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クーラーが効いて涼しい電車での移動中は、昨日のBOT戦をやったことについての話やテレビで見た芸人の話など他愛のない会話をして過ごしていた。
電車はすでに約三十分ほど時間がたち、比較的緑が多かった地元からから離れ比較的都会じみた建物が増えてきていた。
「まだかかりそうですか?」
外の景色を眺めながら湊は問いかけた。駅に到着するたびにここが目的地なのかと気にするのにも飽き飽きし始めていたのだ。
「もう少しよ」
最初は人が少なくまばらだった車内も、いくつかの駅を過ぎていくたびに乗客も増え始めてきており空いている席はすでになくなっていた。
「私たちと同じように学生が夏休みなのを利用してでかけているのが多いみたいね」
そう言われ周囲を見渡してみると確かに湊たちとさほど変わりのないであろう年齢層の人々が多い。
「僕たちどう思われてるんでしょうね」
美麻と親しげに話す湊に羨ましそうに視線を向けるものは僅かばかりだが存在した。
「どう思われてるも何も、ただの友達でしょう?」
「でも二人っきりで出かけてるんですよ。普通は付き合ってると思うんじゃないですかね」
「仮にそうだとしても事実として付き合っていないのだから関係ないじゃない。他人からどう見られようとも関係ないことよ」
少しは照れた反応を見せてくれるかと期待しての言葉だったが、美麻はそんなことは関係ないと一蹴してしまう。それを寂しく思った湊は電車が駅に近づき止まる拍子にわざとらしく体が揺られたふりをして美麻に寄りかかる。
「ちょっと」
すると慌てて照れたように押し返される。そんな余裕のなさそうな美麻の姿が見れて嬉しく思うその反面、怪訝な表情で見つめてられてしまう。
「今、わざとやったよね?」
バレバレな嘘だと思いつつも湊はそれを否定し、電車のせいにするが美麻もそう簡単に納得するわけもない。美麻のような美人から睨みつけられるのはそれはそれで嬉しいことだが、居心地の悪いことには変わりない。
そんなやり取りの中、開いた電車の出入り口からは足腰の悪そうな杖を突いた老人が車内へと入ってきた。が、誰も気にした様子はなく誰も席を譲る気配もない。 それを見た湊はすっと立ち上がると、自然な動作で老人に声をかけて席を譲る。礼を言いながら席に着く老人当然のことをしたまでですよと答える湊の様子を美麻はただただじっと見つめていた。
やがて電車は目的の駅へと付いたようで「行くわよ」と美麻から声をかけられその後ろを追った。
駅のホームにでて人混みの少ない場所にでると美麻は立ち止まり、後ろを振り返る。
「どうしたんですか?」
「湊くんは私にわざとらしく寄りかかってくるようなえっちな男の子の癖して、しっかりした部分もあるのね」
どうやらさっきの席を譲ったことを言っているようだ。
「そりゃあ誰だってあの状態なら譲ろうと思いますよ。結城さんだってそうしようとしてたじゃないですか」
美麻が少し腰を浮かしかけていたことを湊は知っていた。
「ええ……まあそうなんだけど。ただそういうことをしっかりと出来る人は少ないわ。現に他の人は動こうともしなかったし」
優先席であろうがなかろうが、立っているのが大変な人には席を譲るべきだというのが美麻の考えだ。
「だから、見直したわよ湊くん。そういう男の子はカッコいいと思う……仮に私の視線から逃げるためだったとしてもね」
「あはは……ばれてましたか。まあそういう気持ちが少しはあったのも事実ですし否定はしませんよ」
「それじゃあ行きましょう」
湊の勘違いでなければそう告げる美麻の声色は先ほどよりも親し気だった。
ごった返す駅を出ると美麻は強い日差しをキャスケットで防ぎながら、迷いのない足取りで街路樹の植えられた大通りを迷いなく進んでいく。駅のすぐ近くにあったタクシーやバス乗り場を利用しないところを見るにどうやら目的の場所は近場のようだ。
「結城さんはよくここに来るんですか?」
初めてきた湊は周囲を物珍しそうに見渡していた。住宅や小さなビルを通り抜ける風が心地よい。
「よくというほどではないけれど、たまに来るわね」
道行く人は若者が多く、比較的活気のある場所のように見える。その証拠に少し先に見えるバスケットコートには少なからず利用客がいるようだ。
「どんなところに連れていってくれるか楽しみだなー」
わざとらしく言うと美麻は苦笑して返事をする。
「そんなに期待されても困る、ただの買い物なんだし。それにあなたが嬉しい場所かどうか私には自信がないわ」
誘い出しておいて、実は湊にとっては退屈な時間を過ごさせてしまうかも不安にも思っていた。
「大丈夫ですよそんなこと気にしないで」
「どうして?」
「結城さんと一緒に出かけているってだけで僕は嬉しいから、ですよ」
そう屈託のない笑顔で語りかけると、美麻はキャスケットと深くかぶり直した。
「眩しかったですか?」
「……ええ、今日は一段と日差しが強いわね」
そう言って視線を下に向ける美麻だが、なぜか湊にはかぶり直した理由はそれだけではないような気がした。
それからはお互いに無言のまま黙々と道なりに進んでいく。言葉のやり取りのない時間が過ぎていくが、嫌な雰囲気はなく苦にはならなかった。