12話:赤い糸
朝7時、目が覚めた。すこぶる快調。高性能目覚ましは気持ちの良い朝を迎えさせてくれた。
――いや迎えれなかった。銀行員の笑い声が頭に響いている。
「……忘れよう」
対抗策も浮かばなかったので、保留にしておいた。
今日は学校だ。のんびり準備を整え、朱利の家に向かった。
「おはようございますー」
「わーちゃんおはよー」
トットットと階段を上がる。
ガチャッ
「やいやいやいやい! 悪行の数々、今日という今日は成敗してくれるわー!」
ガバッ
布団を跳ね上げ、可愛らしい"ヘルム"を被った朱利が上半身だけ起き上がった。
「なにっ? 駅前のケーキ屋のシュークリーム買い占めただけじゃないか!」
またシュークリームか! と思いつつも、今日の設定を続ける。
「問答無用! 行くぞ! てやーっ!」
と言いながら手帳にメモし、部屋を出て、トットットと階段を下りる。
「お姉さん今日も綺麗ですねー」
「あらー、わーちゃん良い事言うわねー、朝ごはんに今日はリンゴつけちゃうー」
「ありがとうございますー」
ほのぼの会話していると、朱利が目を擦りながらやってきた。
「……おはよぉー……」
「「おはよー」」
「そういえば、朱利もバーサスやってたの?」
朝食の準備をしながら聞いてみた。初戦の戦場でナイフで刺して来た相手。もしかしたら朱利なんじゃないか? と思ったのだ。
「んーんー……やってなぃー……」
朱利は小動物のように小さく首を横に振り、可愛らしい声で否定した。
「へー、軍人のお父さんの影響で真っ先にやってると思ってたよ」
「……興味ない……将棋やったぁー……」
「あー、そういえばそうだったね」
朱利は無粋のボードゲーム好きで、主にチェスや将棋と言った戦術のあるような物である。
「どうだったの?」
「……勝ったぁ……」
「おめでと」
「……ありがとぉー……」
朱利は食事を食べながら覚醒していくのである。それまでは寝ぼけているのだ。
黙々と食事をし、学校へ行った。
席に座ると早速カケルが寄って来た
「どうだった!?」
朝から元気な奴だ。
「何が?」
「決まってるだろ、バーサスだよバーサス! お前の事だから連戦連勝、敵無し! だったんだろ?」
「それがねー、ぼろぼろに負けた。KILL0/Deth5だった」
「ええぇぇ? また何で??」
大体の成り行きを話した――。
「リアルすぎたのか……。あれはしょうがないよ」
「それで訓練をすることにしたんだけど……こっちもかなり難しい」
「へー、和手が難しいなら、他の連中はさぞかし嘆いているだろうなぁー」
「ん? その口ぶりだとバーサスやってない?」
「一日目は三時間ぶっ続けで戦場に居たさー!! まぁ…………和手と同じようなもんさ…………」
口ぶりとテンションの落ち込み具合から、自分より酷かったのかもしれない。
燃え尽きたぜ……。って幻聴が聞こえてくるほどだった。
「ぷははははは!! 人のこと言えないねぇぇぇ!!」
「うぅ…………まあ、それはいいとして、気づいたんだ。あっちの世界では脳がスムーズに働くんだよ。それで、凄いこと思いついたんだ!!」
立ち上がり天井を見つめ、ガッツポーズを決めている。
周りの生徒はいつもの事だと、チラっと見ただけでスルーしている。
まだ一ヶ月しか経っていないクラスでこの扱いである。
しかし、自分は違った。カケルはたまーに、極稀に良い事言うのだ。
「おぉぉ!? 何だ何だ!?」
「どうせくだらないことだ」
登校してきたシュウが横から言った。
「お、シュウおはよー」
「和手、おはよう」
「く、くくくだらないことだとー!? 聞いて驚くなよっ!? 新聞を作ってたんだ!」
机をバンバンと叩いて怒っていた。
「……え? わざわざ? 日常システムってやつ? 有料の?」
「ほら見ろ」とシュウ。
「く、く、くそう! スムーズに働くということは、より良い新聞が作れるって事だぞ!?」
「へー、頑張って」
そっけなく言った。
「う、うぅ…………」
またしても泣き真似をしだしたので、ほっといて授業の準備を開始した。
――午前中
特殊音波――眠たくなる声――を発する先生の授業があったが、今日はいつもの自分とは違う。バッチリ目を開けて聞くことが出来た。
高性能目覚まし時計バンザイ。
かといって勉強をしていたわけでもない。ポインターを想像する特訓をしていた。
――昼休み
「そういえば、シュウもVR買ったんだろ? 何してたのさ?」と、聞いてみる。
「ん、剣道だ」
「ああ、そういえば殆どのスポーツも出来るって書いてあったなー。どうだった?」
「中々良かった」
というシュウの顔は笑顔だった。長年の付き合いのある者しか分からない微笑だ。
いつもしかめっ面のように斜め上がりの眉が、微妙に下がり、顔の筋肉がすこーし緩む。シュウの表情はヒヨコの性別判断並に難しいと思われる。
「シュウにそう言わすなんてたいしたもんだね」
「なぁなぁなぁ、お前の幼馴染はやっぱりバーサスだよな? あんだけ凶暴なんだ。相当上位食い込むだろ? ッハ!!」
と言った瞬間、言っちゃ行けない事を言ったことに気がついたカケルは頭を両手でガードし、慌てて周囲を見渡す。――朱利の姿は無い。命拾いしたようだ。
「……いや、興味ないらしいよ。ボードゲームにはまってるみたい」
「そっちかー。そういえば部活も囲碁部と将棋部で掛け持ちしてるぐらいだもんなー」
「うん」
「ふーん、なんだか勿体無い気がするー」
「そうかな? 囲碁と将棋でも相当実力あるの知らない?」
「ええっ!? そうなのか!? 初耳だぞー?」
と、カケルは両耳を触りながら言う。奇行にはもう慣れてしまっている自分が嫌になる。
「受賞とかしても学校には知らせてないみたいだし、地味な部活だからなぁ」
「ええええっ!?!? 受賞!? そんなあいつ凄いのか? お前も中々強いだろ?」
「うん、俺が強いのは朱利と子供の頃からやってたせいだからね、一度も勝てたことない…………朱利、負けず嫌いだから、手加減とかしてくれないんだ……一方的な負け試合を一日中やらされることは何度もあった……もうあれはトラウマ…………あぁ……」
勝てない試合を何度も永遠にやらされるのだ。何度トイレと言って逃げ出したか。その度、犬並の嗅覚で発見され、連行される。
しかも、悪気が全くないのが性質が悪い。可愛い顔して「まだ終わってないよ?」と首を傾げて言ってくるのだ。思い出すだけで胃が痛くなってくる。
「へ、へぇ……そこまでのもんなのかー……興味が出てきたよー! 出てきたよー! 俺も一度将棋で挑んでみる!!」
カケルは立ち上がり、気合を入れ始めた。
「……興味本位で挑まないほうがいいよ。お前が将棋を"大"好きになったと思い込んで、教材一式渡され、無理やり覚えさせられる。休み時間は無くなると思っていい。逃がしてくれないぞ」
「そ、そうなの…………?」
「囲碁と将棋部の実力、空野が入ってからかなり上がったそうだ」
とシュウがボソリと言った
「犠牲者……かな? どうする? これだけ聞いてもまだ挑む気?」
犠牲者という言葉に、カケルの顔は引き攣り、椅子にゆっくりと座った。
「ま、またの機会にするかな。うん……」
カケルは苦笑いしながら、戻ってきた朱利の方を見ていた。これだけ聞いて挑んだら漢だ。カケルに"またの機会"は来ないだろう――
「そういえば、頭がスムーズになるってどういうこと?」
「ん? 気づかなかった? 睡眠のところの説明書呼んだ?」
「うん読んだ。快眠できるってやつでしょ」
睡眠時間短くしても良いぐらい、快眠出来ちゃうよー。と書いてあったのだ。――実際にはもっと硬い言葉で長々と書かれている。
「そう、VRは脳にいい影響を与えている? 補助してくれる? 良く分からないけど実際に新聞を作る時、構成を考えてたらこれがスムーズに出来ていくこと出来ていくこと。楽しかったぜーそんな感じさー」
「へー、それならバーサスにも適用されているよな」
「たぶん。戦術とか組み立てるの楽かもなー」
「剣道でも感じる事が出来たぞ。駆け引きが奥深くなった」とシュウが言った。
「へー。それでなんだけど!!」
ポインターの事を、具現化を出来ないか試している事を話してみた。
「興味深い」
「どれくらい脳を補助してくれていたか分からないけど、可能性は十分ありそうだなー。うーん、そうだな……うん……うんうん……」
カケルは俯いてブツブツ言い出した。カケルはこう見えても理系でかなり頭が良いので、聞いて見たのだ。このブツブツ状態に入ったところを見ると、良い答えが期待できそうだ。
昼飯もとらずに十分程ずっとブツブツ言っていた。そしてッバと顔を上げて一気に言い出した。
「有り得るぞ! ポインターを具現化! 出来るはずだ! 何故かというと、VRの世界は、用は頭の中の世界だ。頭で"有り得る事象"だと思い込めば、実際にその事象が起きる可能性が十分にある。それにそれは、自分の頭の中で起きていることであって、他人の頭の中では起きていない。ようするに他人から見えないポインターを作ることが出来るってことだ! 超高性能ポインターの完成だぞ!」
「おおおおおおおおおおお!!!!!! 凄いぞお前!!!!!!!!」
初めて変態より凄いの方が上回ったと思った。
「いやいや! 俺でも思い浮かばなかったことを思いつくとは、和手、天才だな! うん、天才だ! うん、そして、出来るようになったら教えてくれ! 俺もバーサスをやる! いやまて……ああぁぁぁ……新聞……いや、あぁ……迷うなぁ……」
「わかったよ、ありがとうな」
苦笑いしながら答えた。カケルのことだ、新聞を選ぶだろう。
「ちょっといいか、それ剣道でも何かできそうか?」
黙って聞いていたシュウが口を開いた。
「推測が当たってるとすれば、自分に見えるだけで、相手には見えないし感じれないからなー」
とカケル、そしてまた俯いてブツブツ状態に入った。
「剣道でポインター――間合いを見れるぐらいかな? シュウは自分の竹刀の間合いなんか分かってるだろうからなー」
「うむ」
今度は三十秒もかからずにカケルが顔を上げた。
「シャドートレーニングの延長線上の感じで、相手を具現化出来るかもしれない。しかし打ち合いは出来ないから――微妙かな? そのぐらいしか思いつかなかったよ」
「そうか、和手が出来たらやってみようかと思う。ありがとう」
「よし! 早速今日から特訓開始する!!」
「楽しみにしている」
どんどんやる気が出てきた。
「結果期待しているさー。そだ、ついでに考え付いたんだけど、これは利用すると魔法を使えるかもしれないよー!?」
「ま、魔法!?」
現実や戦争からかけ離れた言葉が出てきたことに驚いた。
「ただ……和手のポインターの出来次第だけど。すでにポインターという物が分かっているのを具現化するのは楽だろうけど、魔法は違うんだ。未知の領域だから、和手が一日やそこらで出来たら……魔法となるとその二〜十倍ぐらい? 和手の出来次第だなぁー」
「魔法は憧れだからなぁー。頑張ってみるよ」
そして
「魔法……」
シュウは誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。
――その日から和手の猛特訓が始まり、猛特訓は一週間続いた。
授業は完全放棄、ポインターを思い描いたり、実際にノートに書いたり、常に赤い糸を持ち歩き、それを触ったり、引っ張ったり。
家の中には赤い糸を張り巡らし、教室の机なんかにも赤い糸をつけた。
バーサスでは訓練も中断し、ひたすらポインターと戯れた。
そしてカケルとシュウとの会話から一週間後、ついに和手はポインター具現化を習得した。
その日の朝は、早く報告したいがため、朝起きると、急いで準備し、朱利を叩き起こしおんぶして一階まで降り、すでに準備した朝食を寝ぼけている朱利に和手が食べさせた。
ガラガラ
教室の扉を開け、二人の姿を確認すると大声で言った
「カケル! シュウ! できたぞー!!!」
「まじかよっ!?」 とカケル
「おお、和手良く出来たな」とシュウ
「いつでも出来るってわけじゃないんだけど、一応は出来た!」
「まさか本当に出来るとは……」
「お、おまっ、お前が出来るって言っておいて……」
「っ! いや、信じてたよ、うんっ!」
様子からどうやら半信半疑だったようだ。
「まあ、気分がいいから許す! でも、具現化できるのはかなり集中した時だけなんだ……」
その事を思い出し、少し落ち込む。実戦で使えないということだからだ。MMOFPSの経験から、戦闘中かなり集中していることに間違いは無いのだが、それとは別である。サッカーしながらバスケしろ。というようなもんなのだ。
「ほほー。となると、慣れてくれば何時でも出せるようになるかも……?」
「おお!? 本当に?」
「断定は出来ないが可能性はあると思うさー。よくファンタジーで言うじゃないか。呼吸するように魔力を扱え的な。それと似たような感じと思うなー」
「おおー!?」
明るい未来に、思いをはせた。
「となると、魔法も一応出来るってことになるけど……出来ないと取った方が正しいかも。ポインターの様な簡単な物で一週間。魔法だと最長は一年とかかも。いやもっと? それに魔法は実用性が全くない。ただ自分で見えるってだけだからー」
「そっかー……残念だ」
子供の時、夢に見た魔法使い。少し落ち込みながらも、ポインター具現化が出来た喜びの方が勝っていた。
「シャドートレーニングは、すでにシャドートレーニングという物があるから、しっかりとシャドーをイメージ出来さえすれば簡単に出来るかも? でも、ポインターという赤い線だけで1週間だから、見込みはすくないかなー」
「……ふむ、暇な時やってみる」
シュウはかなり落ち込んでいるようだった。具現化シャドートレーニングがそんなにしたかったのだろうか?
「それで、カケルもバーサスやるの?」
「い、いや、いい……この一週間の和手の狂人っぷりを見ていたら、具現化特訓する気が起きなかった。……正直気持ち悪かった……」
「同意する」
「ふ、二人して……! ……そういえば、一週間あまり会話しなかったような……もしかして避けていた?」
「き、きっと気のせいっ!」
「ち、ちがうぞっ!」
シュウまでもが動揺した。そして、さらにもう一つ思い出した。
「…………朱利とは一言も会話なかった気がする…………」
「「…………そりゃそうだ」」
二人は呟いた。
「き、今日帰りに駅前のケーキ屋寄ろう!!」
「部活ない日だ。付き合うぞ」
「あ、ありがとう…………」
「さて、まずは指から手から腕から首、体中に付けている赤い糸を取ろうか。特に小指のを」とシュウ。
「アクセサリーな感じで気に入っていたんだけど……取った方がいい?」
「…………お願いですから、取ってください…………」とカケル。
糸の取り外しをしている和手を見て二人はボソっと言った。
「和手って、時々趣味悪いよな……」
「同意する……」