29話:地獄と天国
体中の痛みを感じ、目を覚ますと、髭が伸び放題の男の顔が、まず真っ先に目に入った。間違いなく天国ではなさそうだ。
「お? 目が覚めたか。兄ちゃん大丈夫かい? ゴミ捨て場に捨てられたのをついつい拾ってきちゃったよ」
臭い息と共に喋りかけてきた。
地獄、悪魔かと思ったが、どうやら人間のようだ。
「うっ、く、くさい……」
鼻が曲がりそうになり、抑えたかったが腕が上がらなかった。
「ああ、すまんな。ここ1ヶ月、風呂入ってないんだ」
頭だけ起こして自分の体を見る。デジャブ
「……あ、あの服は」
今度は、パンツ一枚と布が至る所に巻かれていた。布の間から草が見える。
「ああ、治療代として貰ったよ。ほら」
と言った、その髭オッサンの服を見ると自分が着せられていた服を着ていた。
新品の服だったが、見るとボロボロになっていた。それを見るだけでも、自分がどんな目にあったか分かった。
「湿布や包帯なんて高価な物ないから、応急処置で薬草と布を使ったよ」
「はぁ……ということは、治療してくれたのは貴方なんですか?」
「まぁ、そういうことだな」
痛いのを我慢して、体を起こし頭を下げる
「……ぃっ、いててて……ありがとうございます」
「いいってことよ。ちゃんと代金は貰ったからな」
といって、オッサンはサイフを見せてきた。
「…………それは……俺のですよね?」
「もう俺のだけどな」
律儀にお辞儀したのを、少し、いや、かなり後悔した。
確か1万は入っていたはずだ。しかしそれが無ければ、そのままゴミ捨て場で放置されていたかもしれない。
効果はあるか分からないが、治療してくれたことに変わりはない。お金の事は忘れることにした。
「あの、今って何時ですか……?」
「そうだなー」
と言って、オッサンは外に出て行った。すると開けた青いビニールの隙間から日光が差し込んできた。
「んー6時過ぎってところじゃないか?」
「ま、まずい……」
「何か用事あるのか?」
「はい、日課があるんです。それで、ここはどこでしょうか?」
「ここは桜川公園だ」
桜川公園、ホームレス達の居住地だ。となると……家まで20分はかかる。
「ありがとうございました。また今度お礼を持って来ます。それでは……」
「おい待てっ。何があって、どうしたのかは聞かないのがここのルールだから聞かないが……、金があるならまず病院行った方が行った方が良いぞ」
「後で行きます。まずは一旦帰ります……」
そう言って、ふらつく足を必死に動かして外に出た。
「仕方ない……。家まで連れて行ってやるよ」
「い、いえ、悪いのでそこまでは……」
いいからいいからと言って、強引に背負われた。
「すまんな、今自転車壊れてて移動手段は歩きしかない。それでお前の家はどこだ?」
マンション名を正直に言った。
「いいとこ住んでいんなー」
言ったところで、その背中からの物凄い匂いに気がつき、再び気を失った。
あのクソ女が俺を肥溜めに落とす夢を見た。
「……おいっ……おいっ」
「ん、んん……」
「やっと起きたか、マンションに着いたぞ」
「ああ……ありがとうございます」
そしてオッサンは、ポケットの中からサイフ(元俺の)を取り出し、その中から慣れた手つきで鍵を手に取ると、ほら、鍵だ。と言って渡してきた。
「ど、どうも……」
「それじゃあな。何があったか知らんが頑張れや」
「お世話になりました」
お辞儀をして、マンションに入っていった。
何はともあれ、お世話になったのだ。今度お礼に持っていく物は何がいいかな? やっぱり食べ物かなー。なんて思いながら、ゆっくりと自宅へ帰る。
なんて、そんな場合じゃない。
今の姿は……パンツ1枚に布っ切れを体中に巻いている、というマンションの住民に見られたら引越しは免れない姿だったが……運良くマンションでは誰にも会わなかった。
――マンションまでの道程のことを考えるのは止めて置いた。最近思考の停止と、忘却ばかりしている気がする……。どんだけ不運なんだと泣けて来た。
「とりあえず、シャワーだ……」
怪我は消え行く意識の中で聞いた通り、長袖、長ズボンを着れば何事もなかったように見える。逆に言えば、見えない範囲はほぼ全て怪我をしていた。
水、シャンプーがかなり染みるが、匂いを落とすために我慢して浴びる。
痛みを覚えるたびに、あの迷惑女の顔が浮かんでくるが、ポジティブに考えると、意識を失っていない状態でフルボッコされていたらかなり重いトラウマになっていた気がしたので、そこは助かった。と強引にポジティブに考えることにした。
そしてカジュアルな服装に着替え、そして何時も通りに朱利の家に向かう。
その足取りは重かった。肉体的理由もあるが、昨日あのまま何の連絡もせずに朝帰りなのだ。
朱利の家に着き、ドアを開け、何時もの様に
「おはようございます」
「おはよー!」
お姉さんと廊下越しに朝の挨拶をし、2階へ頑張って上がって行く。
ドアを開けると――ベットの上にすでに起きて座っている朱利が居た。
「お、おはよう……」
恐る恐る声をかける。
「出て行けー!!!!!!!!!」
様々な罵声と、飛んでくる物と共に家を追い出された。終いには鍵を閉められた。
何度かチャイムを押すが、反応がなかった。
しかなく病院へ向かう。流石に学校は休むことにした。
朝ご飯はコンビニがあったので、寄ろうかと思った時、足が一瞬ふらついたと思ったら、そのまま倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
通行人に声をかけられる。
「だ、大丈夫です……」
と言いながら、頭を振って意識を自分の物としようとするが、ここ24時間で何度も経験しすでに慣れた、気を失う感覚が襲ってきてそのまま起き上がれなかった。
「や、やばいよこの子! 凄い熱!! だ、だれか早く救急車呼んでー!」
――――
「……ここは……?」
目を覚ますと、そこは白い天井が見えた。
天国? 何て考えていると横から声がかけられた。
「あ、目を覚ました? ここは――病院よー」
「えー……ああ、思い出してきました……」
「熱は収まって来たけど、当分安静よ。身分を証明するものがなかったから、貴方は『歴戦の戦士』と名づけておいたわ」
「ははは……ああ、治療してくれたんですか……ってまた服が……」
苦笑いしながら、布団を退けて、体を見るとパジャマになっていた。
「私が治療したわよー。こう見えても医者なんですよー」
と言って、あの迷惑女よりも一回りも二回りも豊満な胸を強調させてきた。そして身長は170はあるように見え、モデルの様に胸以外スラーっとしていて、笑顔が絶えない人だった。髪は肩には届かないぐらいの短めだった。
「……はぁ……ありがとうございます」
メイドに見られ、その人数はわからないが、メイド達と言っていたんだ。それにあれだけ大きい家だから……人数は想像もつかない。
さらに、今度はこの女医に……。下まで見てないことを祈るしかなかった。
「ああ、気にしないで、もう何百人と見てるけど……良い物持ってるじゃない」
すぐに希望的観測は打ち砕かれた。
「……終わった」
「アハハ! 肝っ玉小さいよ少年! ああ、そっちはでかいけどね!」
下ネタオンパレードに顔が赤くなる。羞恥心耐性がついて来たのか、『見習いのスペシャリスト』よりもましで、メイドよりもましだった。流石に現実でVSのように暴走したりはしない。――たぶん
「勘弁してください……」
せめてもと、片手で顔を隠す。
「ところで、名前と住所教えてくれるかな? 後、親御さん呼ぶ?」
やっと、医者らしい仕事を開始した。返事を返す。
「ああ、名前は森授和手です。住所は――で、親はもう亡くなってます」
「そう……OK、後はゆっくり休むと良いよー」
手に持っていた紙に書き込むと女医は出て行こうとした時、ふと疑問に思ったので聞いてみた。
「あの、ところで今何時ですか?」
「6時だけど?」
「……何曜日のですか?」
「火曜日よ」
どうやら、一日中寝ていたようだ。
「う、行かないと」
しっかりとした治療により、少し痛みがましになった両手を使って、起き上がろうとする。
「ちょっと! まだ安静よ!」
それでも起き上がろうと思ったが、少し考え、今は素直に従う事にした。
「…………あ、はい。分かりました。それじゃあ寝ますね」
「あら、素直ね。まったく、病人なんだからね……それじゃあね、また来るからねー」
「はい、ありがとうございます」
そう言うとウィンクをして、出て行った。
「さて、行かないと……」
平日の毎朝、朱利を起こし伝奇を書き、そして朝ご飯を朱利の家で食べる、という習慣は欠かしたくないのだ。
ロッカーに入っていた服を着るため服を脱ぐと、体は包帯でグルグル巻きだった。
病院を抜け出した。痛い全身を無理して動かす。痛み止めでも打ってくれたのか、まだましだった。
近くの病院だったので、朱利の家に向かうのは10分もかからずに行けた。
何て言い訳しようかと、考えながらドアに手をかける。
ガチャッ
「ん……あれ?」
ガチャガチャ
「え、鍵閉まってる……? 時間は何時も通りなのに、あれ?」
ガチャガチャガチャ……ピンポーンピンポーン………………
「うぅ……何故こんな目に……」
肩を落とし、とりあえず入院しててもVSはしたいので、取りに自宅に向かい出す。
すると後ろから声がかけられた。
「あれ? 和手君?」
「えっ?」
振り返るとそこいは白衣の、先程の女医が居た。
「何故、外に?」
「えー……あの……そのですね……」
「確保っ!」
そういいながら、腕を組んできた。
「あ、あの、せめて自宅からVR一式を取りに行かせてください……」
「ダメー!」
「そ、そんな……1分、1分で取ってきますから……」
「今日は安静ー! ドクターストップ!」
といいながら、胸を押し付けてきた。
「ちょ、ちょっと、あの、む、胸が……」
「ふふふ、肝っ玉小さいよ? あそこはでか……「もう、それはいいですから! わかりました! 降参します、大人しくついていきますっ!」」
そのまま引きずられる様に連れて行かれた。
その様子は、仲の良いカップルに見えなくもない。そしてその後姿を見る、窓の人影――。
「な、なによ、あの女……ワテエエェェェェェェ!!!!!!!」
朱利に勘違いされていた。