きりとりのそら
それは、ここでない何処かトオクのおはなし。
もしかしたら、そう遠くないミライのおはなし。
高いビルが立ち並ぶセカイ。灰色に囲まれたセカイ。
そんなセカイの小さな町に、ソラという少年がいました。竜胆の瞳をきらめかせ、町中を駆け回ります。彼は写真を撮ることが大好きです。
「やっぱりあの人の子ね」
お母さんがわらって渡してくれたのは、お父さんが遺したというカメラです。その中にはかつてお父さんが撮った写真が今も残っています。
きいろい永遠の花畑。森の中の可愛らしい家。水面に沈む月───
とても綺麗で、少しふしぎな写真たち。その中でも少年の目を惹いたのは、目の覚めるようなあおと、ところどころに浮ぶしろ。少年の名前の由来になったものでもありました。
「あら、その写真が気になるの?」
「だって、これはぼくのでしょ?」
「そうね。貴方の名前は、お父さんが付けたのよ」
「ふーん……。ねぇ、お母さん」
「どうしたの?」
「ぼく、見てみたい。ほんとうの空を」
幼い少年が語った無邪気な夢は、誰もが一度は見て、そして諦める夢でした。
かつて、人間が最も繁栄した頃。自然は取り返しがつかないほど崩壊していました。なす術のなくなった人間たちはそれが本来持つ力に望みをかけて、自分たちの"世界"を他の全てから切り離したのです。
"世界"は少しずつ色を失いつつあります。少年の色鮮やかな瞳も、とても珍しいものでした。
今や人間には、"外"がどうなっているのか、"外"へ出る術はあるのか、それを知るものはいないのではないかと言われています。
「きっと出来るわ、あの人にそっくりな貴方なら。だって貴方のお父さんは、世界中を旅した人だったのだから」
お母さんはそう言って、少年の頭を撫でました。
そして十数年。少年の頃の夢を輝かせたまま、彼は大人になりました。
「自分の目であのそらが見たい。だから僕、"外"にいく術を探しに行くよ」
旅のともはカメラ1つ。身長が伸び、体力もついた彼でしたが慣れ親しんだ町から飛び出しての1人旅はなかなか大変なものでした。
そんな旅の途中で、彼は自分と同じように色鮮やかに輝く瞳を持つ1人の青年と出会います。
年はそう変わらないように見えますが、
「ガキの1人旅は危なっかしくて見てられねーな」
と、何かと世話を妬いてくれます。"外"に出たいと聞いて驚いていましたが、「俺も行こう」と言うので旅の同行者になりました。
2人はただひたすらに南へ向かっていきます。
「お前なんで南に向かうんだ?」
「どこでもいいけど、"果て"に向かってみようと思うんだ」
「南の"果て"か……いいか?今俺達がいるのがここだ。」
青年は地図を開いて、中心より少し北寄りの位置を示します。
「ただ単に"果て"を目指すなら北の方が近いが、目的はそうじゃないだろ?」
「"外"に、出ること」
「なら出方を探す必要がある。ここから南に続いていくのは、"白き旅路"いわゆる貿易路だ。ここが最も情報が飛び交う。運が良ければ、"外"へ繋がる手がかりがあるかもしれない」
そうして2人は、"白き旅路"を南下しつつ情報収集を始めました。しかし、"外"に出たいという言葉を真面目に取り合ってくれる人はなかなかいません。
「どうだった?」
「真剣に聞いてくれる人がいないんだ。ウミは?」
「お前でも駄目か……俺が話しかけても、殆どの人間は相手にもならねーよ
どうする?」
「このまま南へ進もう」
「良いのか?」
「進みながら情報収集も続ける。行けるところまで行っておきたいんだ」
「オーケー、じゃあ行くか」
2人は少しづつ、確実に南の"果て"に近づいていきます。しかし、手がかりは一向に集まりません。
「"外"に出たいんです。方法を聞いたことはありませんか?」
「"外"だ?いい歳してそんなこと言いやがって!寝言は寝て言え!!」
「ハハッ、ナイスジョーク!方法があったら教えてくれよ!」
くすくすと嫌な笑い声が響く中、話を聞いていた子供が首を傾げました。
「"外"……?お兄ちゃん、それってなぁに?」
「!」
子供の言葉に驚いているのを横目に、人々は去っていきました。
「おいソラ、どうした?」
「今の子供達は、もう"外"があることさえ知らないんだ」
「そうだな。"外"と"世界"が別れてからもう随分経った。人はもう色を失い始めている……俺やお前の方が、異色なのかもな」
「"外"だなんて、随分懐かしい話をしているんだな」
ため息をついたところにそんな声がかかりました。声のした方を振り向くと、緑の瞳の男がいました。
「リク?」
「知り合い?」
驚きの声に問いかけましたが、男は不思議そうに首を傾げました。
「んん?オレ達はじめましてだと思うけど。どこかで会ったかな?」
「いや、いい。ソラ、お前が聞くべきなのはそんなことじゃないだろ」
男から視線を逸らした青色は『早くしろ』と急かしているようでした。
「僕達、"外"に出たいんです」
「……。へぇ、僕達、ねぇ」
細められた緑の瞳は、一瞬だけ確かに青色を捉えました。
「まぁいいさ。懐かしいことをいろいろ思い出したからね、いいことを教えてあげよう_________"外"への出方、とかね」
そう言った彼は、友達の家を教えるかの様に道順をすらすらと言っていきます。
「……こんなとこかな。アイツがいなくなってから、オレも"外"に出なくなった。だから、あの道がどうなっているか分からない。いい?どんな状況であっても、必ず同じ道を通るんだ。戻ってこれなくなるからね」
「わかりました」
「そうそう、これは君に渡すよ」
差し出された銀製のロケットはあちこち錆びついていましたが持ち主が大切にしていたことがうかがえます。
「これは……?」
「君が無事に旅を終えられるように、お守り。かつて世界中を回ったオレの親友のものだったんだ。きっと君を導いてくれる」
「貰えませんよ!そんな大切なもの!!」
「だってずっと預かってたのに取りに来なかったんだ。やっと返せるよ。なぁ、ウミ……」
「……人の物勝手に渡してんじゃねーよ、阿呆」
言葉とは裏腹に、その声はとても優しいものでした。
受け取ったロケットを胸に、南へ南へと進んでいきます。男のこと、ロケットのこと、訊ねたいことはたくさんありましたが、前を行く背中はそれを拒絶しているようで。結局何も問うことなく足を進めていきました。
『この先、南の果て』
そう書かれていた場所は、建物がならんでいるにも関わらず生きたものの気配を全く感じません。
「道のり、覚えてるな?」
「うん、大丈夫。始めに『真っ白な道』だけを通って」
「線の尽きるところで『赤い窓口』を足場に」
「『子供が駆ける砂浜』へ飛び込む」
応え合うように唄いあげて、息を合わせた2人が砂に足を着けた時、目の前にはただひたすらに青が広がっていました。
「これが、空?」
「ああ。そして海だ。ソラ、お前と“外”に来れてよかった」
そう言って笑った青年の姿は、あお色に溶けていくようでした。
「ウミ!?」
ぎょっとして彼の名を叫ぶ脳裏で、たくさんの言葉が浮かんでいました。
もしかして、あなたは。
「短い旅だったけど、楽しかった。ありがとな」
「まだ話したいことも聞きたいこともあるんだ。だから、いかないでよ、父さん...!」
「なんだ、気付いてたのか?...なんでお前は視えたんだろうな...居座りたくなっちまうぜ。けどもう、いかないとな
じゃあな、息子」
そうして、そこには1人だけが残されました。
彼が握るロケットの中には、“ソラ”と題された写真が入っていました。




