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翌日。

 美麻の家から帰宅した昨日の夜、知らされて過去や思いを語られ最後の嬉しい出来事により上手く寝付けなかった湊は若干寝不足気味になりながらも時間通りに駅前へと到着した。

 この日は先に美麻が到着しており近づいてくる湊を待っていた。

「こんにちは、美麻さん」

「こ、こんにちは」

 ただ挨拶を交わしただけなのだが、美麻はどの声は少し上ずっていた。視線も湊に合わそうとせずにいた。今までに一度としてなかった反応だ。

「どうしたんですか美麻さん」

「気にしないで」

「そういうわけにはいきませんよ。体調が悪いんですか?」

 もし体調不良を隠しているのであれば、無理をして出かける理由が湊にはなく日を改めることも可能だ。

「大丈夫よ。体調は悪くないわ」

「なら本当のことを言ってください、心配なんです」

「そういうことじゃないの」

 なおも隠す美麻に湊は不安げだ。

「それじゃあ……もしかして僕何か怒らせるようなことしちゃってましたか?」

「……はあ。まったく湊くんらしいというかなんというか」

 一向に引く気配のない湊の様子に美麻は観念する。

「……恥ずかしかったのよ」

 ちょっと拗ねたように素っ気なく美麻は言った。その答えが想像外のことで湊は驚いた。

「え?」

「だから、恥ずかしかったの。昨日あんなことしちゃったから」

 一言では全容を理解できなかった湊に、自棄になりながらも捕捉した。よく見ればどことなく美麻の顔には朱がさしていた。

「……なんだ、心配して損しました」

 そんな美麻を可愛いと思いつつ、何かあったわけではないとわかりホッとする。

「だから言いたくなかったのに、湊くんがいつまでもしつこいから」

「だって美麻さんにもしものことがあったら」

「その時は遠慮なく頼らせてもらうから。無理はしないわよ」

 頼られて悪い気のしない湊は「任せてください」と答えた。

「それで今日行くところは電車で行くんですか?」

 電車を使うことがなくとも、待ち合わせの場所として多々利用されることがあるこの駅を集合地点にしただけでは目的地を探ることは不可能だ。

「ええ。三十分くらいかな」

「分かりました。それじゃあ早く中に行きましょう。ここにいいてもただ暑いだけなんで」

 そう言って二人は駅へと足を踏み入れる。

「それにしても不思議ですね」

 切符を買う時にできる間を利用して湊はそう言った。

「?」

 美麻はどういうこと、と疑問の視線を向ける。

「だって夏休みになるまで美麻さんと話したことすらなかったのに、今じゃもう何回も一緒に出掛けてて。想像もしなかったなって」

「そうね。私たちの出会いはただの偶然だったけど、そう考えてみると面白い偶然ね」

 お互い楽しそうに話している最中に二人分の切符を買っていた美麻は湊に一つ渡して、ホームへと向かう。

「もしかしたら偶然じゃなくて、運命かもしれませんよ」

 きざったらしくなりつつ湊はそう言った。

「私、時々湊くんのポジティブさが羨ましく感じるわ」

 そう言う美麻の表情から察するに羨ましさと呆れる気持ちで半々といったところか。

「でもネガティブなのよりはいいでしょ?」

 物事を悲観しているよりは楽観してる方がいいと、必要以上に暗くなるよりはましだろうと湊は思っていた。

「そうね」

 駅のホームへと付いた二人はそんな他愛のない話をして電車が来るまでの時間を過ごし、電車が到着すると足をそろえて一緒に乗り込むのであった。

 ――美麻の言った通り電車に揺られること約三十分。

 湊たちがたどり着いたのは、この辺りでは一番人気が多く活気のある街だった。

 夏の日差しにも負けない若者たちが多く見られ、そこかしこにある店には周辺から遊びに来ているらしいグループも見受けられた。外国からきているらしい観光客も中にはいた。

「たくさん人がいますね。迷子にならないように手でも繋ぎましょうか?」

「繋ぐわけないでしょ。もしはぐれたらスマホで連絡取りましょう」

 下心の見える湊の提案を断り、美麻は目的地へと案内するために歩き始める。

「美麻さんの知り合い、どんな人なのか気になりますけどどうせ教えてくれないんでしょ?」

「折角教えてあげようと思ったのに、そんな言い方するなら教えてあげない」

 そう告げる美麻だが、本当に教える気が合ったのかは確かめるすべはない。

「本当ですか?」

 そんな美麻を疑ってかかる。

「内緒」

 だがそう簡単に教えるつもりがないため、結局あやふやなままだ。

「まあいいです。どうせ目的の場所に着けば分かることなんで」

「そうよ。楽しみにしてなさい」

 美麻はこの後に訪れる場所を思い浮かべて、湊がどれだけ驚くだろうと想像して内心で密かに笑う。

「驚く湊くんの姿楽しみだわ」

「結構意地悪ですね美麻さん」

「湊くんは弄るのが楽しいから」

 そう言う美麻は楽しそうだ。

「美麻さんは小学生の男の子ですか」

「ああ……気になる女の子に悪戯しちゃうってやつ? あれされてる方からすればただの迷惑だからやめて欲しいのよね」

 湊が言いたいことをすぐに理解し、実感のこもった声で返事をする。

「美麻さんもそういうことあったんですか?」

「ええ、しょっちゅうね。気持ちは分からなくはないけど、あれはただ嫌われるだけよ」

 その言葉に小学生ころの美麻の姿を想像する。きっと当時は今よりも顔立ちが幼く、まだ美人というよりも美少女だっただろう。もしかしたら、小学生のころは髪を伸ばしていたかもしれないと色々考えると楽しさと、その時の美麻と一緒にいられなかった悲しさがいっぺんに押し寄せてくる。

「小学生の美麻さんかー。見てみたかったな」

「湊くんって小学校どこ?」

「消防署の先にあるとこですよ」

 そう言って湊は学校の名前を告げる。

「本当に? 私五年生の時まで小学校そこだったわよ」

 名前を聞いた美麻は驚いたように声を上げた。

「そうなんですか」

「ええ。両親の都合でそのあと引っ越しちゃって高校に入るのと同時ぐらいにまたこっちに戻ってきたの」

「それじゃあもしかしたら、僕たち昔出会ってるかもしれませんね」

「もしそうなら、湊くんがさっき言ってた通り運命的ね」

 昔話に花を咲かせ歩いていると十数分の道のりもあっという間だ。すぐに目的の場所が見えてくる。

「ここよ」

 美麻はある建物の目の前に到着すると、堂々とそう言った。

「えっ? 本当にここなんですか」

 だがそれでも湊は信じがたかった。

 なぜなら目の前にある建物。そこにははっきりと大きな字で「メイド喫茶」と書かれていたからだ。

「そうよ。あと驚くのはまだ早いわ」

 慌てる湊の姿に予想通りに驚いてくれたと楽しそうにしながら答えた。そして今言ったことは事実で店内はもっと驚くべきことが存在していた。

「もしかして……美麻さんがメイドになってご奉仕して、痛っ」

 淡い期待をしながら言う湊の腕を容赦なく美麻は抓った。

「合わせたい人がいるって言ったわよね? ほらいくわよ」

 そう言って一人で気後れすることもなく店内に入ろうとする美麻の姿を慌てて追う。

 店のドアを開ける美麻の後ろから遅れて湊も店内に入る。

「「「お帰りなさいませ、お嬢様。ご主人様」」」

 すると二人に気付いたメイド服を着た見眼麗しい少女たちがそう声をかけた。

 自分の住む近くにメイド喫茶があることすら知らなかった湊は、その声に圧倒される。が、美麻はこの場所に来るのは慣れているのか凛とした態度を崩さずに近くにいた髪をツインテールに結っている女性に話しかけた。

「翡翠いる?」

 翡翠という名前を湊は聞いたことがなかったが、恐らくその名前の持ち主が今日美麻が紹介しようとしていた人物なのだろうと当たりを付ける。

「あ、美麻お嬢様。翡翠でしたらいつものところにいますよ」

「そう、分かったわ。ありがとう」

 返事を返すと、我が物画をで美麻は進んでいく。

「美麻さん、もしかして来慣れてます?」

 慣れた動作や先ほどのメイドが美麻の名前を知っていたことからそう感じていた。

「もうここまで来たら隠さないけど、友達がここでバイトしてて、その子に会うために何度か、ね。紹介したいのはその子よ」

 決して、メイドに会いに来ているのではないと暗に語る。

「そうなんですか」

「ええ。それにここは色々面白いから」

 美麻の言った言葉がどういう意味か問いかけようとするが、それよりも先に周囲の光景が変わっていることに気付いた。

「……え? パソコン?」

 そう、いつのまにかメイド喫茶と言うよりもネットカフェと言った方がいい状態に変化していたのだ。今湊の眼下に広がるのは複数台設置されたパソコンだ。

 そこに客と思われる人間とメイド喫茶の店員であろうメイドがFPSで対戦しているのだ。

「ね、面白いでしょ?」

 そんな光景に圧倒される湊に美麻はしてやったりという表情を向ける。

「ええ……どちらかと言うと面白いというよりも不思議ですが」

「ここ元々はネットカフェだったのよ。それをメイド喫茶に改装したの。だからその時の名残ね」

「へえ」

 つまりパソコンのできるメイド喫茶と言うよりも、本来はメイドのいるネットカフェと言った方が正しいのだ。

「それで翡翠はと……あ、いた」

 目的の友達はどうやらここにいたらしく美麻は見つけ出していた。

 美麻は見つけた友達のところへと向かっていく。湊も黙ってそのあとをついて行った。後ろをついて行くと段々と美麻の目指している場所が分かってきた。その場所では一人のメイドがADをプレイしていた。

「わっつぁふぁっく」

 近づいていくと、可愛らしい声でそんな英語のスラングを言っているのが聞こえてきた。

 そんな声を上げながらも試合にはしっかりと勝ったようで楽しうに笑いながら対面に座る客に一言二言話していた。

 湊たちがたどり着くころには客と別れ、そのメイド服を着た少女一人っきりとなる。

「翡翠」

 そんなメイドに美麻は呼びかけた。

「あっれ美麻? 急に来るなんて珍しいねっ」 

「ちょっと驚かそうかと思って」

 翡翠と呼ばれたメイドは跳ねるように振り返り美麻の姿を確認すると楽しそうに言った。

「んー? そっちの子は?」

 そして湊の存在が気になったようで興味深そうな視線を向けて尋ねる。

「私の学校の後輩で成瀬湊くん。ADプレイヤーよ」

「そーなんだ! よろしくね、湊くん!」

 そう言ってシミ一つない柔らかそうな手を差し伸べてくる。湊は思わずつられるように手を差し伸べて、握手を交わした。

「え、と……それで結局誰なんですか?」

「あ、ごめんなさい。友達としか言ってなかったわね」

 紹介しないで話を続けようとしていたことに気付いた美麻は軽く謝る。

「この子は星宮翡翠ほしみやひすいって言って、私の後輩よ」

 星宮翡翠と紹介された少女は、美麻よりも背が少し小さく少し癖のあるショートヘアで幼さの残りつつ人懐っこい性格を表したような明るい顔立ちをしていた。小柄だが美麻よりもスタイルはよく、でるところはでていて柔らかくて弾力のありそうな身体つきをしており、それはメイド服の上からでも分かるほどに主張している。

 先ほどの動作などをみるに、落ち着いた物腰の美麻を静の美人だとすれば、明るく元気な翡翠は動の美少女と言える。

「後輩って僕たちと同じ高校ってことですか?」

 美麻とはタイプが違うもの、とても目を引く外見をした彼女が校内にいれば気付かないはずはないのに、と湊は不思議に思ったのだ。

「高校の、ではないわ。プロゲーマーの後輩よ」

 そんな湊の勘違いを美麻は優しく正した。

「え!? 星宮さんもプロなんですか?」

 そんな新たに告げられた情報に驚く湊。まさかプロゲーマーがメイド服を着てバイトをしているとは思わなかったのだ。

「そーなのだ。あたしは現役プロゲーマーなんだっ。それと翡翠でいーよ」

 そして当事者であるはずの翠はマイペースに、自分の呼び方を強要してくる。

「それじゃあ……翡翠さんで」

「おけおけ」

 時々混ざるスラングはそれだけADをプレイしているという証拠なのかもしれない。

「てことは……美麻さんが引退した理由も知ってるんですよね?」

 同じプロゲーマーとして美麻がチートを使っていたと思っていれば軽蔑していても不思議ではなく、それゆえに二人の仲の良さが気になったのだ。

「あたしは美麻がチーターだったなんて信じてないからねー。実際に目の前でプレイしてもらったこともあったし」

 噂などではなく、自分の目で美麻の実力を見ているからこそチートを使っていたという話は信じられたなかったのだと翡翠は言う。

「それにしても男の人連れ込まれるとは思ってなかったよー。プロゲーマーだったことも話してるみたいだし、もしかして彼氏……とかなのかな?」

「違うわよ。それにしてもまだその喋り方治ってなかったのね」

「にゃはは。もうこっちの方が地になってるから、治らないって」

「どういうことですか?」

「この頭のおかしな喋り方は元々ファンサービスみたいなものだったのよ。それを続けてくうちにその口調が根付いちゃったのよ」

 その遠慮のない言い方からは仲の良さを感じさせられる。湊が長い付き合いである悠馬とする会話のような遠慮のなさだ。

 だが湊はそんな中で、具体的には言えないが何か違和感のようなものを感じていた。だがその正体が分からない以上、気のせいだと結論付ける。

「こっちのほうが普通に喋るよりも楽しんでもらえるし、注目してもらえたからね。それにしても頭のおかしな喋り方は酷いじゃないかー」

「まあ口調と違わず、気さくで誰とでも仲良くなれるようなタイプだから。悪い子ではない……はずよ」

「えー、そこは断言してよん」

「ふふっ。冗談よ」

「それでー? 今日は何の用なのかな」

 それは湊も気になっていたことだ。ただ湊と翡翠を合わせるためだけに連れてきたとは思いにくかった。

「湊くんにADのこと色々教えてあげて欲しいの。SMG使いだからスナイパーの私じゃよくわからないこともあって」

「そう言われてもあたしもアサルトがメインだよ?」

 スナイパーライフルよりは似通った性能とはいえ、中距離での戦闘が適正距離のアサルトライフルと近距離戦闘がメインのサブマシンガンでは戦い方は異なる。

「そうだけど、あなたは突撃アサルトの名に恥じないぐらいにどんどん前に進んでいくでしょ」

「にゃははー。忙しい試合の方が楽しいからねー。後ろでちまちま撃ってるのは性に合わないんだよね」

「それだったらサブマシンガン使えばいいんじゃないですか?」

「それを言われると弱いんだけどねー。805が好きだから」

 翡翠の言った805とはCZ805のことでチェコで作られた銃だ。

「最初は誕生日と一緒だからって理由で使ってただけなんだけどねー。不思議と愛着湧いちゃってね」

「てことは……八月の五日ですか?」

「そだよん」

 今日は八月十一日だ。つまりつい最近に誕生日が来たことになる。

「ついこの前じゃないですか。おめでとうございます」

「にゃは。ありがとー」

 誕生日を祝ってもらえたことが嬉しいのか翡翠は眩いばかりの笑顔を湊に向ける。

 そういった行為から距離の近さを感じさせられる。美人だが完璧超人でクールなイメージが先行してしまい高嶺の花として見られてしまう美麻よりも、表情がころころと変わり近寄りやすい雰囲気を持つ翡翠の方がモテそうだなと湊は思った。湊も美麻に恋愛感情を持っていなければ好きになっていたかもしれない。翡翠とはそんな魅力を持つ少女だ。

「いだっ」

 そんなことを考えていると突如痛みを感じ思わずそう言ってしまった。痛みがした方向へ視線を向けると面白くなさそうな表情をした美麻がいた。

「鼻の下のびてたわよ」

「気のせいですって」

「どうだか」

 そう言いながら美麻はツーンとそっぽを向いてしまう。

「ほえー」

 そんな美麻の様子を見た翡翠は珍しいものを見たと奇妙な声を上げた。

「なによ」

 翡翠の態度が気になったらしく美麻は翡翠に声をかけた。

「いやー、美麻がそんな態度取るの初めて見たよ。現役だったときも弟子とか取らなかったし、これは湊くん結構脈ありなのかな?」

 すると湊には嬉しい情報が耳に入ってくる。

「本当ですか?」

「本当にほんと。だから湊くん期待してていいと思うなー」

「馬鹿なこと言ってないで。一試合してみたら。そのためにこの時間に連れてきたのよ」

 話題を変えるために美麻は無理やり話しに割り込むと、二人にADで試合をしてみたらどうかと勧める。

「はーい。じゃあ湊くん。やろっか」

「分かりました。それで参考までに聞いときたいんですけど、美麻さんと翡翠さんってどっちの方が上手いんですか?」

「そんなのわかり切ってることじゃない」

 美麻がなんでそんな当たり前の事聞くのと言う風に答えた。

「うんうん」

 翡翠も頷いて答える。そして二人で息をそろえて二人が強いと思う方の名前を挙げた。

「翡翠」

「美麻」

 二人とも名前を挙げると、きょとんとした表情でお互いを見合う。

「なんで私なのよ、翡翠」

「なんでって言われても、そう思ってるからとしか言いようがないよ」

「翡翠はまだ現役なんだから私の方が強いわけないでしょ。ほら早く試合始めて」

 美麻に促されるまま、湊と翡翠は向かい合うように座る。

「本当はお金取るんだけど美麻の友達ってことで今日はおごってあげる」

 ここは店なのだ。当然のように無料でパソコンが使えるわけがない。

「そんな、悪いですよ」

「気にしないでいいよん。実はあたしも美麻が気に入ってる子と試合をするのは楽しみだよね」

「素直に受け取っておきなさい。こんな性格だけど結構頑固だから、翡翠は」

 助けを求めて美麻に視線を向けるとそう言われてしまい、素直におごってもらうことにしてもらう。

「いやーそれほどでも」

「褒めてないわよ」

 そんなボケとツッコミを間に挟みながら、湊と翡翠はADで試合の準備を始める。

「湊くん。もしあたしに勝てたらいいことしてあげる」

 お互いに準備が終わったあとで、とうとつに翡翠が意味深に言ってきた。思わずモニター越しに視線を向けると、蠱惑的な表情で湊を見つめてきていた。

 メイド服を着た美少女にそんなことを言われてしまっては湊も意識せざるえない。そんな二人のやり取りが面白くなかったのか、傍にいた翡翠の頭を軽く小突いた。

「いったーい」

「そんな本当にする気もないこと言って湊くんをたぶらかさないの」

「にゃはは。湊くんが可愛くて、ついね」

「まあそれは分かるけど」

「分からないでくださいよ美麻さん」

 そんな二人のやり取りに異を唱える。

「そう言われても事実なのだから仕方ないわ」

「にゃは。それじゃあ、やろっか湊くん」

「そうですね。やりましょう」

 翡翠に誘われ用意された試合をするために部屋へと移動する。そこにはJadEジェイドという名前のアカウントがいた。Jadeとはヒスイと呼ばれる宝石の英語名で、本名である翡翠とかけているのだろうと湊は思った。

「って、あれ……もしかして翡翠さん、四月ぐらいにあった大会で優勝してませんでした?」

 そして、湊には見覚えのある名前でもあった。

「あり? よく知ってんね」

「こないだ見てた動画の中に決勝戦の試合があったんですよ」

「あー、あの試合かー。あの時ちょっとやらかしちゃったから恥ずかしいんだよねー」

 そう言って人懐っこい笑みを浮かべながら恥ずかしそうに頭をかいた。印象的な戦い方をするプロゲーマーがいるとしっかり記憶に残っている湊だが、記憶を思い返しても失敗らしい失敗があったようには思えない。

「まあなんにせよ、今更ですけどおめでとうございます」

「にゃはは。いつ言われてもその言葉は嬉しいよ」

 四月にあった大会とは国内における大会において一番大きな大会と言ってもいいほどで、優勝者にはメジャー大会に出場するためのアジア予選に出場する権利が与えられる。

「結局そのあとのアジア予選で初戦敗退しちゃったんだけどね……」

 まだまだ世界との壁は厚いと翡翠の言葉は物語る。だが挑戦する気持ちは失っていないらしく、その瞳はやる気に満ちていた。

「それでも十分凄いですよ」

「ん、ありがとー。あたしもメジャー大会でたいんだけど、なかなかね」

 そういえば数年前に日本人のプロゲーマーが初のメジャー大会出場したことがあったと、悠馬から聞いたことがあったのを思い出した。

「でも、出場することがあたしの夢だから。こんなことじゃめげないよん!」

「応援してます」

 メジャー大会への挑戦は一度失敗しただけで閉ざされることはない。今回はメジャー大会に出場することができないが、また来年にある四月の大会で優勝すればアジア予選に出場することも可能だ。

「あれ……?」

「どうしたの湊くん」

 気づいてはいけない事に気付いてしまったというような声を出す湊に美麻は声をかける。 

「僕はつまり、今現在日本一位の人とこれから試合をしないといけないってことですか」

「日本一位は言いすぎだよー湊くん。前回はたまたま運が良かっただけ。優勝候補って言われるような人も何人か出場してなかったんだから」

 翡翠は湊の言葉がツボに入ったのかけらけらと楽しそうに笑っていた。

「別に気にすることないわ。悠馬くんの時みたいに勝つ必要なんてない……というか勝てるとは思ってないから」

「そう言われると勝ちたくなりますね」

 自身でも勝てるわけないと思う湊だが、美麻からそう言われてしまっては意地でも勝ちたくなってしまうものだ。

「にゃは。そういう気持ちがある人は強くなれるよー。向上心は大切大切」 

 そんな話をしているとお互いに準備も終わり、画面がマップを読み込み始める。それを見た湊と翡翠は備え付けとして置かれていたヘッドセットを付ける。

 表示されたマップはキルハウスだ。キルハウスとは特殊部隊が訓練で使う場所でありテロリストが潜む建物の室内を想定して作られたものだ。

 小部屋がいくつもありその中には机などで作られたバリケードや大型のソファが存在する。壁に穴が開いていたりと、入り組んだマップだ。それゆえに近距離戦闘が起こりやすくSMGを使う湊は有利となる。

 このマップなら武器の特徴を生かし切れば有利に事を進めるのではないかと湊は考えながら、ほっと一安心する。圧倒的な格上である翡翠との試合なのだ、このぐらいのアドバンテージは試合前から欲しいと思っていた。

 試合開始を告げるカウントダウンが終わり、アバターを自由に動かせるようになった湊は足音を隠そうともせずに前進することを選んだ。入り組んでいるため足音だけでは正確な位置を掴みにくく、動線の多いキルハウスでは隠れあって撃ち合うよりも相手を翻弄するように動き回ったほうがいいという考えだ。

 そしてそれゆえにクリアリングもおろそかになってしまう。その付けが回って来たのは、マップの真ん中あたりまで進んだ当たりだった。

 勢いよく小部屋に突入した湊の画面に映ったのは部屋の中でCZ805を構えていた翡翠の操るアバターだ。湊のアバターを確認すると即座に発砲し、一瞬で八割ほど持ってかれてしまう。命からがらその場を逃げ出した湊はいったん崩れた形勢を整えるべく距離を置こうとして、背後から翡翠が追撃してきていることに気付く。

 背中を向けた無防備な状態となってしまった湊は即座にアバターを反転させ発砲するが、その抵抗空しく体力をすべて奪われて試合は終了した。

「……」

 突然の予想だにしていなかった試合の幕切れに思わず呆然としてしまう。

「にゃはー。ごめんね。こういう時でも手は抜かない主義なんだー」

 そんな湊を気にしてか翡翠は申し訳なさそうにそう言いながら近づいてくる。

「ああ、いえ。それは全然気にしないでください」

「?」

 それじゃあ何を気にしていたのかと翡翠は首をちょこんとかしげる。

「美麻さんの時も圧勝されちゃいましたけど、アサルト相手ならまだなんとかなると考えてた自分が甘かったんだなって」

 マップがキルハウスで実際の戦闘も近接戦闘だったのに、と湊は落ち込んでいるのだ。

「……ねえ、美麻」

「なんとなく言いたいこと分かるけど、なに?」

「湊くんってほんとっうに可愛いね」

「でしょ」

 悔しい気持ちを隠そうともせず落ち込む湊の姿が翡翠の琴線に触れたようだ。興奮した様子で湊を見つめている。

「あたしの弟子にしていい?」

「ダメに決まってるでしょ」

「けち」

 そう言ってむくれてみせる翡翠は実際の年齢よりも幼く見えた。そんな二人の様子に湊は呆気に取られて見つめていた。

「えっと……それで僕どうでした?」

 自分では散々な結果だと思っている湊はおずおずと尋ねる。

「うーん、そだね。思いっきりの良さと咄嗟に反応は良かったよ。最後反撃してこれるとは思ってなかったし」

 最初に出てきた言葉は湊の思いとは反対の言葉だった。そのため嬉しい気持ちで満たされる。が、当然それだけでは終わらなかった。

「でも武器の性能やマップの特徴だけで、何も考えずに突っ込んでくるのはどうかと思うよ」

 武器の性能を頼りに戦おうとしたのが湊の悪いところだったと、翡翠は言った。

「そうね。翡翠も馬鹿の一つ覚えに前に前に詰めていくけれど、それは自信の経験とか独特のセンスからくるものだから真似しちゃだめよ」

「あれ、もしかしなくてもあたしディスられてる?」

「違うわよ、翡翠のことは褒めてるの」

 美麻の言っていることは皮肉でもなんでもなく事実で、実際に翡翠の戦い方は真似しようとして真似できるものではない。

「それじゃあどうすればよかったんですか?」

「んとね、単純にSMGなんだからしっかりクリアリングしてけば良かったんだよ。そうしたらあたしのアバターを見つけた時に、撃った方がいいのか隠れたほうがいいのかちゃんと判断できたでしょ。それで位置を確認したらグレネードで相手をおびき出したり行動を制限させてから詰めればよかったかな」

 技術でも知識でも翡翠に遠く及ばないのだ。正面から向かって行っても勝つことは不可能だ。

「そんな湊くんに、一つ良いことを教えてあげるよ」

「なんですか?」

「相手のしたいことをさせないで自分のしたいことだけを相手に押し付けるといいよ」

「どういうことですか?」

「そだねー……、自分の土俵に相手を無理やり乗せちゃえばいいってことかな。湊くんはスナイパーがなんで強いか分かる?」

 スナイパーと言われ湊は何気なしに美麻の方を見やり、この間の試合を思い出していた。

「単純に性能が良いからじゃないですか? 上半身にあてれば一撃で倒せますし」

「んーとね、間違いじゃないんだけど今あたしが言いたいことはそう言うことじゃないんだ。スナイパーライフルの特徴ってそれ以外にもあるでしょ?」

 翡翠は答えを言わずにあくまでも湊が自主的にたどり着くように先導しようとしていた。

「えーと……射程が一番長いこと……ですか?」

「うん、そう。それだよっ、湊くん」

 思っていたよりも湊が速く答えにたどり着いたことに翡翠は驚きながら肯定した。

「つまり、長距離戦でスナイパーライフルに勝てる銃って存在しないんだよ。スナイパーに遠距離で狙われたらどうしようもなくなっちゃうよね? つまりスナイパーライフルの土俵である遠距離戦に無理やり引きずり出されちゃって、自分のやりたいことが出来なくなるからなんだ」

 どれだけ優れた作戦であっても、それが実行できなければ意味がない。そんな状態に無理やりしてしまうのがスナイパーライフルなのだ。

「まあ普通はそういうときのためにスモークグレネードとかを使うんだけどね。たまにそんな中でも当ててくるスナイパーがいてね……」

 そう言って翡翠は忌々しそうに美麻を見つめた。

「え、私のこと?」

 今言っていたスナイパーが自分のことだとは思っていなかった美麻は意外そうに言う。

「にゃはは。美麻は本当にいつまでたっても変わらないから好きー」

 そんな姿を見た翡翠は楽しそうだ。

「まったく……まあいいわ。試合も終わったことだしちょっと、休憩しましょう。折角のメイド喫茶なのだしね」

 そう言った美麻は意味深に翡翠を見つめた。

「ご指名ありがとうございます、お嬢様。ご主人様もこちらへどうぞ」

 その視線を受け止めた翡翠は、わざとスカートの端を掴んで軽く広げお辞儀して見せた。その洗練された動作はたまらず湊を魅了させる。

「いたっ」

 湊が思わず見惚れていると痛みを感じた。痛みがした方向に視線を向けると美麻がそっぽを向いているのが見える。

「今の美麻さんですよね」

「なんのことかしら」

 痛みのした方向から考えて美麻が小突いた以外にないのだが認める気はないらしい。

「いや、どう考えても」

「知らないって言ってるでしょ」

 あくまでもしらをきるらしく、認めさせるのは諦めざる負えなかった。

「にゃは。美麻は頑固だからねー」

「昔からなんですか?」

「そだねー。昔っから変わんないね」

「ほら二人とも、早く行きましょ」

 昔のことを言われて恥ずかしいのか先を急かす。

「はいはーい。それじゃあ二人とも、ついてきてー」

 美麻に促され翡翠が先頭を良き、湊たちは後ろを静かについて行く。

「そういえば、翡翠さんはなんでここで働いてるんですか?」

 プロゲーマーなら優勝賞金以外にもお金を貰っているはずであり、金銭面で苦労することはないだろうと湊は思っていた。バイトに時間を使うよりも練習していたほうがいいのではないかと。

「んー、まあメイド服が可愛いってのはあるけどね。単純にお金がないから、だよ」

「え? でもプロゲーマーなんですよね」

「あ、そっか。詳しくない人ってそんな認識だよね」

 言われ慣れていることなのか翡翠はすぐに湊が誤解していることに気付いた。

「海外のトッププロの活躍なんて見てると勘違いしやすいんだけどプロってだけで生活できる人ってそんなに多くないんだ。日本は海外よりもその辺の事情が悪くて、さらに貰えるお金は少なくなっちゃうの」

「これでも昔よりはだいぶ良くなってきてはいるのだけれどね。シビアな世界にしてはお金はあんまり貰えないのよ。まあ、プロになる人ってお金のためになる訳じゃないからそこまで気にしている人はあんまりいないのだけどね」

 海外にはプロゲーマーの先駆けと言われる人物はフェラーリの車を優勝賞品として貰ったことがあったり、獲得賞金が一億円を超えるプロゲーマーも存在する。

 だがそういった人は、大勢のゲーマーの中で一握りの存在しかなれないプロゲーマー……の中のさらに一握りだけだ。狙ってなれるものではないし、目標とするには雲の上すぎる存在だ。海外でもそのレベルなのだ、日本でそんなに稼げるようになるのは夢のまた夢と言える。

 そして日本はパソコンゲームよりも家庭用ゲーム機が流行ってきた国ということもあり、プロゲーマーという文化が育つのはお先真っ暗と言っても過言ではない。

「あたしはここでバイトするの気に入ってるから、別にいいんだけどねー」

 可愛いメイド服を着れて、さらに仕事の一環として客とADをプレイできる。そんなこのメイド喫茶が好きだった。

 そうこう話をしていると、二人掛けのテーブルに到着し翡翠に促されるまま席に座った。

「これ、メニューね。何か気になるのあるかな?」

 湊と美麻に見やすいようにメニュー表を差し出す。

「じゃあ僕はこのオムライスで」

「お。流石湊くんお目が高いね」

 なんとなく食べたいと思ったモノを注文しただけなのだが、翡翠にそう言われてしまいどういうことだろうと不思議に思った。ふとジトっとした視線を感じるがすぐに霧散してしまい誰の視線だったのか分からず仕舞いだった。

「私はパンケーキでいいわ」

「はーい。それじゃ二人ともちょっと待っててねん」

 注文を受け取った翡翠は厨房へと歩いていく。途中、他の客たちから声をかけられている様子が見えた。翡翠も笑顔でそれに応えている。

「人気ありますね」

「女の私から見ても可愛いと思うしスタイルもいいからね。翡翠は性格もとっつきやすいし。湊くんもそう思うでしょ」

「そうですね……ってなんか棘を感じるんですけど」

「気のせいよ」

「安心してください。美麻さんも可愛いですし、僕は美麻さんのほうが好きですから」

「誰も聞いてないわよそんなこと」

 そうは言うもののどことなく美麻の機嫌が直ったように感じられた。

 ――そしてそれから少しして。

「おまちどー」

 そう元気に翡翠はオムライスとパンケーキを持ってきた。

「はい、湊くん」

 翡翠はオムライスを湊の目の前に、パンケーキを美麻の前に優しく置いた。

「あれ、翡翠さん。ケチャップは?」

 目の前に現れたオムライスには、あって当然ともいえるケチャップが卵の部分にかかっていなかった。

「もう、分かってるくせに。ちょっと待ってねー」

 そんな湊の言葉を催促だと感じたのか、翡翠はケチャップの入った容器を取り出す。

「なんてかいて欲しい?」

「え……え?」

 翡翠が言ったことの意味が理解できず、戸惑いの声を上げ美麻へと思わず視線を向けた。

「なんで私を見るのよ」

「いや、どういうことなのかと思って」

「そのまんまの意味よ。メイドさん、この場合は翡翠がケチャップで字とか絵とかかいてくれるの」

 面白くなさそうにしつつもしっかりと助け船を出してくれるところが美麻らしい。

「湊くんもしかしてメイド喫茶とか初めて?」

「来たことなんて一度もありませんでしたよ」

「むふ。それじゃああたしが勝手にかいてもいいかな」

「あ、はい。お願いします」

 普通はどういったものをかくのか分からない湊は慣れているであろう翡翠に委ねる。

「ふんふんふーん」

 すると翡翠は鼻歌を歌いながら器用にかいていく。

 段々とかいているのがなんなのか分かってくるが任せるといってしまった以上文句は言えない。

「でーきたっ」

 完成したものを自身気に湊と美麻に見せる。

 オムライスにかきだされたものは綺麗に描かれたハートマークだった。そしてその中に可愛らしい丸文字で湊と翡翠の名前が書かれていた。

「翡翠?」

 それを見た美麻はどういう意味と問い詰めるように名前を呼んだ。

「にゃはは、そんな目くじら立てないでよ美麻。大丈夫だって、湊くん取ろうだなんて思ってないから」

 人のモノを奪う気はないと身振り手振りで否定する。

「それじゃあなんでそれかいたのよ。……それと別に湊くんは私のじゃないわ」

「美麻、素直になんないと湊くんもそのうち愛想つかしちゃうよ」

「大丈夫ですよ、美麻さん。そんな心配しなくても」

「ほら、湊くんが勘違いしちゃったじゃない。私は何とも思ってないから、勘違いしないでよ」

「まあ人の恋路に文句言うほどあたしも野暮じゃないけどさ。これまで美麻は一度も男っ気なかったから」

「プロゲーマーとして活動するのに必死で余裕がなかっただけよ。それに翡翠だってそうじゃない」

 人のこと言える立場じゃないでしょと言い返す。

「あたしはモテないだけだよー。そうだ、湊くん。美麻に振られたりしたらあたしのとこに来てもいーよっ?」

 それなら奪うことにはならないとの考えだ。

「ごめんなさい。僕は美麻さんが好きなんで」

「にゃは。振られちゃったー」

 即答する湊にそう返ってくるだろうと思っていた翡翠は明るく言った。からかい半分だったのだ。

「二人でふざけてないで早く食べましょう。それと翡翠はそろそろちゃんと働きなさい」

「そだね。じゃあね、二人とも。あたしは仕事に戻るけど何かあったら気軽に呼んで」

 そう言うと翡翠はメイド服をひらひらと揺らしながら他のテーブルへと向かう。

「面白い人ですね」

 去っていく翡翠の後ろ姿を見つめる。

「そうねいい子よ。とっても」

 湊の言葉に微笑みながら賛成し、目の前に置かれたパンケーキに手を付け始める。

 それを見た湊もオムライスを食べようとしてスプーンを手に取る。翡翠のかいたのものを消してしまうのを勿体なく思うが、食べないわけにもいかないため残念に思いつつも食べ始めた。

 ――それから時々暇になった翡翠と話をしたりしてメイド喫茶を満喫した二人は帰宅することにした。精算をすまして出入り口へと進むと、仕事が一区切りついたらしい翡翠が見送りにくる。

「もうちょっとゆっくりしていったらいいのに」

「またそのうち来るわよ」

「そうですよ。それにゲームの中でならいつでも三人で集まれますし」

「そだね……うん。それじゃあ、いってらっしゃいませ、ご主人様、お嬢様」

 にぱっと向日葵のように笑顔を輝かせた翡翠に見送られ、メイド喫茶を後にした。

「初めてでしたけど楽しかったです」

「そう。それはよかった」

 人生で初めての経験となるメイド喫茶で戸惑うことも多かったがそれでも、美麻と翡翠のおかげで楽しく過ごすことができた。

「今日は普通のメイド服だったけど、ハロウィンの時は魔女のコスプレしてたりクリスマスはサンタのコスプレしてたりするわよ」

「メイド喫茶なのにですか?」

「ネットカフェも兼ねてるようなところだしね。そのあたりはあんまりこだわってないみたいよ」

 そうなのかと納得し、湊は思わず翡翠がメイド服以外のコスプレをしているところを想像する。

「すけべ」

 そんな脳内を美麻は察したらしい。

「どうして男の子ってそういうのが好きなのかしら」

「……単純に可愛いからだと思いますよ。普段見慣れない服装を見れて嬉しいってのもあると思いますけど」

 少し考えて自分が思ったことを素直に告げた。

「例えばだけど、私にもして欲しいと思うの?」

「当然ですよ、そんなこと」

 好きな人が自分のためだけにコスプレをしてくれる。男なら一度は夢見ることだ。

「…………」

 美麻が黙ってしまっているのを見て、即答したのは不味かったかなと湊が思ったその時だった。

「今度」

「?」

「今度、気が向いたらコスプレしてあげるわよ」

 突然の朗報が湊の耳に入ってきた。

「本当ですか!?」

「ええ。私もああいった服装は可愛いと思うし。でも、気が向いたらだから。あんまり期待しないでよ」

「それでもいいです。そう言ってもらえたこと自体がめっちゃ嬉しいんで」

 嬉しさを体全体で示す湊を楽し気に見つめる。

「そう言われると私も悪い気はしないわね」

 湊は微笑みながら言う美麻に見とれてしまうが、それも無理のないことだ。

 だが、湊はそんな楽しい時間だけを過ごすわけにもいかなかった。美麻に聞いておきたいことがあったからだ。

「美麻さん」

「なにかしら、改まって」

 足を止めて視線を向け、名前を呼んできた湊に美麻も足を止めて応える。言葉とは裏腹に湊が何を言おうとしているのか予想がついている様子だ。

「直球に聞きますけど美麻さんのチーター騒ぎの件、USBにチート仕込んだのって翡翠さん……ですね?」

 答えを探るように、というよりは答え合わせのつもりで湊は言った。

「なんでそう思ったの」

 美麻はそれに答えようとせず反対に聞き返した。だがそれは答えを言っているのとほぼ同義だ。

「二人の会話……というか雰囲気が違和感あったんです。遠慮しているというか気を使ってるというか、そんな感じに」

 そして他にも理由はあると湊は続ける。

「それに美麻さんが昨日紹介したい人がいるって言ったタイミング的にも、そうなのかなって」

「あーあ、湊くんには隠し事できないわね。そうよ、私は翡翠だと思ってるわ」

「昨日は聞かせてもらえなかったこと聞いてもいいですか?」

 ここまで来たのならすべて聞かせて欲しかった。

「ごめんね、なんか試すような真似しちゃって。いいわ教えてあげる。歩きながらね」

 そう言って美麻は駅へと再び向かい始める。湊もまたその隣に並んで歩く。

「昨日私が仕組んだ人の名前を上げなかったのは、私がプロを続けるのに嫌気がさしてたからって言ったけど本当はそれだけじゃなかったからよ」

 昨日美麻が言ったことは嘘ではないがそれがすべてという訳でもなかった。

「翡翠にはね、才能があったの。現に今は個人戦の大会で優勝してるしね。でも当時はあの子も私と一緒で悩んでたのよ。実力が伸びないって」

 当時を懐かしく思いながら美麻は語る。

「私と違って才能があったのだけど、ちょうどあの時はスランプで悩んでたの。それで私に相談しようとしてきたのだけど、私も人の相談を受けるだけの余裕がなくて、断っちゃったんだ。私は今でもそのことを後悔してる」

「でも、それだけじゃあ美麻さんをチーター扱いにさせる必用はないんじゃ?」

「当時はADの大会のメインは五対五のチーム戦だったのよ。私と翡翠以外に三人プロがいて私たちはチームを組んでたのだけど、もう一人新しくチームに入れるって話が出てね。それですでにいるメンバーの中から一人抜けてもうことになっちゃったの」

 試合は五人で行われるため、一チームに六人もプロゲーマーはいらないのだ。

「あの時一番成績が悪かったのが翡翠だったから、慌てたんでしょうね。あの子は私と違って、プロになりたくて必死に努力してきてたらしいから。だから、夢だったプロになれたのにそれを手放したくなかったのでしょうね。私が相談に乗って上げれれば……それが出来なかったばかりにあの子に嫌な思いをさせちゃったの」

「美麻さんが後悔してる理由は分かりました。でもだからって人を蹴落として言い訳にはなりませんよね」

「確かにね。でも、夢ってなりふり構わず叶えたくなるものじゃない。それに翡翠は助けてって手を伸ばしてきたのに私はそれを掴むことが出来なかった……」

 だからその報いを受ける必要があると美麻は言いたげだ。そう言われてしまってはプロゲーマーの経験がない湊には言い返しようがない。真剣勝負の世界がどれだけ精神を疲弊させるか想像することはできても、実感として体験していないからだ。

「でもそれなら、二人でちゃんと話し合えば」

「……私にそんな勇気は持てなかったわ。もし私のことを翡翠が嫌いでそんなことをしたのだとしたら……そんなことを考えちゃうと、ね。でも、私も翡翠も今の関係で妥協しちゃってるの。お互いに傷つけあいたくなくて、そのことに気付いてないふりして適度な距離を保つことにね。だからお互いに過去には目を向けずにいるの」

 お互いが大切な存在故に踏み込むことが出来ない。そんなジレンマを美麻と翡翠は抱えていた。完全に仲たがいしていればまだ話し合うこともできた。しかし、適度に距離を取り合うそんな関係に甘えてしまっているためにどうしようもなくなってしまっている。それが湊が感じた違和感の正体だった。

「でも、美麻さんは元の含みのない関係に戻りたいんですよね」

「当然じゃない、翡翠は私の親友よ。誰が好き好んで親友と壁を作りたいって言うのよ」

「ですよね……分かりました、まかせてください。僕が何とかして見せます」

「本当にいいの?」

「はい、僕も二人には仲良くして欲しいですから。それに好きな人の悩みは解決してあげたいってのもあります。美麻さんの困り顔も魅力的ですけど、やっぱり笑顔の方が似合うんで」

 暗くなった雰囲気を払拭するように明るく言い放つ。

「ならちゃんと私を幸せにしなさいよ」

「……一瞬告白されたのかと思っちゃいました」

 そのせいで一瞬「一生幸せにします」と言い返そうとしてしまった。

「ばっ、ばっかじゃないの。そんな訳ないでしょ」

 そんな美麻の慌てて言う様子が、可愛く思えてしかたない。そんな些細な幸せを感じ、美麻にも同じように幸せになってもらいたいと改めて思わさる。

「ほら、早く帰りましょ」

 恥ずかしくなったのか湊を急かし、駅へと向かう速度を速めるのだった。

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