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広い荒野で二つの銃声が響き渡る。
チューブ型のドットサイトを付けたAPC45を銃声がする方向に乱射しながら進んで行くアバターはカジュアルなシャツにジーパン姿の民兵風の姿だ。
それに対抗するようにしてもう一つの銃声が響き、民兵姿のアバターを数発の銃弾が貫く。その結果、体力を示すゲージが残り数ドットにまで減らされるがそれでも抗うようにしてさらに激しく撃ち返す。が、その甲斐もむなしく銃弾の雨にさらされ心もとなかった体力を無慈悲にも零にした。
「はあ」
その結果を目の前にあるモニター越しに見た成瀬湊は思わず嘆息する。これで同じ相手に三勝十七敗したことになる計算だ。このアクティブ・デューティ、ADと略され、パソコンでやるFPSゲームだ。この存在を教えてくれた友達との試合で、まぐれ勝ちを除けばただの一度として勝てたことはなかった。
試合をしていた友達がロビー画面から抜けていくのを確認すると、集中していた意識をADから現実世界へと切り替える。するとネットカフェのオープン席ならではの喧騒が耳に届き始める。
彼女と出会ったのはそんな時だ。
「残念。惜しかったわね」
騒がしいこの空間でもはっきりと聞こえるその鈴の音に似て、凛としている女性の声は湊も聞き覚えがあった。
「生徒会長?」
この場で会うことになるとは露程にも思わなかった人物で同じ高校に通う一年上の先輩で、結城美麻といった。背が高くすらっとしたスタイルの彼女は女性にしては高めの背丈に少し長めな濡羽色の綺麗な髪の毛をしており、オタクよりの人々が多く集まるこの場には少々不釣り合いなほどの美人だ。そのため幾人か不躾な視線を向けている者が見受けられる。
「元ね」
彼女は少し前まで生徒会長をしていた。そのため生徒の前に立つことも幾度かあり、その人目を引く風貌もあって湊にも見覚えがあった。しかしそれは今では過去のことだ。
今日は一学期最終日の終業式があった日で、二人とのブレザー姿だ。湊は学校が終わってすぐネットカフェへと来ており、制服から着替えていないところを見ると美麻も同じようなものだろう。
「こんなところで何してるんですか?」
「あなたと同じよ」
そう言って視線をモニターへと向ける。ここにいる以上ある程度の予想はついていたが、まさか同じ目的だとは思わなかった湊は驚かされる。
「生徒会長もADやってたんですね」
「私がやってたらおかしい? あと元よ」
「いえ、ただ意外なだけです。生徒会長がやってるイメージ無かったもので」
話を聞いているのか聞いていないのか湊はそのまま生徒会長と呼び続けていると美麻にジト目で睨みつけられる。整った顔立ちをしているためそんな仕草も似合っており、思わずドキッと胸を高鳴らせてしまう。
「あなたわざとやってるでしょ?」
「いえいえそんなわけないですって美麻さん」
「ちょっと、なんでそんな気安い感じなのよ」
どさくさに紛れて下の名前で呼ぶが嫌な表情をされてしまい湊の姑息な作戦は失敗に終わる。
「それじゃあ……結城さん?」
相手の表情をうかがうように呼び掛けると、すっと表情を元に戻した。
「それであなたの名前は?」
自分が名前を知っていたためについ名乗らないで話し続けていたことにその発言で気付き、申し訳なさそうに名乗る。
「すみません、言い忘れてました。僕の名前は成瀬湊って言います」
「そう。……それじゃあ湊くんね」
「僕の呼び方は下の名前なんですね」
「あなた二年生でしょ?」
湊たちの通う高校は学年別に色が決まっていてネクタイ一年生が緑色、二年生が青色、三年生が赤色となっていてそこを見れば何年生かすぐにわかるのだ。
つまり美麻は年下なんだから名前をどう呼ばれても問題でしょ、と言いたいのだ。
「そうですね。まあ綺麗な先輩とお近づきになれて僕は嬉しいんで、呼び方は何でもいいですよ」
「……あなたよくそんなことを初対面の相手に平然と言えるわね」
その容貌から言われ慣れてるだろうと思いながらの発言だったが、その反応を見るにあまり言われることは少ないらしい。現に少々照れている様子だ。
「ところで何の用なんです?」
その言葉を無視して話を進める。
「ああいえ、特に用事ってわけじゃないのよ。珍しく同じ学校の子が、真剣にADをやってるのが見えたから思わず声をかけちゃったの」
ADは世界中で多くの人々に親しまれているFPSゲームで日本にもプロゲーマーがいるほどだ。だがRPGやTPSといったゲームが人気の日本においてはFPSゲームというのはマイナーなジャンルで、日本人のプレイヤーはそう多くはなく、やっていたとしても家庭用ゲーム機であることがほとんどでパソコンでやっている人物はさらに少ない。そのため、美麻は物珍しさから声をかけたのだと言う。
「僕もADやってるの友達に一人いるだけですし、その気持ちは分かります」
人口の少ないジャンルで、熱心なファンを見つけた時の反応は誰でも一緒だ。
「見たところなかなか勝てなくて悔しいみたいだけど」
先ほどの湊の姿を思い返し、その様子がおかしかったのか少し笑いながら話しかける。
「全然勝てないんですよ。今言った友達なんですけど……って何を笑ってるんですか」
その様子にムッとした湊は、話の途中だが構わずそのことを指摘する。
「ごめんなさいね。ため息をついていたあなたの姿を思い出しちゃって」
「なんですか、男の癖に情けないって言いたいんですか」
「いえ、そんなことは言わないし思ってもいないわ。ただ私にはもうそんな感情はないから羨ましくて。あのときの湊くんは可愛くて」
からかう様子はなく本心からの言葉だ。そのことは湊にも伝わっていた。
「年下とはいえ男に可愛いは無いと思いますけど」
「いいじゃない別に。それに私は好きよ、そういうの」
目的に向かって頑張る姿も、可愛い姿の男を見るのも好きだと美麻は言う。それだけで喜んでしまうのだから男とは簡単な生き物だ。
「……もしよければだけど、私が教えてあげましょうか」
顎に手を当て少し考え込む様子を見せた美麻はそう提案を出した。
「いいんですか?」
上手くなりたいとは思いつつも、自力ではこれ以上上達できないと感じ始めていた湊には願ってもない申し出だった。
「私としてはここでやめられちゃうよりも長く楽しんでほしいのよ。プレイ人口を増やすために」
初心者をないがしろにしていては、やがてはプレイヤーの数が減っていきそのゲームの寿命を縮めることにつながる。長くそのゲームを楽しむためには自分だけが楽しむだけではなく、他のプレイヤーにも楽しんでもらう必要があるのだ。
「それじゃあお願いしてもいいですか」
「……それじゃあちょっと場所を変えましょうか」
騒がしいオープン席では教えにくいと感じた美麻はそう言うと、湊を連れて店員のいる受付へと歩いていく。
二人で歩いていると短い距離の移動でも、多くの視線を感じた。勿論それが向かう先は湊ではなく美麻だ。その視線に気付かない美麻ではないであろうが、全くといっていいほど意に介さずに凛としていた。
受付にたどり着くと美麻が店員と一言二言話をして戻ってくる。
「それじゃあ個室に変えてもらったから行きましょうか」
「個室……」
狭い部屋で二人っきりになれると聞き、色めきだつ湊に美麻は苦言を呈す。
「気持ち悪く思われるから感情をそのまま声音に乗せるのはやめなさい」
「そんなにわかりやすかったです?」
「ええ。私はそんなに気にしないけれど、気にする人は気にするから気を付けたほうがいいわ」
「はーい」
「本当に分かってるの?」
反省の色が見えない湊の相手もほどほどに個室のスペースへと進んでいく。
そんな後姿を湊は慌てて追いかける。迷うことなく足を進める美麻の姿を見るにこのネットカフェに来慣れて居るのが伝わってくる。
すぐにたどり着いた個室の中に入ると、二人で入るのには手頃な大きさで中にはパソコンと二人掛けのソファが置かれていた。美麻はそのソファに抵抗もなく素直に座ると、ソファの開いているスペースを手でぽんぽんと軽く叩いて湊に隣に座るように促した。
「それじゃあ失礼します」
ドキドキしながら腰を下ろすと、すぐ隣から花のようないい香りが漂ってきてどことなく居心地が悪い。
「緊張してるの?」
下手をすれば触れてしまいそうな距離にいる美麻には隠しきれなかったようで、弄る対象を見つけたとニヤリと悪戯っ子のように笑っていた。
「そりゃあ美人の先輩がこんな距離に居たら誰でも緊張しますよ……。それにしてもそんな表情もするんですね」
「?」
湊の言ったことにピンとこなかった美麻は不思議そうにする。
「今まで結城さんのイメージはずっと凛としていて仕事のできる美人って感じでしたけど、ゲーム好きだったりそういう笑い方したり結構子供っぽい一面もあるんだなって」
「幻滅した?」
「いえ、もっと好きになりました。とっても魅力的ですよ」
「……あなたのそういうところ少し苦手だわ」
そういう美麻は照れているのか視線をモニターから動かそうとしない。それ以上似たようなことを言うと、本気で嫌がられそうだと思った湊は同じようにモニターに視線を向けて、ADを始める姿勢へと移行する。
「ヘッドセットとか使わないの?」
横でその様子を見ていた美麻はふと気になったことを問いかける。
「なんでですか?」
その質問の意図を掴めなかった湊は質問に質問で返す真似をしてしまう。
「そう言えばさっきも使ってたわね……」
そのきょとんとした様子を見て、FPSをするときにはスピーカーで音を聞くよりもイヤホンなどを使ったほうが良いと言うことを知らないのだと気づく。
「そうね……試合中事前に相手の位置がある程度分かってたら有利だと思わない?」
「そうですね。敵がくる方向が分かってるだけでも強いですね」
頭の中にその状況をイメージして考えた湊はその意見に同意する。
「湊くん、ADって結構音が重要なのは知ってるかな」
「そうなんですか?」
目の前に現れた敵に狙いをつけることに精一杯で、それ以外のことに意識を割く余裕がなくそのことに気付けていなかった。
「ええ。アバターが走った時は勿論だけど、リロードしてる音とかグレネードを投げるときのピンを抜く音、匍匐前進した時のはいずりの音とか結構聞こえるのよ」
「へえ」
あまり意識したことがなく気にしたこともなかった未知だったことを教えて貰って目から鱗の様子だ。
「それで、その音が聞こえてくる方向に敵がいるって分かるの。その音をよく聞くために、イヤホンとかヘッドセットとか使うといいのよ。FPSゲームをやるときの基本的なことなんだけど」
「そうなんですか。今度買ってみます」
「そうするといいと思う」
そんなアドバイスを終え、湊は自分のアカウントを使いADにログインする。その間パスワードを見ないように美麻はマナーとして横を向いていた。
「もういいですよ」
無事にログインを終え声をかけると美麻は再びモニターに目を向けた。そこにはちょうどADが起動し、タイトルロゴが表示されていた。
「それじゃあとりあえずBOTと戦ってみて」
BOTとはAIが操るアバターのことで、生身の人間が操るプレイヤー相手よりは動きが単調で練習にはもってこいの相手だ。
「ルールは?」
ADには複数のルールがあり、先ほど友達とやっていた一対一で敵を倒した方が勝ちという単純なルールから、複数人で二チームに分かれ決められた数目指してお互いに倒しあうものや陣地を取り合うルールなど様々なものがある。
「ご自由に」
美麻の指定が特にないため湊は自分以外が全員敵になるモードを選ぶ。
息遣いが聞こえるほど近い距離にいる美麻を何とか意識の外に追いやりながら右手をマウスに、左手をキーボードに置いてADに集中する。
試合が始まるまでのカウントダウンを眺め、零になった瞬間に湊は自分の分身となる民兵姿のアバターを操り始めた。
――制限時間となる十分が過ぎたところで試合は終了し、リザルト画面へと切り替わる。
「……」
その様子を見ていた美麻は考え込む仕草をしていた。どうやら今の試合の様子を振り返っているようだ。
「どうでした?」
一向に口を開かないことに不安を覚えた湊は恐る恐るといった様子で問いかける。
「湊くん、FPSを始めてどれくらい?」
だが美麻はその問には答えずに反対に質問を口にした。
「えーと、一二か月ですね。それまでは他のジャンルのゲームやってました」
「それぐらいなんだ……。それじゃあ、これからちゃんと技術とか知って行けばもっと強くなれると思う」
その言葉は自信を無くし始めていた湊にはとても嬉しい言葉であり、今まで誰かにそう言われたことがなかったため希望を持つことができた。
「よかった。それじゃあ色々手ほどきしてください……手ほどきって言葉ちょっといいですね。えっちな感じがして」
「はあ……馬鹿なこと言ってると帰るわよ」
思ったことをそのまま言葉にすると、呆れたように言葉を返した。
「すみません」
自分に非があることは明らかなので言い訳することなく、すぐに謝った。
「まあ年下の男の子のそういうところを受け止めるのも年上の仕事よね」
年下と年上の部分を強調するようにして言う美麻に、実は照れて強がっているのではと疑問が浮かぶが確かめようとすると何をされるか分からないため大人しくしておこうと自重する。
「それじゃあ気を取り直して、簡単なところから教えてあげるわ」
そうたたずまいを直して美麻は生徒に勉強を教えるような雰囲気を出す。案外雰囲気づくりをするのが好きなのかもしれない。
「まずあなたの使ってる銃、APCはサブマシンガンっていうカテゴリに分類されるのだけれどそれは知ってる?」
「いえ。銃器関係はあまり詳しくなくて……なんとなくで使ってるだけです」
「それはちょっと意外。FPSやる人って大抵銃が好きだと思うのだけど」
「じゃあ、もしかして結城さんも?」
「そうね。意外かもしれないけれど私の部屋にはいくつかエアガンがあるわ」
「へえ。いつか見てみたいです」
「そう簡単には部屋に入れないわよ……っと話がそれたわね」
ついついゲームの話からそれてしまったとずれた路線を修正する。
「それでサブマシンガン、よく略してSMGって呼ばれることが多いのだけど、SMGにカテゴライズされる銃は大体が似た特徴を持っているの」
「特徴?」
「ええ。単発あたりのダメージは弱いけど連射力が高くて、銃自体が小さくて軽いからアバターが速く動けるの」
「どうりで遠距離からの撃ち合いで勝てないと思いました」
「連射力が高いってことは裏を返せば反動が大きくて銃口がぶれるってことだから、遠距離戦は苦手ね。でも機動力が高いから敵の懐に入って弾をばらまくのには適しているわ」
中遠距離はアサルトライフル、スナイパーライフルと呼ばれる銃が適しており遠距離でサブマシンガンを使い相手するには不利となる。
「つまり僕は戦い方を変える必要があるってことですね」
「そうね。立ち回りを変えるか銃をアサルトライフル……ARに変えるかした方がいいわね」
その言葉を聞いた湊はチラッとモニターに映る銃を持った自分のアバターに視線を向ける。
「いえ、僕はこの銃が気に入ってるので、戦い方を変えることにします」
「そっか。そういうモチベーションが上がるのがあるのはいいわね。この銃が好きだから使い続けて上手になりたい、あの人みたいに強くなりたい。なんでもいいのだけれど、そういったことは重要よ」
支えになるモノがなければ続けることはできない。好きだから、面白いから。そんな単純な気持ちで良いのだ。
「それでそのAPCを使い続けるならなるべく相手に気付かれずに近づく必要があるのだけれど、そうするためにはどうすればいいか分かる?」
試すような視線を向ける美麻の期待に応えられるように、湊はしっかりと考えてから少し自信なさげに答えを述べる。
「…………音、ですかね」
先ほどの美麻との会話の中で、敵の位置がある程度わかる方法があると聞いていたことを思い出したのだ。
「そうね、正解。付け加えるなら経験則からくる勘とかも重要なのだけどそれは長時間プレイしないと分からないから、最初は気にしなくていいわ」
勘や読みなどはある程度慣れてから出ないと会得できない技術だ。最初のうちはそれを気にする必要はない。階段を上るように段々と上達していけばいいのだ。
正当を言い当てた湊の頭を澪はやさしく撫でる。
「ちょっ、ちょっと、先輩!?」
その唐突な行動に思わず呼び方が変わってしまいながら声を上げる。
「あ……ごめんなさい。私弟がいてよく頭を撫でてたから、つい癖で」
思わずやってしまった行動が恥ずかしかったのかすぐに手を引っ込める。
「もっと撫でて欲しかったなあ」
驚いて声を上げてしまったことを後悔しつつもう一度撫でて欲しいとねだる。
「嫌よ」
そんな湊が面白かったのか美麻は優しく微笑み返した。
「あとは……そうね、安直なことになっちゃうけどやっぱり敵をちゃんと狙える技術とリコイルコントロールね。最初は他のことは考えないでそのことを考えてなさい」
リコイルコントロールとは銃の撃った反動で上にあがる銃口を下へと抑える技術のことでマウス操作によって行われる。
敵の体力を効率よく減らすのに求められる技術で、これは初心者に限らず中級者――ひいてはプロゲーマーになっても要求されるものだ。
「それってどうすれば上手になるんですかね」
「そうね。壁に向けてリコイルコントロールをせずに撃ってみたら弾痕が残るから、銃のぶれ方がよくわかるわ。そのぶれ方を見て反動制御の修正をするのが一番ね」
そう言うと美麻は湊からマウスを借りて、BOT戦の準備を進める。
「私がお勧めするマップと設定教えてあげるから、今言ったことを意識してやってみなさい」
慣れた様子で設定をいじっていく様子を湊はまだそこまで詳しくないため、ただ見ているだけしかできなかったが何をやっているのかまではさっぱり分からなかった。
「よし。これで大丈夫」
無事に準備が終わったらしく、視線でプレイを促してくる。
湊はキーボードとマウスを譲り受けるとモニターへと視線を向けた。
「いい? BOTを倒すことだけに集中して。撃ち負けたとしても気にしないでやってね」
「分りました」
アドバイスを貰い、言われた通りにそのことだけを意識する。
モニターが美麻の作った設定どおりのステージを映し出す。そこは見た目はとても殺風景で、薄い灰色の単色しかない正四角形をしていた。湊のアバターがリスポーンしたのはその中心だ。壁がいくつか障害物として存在するが、四方から撃たれるこの場所は圧倒的に不利な場所だ。
「四方からBOTが攻めてくるからどんどん倒していって。BOTの設定は簡単にしてあるからあんまり撃ち返してこないから」
美麻は驚いている様子の湊を隣から楽しそうに眺めていた。
「驚かすためだけに何も言いませんでしたね?」
それを責めるように視線を向ける。
「気のせいよ。ほらBOTが来るわ」
そう言う美麻の表情を見ればそれが嘘なのは明らかだが、既にBOTが四方から襲いかかってきているため追求する暇はなかった。
一人で相手をしなければならない湊の気など知らないBOTは容赦なく数の暴力で攻め立てる。SMGを使っているため近距離で相手をしなければならないこと、不慣れなステージということもあって十数体のBOTを倒したところで自身の体力が底をついてしまった。
「残念。でもいい感じだったわよ」
その様子を静かに眺めていた美麻はよくやったと褒めるが褒められた本人は納得がいかない。
「こんなの無理ですって。いかにBOTのレベルが低いって言ってもこの状況じゃ誰がどうやっても勝てませんよ」
「言ったわね? それじゃあ私がこれをクリア出来たら一つお願い事していい?」
「いいですよ、受けます」
美麻の実力を知っているわけではないが、どうやったところで勝てないだろうと高を括っていた。
「なら今度買い物に荷物持つとして手伝ってね」
女手一つで買い物に行くと多くの物は買えなく、その問題を解決するために男手を必要としていた。
「勝てたらですよ、勝てたら」
美麻が既に決まったことのようにして話すため湊は念を押すように言った。そんな湊の言葉を聞いて美麻は楽しそうに笑い返す。
「アカウント湊くんの使わせてもらってもいいかな」
美麻も自分のアカウントを持っているが、折角既に設定し終わった状態になっているのが目の前にあるのだ。それを使わない手はない。
「いいですよ。どうぞ使ってください」
湊はそう答えるとキーボードとマウスを渡して自分は観戦する体勢に移行する。
「ちゃんと見ててよ。反故にしたら許さないんだからね」
ステージの設定を読み込んでいる間に微笑んでそう言い切るとほぼ同時に読み込みが終わった画面は、再度先ほどの殺風景の風景へと変わる。
そして少し間をおいてBOTが徒党を組んで一斉に足音を立てながらやってくる。まだまだ有効射程には遠いがそれを確認した美麻は、APCに付けられたドットサイトを覗き込んで狙いをつけた。
銃声にしては少し高めで軽い音を数度に分けて撃っていく。バースト撃ちと言われるその射撃方法は、反動を押さえる撃ち方だ。
有効射程より離れているがために下がり気味の弾道になるが、それでもしっかりと迫りくるBOTの頭に当てていく。四方八方から迫ってくるため、画面を忙しなく動かしながらどんどん倒していく。
数体のBOTを倒して隙を見ては弾数の少なくなった弾倉を変える。そんなことを幾度となくこなれた様子で繰り返していく。迷いなく正確に行われるその動作は綺麗で美しい。
呆気にとられながらその様子をただただ見ていると、いつの間にかBOTを全部倒し終えた美麻がモニターから目を離して湊に自信満々な顔を向ける。
「どう?」
そう問いかけられ我に返ると驚きの表情を見せる。
「凄いですね……実際に見ても信じられません」
その言葉に気分を良くした美麻は嬉しそうに言葉を続ける。
「上手い人ならもっとBOTの設定を難しくしてもクリアできるわ。約束忘れないよね」
「結城さんとデートできるんですから忘れなんてしませんよ」
「デートじゃないわ」
湊の言ったその部分が気になったのか美麻は否定する。
「この年頃の男女が二人で出かければそれはデートですって」
「デートじゃない」
男と二人で出かけたことがないのか美麻は照れた様子で意固地になって否定する。
これ以上言い張るとそもそもの約束をなかったことにされてしまいそうなため、その言い分で納得した風を装う。またとないチャンスを逃したくはない。
「今のBOT戦の設定教えてあげるから、暇があったらまた繰り返して練習するといいわ。そうすれば上達するから」
「分りました頑張ってみます」
「次は……っと、もうこんな時間なのね。私、門限があるから……」
さらにアドバイスをしようとして視界の隅に現在の時間を見た美麻は少し残念そうにする。
「それじゃ連絡先だけ交換して帰りましょう」
「残念。結城さんともっと一緒に居たかったのに」
こんな幸せな時間は今までにもあまりなかったと湊は恥ずかしげもなく伝える。
「あなた本当に羞恥心とかないのか不思議」
そんな湊に辟易しながら、お互いにスマホにダウンロードしていた日本国内で普及しているチャット形式のアプリの連絡先を交換する。
「羞恥心はありますよ。ただそれ以上に結城さんが魅力的なんです」
アプリの連絡先に美麻の名前が追加されたのを嬉しそうに見つめながら、何ともなさそうに言った。
「はあ……まあいいわ。それじゃあまた連絡するから」
そんな湊の態度にため息はつきながらも、嫌な気はしないらしく少しだけ口元が緩んでいた。
「家まで送っていきましょうか」
日照時間の長い夏期とはいえ遅めの時間のため善意で申し出る。
「送り狼になられたら嫌だから遠慮するわ」
「あんな個室で二人っきりになったのにですか」
美麻の困った表情が見たいとそう意地悪に言う。
「あの部屋実は防犯カメラ付いてるのよ。知らなかった?」
つまり何かあっても大丈夫だったと、勝ち誇った様子で言い返す。
「なんだ……信用してくれてたわけじゃないんだ」
その言葉にわざとらしく落ち込んだ風を装う。
「……でも疑ってたわけじゃないのよ」
それを信じ心配になった美麻は本心をためらいがちに吐露する。
「え?」
「ADをプレイしていたあなたのモニターを見つめる目付きがどこまでも、澄んでいて綺麗だったから」
そんな目を出来る人間に悪い人間はいないと思ったのだ。
「ほら、帰るわよ」
思ったことを装飾せずに伝えたことが恥ずかしかったのかさっさと立ち上がるとその場を後にしようとする。
「あ、待ってください」
先を行く美麻の後ろ姿を追った。
美麻の後に追いついたときにはすでにレジに着き財布からお金を取り出そうとしているところだった。
「僕も出しますよ」
何気なしに全額出そうとしているのを見て慌てて申し出る。
「気にしないで。私が勝手に個室に移動するって決めたんだから」
「そうはいきませんって。元々僕のためにしてくれたことなんだし」
「全く……。店員さんの迷惑になるしそれでいいわよ」
このまま押し問答を繰り返していると店員に注意されるかもしれないと美麻は折れることにした。
料金を二人で割って払い終えると 足をそろえて一緒に店の外へと進み出る。
エアコンの効いた涼しく過ごしやすかった店内と打って変わって、暑苦しく蝉の鳴き声が響き渡る。そこで湊は今日は一段と熱くなると朝のニュース番組でやっていたことを思い出す。
「結城さん、好きな飲み物とかあります?」
「え? そうね、紅茶は割と飲むわね。でも急にどうしたの」
湊の唐突な質問に驚きつつもしっかりと答えるのは美麻の性格ゆえか。
「ちょっと待っててください」
そう言うと湊は一人で来た道を引き返していった。
「まったく。なんなのよ」
詳細を話さずに勝手に行動する湊に文句を言いながらもその場で待っていると数分とかからずに湊が帰ってくる。
「ちょっと、何勝手にいなくなってるのよ」
不満を隠さない美麻に「すみません」と一言謝ると、手に持っている物を差し出した。
「紅茶……?」
湊から受け取ったのは、しっかりと冷やされているペットボトルの紅茶だ。
「そうです。今日はやたらと暑いですから、水分補給はしっかりした方がいいと思いまして。お礼もかねて」
「そのためにさっき、私の好きな飲み物を聞いたのね。ありがとう湊くん」
思いもよらなかった行動に、本当に自分のことを心配してくれてるんだと感じた美麻はお礼を言った。
「結城さんの家はどっちなんですか?」
「私はあっちよ」
そう言いながら指さす方向は湊の家がある場所と正反対だった。
「それじゃあここでお別れですね。僕の家はちょうど反対側ですので」
「そう。それじゃあまたね」
「はい、また」
二人は別れの挨拶をするとそのまま二手に分かれそれぞれの家へと向かって歩き出した。