27話:お嬢様再来
次の日、月曜の朝、
朱利の家で朝食を食べ終わった後、朱利が食べ終わるまで新聞読みながら待っていると、
「まるで和手君、夫みたいだね〜」
と急に朱利のお姉さんが言った。
「えっ……? えっ……?? ええっ……??」
朱利の顔がどんどん赤くなっていった。
「夫に欲しいね〜、ねぇ朱利?」
「えっ……あっ……」
ますます顔は朱色に染まっていった。
「ん? いやねー、誰も朱利の夫って言ってないわよ。私の夫よ。上げないわよ?」
どうせそんな事だろうと分かっていた。
「またまたー。お上手なんですからー」
なんていいつつ、新聞を再び目をやると
「和手っ!!!!! 学校!!!!」
と言いながら、朱利の拳が新聞を貫通してきた。展開が読めていたのでスウェーで避けることが出来た。
新聞は決してピシッと張っていたわけではない。たるんでいる新聞を突き破ったのだ。……まぁ、いつものことだ。
「はいはい。それじゃあ紗枝、行って来る」
「ま、まぁっ!」
お姉さんは顔を赤らめ、両手を頬にやった。――紗枝とはお姉さんの名前である。
「わ、和手!!!!!!!! お母さんに色目使ってんじゃないわよ!!!!」
「はいはいー」
飛んでくるパンチを避けながら急いで外へ出た。
などと教室に着くまで、いつもと同じ平和なやり取りが続いた。
しかし平和を破壊する、波乱の幕開けがすぐそこまで迫っていたのだった――。
「もう分かったってー、朱利機嫌直せよ」
と言いながら、教室に入るとクラスメイトが一斉にこっちを向いた。後ろから入ったにも関わらず。
「ん……な、なんだ……?」
何事かと固まっていると、カケルが寄って来た
「わ、わて!! 誰だよあの綺麗な人!! お前には朱利ちゃんという存在がありながら!!」
「また、その話かよー。朱利は可愛いんだから、俺みたいなのより、カッコイイ奴が似合うって言ってるだろ。ゲーマーな俺は幼馴染で兄弟のような存在で十分だよ」
「……朴念仁」
シュウが呟いた。
そして、後ろで聞いていた朱利は、可愛いの言葉に頬を少し染めたが、その後に続く兄弟という言葉に――な顔になった。
そこに良く響く声がこちらに向けて放たれる。
「やっと来たな!! 和手!! 今度こそ逃がさないぞ!!」
昨日のVSで会った綾という女が、自分の学校の制服とは違う制服を着て、黒板の前で立っていた。
整形はしていないようだ。つまり、元からあの顔の綺麗さということだ……。かけられた言葉が違っていたら、見惚れていただろう。
しかし髪型は変わっていた。今はどこかのお嬢様のようなパーマがかかった綺麗な超髪だ。VS内では短めだった。
その声にクラスメイト達がざわめいた。
「うわ、下の名前で呼んでいるよ。そういう仲なのか」
「和手の奴め……」
「年上が趣味だったのか……」
非常に痛い視線が、クラス中から飛んできた。特に目の前に居るカケルから。一番は後ろからだったが和手は気づかなかった。
「……な、なんでしょうか?」
「先日の夜の約束、忘れたとは言わせない!」
「「夜の約束!?」」
クラスがざわめく。
「な、なんのことだよ!!」
「手取り足取り教えて貰うぞ!!」
「「手取り足取り!?」」
クラスがざわめく。
「……だれ? この人」
和手の後ろから聞こえた声に、クラスが静まり返る。
和手は後ろを振り返ると、笑顔だけどもピクピクしている朱利がいた。
「あ、えーと、いや、知らない人。うん、知らない人だ」
目ざとくその言葉を聞いた迷惑女は
「何を言っている!? 先日(戦場で)交わっただろうが!!」
「「交わった!?!?」」
クラスがざわざわざわめく。
「言葉おかしいだろっ!!」
しかし、反論も虚しく、後ろからハッキリと殺気を感じた。
「……ふーん、そうなの」
「ちょ、ちょっと朱利?」
横をすり抜けて、自分の席に行こうとする朱利の腕を掴んだ。
バシッ
「ケダモノ。触らないで!」
手を払いのけると、そのまま席に向かっていってしまった。
払いのけるというより、切り落とすといった力の込め方だった。
「○月、×日、突然の訪問者によって一気に修羅場へと化した。しかし、これを機に2人の仲は進展するのか!? それとも……」
誰にも聞こえない声で、ブツブツ言いながら、シュウが日記、改め伝記を書き進めた。
シュウは将来、『朴念仁の大恋愛』という本を出そうと企んでいるとか企んでいないとか……。
修羅場と化した教室に響き渡る停戦の証。
キーンコーンーカーンコーン。キーンコーンカーンコーン
「ッチ、しょうがない、また会いに来るからな!」
そういうと迷惑女は踵を返し、去って行った。
「『また来る』じゃなくて、『会いに』ってわざわざつけてるってことは……」
こういうことが大好きなクラスは再びざわざわした。
そして一時間目も終わり、先生が出て行った瞬間、
「和手!」
早速厄介事が教室に飛び込んできた。ここの学生じゃないのに、何故平然として来るんだ……。
「「ヒューヒュー」」
「とりあえず、あっちで話そうか?」
といい、強引に手を取り連れ去った。これ以上教室に居れなくなる様な爆弾発言は勘弁だった。
授業中、振り返れないほどの殺気を後ろから感じるのはもうたくさんだ。
迷惑女を連れて、誰も居ない中庭に行った。
「で、何のよう?」
「私に訓練をつけて欲しいんだ!」
「嫌だ」
即答した。
「なっ、なぜだ!」
「面倒だし……」
「今まで私が頼んだことを断った者等いないのだぞ!?」
「へぇー、でもそんなこと俺と関係ないよね……」
相手との温度さを感じながら淡々と断る
「なっ、なんだと!! 貴様……、私を誰だか知らないのかっ!?」
迷惑女は豊満な胸に手を当て、自信満々に言い放った。たゆんたゆん。思わず目が行く。だって、だって――――和手のいい訳、10行カットします。
「えーと、ゲーム内での名前、綾としか知らない」
「千倉綾だ!」
「へー、千倉さんっていうんだ」
「な、なんだとっ!? 貴様、千倉家を知らないのか!?」
迷惑女はどんどん顔が赤くなっていく。恥の赤ではない。怒りの赤である。少し自覚はしてはいたが、女性の扱いは下手のようだ……。
かといって、上手になろうとも思わない。
「知らない。ってことでもういい?」
「……き、貴様って奴は……もういい! 付いて来い!!」
「えっ? ちょっと、ちょっと! 学校はどうするのさっ!?」
「学校なんて……知るかァァァ!! とにかく来い!」
強引に手を握られ、そのまま歩き出した。
「ええぇ!? ちょ、ちょっと!! あぁぁー……」
振り解こうとするが、悲しいことに力負けしていた。
そしてその上の窓では、クラスメイト全員がその様子を見守っており、
「キャー! 愛の逃避行よー!」
「駆け落ちよー!」
何て声が飛び交った。
そして校門を出るとそこには、黒塗りのながーいリムジンが止まっていた。
「お嬢様、どうぞ」
ドアの前で立っていた、始めて見る、これぞ執事! という初老の男性がドアを開けた。
そして、手を繋いだまま――側から見れば仲良く――車に入っていった。執事さんからと学園内からの視線を感じたが、華麗にスルーする。
「10分も有れば着く」
「はぁ」
車の中でも何故か手は繋いだままだった。女性と手を繋ぐという、めったにない経験にそわそわする。
椅子はふかふかで座り心地が良かったので、逃げ出そうという気持ちにはなかった。――暴れて事故起してでも逃げれば良かった。と後で後悔することになる。
そして車は止まり、執事により空けられた扉から外に出ると、和風! と大声で叫んでもおかしくない位、和風の敷地が姿を現した。
すると、手を引っ張られた
「何を立ち止まっている? 行くぞ」
「え? どこへ?」
「私の家にだ」
目の前にある、でかい家を通り過ぎて、手を引っ張られるがまま着いていった。
和風で統一された空間にいくつもの高そうな家が建っていた。
数分歩いたところで門が姿を現した。その前には黒服のボディーガードらしき人物が2人居て、ハキハキとした声で言った。
「お嬢様、お帰りなさいませ!」
体のガッチリとした男性二人は90度しっかりとお辞儀をした。
「うむ」
それに対して迷惑女は、軽く返事を返しただけだった。和手の今まで過ごした世界と違う世界が垣間見えた。
予想するところ、この敷地全てがこのお嬢様の家の土地みたいだ。
「こちらの方は……?」
「和手だ」
「ッハ!」
(え、和手だ。でOKなの……? どういうこと……?)
何か直感的に不安に感じるものがあった。
「何をぼーっとしているんだ、早く来ないか」
「えっと……帰るっていう選択肢はない……?」
「ないな」
即答され、諦めた。門から1分もかからずに、どうやら目的の場所に着いたようだ。
「ここが、私の家だ」
一般的に言うセリフは、私の部屋。なんだけども、そこは本当に家だった。
手を引かれながら入っていった。すると一番目にあった部屋に通された。どうやらここが、客間と呼ばれる部屋らしい。ソファーに座らされた。
「ここはメイドもボディガードもシャットアウトした完全な個人の家だ。楽にしてろ」
そういうと、部屋を出て行った。ボーッと待っていると、突然声が聞こえてきた。
『お嬢様に変なことをしてみろ、即刻東京湾に沈めるぞ』
「え? な、なに? 今の声? お化け?」
『お前が私たちの前を通る時、服に小型スピーカーをつけさせてもらった』
さっきのボディーガードらしき声だった。シャットアウト出来てませんよお嬢様。
厄介事が始まったようだ。
するとお嬢様がお盆にコップを乗せて、何故かピチピチの運動着姿で戻ってきた。胸の形がしっかりと分かり、思わず唾を飲む。
でいて、くびれはしっかりとあり、モデル体系の上に出る所は出ている。身長は自分と同じぐらい。さらに顔も素晴しく綺麗。文句なしの美少女だった。……外面だけ見れば。
「それでは、話を始めるぞ。見て分かると思うが、私の家は裕福だ。それも日本のTOP3には入る名門家。なのに何故お前は名前を知らない?」
「知らないものは知らないからねー」
直視し難いので、視線を外しながら貰ったお茶を啜る。チラチラと視線が行ってしまうのは――許してほしいと思う。
『敬語はどうした!!!!』
耳元で怒鳴られた。思わず顔を歪める。
(っく、このボディーガード鬱陶しい)
「そんな言葉で片付けるなんてっ! くっ、まぁ、いいだろう。大目に見よう。そして、そんな私がお前に恥を忍んで訓練を頼んでいるんだ。何故断る?」
「嫌なものは嫌だからねー……ですねー」
『断るな!!!!』
(禿げが! 面倒ごとに巻き込まれるのはもう嫌なんじゃい!)
「分かった。譲歩しよう。VSでの訓練じゃなく、現実で訓練を付けてくれ。それならどうだ?」
「現実ならなお更……『YESだろうが!!』……えっと、ちょっと待ってくださいね」
上着を思いっきり投げ捨てた。