2.奴隷
奴隷。
人としての尊厳、自由を与えられず、持主の労働力として生涯を終えることが許された、生きる道具。
身を捧げ、誠心誠意尽くしても、対価に与えられるのは、床にぶちまけられた残飯のみ。
衣服が人数分ないのは当たり前。
部位欠損なんて日常茶飯事。
死人が出るのも気にならなくなってきた、今日この頃。
今日も変わらずに、私は働く。
八つにも満たないこの体躯でも、仕事量は並の大人と変わらない。
子供だから、女だからなんて、理由にもならない。
そのせいで、ハンデのある人間は痛めつけられる頻度が多い。
いっそ、舌を噛み切って楽になりたいと、どうしても思ってしまうほどに。
最近は特にだ。
鉱山奴隷になったのだから覚悟はしていたが、苦痛は想像を絶した。
もとは、家事を主にやっていたが、家主の懐事情により鉱山主に売られたのだ。
ここの待遇はひどい。
家事仕事で蹴られていた方がまだマシだった。
鉱石を取るには掘り当てなければならないが、そこで有害ガスに行きあたると確実に逃げられない。
死ねなかった時は悲惨だ。
全身が麻痺し、食事も与えられずに捨てられ、飢餓に苦しみながら、魔物に骨身をしゃぶられる。
更にこの辺りの魔物は素行が悪く、いたぶってから殺すので、数日は苦悶に喘ぐ。
この世界では奴隷の扱いなんてそれが当然。
病を患おうが、落石に捕まろうが、助けなんて来ない。
これは、同じ境遇でもそう。
足を引っ張り合う事はあれど、手を組むことは決してない。
いくら心細いと思っても助けを求めてはいけない。
だって、騙されたくないんだもん。
傷つきたく……ないんだもん。
子供らしいわがままばかりが先行して、自分の首を絞めていく。
そんな生活。
「……もう、やだよ」
「何手ぇ止めてんだよ」
後ろから、底冷えする声で指摘された。
監視として付いてきた、顔に古傷のある四十過ぎの男だ。
小さな悲鳴をあげて体が強ばる。
声が出ない。
きっと、連日、面白半分でご飯を捨てられたせいだ。
返事をしない私を不快に思ったのか、男は肩に手をかけて引っ張った。
振り返った瞬間、顔に重い鈍痛が響く。
そのまま支えをなくしたように倒れ込む私。
力が入らない。
震える手でそっと頬を撫でると、驚くほど腫れていた。
少し触れただけなのにすごく痛い。
男に殴られたのだと理解するまでそう時間は要らなかった。
このくらいは、いつもの事。
きっと明日には腫れは引いている。
大丈夫、心配ない。
でも……。
抑えの効かない震えを、強く体を抱いていなす。
大丈夫だよ。
誰かがそう言ってくれた気がした。
全身ボロボロなのに、ね。
それでも、男は苛立たしげにこちらを見下してくる。
「何を座ってるんだ、あ゛ぁ゛?」
自分が殴ったせいで倒れたのはわかっているはずなのに、この物言い。
しかし、これは当然なのだ。
だって、奴隷は道具。
扱いは分相応。
私の価値なんてその程度なのだから。
わかってる。
私は子供だから、大人みたいに重いものを簡単には持てない。
この前も、頑張ろうとしたけど、箱を落として耳の上半分を切られた。
獣人にとって、誇りと気高さの象徴である耳を切られた。
私の兎耳は他の人よりも大きいから特に目立つ。
監視達はそれがお気に召さなかったのだろう。
血を流して泣き叫ぶ私を見て、酒を煽りながら笑っていたのがいい証拠だ。
私が痛がったり、怖がったりするのを見て楽しんでいるんだ。
それも、私が悪い。
痛いことをされて、馬鹿にされて、食べ物を取られて。
わかってる。
何も出来ない私が悪い。
怖いことをされるのは嫌だ。
叶うなら今すぐここから逃げ出したい。
こんな場所にいたくない。
そう、毎日思うのだ。
でも、それでも私は大丈夫。
毎夜悪夢にうなされようと。
私は大丈夫。
だって、ママが言ってたもん。
死んでからも、いつも近くに居るって。
私はまだ、大丈夫。
自分に言い聞かせてなんとか立ち上がる。
依然震えは止まらないが、作業をしないとまた叩かれる。
痛いのは……嫌、だから。
ふらつく足取りでつるはしに近づく。
視界が霞む。
栄養失調で倒れそうになったので、膝をついてなんとか耐えた。
荒い息を吐きながらもつるはしに向かって行く。
すると、男はまたも理不尽なことを言ってきた。
「誰が立っていいなんて言ったよ!」
すかさず繰り出される蹴り。
私は避けることもかなわず後方へ蹴り飛ばされ、一メートル先の壁へと激突した。
い、たい……。
吐血しながら丸まる私。
しかし、男は子供相手でも容赦しない。
涙ながらに嘔吐く私のお腹に、追撃の蹴りを何度も、何度も、何度も何度も何度も繰り返し打ち続ける。
肉が潰れる音と、骨が砕ける音が、他の作業音に混じっては霧散していく。
「お前が商品を落としたせいでこっちは信用を失いかけてんだぞ!!どうしてくれんだよ!?」
男はついに蹴りを止めると、今度は唾を飛ばしながら怒鳴り散らしはじめた。
しょう……ひ、ん?
この前落としてしまった木箱のことだろうか?
だとしたら、この人はあの時監視を担当した人なのかもしれない。
そのせいで、怒られたのだとしたら……。
「やっぱり………わたし、が………わるい、んだ」
「あぁそうだよ、お前のせいだよ。この無能が!」
頭を踏みつけられる。
その靴には、何度も私を蹴ったせいで血が付着してしまっていた。
私が悪いんだ。
「生かしてもらってる分際でよぉ、なんで仕事の一つもまともにやらねぇんだぁ。あ゛ぁ゛!?」
倒れたままの視界には、小綺麗な男と、豆だらけの自分の手があった。
私が悪いんだ。
怪我をするのも、怒られるのも………大好きだったママが……死んじゃったのも、全部私が……………私が悪いんだ。
「なんとか言えよ!!!!!」
男の蹴りが顔に飛んでくる。
その光景はやけに遅く、私は、それが救いなのだと確信した。
これで会えるかな?
また、いつもみたいにギュッて……して、くれるかな?
愛してくれるかな?
もしも、ママと会えたら、その時は……。
ママ……大好きだよ。
ドガっ
◇
さて、どうしたものか。
俺は今、二足歩行の獣に鷲掴みにされていた。
黄ばんだ爪はだらしなく伸びており、そのうち数枚はひび割れてしまっている。
爪の隙間にはよく分からない虫まで住み着いている始末だ。
緑色でイボだらけの肌は生理的に受け付けないので、どうか離して欲しい。
何の為に俺を運んでいるのか皆目見当もつかない。
もしかしたら理由なんてないのかもしれないが。
そう思えてきてしまうのはきっと俺がこの生物を知っているからだ。
外見が、物語でよく目にしていた者と合致する。
そう、ザコ敵でお馴染みのゴブリンだ。
知能が低く、女子供を攫う害獣。
記憶が正しければ身長五十センチ程度だったかな。
うん、小さいよな。
さっきも言ったが、その五十センチに鷲掴みにされているのだ、俺。
手は、特別でかくもなく標準サイズだ。たぶん……。
薄々勘づいてはいたのだが、これは俺が極端に小さいせいだと思う。
五十センチと鼻で笑ったゴブリンも、今の俺では見上げるほど大きい。
最初から視界に入っていた木を一目見て「あぁでかいなぁ……異世界ってすげぇ!」っと思っていたのに。
まさか、自分がミニマムサイズになっていたとは。
まったくの盲点だった。
しかし、そこで気になってくるのが俺の転生先だ。
俺は何になったのか。
知能が低いゴブリンが、とても大事そうに握りしめて運ぶ物。
全身の感覚器官はなく、視界以外の自由がない。
どうしてだろう。嫌な予感がする。
ひょっとしたら、生物ですらないかもしれない。
マンドラゴラとかの貴重素材を低能なゴブリンが欲しがりそうもないし。
案外、短剣みたいな武器だったりして……なんて。
……。
ま、まぁ、なるようになるさ。
気にし過ぎても仕方ない。
魔法の取得に集中しよう。
ちなみに、何故俺がゴブリンと行動を共にしているのかと言うと。
元はと言えば、集中しているうちにいつの間にかゴブリンに運ばれていたのだ。
感覚がないのだから気づかないのは仕方の無いこと。
それほどまでに集中していたのだ。
しかし、そのおかげで成果はあった。
なんと、自身のステータスを見ることが出来たのだ。
最初の目的を達成し、俺の気分はすこぶるいい。
ステータスの内容が良かったらなおよかったのに……。
////////////////
???
LvⅠ
スキルポイント:3
結硬/強度:1
使用回数:1
回復速度:1
収集/容量:1
分解:1
構築:1
確率:1
念話/距離:1
////////
恩恵/攻撃補正値+10
防御補正値+50
魔導補正値+50
///////////////
補正値って時点で装備品な気がする。
せめて強い武器であってくれ。
結硬はなんか硬くなりそうだねってだけ。
特に期待してない。使用回数とか、回復速度とか、どう発揮されるのか知らないしね。
念話の方がよっぽど興味をそそられる。
ゴブリンにも通じるだろうか。
上手く行けばこの下品な生き物から離れられるかもしれない。
それだけで、やってみる価値は大いにある。
実はスキルの発動方法は既に把握していた。
これは、魔力操作の実験として試した中の一つ。
物体浮遊を行おうとした時に発見した。
魔力を空気に溶け込ませるなんて上等な手法はこらせないので、目の前に転がっていた石っころにひたすら飛べと念じてみたのだ。
するとどうだろう。
なんと、石ころが跡形も無く消えてしまったのだ。
あんなに飛べと念じたのに、だ。
裏切りおってからにぃ。
あれには、さしもの俺でも動揺してしまった。
後になって判明したが、あれは、スキルの欄にある収集の特性であるらしい。
念じたものをどこかにしまっておく能力。
時間の概念が通じるのかはまだ検証していないが、出し入れできることは実証済みだ。
そこで、スキルを発動するコツを掴んだ。はずだ。
念話は送る相手がいなかったこともあり、まだ試してないが、やり方はそう変わらないと思う。
これに関しては、考えるより試行錯誤した方が早そうだ。
なので早速やってみる。
『もしもし』
足を止めて逡巡を露わにするゴブリン。
首をまわして辺りを警戒しているようだ。
だが残念。
敵は既に君の手中!
……。
あれ?駄目じゃね?
ごぉっほん。
続けよう。
『我を探しているのかもしれないが、残念だったな!不可視の魔法により姿の視認は出来なくしてある。死にたくなくば大人しく言うことを聞くことだ!』
丸腰で現れたこのゴブリン。
攻撃手段が乏しいぶん、見えない敵からの奇襲はさぞ怖かろうて。
グッへっへ。
完全に敵キャラの、それも噛ませ役みたいな台詞。
何が悲しくて憧れのファンタジー世界に来てまでこんな事をやっているのやら。
しかし、渾身の演技虚しく、ゴブリンは特に恐れた様子もなく首をかしげて歩みを再開した。
ほんと、何が悲しいのやら。
でも、これで念話が使用可能なことは確定した。
あとは移動手段が手に入ればもうしぶんない。
ないのだが……。
こんな森の中に人がわけ行って来ることがあるだろうか。
真面目な話、ここが何処で自分が何なのか把握してない現状は、早く打開しなければそく殺されかねない。
俺が武器だとして、殺されることはなくても、念話なんかのスキルを無闇矢鱈に使ってしまえば不利益が舞い込んでしまうのは自明の理。
今はひとまず、人目に着く所に出るまで、このゴブリンと一緒に居ないと今後に支障が出る。
しばらくの辛抱だ。
おいこら、鼻くそほじった手で俺に触るな!
うっわ!腕から変な汁垂れてきてるんだけど!
ごめん!参った!俺が悪かったから、助け┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
マイペース更新ですので次回は が気になる方は、気長にお待ち頂けたらと思います( *¯ ꒳¯*)
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