36話:ゴッコ
朝、やっと婦長から解放され疲労困憊で自室に戻る。時間を見ると6時。
疲れて眠りたい体をがんばって動かし、朱利の家に向かうため、自室で服を着替えてるとズボンを脱いだところで
「キャー!! 変態ー!!」
今度はなんだ……? と声がした方を見てみると、布団の中からリルが顔を出して顔を手で覆っていた。
「あれ……? 部屋を間違えた……?」
1度出て、部屋名を確認する。自分の部屋だ。
「何故お前が居る……?」
「初夜を迎えるために待ってたんだ!」
「……ふーん、その割には寝癖ついているなぁ……」
いつもは、さらさらー。な感じの金髪が、今はふわっふわー。という感じになっていた。
「こ、これは! そう、和手が遅いから悪いんだ!」
「悪かったな……。それじゃあ、俺は出るから……」
「ななな、なに!? もも、も、もう退院するのかッ!?」
リルは舌が回らないくらい動揺して言った。その様子は非常に可愛らしかった。
「……何だ、退院して欲しくないのか……?」
「ふ、ふんだっ! うるさい!」
ここでストレートに聞くのが和手の悪いところだろう。
「……退院はまだだ。昨日のお前を抱きかかえたせいで伸びたよ。今日は少し出かけるだけ……」
「それを先に言えっ!」
「はは、悪かったな……もう用事はない……? もう行くけどさ……」
疲労も去ることながら、VS出来なかったことの精神的ダメージが大きかった。
「む、むぅ……どこに行くんだ?」
「朱利っていう幼馴染の家。もう行かないと間に合わない……それじゃあな」
「う、うむぅ……」
あまりに覇気のない和手を見て、リルは調子が狂わされた。
そして幼馴染っていうのは、それほど疲れていても行くほどの者なのか? 等と聞きたかったが、和手は行ってしまった。
布団の中で考えていると、レイカが来たので色々と聞いてみた。
――
もつれそうになる足を頑張って動かして行った。
行きはタクシーを使うことにした。もちろんお金はあの変態女ことレイカ持ちだ。
また閉まってるかな……? と不安になりながら、ドアに手をかける。
ガチャッ
開いた。おそるおそる声を出す。
「おはよう……ございますー……」
「わーてーちゃーんー!!!! おはよー!!!!」
和手のお姉さんが走ってきて、思いっきり抱きついてきた。
激痛だが、心配をかけないように顔に、声に出ないように必死に我慢した。
「久しぶりねーー!! 元気ー!?」
離れて、肩をバシバシと叩いてくる。――寺での修行ってこんな感じか。そのぐらい痛い。心の中で涙を垂れ流す。
「は、はぁ、2,3日ぶりですけど……。まぁ元気……? ですかねぇ……」
「何よその顔、死に掛けてるわよ!? 大丈夫?」
「ははは……色々とありまして……」
「そっかー、でもこっちも色々とあったのよー? 朱利がもう毎日暴れてねー、夜もあんまり寝てないみたいなのよー」
それで、前来た時起きていたのか……。
いつも一人で朝起きれない朱利が起きていた訳が判明した。――ちなみに朱利は睡眠補助機能も、目覚まし機能も使っていない。
「それにね「お母さん!!」」
「あら、今日も早起きねー」
「起きたのか……」
今日も日記を書き進めれなかった。と肩を落とす。
「起きちゃ悪いって言うの?」
「いや、別にそうは言ってないけど……元気そうだね」
「なっ、そ、それより、そうご飯よ! 早く準備しなさいよ!」
「わ、わかったって……」
「まぁ仲直りしたのねー良かったわー。これ以上家の物が壊れたら、破産しちゃう」
そういう通り、家の中は……中々の損害が出ていた。
「それにしても、和手ちゃんどうしたの? 朱利に聞いても教えてくれないしー」
「はぁ……、本当に色々ありまして……」
「そんな疲れてる和手ちゃん、珍しいわね」
「ちょっと夜、子守をして寝れなかったというか……」
「へー、いいお父さんになれそうねー」
「ははー…………」
昨日のことを思い出すと苦笑いしか出来なかった。
「でもそれだけじゃないでしょ……? 怪我もしたって小耳に挟んだんだけど」
「ああ、はい……交通事故にあったって感じでしょうか……」
「「こ、交通事故!?」」
親子そろって驚いた。
「あ、あれ? 朱利まで驚いて、シュウから聞いてないの?」
「シュウは怪我したとしか言ってなかったわよ」
「あーそういえば、あの時はそうか……えっと、階段から落ちた……かな?」
本当のこと言うと、朱利が迷惑女を襲いかねないので、誤魔化すことにした。
「何よそれ……大丈夫なの?」
「うん、骨も折れてないし」
「その言い方だと、その一歩手前まで……って感じね、見せなさい!」
「ちょ、ちょっと!」
強引にパンツ一枚にされた。
「あらまぁ……」
「和、和手……」
そう、全身包帯をしているのだ。
「あははは……でも、1週間もすれば大丈夫みたいだよ」
「だ、大丈夫じゃないでしょ! あんたどこのミイラ人間よ! ……こんな目にあってたなんてね……その……悪かったわよ……」
「え?」
朱利には珍しく、しおらしく謝り出した。
「追い出して悪かったわね! その……勘違いしてたのよ……」
「ああ……気にしてないよ」
「なっ! そんなあっさりだと逆に……う、う……!! もういい! 早くご飯準備しなさいよ!」
怪我人なのに……と愚痴をこぼし、ズボンを穿きながら朝ご飯の準備をしに行こうとしたら、お姉さんが声を上げた。
「まぁ……!」
「ん、どうしたんですか?」
「……和手、ちょっと待ちなさい。その背中の包帯についた口紅の跡は何なのよ?」
「……え?」
「……いっぱいついてるわよ?」
「え? うそ?」
必死に顔をねじってみても、見えなかった。
そして朱利を見ると、フルフル震え出した。
「朱、朱利……?」
「ずいぶん大きな子供を子守していたのね……良く見ればその手の痕、歯形じゃないの……? どんなゴッコをしてるんでしょうねぇ…………」
「ち、違うんだっ!」
「……やっぱり……出て行けー!!!!!!」
「ちょっと朱利!? 勘違いだって!! ちょっと!! 痛い!!!! 痛いって!!!! ああ、服!! ズボンが脱げた!! せめてズボン返して!!」
ガチャッ
「……ぉーぃ、朱利さーん………………はぁ……今年は大災厄の年なのかな……?」
服、ズボンが出てくることはなく、パンツ1枚に包帯姿で帰ることとなった。タクシーで帰れば問題ないか。何て少し気楽に考えていたが……。
「お母さん見てー! ミイラ男がいるよー!」
「見ちゃいけませんっ!」
「お、おぉぉ!! ――のコスプレですね!? しゃ、写真撮っていいですか?」
「変態よー!!」
散々だった。タクシーは一台も止まってくれず、というより、止まるが、見なかったことにして再び走り出すタクシーばかりで、歩いて行く羽目になった。そんな中、背中は見られたくなかったので、出来るだけ壁に背をつけて移動するものだから、どうしても時間がかかり変な動きになるので、飛んでくる視線は昨日の比じゃなかった。
病院についてからも、警備員に止められたり、病院に入ったら入ったで、昨日の噂がすでに広まってるのか、聞こえてくるヒソヒソ声は、泣きたくなる噂が流れていた。
自室に入ると、変態女とリルが出迎えた。
「あ、お帰りー! ……え? …………………………」
「お、和手帰ってき……た……な………………」
沈黙が痛かった。
「何も言うな、聞くな、見るな、黙って出ていけ。レイカ……後で覚えておけよ……」
「…………え、えーと……リルリル脱出よー!」
「は、はい、レイカ様!」
面会遮断の札をかけて、鍵を閉めた。
その日は一度も病室を出ず、全ての記憶を忘却することにつとめた。
――
「……何で面会謝絶になってるんだ?」
「あーれー? 電話かけても出ないしー……」