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 自宅に着き夕食や風呂といったことを済ませた湊は自室のパソコンを付けてお気に入りに登録している動画サイトで動画をいくつか見た後、少しでも上達しようかと思いたちADを起動しBOT戦をするための部屋ルームを作る。そして美麻に教えてもらった設定に変えるとそれを読み込ませる。

 無事に設定を読み込んだことを確認すると、ネットカフェで見た美麻のプレイの様子を出来るだけ鮮明に思い出す。

 その真似をするようにプレイを始める。あの動きを少しでも再現できればすぐに上達できると考えたのだ。

 それから幾度となく試してみるが中々思ったようにBOTを倒すことが出来ない。反対に最初にプレイをした時よりも悪くなってしまった時もいくつかあったぐらいだ。

「何が違うんだろう」

 このままやっていても何も変わらないと思い一度手を休めて考えてみることにした。がむしゃらに頑張ればいいわけではないことは、今までの経験で知っていたからだ。どんなことにも上手くなるのに近道はないが、効率的な上達の仕方はあるのだ。

 暫しの間手を止めて画面とにらめっこしながら思い悩んでいるとすぐそばに置いていたスマホが振動したことに気が付いた。画面に表示された通知を見るとどうやら美麻が早速アプリでチャットを送ってきた様子だった。

 スマホのロックを外してアプリを起動してチャット画面へと移る。

【今大丈夫?】

 可愛らしいぬいぐるみのアイコンの美麻から送られてきたチャットはそんな言葉だった。丁度手を休めていたため湊はすぐに返事を返す。

【大丈夫ですよ。今BOT戦の休憩中です】

 そう送ると美麻はチャット画面にしていたままらしく、送ったチャットを見たと言うことを示す印がすぐについた。

【もしかして教えてあげたのさっそくやってたの?】

【はい】

【どうだった?】

 話の流れから当然のことを美麻は尋ねるが、湊は少し素直に話そうか悩んだ。あの時よりも悪化したとは言いにくいのだ。だが、すでに情けないところを見せてしまっているため今更カッコつけても仕方ないかと思い直す。

【結城さんの真似してやってたら最初の時よりも悪くなっちゃいました】

【それはそうよ。技術に差があるのに結果を同じにしようとしてもうまくいくわけないわ】

 一度そう送ってから、さらに付け足す。

【結果だけを求めたらダメよ。階段だって一段ずつ上がっていくでしょ? それと同じよ。焦る必要はないわ】

 美麻からそう言われいくらか心に燻っていたモノが抜けていくように感じた。

【あと階段は一段飛ばして上るとかそういうのは受け付けないから】

 湊の心を落ち着けるためになのか、本人の性格故かそんな付け足しも送られてくる。湊はそれを見て思わず笑みをこぼしながら前者だといいなと思った。

【ありがとうございます。これからも頑張ってみます】

【最初は無理して頭に狙いを付けて倒そうとせずに、近くにいるBOTから順に胴体狙いで撃ってけばいいから】

【わかりました。そういえば何か用があるんじゃないんですか?】

 アドバイスを送ってくれる美麻にありがたく思いながら、用事があったのではないかと尋ねる。

【忘れるところだったわ。昼間した約束、勿論覚えているわよね】

 すると無かったことにはさせないという美麻の意思が伝わってくるかのように文字が映し出される。

【覚えてますよ】

【お盆休みになると家の用事があるし早めに買い物に行きたいんだけど、都合の悪い日はある?】

 どうやら用事というのはデートの日程を決めることのようだ。

 今のところ用事も何もない湊はいつでもで大丈夫だと答えると、少しして美麻からの返事が返ってきた。

【それなら二十六日はどう?】

 終業式のあった今日は二十日だ。つまり約一週間後ということになる。

 楽しみな美麻とのデートの日程も決まり何の変哲もなかったその日がとても楽しみとなった。……本人に言わせればデートではないらしいのだが。

 なるべくなら早く行きたいとも思うが、美麻にも何か用事があるのだろうと考えて諦める。当日を楽しみにそれまでを過ごすというのもそれはそれで楽しいものだ。

【わかりました。その日を楽しみにして待ってます】

 その気持ちをそのままチャットに乗せて返信する。

【あまり楽しみにされても困るのだけれど……。それじゃあ二十六日にね。詳しいことはまた後で】

 美麻が苦笑しているのがなんとなく想像できた湊は、当日に期待して胸を高鳴らせながらスマホを元あった位置に戻すと誰の目がないことを良いことに控えめにガッツポーズした。



 湊はそれからそわそわとした日々を過ごすことを強いられ、そのことを気にしている間にあっという間に当日となった。

 美麻との待ち合わせは昼過ぎからで、駅前に集合となっていた。この日は快晴で濁りのない青色を見せる空には、雲一つとしてない。だがその鮮やかさの代償として照り付ける日差しは強く、また蝉の鳴き声も一段と大きい。

「あっつ」

 美麻を待たせるわけにはいかないと約束の時間より早めに駅に到着していた湊は、明るい地面とコントラストを作り上げている影に身を置いていながらも汗をかいていた。

 早く来て欲しいと願いながらスマホで時間を確認しつつ辺りを見回しているとアプリにチャットが来たことに気付く。アプリを開いて確認してみると【後ろ向いてみて】と美麻から送られてきていた。そのことを不思議に思いつつも、素直にその言葉に従って振り向く。

「こんにちは、湊くん」

 そこには日差しを防ぐためかキャスケットを被り、白いゆったりとしたブラウスに黒いスカートをはいて、左腕には高そうな腕時計をして両手で小さめの可愛らしい手提げバッグを持った美麻が立っていた。美人である美麻はその可愛らしい服装も似合っており、道行く人の中には思わず振り返ってしまう人もいるほどだ。

「こんにちは、結城さん。その服装可愛いですね」

 事前に服装のことを褒めようと考えていた湊だが、そんな思考など吹き飛んでしまい単純な思いが口をついてでる。

「べ、別にあなたのためじゃないわ。午前中にちょっと用があったし、今日は暑いから薄着にしただけよ」

 思いのほか好感触の反応を示す美麻を見るに、あまり褒め慣れていないのかもしれない。と感じながらも久しぶりに夏に感謝する湊であった。

「そうなんですか。それでも僕は嬉しいので問題ないです」

 照れ隠しなのか本当のことなのか判断はつかなかったが、どちらにせよ素晴らしいものを見れたことには違いない。

「それで今日はどこに行くんですか?」

 事前のやり取りの中で行く先を幾度と尋ねていたが、美麻が一度として答えてくれなかったために行く先を知らずにいる。買い物に行くと言うことだけは知っているが、肝心の何を買うかまでは知らないのだ。

「着くまで秘密よ。楽しみにしていてね」

 だがやはりというべきか美麻は意地悪そうに笑ってそう言うだけで答えを教えてくれることはなかった。

 小さな子連れの親子や年配者の並ぶ切手売り場に並び順番がきた湊は美麻に言われた通りの切符を買うと、そのまま駅のホームへと向かう。あまり大きな駅ではないため、迷うこともなく無事に目的の乗り場へと到着する。学生は夏休みとはいえ平日のため少なく、社会人の多くは仕事中だ。そのためホームにいる人も多くない。

「結城さんは暑いのとか大丈夫なんですか?」

 汗がにじむ湊と違い涼しそうな顔をしているのを不思議に思っての言葉だ。

「いいえ、嫌いではないけれど好きでもないわ。特にあなたみたいな男の子の視線が増えるから、ね」

 質問の意図を分かっている癖して美麻はわざと違う答えをする。湊を困らせようとしている魂胆が見え見えだ。

 だが特段嘘を言っているわけでもなかった。見世物として見られることは誰でも好きな訳はなく、特に美麻のように美人でなおかつ暑さをしのぐために薄着となると、性的な視線を送る人も少なくないのだ。

「それは……すみません。でも結城さんだってイケメンの男がいればつい見ちゃうでしょ?」

 男女ともに目を引いてしまう存在はいるものだ。男よりも下卑た視線を向けられ易い女の方が辛いとはいえ、ある程度はお互い様だと大目に見て欲しいと言い訳がましくも答えた。だがそんな言葉に心外そうな表情を見せた美麻は不貞腐れたように答える。

「私は顔だけで人を見ないわよ。所詮顔なんて生まれ持ったものでしょ。そんなことだけでは決してその人のことは何一つとして分からないわ。大事なのはその人の意志の強さよ。頑張ってる人はそれだけで魅力的よ」

 そうはっきりと言い切った後でむきになりすぎたと感じたのか「持論なんだけどね」と気恥ずかしげに付け足した。

「いいと思いますよ。僕もその考え方には同意です……すみません、適当なこと言って」

「ううん、私も変なこと言っちゃったから。お互いに気にしないで行きましょう」

 それはホームへと速度を落としながら入ってくる電車を眺めている美麻の言葉だ。

「はい」

「あ、一つだけ言わせてもらうと私は湊くんを魅力的な方だと思ってるわ」

 電車が到着し乗り込もうとしていると、突然美麻はそう言った。思いもよらなかった不意の言葉に思わずドキッとして乗り込もうとしていた足を止めてしまった湊に美麻は、してやったりという表情を楽しそうに浮かべていた。

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