TIMELINE
登校中のいつもの道ですれ違ったおばあさん、その首元にぼんやりと赤い球体が見える。
「…………」
あと三十秒後に交通事故。経験と勘で判断した俺は、何事も無かったかのように歩き続ける。
時刻は朝八時十二分、季節は夏、気温はまだ高くないが日差しは強く、曲がり角を曲がったタイミングで聞き慣れた急ブレーキの音が響く。
「…………」
狼狽えることも無く、振り返ることも無く、俺はさっさとこの場を離れる。通報なんてしたところで損しかしないし、野次馬が湧いて出て来る前に逃げないと面倒だ。
時刻は朝八時十三分、視界の右側、反対側の歩道にサラリーマン。このペースならあと九分で教室に入れる。男の輪郭がはっきりと緑色に縁取られているが、今ポイ捨てしたタバコが原因だろう、約五年後に肺ガン。いちいち気にする必要もないくらいだ。
「…………」
ちょうど小学四年、十歳の誕生日だった。学校帰りに右耳がやたら光る青年がいて、不思議な人も居るものだと思っていたところ、その青年が突然胸を押さえて倒れた。普通なら驚いて駆け寄ったりするのだろうが、俺は直感で理解した。心臓が止まった、あの人は死んだ、と。
それから何度か事故や事件に遭遇して、直感は確信へと変わっていった。俺には人の死が、もっと言えば、死因とその時間が見える。
「…………」
だがこれが何かの役に立つということも無い。創造主から授かった力だとかいう事実も全く無い。人の死を防げたりも出来ず、ただ死にかけている人の近くに漠然としたイメージがくっついて視野の中に収まるだけ。左手首から青い紐が伸びていれば十二時間後に爆死、と知ったのもつい昨日のことだ。見える”何か”と起こる出来事の関係は一度調べないとわからない。
「まるでコレクターズアイテムだな」
時刻は朝八時十九分、校門を前に、そんな不謹慎なことを考える。
そうか……あれから七年か。最初の一年位は俺だって努力した。うなじが灰色の人に「明日は足元に気を付けて」と注意したし、左くるぶしが銀色の人には「スピードの出し過ぎはだめ」と声をかけた。それでも人は漫然と生き、たった今死ぬかもしれないと恐怖し警戒する素振りも見せずに動かなくなって行くのだ。
「……はぁ」
神やら閻魔やらが居ようと居まいと、死を忘れない人間なんて極わずかだ。
さて、時刻は朝八時二十二分、教室に入り席に座る。読み通りの時間だ。あと八分で担任が来てホームルーム、と鞄から本を取り出したところで青い顔の教頭が現れる。
――そうか。昨日から担任の鎖骨に重なっていた薄いピンク色の正方形は、二十二時間後に刺殺、の意味だったか。




