しくもない。

 慣れてしまったのか、呆れてしまったのか、こいつとはこれ以上、口ききたくねぇ。


 先の交戦で疲労しているのか、足は勝手に目標物へ向かい、帰路を急かしている。


「外見に変異の兆しなし……か」


 特徴から、ゴブリンであるのは、間違いない。

 色は、一般的な緑。


 仕草からして………アンデッドの線もない、か。


 ホブゴブリンやゴブリンキング、ゴブリンロードなんかは外見が違いすぎる。

 何度確認しても普通のゴブリン。

 しかし、俺達の斬撃痕がないのも、また事実。


 となると、残る懸念は……。


 グ……。


 っ!

 咄嗟にその場から飛び退き、抜剣。

 その様子を察して、片手剣使いも周囲に気を配っている。


「新手か?」


 片手剣使いが、横目を向けて問いかけてくる。


「気配はないが声がした。ゴブリンメイジが隠蔽でも使ってるのかもな」

「ゴブリンメイジが居るなら敵はそこそこの規模だな。……逃げ切れそうか?」


 臆病だとは言っても、流石に元傭兵。

 たとえゴブリンでも、数を相手取るには二人じゃ厳しいことを知ってるな。

 引き際は早急に見極める必要がある。


「力量がさっきのと同程度だと、逃走は不可能だな」

「煙玉はどうだ」

「駄目だ、ゴブリンメイジが居る集団は統率をとる。追いつかれてしまいだ」


 片手剣使いは焦っているのか、初心者でも答えられる事を聞いてくる。

 腹立たしい……。

 使えない奴だ。


「じゃぁどうすんだよ!?」

「知るかよ!!そんなの自分で……!」


『人間よ。我が従属を討ったその腕、褒めて遣わす』


 俺は、言葉を失った。

 まさか、低脳のゴブリンが人語を解するとは。

 ゴブリンメイジは知恵が回ると聞くが、それはあくまでゴブリンとしては、だ。

 人語を操るゴブリンなど、ロードクラスでもなければありえない。

 では、ゴブリンロードが出たのか?

 いや、森の状態は普段と変わりねぇ。

 ゴブリンの大量発生も起きてない。

 兆候がない。

 なら、どうして……。


『しかし、だ。人間よ。従属を殺されて揶揄しないほど、我の地位も低くはないのだ』


 地位があり、それを作った長が今ここにいるのなら、囲いの布陣は盤石だろう。

 俺は悟った。

 勝つなんてもってのほか。

 相手はこちらを狩る気だ。

 どうひっくり返っても、逃げることすら適わねぇ。

 長が出てきた時点で、話し合い以外の手立てはない。

 ここは早急に投降しなくては、時間が経てば経つほど、立場が弱くなるばかりだ。


「此度の非礼、謝罪申し上げる。ついては、それに見合うだけの食料の提供を約束しよう。要望があれば女を付け加えるが。如何か」


 姿は見えないが、膝をついて頭を下げる。

 ひとまずは敵意がないことと、俺たちを生かす利点があると伝えなければ。


 ゴブリンは人間の女を孕み袋に使う。

 数を揃えているのだから食料はあって困るものじゃない。


『……悪くない提案だ。食い扶持が多い分、今日の狩りも大変だろうと見込んでおったが……ふむ。手間が省けたな』


 狩り?

 それだけのために、長が出張っているのか?

 統率者が、長直々でなければならない理由……。

 他では手に余るほどの大所帯なのか?

 いや、まさか……!


「狩り……とは、もしや………村でも襲う気で?」

「っな!?」

『……話が早くて助かる』


 やはりか。

 長が同行しての村狩りとなると、そのまま移住する気だな。

 くそったれ、どんだけ増えりゃ気が済むんだ。

 だが妙だ。

 この辺りに村なんてなかったはず。

 あるのは鉱山主の屋敷と…………!

 片手剣使いも気がついたらしい。

 顔色を悪くして震えている。


「村、とはもしかして鉱山洞のこと、です……か?」

『……』


 無言の肯定。

 奴らは俺達を狩って喰う気らしい。


『我にも良心はある。幸いにも貴様らが壊したのは捨て駒の斥候一匹。替えのきく消耗品でしかない』


 あの強さで、捨て駒扱い。

 これは俺達二人には荷が重すぎる。

 最低でもサイクロプス級。いや、下手すりゃドラゴン級に頼る案件。

 一刻も早くギルドに報せねぇと、やべぇ惨事になる。

 ここら一帯、腐海になるぞ。


『故に、鉱山洞で呼吸する者全ての降伏にて、此度の事故への謝罪を受け入れよう』

「ありがとう……ございます」

『よい。我は寛大だからな。ただし、この条件にはそこに転がっている娘も含むことを忘れるな』


 なっ!


「し、しかし!これは既に息をしておりません!」

『息をしているか、していないかなど、我の知れたこと。命が惜しくば、どうにかしてみせよ』

「蘇生など出来るはずがない!!お前は俺達に死ねと言うのか!?」

『聞こえなかったか?どうにかせよ。これは願いではない。命令だ』


 くっ。


 手持ちにあるのは中位ポーションが一本、それと低位ポーションが三本だ。


 あとは、解毒薬が二本か。


 どう考えても死人が蘇る性能は期待できない。

 隣のも内容は同じだろう。


『どうした?できないのならば生かす価値は……』

「今やる!少し時間をくれ」

『急げ』


 どうする。

 どうしたらいい。


 焦りで思考が掻き乱される。

 奴隷をこんな状態にしたレミースが憎くてしょうがない。


 せめて生きてさえいれば……。


(ぁズ……ゲデ)


 !!


 俺は麻袋から伸びた腕を掴み、脈をみた。


 生きている……。

 辛うじてだが、まだ息がある!


 それは、暗躍に差した僅かな光明だった。


 まだ、助かる!

 俺達は……まだ、助かるんだ!


「おい!こいつを袋から出す。手伝え!」

「お、おう」


 二人で袋から引き摺り出そうとしたが、血が袋を巻き込んで凝固してしまっており、うまく取り出せない。

 しょうがないので、袋を切り刻んで外へ出す。

 刃が当たった訳じゃないが、その姿は悲惨だった。


 手足は折れており、皮膚が爛れている。


 レミースの奴、洞窟内で火を使いやがったな。


 経歴に同情はするが、それとこれとでは話が違う。

 燻っていた怒りがふつふつと湧いて出てくるが、今は治療が先だ。


 手持ちのポーションは、あるだけ全部使う。

 足りない分は片手剣使いの手持ちで代用した。


 高価なポーションだけのことはある。

 その効果も十全に発揮され、横たわる少女は一命を取り留めるまで回復した。

 中位ポーションでは、切られた耳までは回復しなかったが、奴の課した条件には事足りるだろう。


「これで、いいか」


 恐る恐る尋ねる。

 これで、もしもダメだったら、鉱山主に高位ポーションを支給させるしかない。


『うむ、よかろう。では、直ぐに鉱山洞へ戻り、残った者達の説得に従事せよ』


 よし!


 浮き足立ちそうになる心を抑えながら、鉱山へと足を向け、その場を後にした。


 愚ぶつめ!


 情報を掴ませたまま逃がすとは、所詮ゴブリン。

 近くのギルドに応援を要請し万全の体制で迎え撃ってやる。


 受けた屈辱は倍にして返す!


 ◇


 ふぅ、何とかなるもんだな。


 ゴブリンの死体に握られたまま、俺は安堵していた。

 虫の息だった少女を助けられたことに、俺は安堵した。


 それだけで、俺は満足だ。

 移動手段のゴブリンを殺されたのは惜しいが、あのろくでなし共に同行するのは、意地でも遠慮したかった。


 全力で願い下げだ。

 子供をこれ扱いする奴らなんて、きっとまともじゃない。

 薬があるのに、使ってやっていないのがいい証拠だ。


 頭にくるなもぉ!

 風のヒーリングがなけりゃキレてたよ。


 ガサガサと鳴る葉擦れの音はまるで、勇気を出した俺を祝福してくれているようだ。

 揺れ動く木漏れ日はさながらクラッカーの花びらか。

 森の精霊も粋なことをするぜ。


「ン……」


 森の比較的日の照っている場所で、微かに動くものがあった。

 寝そべっているのは、俺が助けた少女。

 目が覚めたのか、気だるげに上半身を起こして、瞼を擦っている。

 七歳くらいだろうか。

 キメの細やかなぷにぷにほっぺの顔立ちは、精巧な作り物のように美しい。

 頭上から垂れたうさぎ耳が、半分しかないのは気がかりだが、なんにしろ可愛い。

 寝ぼけ眼でキョロキョロしてる所とか、もぉ〜たまらん!


「ここは……」

『ここは森だよ!何処のかは説明出来ないけどね!』


 俺がおもむろに話しかけると、少女は肩を跳ねさせて、声の出処を探しはじめた。


『あぁ、ごめんね。驚かせちゃったね』


 そりゃ知らない人に声をかけられたら怖いよね。


 ましてや、年端もいかない子供だ。

 少女の目線が俺に向けられる。

 正確にはゴブリンの死体にかな。


「うぅ……」


 誰だ泣かせたの!

 私だ!


「ゴブリンがしゃべるぅぅぅ」

『お、落ち着いてぇ〜。ねぇ?怖い魔物来ちゃうから。お願い』

「うわぁぁぁ」



 結局宥めるのに数分を要してしまった。

 泣き止んだ後、なんとか口説き伏せて、俺がゴブリンではなく、その手に握られた物質であることを説明した。

 ちなみに、少女の名前はカナと言うらしい。


「ゴブリンじゃないの?」

『そうそう。俺はゴブリンじゃないよ』

「痛いことしない?」


 痛いこと?

 なんでそんなことを……。

 そこまで考えて、俺は袋から出されたばかりのこの子の姿を思い出した。


 あ……。


 男達が、どうしようもないクズ共だったんだと再認識し、やりどころのない憤りを感じた。


 どうりで、警戒心が強いわけだ。

 今も、ゴブリンの死体から一定の間隔を空けて話している。


 交友を深めるためにも少し喋ってみようか。

 ついでに、情報収集もかねよう。


 それから数十分は、子供が喜びそうな、なぞなぞや話をした。


 カナちゃんは現在七歳。

 性格が元気で明るいのは、会話の中で把握した。

 好きな物は、花だそうだ。

 談笑中も片手間に花冠を作っていたし。

 その際、作り方を教わったのが母親らしく、また泣きだしそうになった。


 宥めるのに苦労したよ。


 そしてこの時、俺の転生先が発覚した。

 どうやら俺は石っころだったらしい。


 ……。


 くっ……殺せ!


 生物じゃない上、下を向けば大抵そこに鎮座する、レア度的に最下層のあれか!

 神は俺を嫌ってるのか!?

 俺が何したってんだよ!


 ほんと自分でびっくりするぐらい何もしてないんだけど!?


「キレイだよ?」


 気落ちしているのを察したのか、カナちゃんが慰めてくれる。


『綺麗なのか?』

「うん!」


 無邪気な笑顔が眩しい。


「あのね、お空と葉っぱの色なの!」


 空と草ではだいぶ色が違うのだが……。


『青と緑の中間ってこと?』

「チュウカンってなぁに?」


 あーっと。

 難しい言葉を小さい子が知らないのも、無理はないか。

 これからはできるだけ配慮しよう。

 都合のいいことに、この近くに湖があることを、俺は知っている。


 ゴブリンとの散歩中、何気に警戒していてよかったよ。


 そこまで行けば、自分の姿も、水面に写し見れる。

 この子の安全を確保出来そうな場所の目星も、ないことはない。


『よし、とりま移動するぞ』

「どこに行くのぉ?」

『野営出来そうな場所を知ってるから、まずはそこに行く』

「ヤエイってなぁに?」

『簡単に言ったら、お外でねんねするってことだ』

「お外は危ないから出ちゃダメって、ママ言ってたよ?」

『カナちゃんはママの話をよく聞いてて偉いな』

「カナえらい?」

『えらいえらい』

「えへへ」


 照れ隠しなのか、ちっちゃな手で顔を覆うカナちゃん。

 顔の大半は上手く隠せておらず、目だけをおおっている。

 笑っている口元が丸見えだ。

 何、この子可愛い。

 守ってやらないとって自覚が湧いてくるな。


『ママの言う通り、お外は危険がいっぱいなんだ。だからね、カナちゃんは怖い魔物に遭わないために、隠れないといけない』

「かくれるの?」

『そう。洞窟でもいいし、可能なら自作してでも、なんでもいいから隠れないと』

「わかった、がんばる」

『素直でよろしい!』


 さて、それじゃぁ簡単に散策してもらおうかね。

 子供の体力だから無茶はさせられないけれど、ここで見殺しにする選択肢は当然ない。

 サポーターとして、精一杯力にならないと。


『そんじゃ、カナちゃん。野営できそうな場所に案内するから、見定められるように、俺を上にかかげて歩いてくれ』

「うん?こう?」

『そそ』


 おぉ、見えやすい。

 まるでVRゲームやってる気分だ。


「どっちに行くの?」

『今向いてる方角に真っ直ぐ進めば湖があるから、そこに行こう』

「ミズウミってなぁに?」

『おっきい水溜まりだよ。疲れてると思うけどそこまでは辛抱してくれな』

「うん!」

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