6
平日となる八月八日の蝉の鳴き声が町の喧騒を飲み込む昼下がり。
駅の出入り口でスマホを片手に湊は気合の入れた服装で髪型をしきりに気にしていた。既にここに来てから十分ほどの時間が過ぎていた。幾分か暑さが和らいでいる日ではあったが、すでに湊の皮膚を薄っすらと汗が伝っていた。
「どこも変じゃないよな……」
誰に聞かせるでもない独り言を呟きながら周囲に目を配る。その様子は主を待つ飼い犬のようだ。
「大丈夫、変じゃないわ」
そう後ろから呼びかけてきた声の持ち主は湊の待ち望んだ人であり憧れる存在である美麻だ。あの後悠馬からアプリを通して【俺も図星を突かれてついカッとなっちまった】と返事が返ってきて一応の和解を遂げていた。
「なんで毎回背後からくるんですか」
いったいどこから来たのかと不思議に思いながら振り返る。
「んー、なんとなくかな」
そう答える美麻の表情は楽し気だ。
「今日も素晴らしい服装ですね」
「一応デートだから。適当にしちゃうのは失礼かなって思ったの」
この前の時とは違い湊のために服を選んだのだと明言する。
「美麻さんは帽子好きなんですか? よくかぶってるけど」
自分の周りには帽子をかぶる人物は他にいなくこの間に引き続きキャスケットをかぶってきている美麻にたずねる。
「この季節は日差しが強いからそれを避けるためなのもあるけれど、気に入ってるからってのもあるわ」
「良いですね。似合ってます」
「はいはい。それで今日はどこに連れていってくれるのかな?」
デートでの行先は美麻には告げていなかった。そうした方が楽しんでもらえるとの判断からだ。
「まだ秘密です。きっと楽しんでもらえるはずなんで期待しててください」
「分かったわ」
自信があるのか堂々とした湊の態度に微笑ましくなる美麻。
「それじゃあまず電車に乗りましょう」
そう言うと行先を知らぬ美麻を先導するように先頭を歩く。
湊が二人分の切符を買いホームへ足を進める。人の往来も激しくなく快適なホームにたどり着き間も無く電車が到着する。前回のようなことにならないように美麻は少し線路から離れていた。そんな美麻と一緒に順番を待ってから車内へ入ると冷やされた空間が迎えてくれた。
「中は涼しくていいですね」
そう言いながら腰を下ろすと、美麻も隣に座った。席はまばらに埋まっている程度で二人が並んで座ることに支障はなかった。
「そうね……。あと遅れちゃったけど、おめでとう」
「何がです?」
急に美麻に褒められ、何のことだか見当がつかなかった湊は聞き返した。
「この間の葛西くんとの試合よ。結局お祝いして上げれてなかったから」
「ああ、そのことか。あれも美麻さんのおかげなんでこっちこそ礼を言わせて欲しいです」
「そんなこと気にしないでいいわ。ヒントやアドバイスはあげたけれど、強くなったのは湊くん自身の力だから」
きっかけを与えただけで人は上達することはない。努力の成果が実ったのは本人の力だ。
「それでもお礼を言わせてください。ありがとうございました」
軽く頭を下げながら美麻に礼を言う。
「あなたがそういうならその言葉は受け取っておくわ。……それにしてもどうしてあの時葛西くんがあそこに隠れてるってわかったの?」
湊が咄嗟にグレネードを投げて潜んでいた悠馬をあぶり出した時の話だ。
「あれはプロ同士の試合で似たような場面があったのを思い出して、もしかしたらって思って試しに投げただけですよ」
もし悠馬がグレネード対策をしていればまた違った結果になっていただろう。だがそんなたらればに意味はない。事実だけが意味を持つのだ。
「プロの試合って面白いですね。こんなことが出来るんだって新たな発見ばっかで、驚きっぱなしですよ」
「それはそうよ。あの人たちは勝つためにずっと練習したり研究してるから。努力は惜しまない……いえ違うわね。努力とも思っていないはずよ」
「?」
美麻の言葉が上手く飲み込めなかった湊は少し首を傾げた。
「努力ってのはそうしようって決めてやることでしょ。でもあの人たちは違うの。ADが、試合が好きで、勝つためにはどうしたらいいかって考えて体が勝手に動いてるのよ。つまり遊びの延長線上なの」
「スポンサーがついてるプロなのにですか?」
「湊くんは少しプロゲーマーを誤解してるわね。まあ私も昔はそうだったんだけど」
「どういうことですか」
強いからプロゲーマーだと思っている湊は答えを引き出そうと問いかける。
「あの人たちの仕事は魅せることよ」
「魅せる……ですか?」
「ええ。あなたもプロの試合を見て多分思ったでしょ。あの人みたいになりたい、真似してみたいって」
「確かに思いましたけど……」
「そうやって、そのゲームのプレイヤーを増やしたりスポンサーになってる会社の商品を買ってもらったりするのが仕事。たまに魅せプレイとかしてるでしょ?」
その証拠とばかりに一つの例を挙げる。
「でもプロの人ってみんな上手いですよね」
「ピンチとチャンスは紙一重って言うけれど、それは実力がない限り変わりようがないからね。それとあれはどちらかというとプロだからじゃなくてあの人たち個人が強くなりたいって思ってるからよ。ああいう人って大体負けず嫌いだから」
誰しも強さに憧れるものであり一般プレイヤーから羨望のまなざしで見られるのも気持ちの良いモノだ。
全員が同じ理由でプロゲーマーになった訳ではないがある程度は似通った部分も多い。
「美麻さん詳しいですね」
「昔ちょっとね」
「そうなんですか」
度々見せられる美麻が秘密としている部分を知りたいと湊は思いつつも自分から話してくれるまで待つつもりだった。
そうして電車に揺られ続けていると湊が目的としている駅が見えてきた。
「あれ、ここって……」
駅のホームに降りると美麻は見覚えのある場所だと言うことに気付く。
驚いている様子の美麻を視界の隅に置きながらホームにおいてある自動販売機で紅茶の入ったペットボトルを買い美麻の元へと戻る。
「この後少し歩くんで」
「ありがと」
「こっちです」
礼を告げる美麻に湊は進行方向を教えると、並んで駅を出てそちらへと向かう。
「……もしかして私が行ったことのある場所?」
朧げながらも見当がつき始めた美麻は自身の出した答えが合っているか確認しようとする。
「まだ場所は言えないけど……美麻さんも行ったことあるはずですよ」
「そう」
その返事を聞いた美麻は、自分の予想にほとんど確信に近い自信を持っていた。
道を確かめるように進む湊の後ろを大人しく付かず離れずの距離を保ちながら時折紅茶を飲みながらついて行く。
少し道に迷ったこともあり多少余分に時間がかかってしまったが、それでも無事に目的の場所へとたどり着いた。
「やっぱり、ここだったのね」
美麻の目の前にあるのは以前一緒にマウスなどの周辺機器を買いに来たショッピングモールだ。
「ほんとは夏場だし海とか水族館とかもいいかなって思ったんですけど」
いくら仲良くなったといってもまだ出会ってそう時間のたっていない美麻を海に連れて行くのはやりすぎかと思い、水族館に連れていくのは単純にお金がなかった。
「まあ確かにここの方が無難ね。海は流石にちょっと……」
肌を晒すのに抵抗の少ない女性はそれなりにいるが美麻は決してそうではなかった。
「だと思いました」
普段の立ち振る舞いからそうではないかと考えていた湊は、水着姿が見たいという欲望に負けて海へ連れていかなくてよかったと胸を撫で下ろした。
「それじゃあ行きましょう」
そう言って湊は歩きだす。中に入ると目の前に現れるエスカレーターを使い三階へと上がっていく。途中で湊たちと同じような学生ぐらいの年頃の男女を見かけた。どうやらその二人組も女性の方が年上のようだ。
「あの人たちもデートですかね」
「そうみたいね。付き合って間もない雰囲気が出てる」
「仲がよさそうでまるで僕たちみたいですね」
「そうね。私たちは付き合ってはいないけど」
付き合っていると言うことは否定されるも、仲が良いと言うことは否定されなかったことに些細なことながら喜びを感じた。
「……ここって」
一度エスカレーターを乗り換えて二人は三階にたどり着いた。そしてここにあるモノと言えば一つしかない、映画館だ。階層が丸々映画館となっているため三階自体が少し薄暗い。
「定番ですけどいいかなって思いまして」
今上映している映画は、ニュースでも大きく取り上げられるほど爆発的に人気が出ているアニメ映画と邦画のラブロマンスやサスペンス映画、洋画のホラー映画や銃を使ったアクション映画などだ。そして美麻が気にしていた映画はその中にあった。
「どれが見たいですか?」
湊は自分が見たい映画よりも美麻の見たいモノを優先しようと聞く。
「当ててみて」
だが素直に教える気はないらしく試すような視線を湊に送っていた。
「うーん……」
少しでも美麻の好感を上げようと正解を模索する。
「ふふっ」
そんな些細な様子からも、自分のことを大切にしてくれてると言うことが伝わってきて美麻は思わず微笑んだ。
真剣に悩んでいる湊はそのことに気付かずに考え続けていた。数十秒考えた末に湊は一つの映画を選び出した。
それはアクション映画だ。
「これですか」
探るような視線を美麻に向けるが、表情からは合っているかどうか分からなかった。
「理由を聞いてもいい?」
「前にあった時に美麻さんが銃好きだって言ってたことを思い出したんです」
湊と美麻が初めて出会ったネットカフェで少し話したことを覚えていた。ただそれだけだ。
「よく覚えてたわね、話のついでに言ったことだったのに」
「だって、美麻さんのことだから……それで正解ですか?」
「……残念だけど」
その言葉を聞いた湊は自信があったために悔しそうに顔を少し俯けた。
「正解だわ」
だから続くその言葉を飲み込むのに数秒かかってしまった。
「え?」
「だから合ってるわよ、私が見たかった映画」
しょげていた湊がその言葉を理解し表情を嬉しさに変え視線を美麻に向けると、その変わりようが面白かったのか思わず微笑んでしまっていた。
「ふふっ。湊くんは本当に表情に出やすいわね」
「……合ってるならなんで、残念なんて言ったんですか」
その言葉は美麻を咎める言葉だ。
「湊くんが間違ってたら、からかおうと思ってたの」
悪気はなかったのだと言外に告げる。
「全く……まあ、美麻さんだから許しますけど」
「許しちゃうんだ」
「はい。美麻さんですから」
先ほどと同じ言葉だがそこに込められていた意味は違っていた。その僅かな差にも美麻は目ざとく気付いていた。
「それどういうこと?」
「言っていいんですか」
言っても怒らないかと湊は問う。
「内容次第ね」
「その答えは卑怯ですよ。……美麻さんって一見しただけだと大人っぽい落ち着いた雰囲気なんですけど案外子供っぽい内面があるってことです」
「……確か前にもそんなこと言ってたわよね」
「でもそれって凄く良いことなんですよ。上手く言葉にできないけど……ただ綺麗な美人さんってだけじゃなくて子供っぽい部分があることでそのギャップが凄い魅力になってるんですから」
言っているうちに熱が入ってきて思わず力説してしまう。
「そう? 自分じゃよくわからないけれど湊くんがそう言うならそうなんでしょうね」
その発言は美麻が湊のことをそれだけ信用しているという証だ。だが本人はそのことに気付かない。
「そうなんですよ……あっ、もう少しで始まっちゃうので早く行きましょう」
上映時間を確認していた湊はそう言いチケットを買いに行く。
「ポップコーンとかどうします?」
二人分無事に買い終わった湊の目はいい匂いのする売り場を見ていた。
「私はいいわ」
「もしかして映画館で飲み食いされるの嫌いですか?」
そういう人が少なからずいることを湊は知っていた。
「違うわよ。そんなこと気にしないわ。ただ食べてると手が汚れちゃうから」
「食べさせてあげましょうか」
「殴るわ」
そう宣言すると同時に湊の二の腕に軽い衝撃が走る。美麻からの抗議の痛みだ。
「冗談ですって」
「あなたはどうして、こう……」
「なんです?」
「いえ、なんでもないわ」
「それじゃあ僕の分だけ買ってきますね」
そう言い残し美麻のそばを離れ一人で買いに行く。
「……人が喜ぶようなことを言っといてなんで台無しにするようなことも言っちゃうかな」
一人になった美麻は思わずポツリとそう言ってしまってから、恥ずかしくなり周囲を見回す。
「誰にも聞かれていないわよね」
自分でもなんでそんなことを言ってしまったのかと不思議に思いつつ湊の帰りを待つ美麻。
手早く買って戻ってきた湊と合流して、二人で中へと歩を進めた。
――そして共に上映を楽しんだ湊たちはロビーに戻ってきていた。
「どうでした?」
自身は楽しめても美麻が楽しめなければ意味がない。
映画の内容はシンプルで、テロを阻止するために主人公の所属する部隊が奮戦するといった内容だった。湊は終始隣に座った美麻から漂ってくるいい匂いと薄暗い雰囲気に呑まれて終始ドキドキさせていた。映画の中では古今東西の銃が出てきていたようで、隣で見ていた美麻が目を輝かせて見ていたのが伝わってきていた。湊は銃のことには明るくないので語り合えないのが残念だ。
「よかったわ」
言葉は飾りのなく素っ気ない短いものだが、声色は上ずっていて喜んでいることが見て取れた。
「嬉しそうですね。そんなに良かったですか?」
「だって、最初期に作られたCZ75が出てきたのよ!? しかもあの銃の綺麗さがよく伝わるようなカメラワークは監督が良く分かってるとしか言いようが……ない……わ……」
言葉の最後が尻切れトンボ気味になったのは、美麻が思わず盛り上がったテンションのままに言葉を発していたと自覚したからだ。
「いつもより可愛いですよ、美麻さん。あ、もちろんいつも可愛いですけど」
そう意地悪に言うと、普段よりもだいぶ子供っぽかったと自覚のある美麻はムスッとした表情を見せた。
「意地悪する湊くんは嫌いよ」
「すみません。珍しかったんでつい言っちゃいました」
良いものを見たと喜ぶ湊と反対に失態だと恥ずかしくなる美麻。
「それにしても本当に好きですね。女性って血なまぐさいの嫌いだと思いましたけど」
「そんなの人それぞれってだけよ。男の人だって血を見るの駄目だって人いるでしょ、それと同じよ」
「確かにそうですね」
それはそうだと納得する湊。
「湊くんはそういうとこ理解あって助かるわ。女の子なのにそんな物騒な物をって言われることそれなりにあるのよ」
「一般的には人を殺す凶器ですからね」
「そうね、実際は物が勝手に人を殺すわけではないのに、そう思われてるわね。少し物騒な話になるけれど、人を殺すだけならその辺にある鉛筆でも出来るわ。人を殺すのは結局のところ人の意志よ。それを……」
その話はどうやら美麻にとっては根の深い問題らしい。恐らく昔に何かあったのだろう。だから湊は深く触らないようにした。
「それじゃあ次の場所に行きましょうか」
そう告げて、美麻を連れて三階を後にする。
湊が向かった先は一つ下の階の二階にあるゲームセンターだ。休日は大人も子供も混じって遊んでいる姿を見かけるが、平日の夏休みと言うこともあり子供が多く大人の数は付き添いらしき数人だけだった。
「なに、プリクラでも取りたいの?」
「魅力的な提案ですけど、違いますよ」
出入り口付近にあったプリクラを撮る機械を素通りし、奥にある拳銃の形をしたコントローラーを使うゲームの筐体の目の前まで歩いていく。
「……湊くん、私のことを銃に関係するとこに連れていけば喜ぶと思ってない?」
女性を連れてくる場所としては間違っていないかと美麻は言う。
「だって僕、美麻さんの好きな物って言ったらあと紅茶ぐらいしか知りませんし。喜んでもらえそうなとことか付き合った経験ないから詳しくもないし」
「普通にウィンドウショッピングとかでいいのよ」
「そういうもんなんですか? 美麻さんはどちらかというと買う物だけ買ってすぐ帰るタイプだと思ってましたけど」
「そんなイメージ持ってたの? 結構楽しいものよ見てるだけというのも」
「じゃあ次のデートではそうしますか」
「そうね……って何勝手に次もあることにしてるのよ」
自然な流れに思わず肯定してしまってからいつの間にか次もデートすることに決まっていることに小言を言う。
「とりあえずこれやりましょうよ。邪魔になっちゃうんで」
筐体の目の前で話し込んでいるのはマナーとしてよくない。
「……まあ、いいわ。やりましょう」
話をそらされてしまったと感じながらも、湊の言うことも一理あるため二人プレイでゲームをすることにした。二人は百円を筐体に入れるとガンコンを手に取った。自室にエアガンがあると言っていた美麻は軽く構えるとその姿はとても様になっていた。
二人ともこのゲームをするのは初めてと言うことで難易度はノーマルを選んだ。
お互いに助け助けられの繰り返しで苦戦しながらも順調にステージを進んでいく。段々と慣れてくると長いFPSのプレイ経験が生きてくるのか美麻のとっさの判断などに助けられ始めていた。
「さすがですね美麻さん」
そのステージのボスを倒しリザルト画面へと移るとどれだけ美麻が活躍していたかが一目瞭然だった。後半の湊は美麻の援護をするだけで手一杯だった。
「あなたの的確な援護のおかげよ。ちゃんと周囲が見えてるって証拠だわ」
自分が敵をどんどん倒していっていいところを見せようとしていた湊は大した活躍もできなかったと思っていたが、美麻はお世辞でもなくそれのおかげで助かったと言う。敵が複数出てきたときの倒す順番やリロードのタイミング、射撃の精度などは美麻に軍配が上がるが、そんな美麻の活躍も息を合わせるようにカバーに入ったりと痒い所に手が届く湊のプレイがあってのことだ。
「この調子で行きましょう」
最初のステージは無事にクリアできたが、まだまだクリアまでの道のりは遠い。
「任せなさい」
やっているうちにいつの間にかやる気になっていた美麻はそう宣言した。
――後ろに並ぶ他の客がいないことを良いことに二人は数十分かけてそのゲームを無事にクリアした。クリアまでの道中でコンテニュー回数がなくなり百円を追加で払い、続けプレイするということはあったが比較的にスムーズに最後まで行けたことに二人は満足気だ。
「初めてやったけど楽しかったわ。湊くんはよくこういうとこに来るの?」
「美麻さんと同じで今日が初めてですよ。ずっとパソコンゲーマーだったから、家でゲームしてることが多かったんで」
「そういえば、他の種類のゲームやってたって言ってたわね」
そんな些細なことだが、だからこそ美麻が覚えていてくれたことに湊は心が温かくなる。
「美麻さんもMMORPGとかやって見ましょうよ」
そうしたら今度はプレイ歴の長い自分が良い所見せれるのにと思い誘いをかける。
「やったことあるわよ。でも私はあの手のゲームはすぐ飽きちゃうのよね。普通のRPGゲームは最後まで出来るのにね」
基本的なことは変わらないはずなのにと不思議がそうにしていた。
「そうなんですか…………あ、すみません少しトイレ行ってきます」
お互いに無言の間が少しできると用を足したくなった湊は美麻と別れ、一人ですぐ近くにあったトイレへと向かった。
すぐに用を済ませて戻ってくると美麻が背が高めの成人済みらしい男と話しているのが見えた。知り合いに偶然会ったのかと思いながら近づいていくと、どうやらそうではないらしいと雰囲気の違和感から勘づきはじめていた。
「いいじゃん、一度だけでも」
湊が近づいていくと男がそう言っているのが聞こえてきた。
「一度だけとかの問題ではなく、嫌なものは嫌なので」
どうやら何かを誘う男に美麻が断りを入れているらしかった。
「大丈夫だって、君みたいな年頃の子も何人かいるから」
少し食い気味に即答し、意図してかどうかは分からないが少しずつにじり寄る男に湊は反射的に苛立ちながらも、丁寧な対応を重ねる美麻に合わせて様子を探る意味も合わせて腰を低くして男に接する。
「何か用ですか?」
そう声をかけた湊を見た二人の反応は真逆の物だった。安堵したように表情を和らげる美麻と、あからさまに邪魔者が来たという表情をする男。
「この子の彼氏さんかな?」
「そうですけど」
本当は違うがこの厄介ごとを片付けるためにはそうしておいた方がいいだろうと考え肯定する。美麻もそう思ったのか、今回ばかりはその言葉を否定しようとしない。
「彼女さん、とっても美人なんで読者モデルになってもらえないかなと思いまして」
嘘だ。湊はすぐにそう思った。モデルを探すような職業の人がゲームセンターにいるはずがない。そういった人たちは人通りの多い駅や大通りにいるはずだ。だが確固たる証拠があるわけでもないためそのまま話を進める。
「でも断られたんですよね。聞こえてましたよさっきのやり取り」
「そうなんですよ……もしよろしければ彼氏さんからも言ってあげてくれませんか、やった方が良いって。いい経験になりますよ。それに彼女がモデルやってるなんて彼氏さんも自慢できるでしょう?」
やんわりとこの場を去ってもらえないかと言う湊になおも食い下がる。
湊にとって彼女がモデルをやっていようがなかろうが、人に自慢できようが出来なかろうがどうでもいいことであった。
自慢したいがために好きになったわけではない。人を好きになるときに容姿が関係ないとは湊も思わない。全校集会の時に前に立っていた美麻に元から憧れる感情もありはした。だが湊は美麻と仲良くなってから美麻という魅力をいくつも知って、まだ知らないこともある中で好きだと感じたのだ。そんなことも分からないのか。そんな男が美麻を連れて行って何をしようというのか。
男からすれば理不尽極まりないだろうが男の放った言葉に湊はそう思った。
「どうでもいいですよ、そんなこと。彼女の魅力はもっと別のところにあるんで。お引き取り願いませんか」
苛立ちを隠そうともしない湊の言葉に、頭にきたのか体格の差を生かそうと男が詰め寄ってくる。
「どうかなされましたか?」
だがそんな二人の間に、このゲームセンターの店員らしき男が話しかけてきた。平日ということで客も少なくそれなりに暇もあったのだろう。見回りをしていたらしく、湊たちの姿を見て何か揉め事かと思ったらしかった。
「ちっ……」
これ以上話していても問題が大きくなるだけだと判断した男は舌打ちをするとその場を離れていった。
湊たちも心配してくれた店員に礼を言うとその場を後にした。
その後もデートを続けるという気分になれなかった湊は「帰りましょう」とだけ告げ美麻の手を引きショッピングモールを後にした。少し力が入って美麻の手を握っているのは、心配したが故か。
駅へと向かう二人の間に会話はなくただただ足を進めるだけだ。美麻も繋がれた手を離す素振りもなく手を引かれるまま湊について行く。二人の間に沈黙が流れていたが、居心地の悪いものではなかった。
そのまま流れるように電車に乗って二人で腰を下ろすときになって湊はようやく手を離した。
「すみません、勝手に色々と」
その言葉はデートを切り上げたことと、ずっと手を握ってしまっていたこと、そして自分が離れてしまったためにナンパされてしまったことについてだ。
「……」
だが美麻からの返事は返ってこず、静かに先ほど繋いでいた自身の手を見ていた。
「美麻さん?」
再度呼びかけるとハッとしたように振り向いた。
「なに」
どうやら何事もなったかのように話を続けるつもりのようだ。
「だからさっきは、ごめんって話です」
「なんだ、そのこと……良いのよ別に。そもそも湊くんのせいじゃないでしょ」
「そう言ってもらえるなら、いいんですけど」
「それに湊くんが謝ること自体おかしなことよ。むしろ私がお礼を言うべきだわ、ありがと。助けてくれて」
さっきの状況を思い出したのかそういう声は少し震えていた。同じ男同士であっても、自分より体格が良く力の強い者に追い詰められれば恐怖を感じる。ましてや美麻は湊より年上だとしても女性だ。先ほどの状況で恐怖心を覚えるのも当然のことだ。
「……すみませんでした、本当に」
「湊くんがあくまでも自分が悪いと言うのなら……まあいいわ。だけど一緒に覚えておいて、私は助けてもらえて嬉しかったって」
「分かりました」
これ以上のやり取りは不要だと感じたのか、空気を換えるためか美麻は楽しそうに笑顔を作るった。
「見直したわよ、湊くん。かっこよかった」
「僕、見損なわれてたんですか」
そして湊もそれに乗っかるようにしてわざといじけて見せる。
「あ、いやそう言うことじゃないのだけれど」
恥ずかしいながらもしっかりと告げた言葉を誤解されてしまうと思い慌てて訂正しようとするその様子が、湊には面白く思わず微笑んでしまう。
「大丈夫ですよ、分かってますんで」
そう言われてやっとからかわれてることに気付いた美麻は少しふくれっ面になって、ジト目で湊を睨みつける。
そんな感情を隠そうともせず露骨に表現してくれることに湊は嬉しさを感じた。
「せっかく褒めてるんだから素直に受け取っておきなさい」
「ありがたく受け取っておきます」
「もう、最初からそうしておきなさい……それと…………」
何かを続けて言おうとして言葉に詰まる美麻。続く言葉を湊は静かに待つ。そして数秒。
「私の家に招待するわ。男の子を連れて行くことなんて初めてなんだから感謝しなさいよ」
よく見るとそう言い切った美麻の顔は少し赤いような気がした。
「本当ですか?」
「こんな恥ずかしい嘘なんてつかないわよ」
素直に信じない湊に抗議の視線を向ける。だがそれも無理のないことだ。湊にとってそれほどまでに信じがたいことだったのだから。なぜなら美麻の家に行けるかもしれないチャンスを取り付けたが、本当に入れてくれるとは思っていなかったからだ。なんだかんだと理由を付けられ断られるだろうと。
「よっし」
その言葉を飲み込んだ湊は嬉しさのあまりガッツポーズを作る。
「そんな露骨に喜ばれても困るわ……。それに家に入れると言っても特別なことをするわけじゃないから。勘違いしないでよっ」
「大丈夫です。ここまで信用されてるのに今更嫌われたくないんで」
折角家に案内してもらえるほど美麻の信用を勝ち取れているのだ。それを一時の気の迷いで無に帰すことはするような真似はする気はない。
「ふふっ、いい心がけよ」
美麻も本気で心配しているわけではなかった。ただ恥ずかしい気持ちを誤魔化そうとして思わず言ってしまっていたにすぎない。
「それじゃあ今度美麻さんの家に行ける日を楽しみにしておきます」
「ええ、そうしなさい」
そんなやり取りをして二人は車内の時間を過ごした。
自宅近くの駅へと付き二人は涼しかった空間を惜しみながら太陽の光が待ち構える駅へと下りた。
「今日はありがとうございました」
「何よ急に。私も楽しめたんだし、そんなこと気にしなくていいわ」
「でも今日は美麻さんと二人っきりでデートで来たんで。僕にとって特別な日です」
臆面もなく堂々と言い切る湊に美麻は思わず苦笑いしてしまう。
「そう、それは良かったわ。それじゃあ今夜にも連絡するからちゃんと返してね」
「はい、待ってます」
挨拶を交えると颯爽とその場を後にする美麻の後ろ姿を見送った。