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「ここよ」

 約十分ほどだろうか、歩き続けた末にたどり着いた場所は大きめのショッピングモールだった。三階建てとなっており、一二階は様々なお店が入っていて三階には最近できたばっかりの映画館が存在する。平日の真昼間とはいえそこそこの人が出入りしており、人気のある場所であることが容易に知れた。

 だがショッピングモールとは複数の店が集まる場所であるため、美麻が買いに来たものは依然として分からないままだ。

「ついてきて」

 先を行く美麻の後ろに続いて出入り口である自動ドアをくぐると、ひんやりとした気持ちの良い空気が肌を包んできた。真夏日となる今日はクーラーの効いた店内はオアシスだ。

 買い物にいそしむ人々の間を通って立ち止まることなく歩いていく。

 道中フードコートの近くを通ると美味しそうな香ばしい匂いが漂ってくる。それはすでに昼食をとっている湊ですら思わず食べたくなってしまうほどだ。

 だがそんな誘惑に負けるわけにもいかず、未練がましく後ろを振り返りつつも美麻に続く。

 やがて、エスカレーターに乗り二階を目指す。食材売り場や食事のできるチェーン店が多い一階と比べ二階には小物売り場や服屋のほかに、主にパソコン用品を扱う家電量販店や本屋などがある。

 もう少しで目的地である場所に着くであろうと思うと湊はわくわくし始めていた。

 そしてある店の前で美麻は歩みを止めた。

「着いたわ。今日湊くんを連れてきたかったのはこのお店よ」

 立ち止まった湊たちの目の前にあるのは家電量販店だ。

「ここですか」

 少し意外だった湊は思わずそう言った。

「嫌なの?」

 言葉は少し強めだが、美麻の内心では不安がっていた。男と二人っきりで出歩いた経験などないため自身がないのだ。

「そんなわけないですよ。ただちょっと結城さんのその服装とこういった場所は似合わないなって思っただけです」

 そのままファッション雑誌に出ていてもおかしくない美麻の姿と、見渡す限りにパソコンや周辺機器が置かれているこの場はあまりに不釣り合いだ。

「それは……そうかもね」

 自分の服装を確認した美麻も同意見だった。だが気にした様子はみじんもなく我が物顔のように店内へと入っていく。美麻が向かった場所はゲーミングマウスやキーボードといったパソコンでゲームをすることを主眼とした物を扱っている売り場だ。

「ここは?」

「頑張ってる湊くんにマウスだけでもプレゼントしてあげようと思って」

 美麻が買い物に来た理由はこれだった。

「そんな……悪いですよ。僕は友達に勝ちたくて頑張ってるだけで、結城さんのためにやってるわけでもないのに」

「そんなこと気にしなくていいわ。私が一方的に応援したいってだけだから。それに初めはどんな物が良いかもわからないでしょ。だからアドバイスもできると思って一緒に今日買いに来たの」

「でも安いものではないですよね」

「まあ……そうなんだけど。私お金は色々あってそれなりにあるから。気にしないで」

「すみません、何から何まで」

「布教活動もそのコンテンツを衰退させないために重要なことだからね……それで湊くんは何か気になる物ある?」

 そう促されて並べられているマウスに目を向ける。一口にマウスといっても会社別、そして同じ会社でも見た目が全く違う物がある。独特な形をしていたり、大きめの物や小さめの物、サイドボタンが多い物などがある。

「うーん……これとかデザイン好きですね」

 湊の興味を引いたのは黒を基調とし、蛇をモチーフとしたロゴが緑色に光っているマウスだ。

「あ、それ私が使ってるのと同じメーカー」

 何気なしに言った湊だったが、どこか嬉しそうに声を上げる美麻を見れて良かったと思えた。

「そうなんですか?」

「好きなプロゲーマーがここの愛用しててそれに憧れて使い始めたんだけど、使いやすくて性能もいいからずっと使ってるの」

 説明する美麻の声は明らかに楽しそうであり弾んでいた。さながらおもちゃを目の前にした幼い子供の用で、そんな一面も魅力的だと湊は感じた。

「だからマウスもパッドもキーボードもヘッドセットも全部ここのメーカーなの」

 上がったテンションのあまり珍しく少し早口になりながら捕捉する。ここでいうパッドとはゲームパッド、つまりコントローラーではなくマウスパッドのことだ。

「そうなんですか……それじゃあ僕もどうしようかな」

「別に私の真似しなくてもいいのよ? 自分の好きに選んでくれれば」

「いえ僕には良し悪しは分かりませんから。先輩の勧めてくれたこのマウスにします」

 そう言って湊はそのマウスを手に取った。

「あ、そう言えばヘッドセットもあった方がいいんでしたっけ?」

 初めてであった日にそんな話をしたような気がすると思い出し、隣に立つ美麻に問いかける。

「ええ。音がはっきりと聞けるからね」

「それじゃあそっちは自腹で買おうかな」

 マウスの隣に置いてあるヘッドセットに目を向ける。そして何のためらいもなく同じメーカーのヘッドセットを手に取った。

「それでいいの?」

「はい」

 買う物も決まった二人はレジへ進み会計を済ませて買ったものが入っているビニール袋を貰うと美麻と並んで家電量販店を後にした。

 折角美麻と二人っきりで出かけているのだし喫茶店にでも行こうと湊が提案しようとしたその時だった。

「あれ、湊か?」

 はっきりと聞き取りやすい声で、名前を呼ばれたのだ。その声に心当たりがある湊だったが、一応と思い後ろを振り返り相手の姿を確かめた。

 そこにいたのは友達であり湊をADを誘った張本人である葛西悠馬かさいゆうまだ。整った顔立ちの眼鏡をかけた長身の男性でぱっと見は落ち着いた雰囲気を持つ知的な文系に見える。が、実際は勉強をするのは苦手でどちらかといえば運動する方が得意だった。

 双方ともこんな場所で出会うとは思っておらず、驚きに満ちた表情で互いを見ていた。一方、悠馬を知らない美麻はその様子をただ傍観するだけであった。

「どうした、こんなところにいるなんて珍しいな」

「ちょっと買い物に来たんだ」

 珍しいと言い切れると言うことは悠馬はよくここにきているのかもしれないと思いつつ、ビニール袋を分かりやすいようにアピールさせながらそう告げた。

「お、とうとう湊も周辺機器をそろえるようになったか。やっぱりやり続けてると欲しく……なる…………生徒、会長?」

 と、そこまで話していてやっと美麻の存在に気付いた悠馬は、湊以上にここで見ることになるとは思わなかったと驚愕する。しかしそれも仕方のないことだ。何是なら今まで接点がなかったはずの湊と二人っきりで仲良く買い物にきているのを見てしまったからだ。

 美麻本人は勿論、湊も知らないことだったがその美人っぷりと生徒会で会長を務める有能さから、校内での美麻の人気は凄いものであり学年を問わず恋心を抱く男子生徒は少なくなかった。そんなアイドル的な存在と友達がいつの間にか仲良くなっていれば誰でも驚くというものだ。

「元ね。湊くんもあなたもどうして間違えるのかしら、今の生徒会長に失礼よ」

 悠馬の反応も特に気にせずに淡々と美麻は答える。

「あ、すみません。……それで湊とはどういう関係で? もしかして、付き合ってるんですか」

「付きあ……」

「ってないわ」

 悠馬に嘘を吹き込もうとする湊の二の腕当たりを抓りながら美麻は後を引き継で答える。

「美麻さん、痛いです」

「……」

「痛いですって。いだだだッ。すみません、反省してます。もう嘘は言いませんから」

 わざと親し気に名前を呼ぶと、美麻は無言で抓る指の力をさらに強める。するともう我慢の限界とばかりに湊は素直に謝罪の言葉を伝えた。

「最初からそうしてればいいのよ。それで?」

 反省の様子を見せる湊に初対面のこの男は誰なのかと問いかける。

「えっと、僕の友達です。葛西悠馬って言ってADを誘ってくれたのがこいつなんです」

「つまり彼が湊くんが負け続けてる相手なのね」

「確かにそうですけど、そうはっきりと言わないでくださいよ」

「結城先輩、AD……アクティブデューティ知ってるんですか?」

 湊が美麻に教えてもらっていることを知らない悠馬は驚いた表情を見せる。

「知ってるも何も私もやってるわ」

「悠馬に勝つために色々教えてもらってるんだ。凄くADが上手くて……あれ? そういえば僕結城さんのプレイスタイル知らないや」

 以前BOT戦を試しにプレイした時は湊のアカウントを使ってのプレイだったために、美麻が本当はどんな戦い方をしているのか知らなかったことに今更になって気付いた。

 このゲームはアバターの服装や銃のカスタマイズが豊富でその組み合わせのパターンは何万、何十万にもなるとも言われている。服装はプレイスタイルに関係することはなくただのファッションアイテムや個性を出すものとして実装されているだけに過ぎないが、銃のカスタマイズは別だ。同じアサルトライフルでもストック部分を無くすことでサブマシンガンのように取り回しを良くしたり、高倍率スコープやロングバレルを付けてスナイパーライフルのような遠距離仕様に変えたりもできる。そのためたとえ同じ銃を使っていたとしても、戦い方に幅が出るのだ。そのため自分のアカウントでプレイしない限り、本来の戦い方はできない。

 他人のアカウントで凄まじいプレイを見せれる美麻が下手であることはまずなく、上手いということは疑う余地もないが本当はどんな戦法をとるのかと気になったのだ。

「…………そのうち教えてあげるわよ」

 答えるまでに少し間があったことが気になったが、そのうち教えてくれるということで湊は大人しく待つことにした。

「最近ログインして一人で何してるかと思えばそんなことやってたのか」

 湊と悠馬はAD内でお互いをフレンドとして登録しているため、ログインしているかどうかや何をしているかということは簡単に知ることが出来た。

「そう言えば、最近はどうなの。上達してる?」

「まあまあですかね」

 美麻が見せたプレイとは未だに程遠いがそれでも以前の自分よりは強くなっているという実感はあった。

「へえ……それじゃあ今度また葛西くんと勝負してみたら?」

 そんな気持ちを知ってか知らずか、美麻はそう提案する。

「俺は構いませんけど」

「……」

 悠馬は挑まれた勝負はすべて受けて立つとばかりに即答した。が、湊はそう簡単に答えられなかった。なぜなら今まで偶然でしか勝ったことがない相手だ。美麻に失望されたくないという気持ちもあったが、それ以上に上達してきてると思える今もし惨敗でもしてしまえばしばらくADをやる気になれないかもしれないと思ったからだ。

「怖いの?」

 そんな湊を見かねたのかしっかりと目を合わせながら美麻は語りだす。

「ADをやっている以上、負けることなんてこれからもよくあることよ。ときには負けられない試合であっても負けてしまうときもあるわ」

 FPSをやっている人は大きく分けて二種類に分けられる。純粋にゲームを楽しむエンジョイ勢と言われるプレイヤーたちと、勝負である以上勝ちにいくことを目的としているガチ勢だ。

 どちらが間違っている、ということはなく楽しみ方は人それぞれだ。ADのプレイヤーだけでも、何万、何十万といった数がいる。それだけの数がいればそれだけの楽しみ方があるというものだ。それは他人に押し付けていいものではない。

 湊は今はまだ友達の悠馬にすら勝てない状況だが、ゆくゆくは様々なプレイヤーと競い合いたいと思っていた。言葉にしたことはなくとも、美麻はADをプレイする真剣な様子の湊を見てそのことを察していた。

「そうですけど……でも自信がないんです」

 楽しんでゲームをやるだけなら、悠馬に勝負を挑まないし美麻に教えを乞う必要もない。

「そう言うけど、自信なんて結局本番でしか手に入らないものなの。今まで倒せなかった相手を倒せた、できなかったことができるようになった……そんなことの繰り返しが自信につながるのよ」

 美麻の真っ直ぐな瞳で、真っ直ぐな言葉を聞いて湊は考えが揺らぐ。

「本当は戦いんでしょ」

 美麻には湊が迷っていることは、合わされた視線から伝わってきていた。

「それでも迷うっていうんなら、ご褒美を上げる」

 その言葉に湊はぴくっと反応する。

「ご褒美ですか?」

「ええ。勝ったら私のこと名前で呼んでいいわよ。あと今度はちゃんとデートしてあげるわ」

 その提案は湊にとって悪いものではない。むしろ嬉しいものであった。

「…………もう一つ付け足してもらえませんか?」

 だがどうせならもう一つご褒美が貰えないかと湊はねだる。

「言ってみなさい」

 そう答えるが美麻はどんなことを言われるか分からないと少し警戒している様子だ。

「結城さんの家に行ってみたいです」

「えっ……?」

 いつも余裕のある態度で湊に接する美麻であったがこの時はそうはいかなかった。

「その……結城さんの事色々知りたいんです」

「し、知りたいって…………わ、分かったわ。ただし条件付きで、ね。勝った後のデートで私をちゃんと楽しませてくれたら、家に案内してあげる」

 一応の冷静さを取り戻した美麻は、照れが残りながらそう言った。

「……まあそれでいいです。その三つのご褒美が貰えるなら僕も悠馬と試合するのに問題はないです」

 その言葉で美麻はこの場に湊以外の人物がいたことも思い出し、そちらに目をやると蚊帳の外にされていたにもかかわらず楽しそうにしている悠馬の姿があった。

「なに?」

 どう思っているかなど聞かなくても分かり切っていることだが、向けられる視線に耐えかねてそう言ってしまう。

「言っていいんすかね」

「やっぱりいいわ」

 これ以上年上としてらしくないところは見せられないと美麻は悠馬に断りを入れる。

「湊。俺はいつでもいいけど、どうする?」

 その質問はADの試合をいつやるかという意味だ。

「来週……来月の四日とかどうだ?」

 試合をするとは言ったものの少しは練習する時間が欲しかった。

「午前は用事あるから、午後からならいいぞ」

「私もその日は暇だからいいわよ」

「え? 結城さんも……?」

「せっかくなんだから三人でネットカフェに行ってやりましょうよ」

 湊と悠馬が並んでプレイしているところを後ろから眺めていたいと思っての発言だ。

「そうですね、分りました」

「俺もそれで」

 八月四日。その日に悠馬とネットカフェで試合をすることが決まった。

 ――その後三人で細かい時間やルールなどを決めると用事があるという悠馬と別れ湊たちは、カフェでお茶にしようという話になりショッピングモール内部にあるカフェへと移動していた。

「それにしても言ってみるものですね」

 先ほどの慌てぶりも嘘のように優雅に紅茶を飲んでいる美麻を少し可笑しく思いながらそう話しかける。

「なにが?」

 紅茶のいい香りを楽しみながら何のことについて言ってるのかと耳を傾ける。

「結城さんが家に連れていってくれるとは正直思っていなかったんで。駄目元でも言ってみるものですね」

「それはどういう意味かな……それにまだ私の家に来れると決まったわけじゃないわ」

 軽い女だと思われるのは心外だと言わんばかりに視線に力を込めて睨みつける。

「悪い意味じゃないですよ。結城さんって結構ガードが堅そうなイメージあったんで、四の五の言わさずに断られると思ってたんです」

「そうね。自宅に男を入れるなんて何されても良いって言ってる……いえ、なんでもないわ」

 湊を家に招待しなければならない可能性があるため余計なことは言わない方がいいと、言ってる途中で気付き口をつぐむ。

「でもたとえ私の部屋に来たところで面白い物なんてなにもないわよ」

「そんなことは期待してませんって。ただ、結城さんが普段どんなところで暮らしてるのか気になって」

「そう? 人の部屋なんて見てもしょうがないと思うけれど」

「そんなことないですよ、美麻さんが普段生活してる部屋凄い気になります。それで試合までの話なんですけど、いろいろと教えてもらいたいんです」

 自分一人の力で何とかしなさい、と断られるかもしれないと気にしながらもしっかりと正面切って話しかける。

「ええ、勿論。ただ私の専門はSMGじゃないからどこまで力になれるか分からないけれど」

「ありがとうございます。……あれだけのプレイを見せておいてそんな謙遜しないでくださいよ」

 多くのプレイヤーを知る美麻からすれば謙遜ではなくただの事実なのだが、プレイ歴の短い湊にはそんなことは分からない。どちらにせよ美麻の方が圧倒的に格上なことに間違いはないのだが。

「それはそうと、ごめんなさいね」

「何がですか?」

 唐突に謝罪の言葉を述べた美麻に心当たりのない湊は問いかける。

「葛西くんとの試合を強いたことよ。今になって振り返ればちょっと強引すぎたわ」

「ああ……。いいですよ気にしなくて。もともと悠馬に勝つために結城さんに教えてもらってたんですから。僕が弱腰すぎただけです」

 実際問題、ただの友達との一試合にしか過ぎないのだ。

 大袈裟になってしまうが、人の命がかかっていたりこれからの人生を左右するような試合という訳ではない。つまり本来であればそこまで気負う必要はないのだ。

「その試合の意味なんて人それぞれだわ。ある人にとってはどうでもいいような一試合かもしれないけれど、ある人にとっては大事な試合かもしれない。……さっきの私はそのことを忘れてしまってたの。繰り返しになるけれど、ごめんなさい」

 何度も謝る美麻に本当に心からの言葉なのだと実感する。

「僕も悪いところがあったし、結城さんにも悪いところがあった。お互いさまってことで水に流しましょう」

 折角二人っきりでカフェに来ているのだ。暗い話よりも明るい話をしたいと湊は話題を変えることにした。

「そういえば結城さんがADをやり始めたきっかけってなんなんですか?」

「私は動画サイトで偶然プロ同士の試合の動画見たのが最初だったかな。もう何年も前のことだからうろ覚えだけど」

 プロゲーマー同士で行われる大きな大会が年に数回ある。その大会には世界中から予選を勝ち上がった凄腕のプロゲーマーたちが出場し腕を競い合うのだ。どの大会でも人々の度肝を抜くスーパープレイが生まれ、観客たちを沸かせている。

 そんな試合の様子は録画され、動画サイトに投稿されいつでも誰でも見れるようになっていた。

「湊くんはプロの試合とか見ないの?」

「最初に一回だけ見たんですけど、何をやっているのかよく分からなかったんでそれ以降は見てません」

 ある程度の知識がなければ、なぜそのプロゲーマーがその行動をとったのか、どうしてそう判断を下したのかということが分からなく、始めて間もない当時の湊には理解不能だったのだ。

「今の湊くんならたぶん大丈夫よ。プロの試合って色々勉強になるから見たほうがいいわ。学ぶってまねぶとも言われるでしょ。他人のプレイを見ることも、上達の一歩よ」

「結城さんも見てたんですか?」

「ええ。勝つために他のプロの戦い方とか知りたかったから」

「そうなんですか。結城さんがそう言うなら見てみます。誰かお勧めのプロゲーマーとかいますか?」

「うーん。私が見てたのは昔のことだから……。SMG使うプロを適当に見て、気に入った人の動画を中心に見てみるといいわ」

 ADの試合でもある程度の定石というものが存在する。だがそれも月日の流れによって刻々と変化するものだ。今更美麻が見ていた当時のプロの戦い方を参考にしてももはや時代遅れなのだ。そこで代わりにアドバイスをする。

「分りました。それじゃあ今日家に帰ったら早速探してみますよ」

「お気に入りのプロが見つかればその人みたいになりたい、同じことをしてみたいって気持ちが出てきてやる気もでるわよ」

 憧れの人に近づきたい。そんな感情は誰でもあるものだ。ただやみくもに頑張るよりも目標があった方が上達しやすい。

「僕の憧れの人ならすぐ目の前にいますけどね」

「……私?」

 向かい合うように座っているため、湊の目の前といえば美麻以外に誰もいなかった。

「そうですよ。BOT戦のときも凄かったし、教え方も丁寧でわかりやすいですし」

「おだてても何も出ないわよ」

「そんなこと思ってませんよ。ただの本心です」

「そう。ありがと」

 一度は社交辞令かと疑う美麻であったが、即座にその言葉を否定する湊の目には初めて出会った時のようにただただ純粋で綺麗な色をしていた。

「ごめんなさいね。疑うような真似をしてしまって」

「いいんですよ。僕がいつも軽薄そうなこと言ってるのが悪いんです」

「自覚あったのね」

「でも全部言ってることは本心ですよ」

「それは……分かってるわ。あなたの目はとても澄んでいて綺麗だから」

「そう言われると照れますね」

 照れくさいのか言い終わると矢継ぎ早に手元にあったコーヒーを口に運んだ。

「ふふっ」

 そんな様子を見た美麻は自然と笑みがこぼれる。

「なんですか」

 それが不満だったのか湊は露骨に不貞腐れたような顔をした。

「湊くんのそういう年相応の反応初めて見たから、ちょっとね。そういう表情をもっと前に出して行けばモテると思うわ」

「いいですよ、別に。モテたいとは思わないんで」

「そうなの? 一般的に男ってモテたいものだと思ってたのだけれど」

「その認識で間違ってませんよ。僕は結城さんにだけ好意を向けてもらえればそれでいいって思ってるだけなんで」

「……私に好きになってもらいたいならまずは葛西くんとの勝負に勝つことね」

 ――そんなことを話しながら時たま口が寂しくなって、たまごをトーストで挟んだものやチョコレートケーキなどをお互いが注文して軽食を取ったりして過ごしているといい時間になっていた。

「そろそろ帰りましょうか」

 左腕にしている腕時計で時間を確認した美麻がそう告げた。

「そうですね。これ以上遅くなると電車も混むでしょうし」

 職場に行き来するために電車を使う人も少なくなく、もう少しすると大体の企業が仕事終わりとなり路上に人の姿があふれ出す時間だ。

 二人は席を立つとそれぞれ自分が頼んだ分の料金を支払うとカフェを出てショッピングモールを後にした。

 外に出ると来るときには容赦なく照り付けていた太陽も手加減のしかたを覚えたようで、暑いに変わりないながらも我慢できるだけの温度になっていた。

 二人は心地いい風を受けながら駅へと歩いていく。

「それにしても冬に比べてまだこの時間でも明るいですね。少し前まではすぐに暗くなってた気がするのに」

「そうね。月日の流れは意外と早いものよ。きっとすぐに葛西くんとの試合の日になってしまうわよ」

「大丈夫です。あいつとはもう何十回と負け続けてるんです。今更楽観視なんてしませんし油断もしませんよ」

「だといいのだけれど」

「今回は勝てば結城さんからご褒美が貰えるんです。なおさら負けられません」

「ところで葛西くんとはいつからの付き合いなの?」

 仲のよさそうな二人の思い出していた美麻は疑問を解消しようとするべく尋ねかけた。

「多分、小学生の時からって言っていいと思います」

 だが返ってきた返事は煮え切らない内容だった。

「覚えてないの?」

 そこで美麻はさらに追及することにした。

「そういう訳じゃないですけど……ちょっと特別、というか特殊な出会い方をしてるんで」

「どういうこと?」

 引き出した言葉は興味を誘われる言葉だった。

「僕と悠馬が出会ったのは間違いなく小学生の時なんですよ……ただしゲームの中で、なんですけど」

「オンラインゲームで、ってことね」

 流石に自身もパソコンを通じてオンラインゲームをプレイしている美麻の理解は早かった。

「そうです。昔は僕もあいつもMMORPGやってたんですよ。そこで出会って仲良くなったんです」

 きっかけは些細なことだった。だがそのきっかけでお互いに話すようになり、だんだんと仲良くなっていったのだ。その過程でお互いの年齢、住所を知り同い年のすぐ近くに住む少年だったことを知ったのだ。当時は世界は広いようで案外狭いものだと驚いたものだ。その後月日は流れて偶然同じ高校に通っていることに気付いて、そこかが現実世界でも付き合いが始まった。と、湊は説明した。

「凄い偶然ね……それじゃあ実際にあったのは高校生になってからだけど、仲良くなったのは小学生のころからなんだ」

 それは確かに特殊な出会い方だと美麻も納得する。

「はい。だから初めて現実こっちで会ったときもなんだか初めてって気がしなかったですね」

「そういうところも一つのゲームの楽しさでもあるわね」

 世界の反対に住んでいる人ともチャットを介して仲良くできるのだ。普通に生活しているだけではできない出会いがある。それもオンラインゲームならではの楽しさだ。

 そんな話をしているといつの間にか駅へ到着し、切符を買うために会話は一時中断される。少し並ぶことになったために少し時間を取られたが比較的スムーズにホームへと足を進めることが出来た。電車が来るまで時間があると言うことで二人は会話を再開する。

「そういえば、結城さんにもそういう人がいるんですか?」

 美麻の言葉が実感のこもった言葉であるように聞こえた。

「え? 湊くんと葛西くんみたいな関係の友達のこと? そうね、いるわよ。同じADプレイヤーの友達なら」

「男ですか?」

「気になるの?」

「そりゃあ当然」

「そんな心配しなくても大丈夫よ、女だから。……あと同性の私が言うのもなんだけどあと凄く可愛いわよ」

 質問に対する答えと、それを聞いたらどういう反応を示すのか気になった美麻はそれとなく付け足す。

「まあ気にならないって言えば嘘ですけど、僕は結城さん一筋なんで」

「ちなみに胸も大きいわ」

「…………」

 美麻からもたらされる追加情報に思わず息を呑んでしまう。

「ほら、やっぱり。無理しないでいいのよ」

 そんな様子にやっぱり男の子なんだなと面白く思た美麻は楽し気だ。

「……結城さんはそれでいいんですか。僕が他の人に取られても」

「取られてもって、大袈裟ね。別に私はあなたのことを異性として好いてる訳じゃないから。……友達としては好きだけど」

 ちょっと言いすぎかなと思った美麻はフォローの意味合いで付け足す。

「いいですよ、今はそれでも。いずれは振り向いてもらえるように頑張るんで」

 凹むかと思われた湊だが、健気にも決意表明をする。

「ふふっ。そういうところ私は嫌いじゃないわ」

 ここで素直に好きと言うのは美麻にとって、負けた気になってしまうため少々回りくどい言い方となってしまう。湊はそんな少しの言葉の違いに気づくことはなかった。

「そうやってまたからかうんですか」

「からかってなんかいないわ、本心よ。この前も少し言ったけれど何かに向かって頑張れる人は魅力的なの。……私はもう諦めちゃったからから、ね」

 そう言い切ると美麻は昔を思い出すかのようにどこか遠くを見るような目をする。

「どうして結城さんはやめちゃったんですか」

「色んな事が重なって疲れちゃったのよ。当時の私が夢を見すぎてたってのも一つの原因なんだろうけど」

 そうは言うがどこか諦めきれないのか悲しそうな表情をする。

 湊はそんな姿を見ていられなくて、慰めようとするが美麻の今現在のことですらあまり知らなく、ましてや過去のことなど欠片も教えられていない自分が言えることなど何もないと気づく。下手なことを言えば余計に傷つけるだけだ。

「その……天気がいいですね今日は」

 何か気の紛れることを言おうとした結果口から出た言葉はそんなどうしようもないことだった。こういったことの経験の少なさが明るみに出た形だ。

「…………話題をそらすの下手ね」

 なぜそんなことを唐突に言い出したのか察していた美麻は呆れた気持ちと嬉しさで半々だった。

「精進します……」

 言い訳のできる状況でもなく、穴があれば入りたいと今度は湊が俯いて落ち込む番となった。そんな様子が可愛らしく見えたのか、慰めようと思ったのか美麻は微笑みながら湊の頭を自分の子供をあやす母親のように優しく撫でた。

「結城さん……周りの人が見てます」

 湊としてはこのまま撫で続けて欲しかったのだが、周囲の人がそれを許さない。電車が来るのを同じように待っている人々が好機の視線を向けてきているのだ。このまま美麻が見世物のようになることに我慢がならないため湊はそう忠告した。

「別にいいじゃない、見知らぬ人たちのことなんて……って言いたいけれど、湊くんが嫌そうだからやめるわ」

 そう言って美麻が手を離すと、興味を失ったのか今まで感じていた視線が消えていくのが分かる。

「撫でられることが嫌なわけじゃないんですよ」

「分かってるわよ……でも、今ぐらいの年頃なら普通は撫でられるの嫌なんじゃないの? 弟を撫でるとすぐ怒られるのだけど」

「普通は嫌でしょうね。でも、結城さんにならどれだけ撫でられても嬉しいです」

 自然と力のこもってしまった湊の力説に、思わず美麻の顔は引きつってしまう。

「あ、すみません」

「いいわ、それだけ湊くんが私の事好きだってことだものね」

「……結城さんって結構めんどくさい性格してますよね」

「なによ、文句あるの?」

「いえ、そんなとこも好きなんでそのままでいてください」

 話も一段落したところで、電車が駅のホームに入ってくるとのアナウンスが流れる。それが終わると続くようにして電車が風をかき分けてホームへと線路をたどって侵入してくる。

 スピードは落ちているがそれでも、押しやられた風は周囲へと飛び出していく。そんな風に美麻の被っていたキャスケットは押されてひらひらと飛ばされてしまう。

「っと」

 そんな光景を目の端にとらえた湊はすぐに反応して、少し背を伸ばすとあっさりとキャッチした。

「はい」

 そしてそのまま隣で呆然と見ていた美麻に向けて差し出す。

「ありがと……」

 お礼の言葉とは裏腹に腑に落ちないような表情をしている。その様子が気になった湊だったが、いつまでもその場にいると置いて行かれてしまうためそのまま美麻と電車に乗り込むのであった。

 一度会話が途切れてしまうと、もうどうでもよくなってしまい適当に見繕った席に並んで座ると二人共通の話題、すなわちADのことで花を咲かせるのであった。

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