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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第六章 そして
41/41

◇5◇君ヲ想フ



 いきなり、頭の中で聞き覚えのある声がした。


《……ほう。今回は随分と、開けた場所にいるらしいな》

「あ、陛下……!」


 俺はぱっと目を上げた。

 いや、覚えがあるって言ってもそれは、そもそも佐竹と瓜二つなんだから当然か。

 俺は思わず辺りを見回してしまう。いや、そんなことをしても無駄なのは分かってるんだけどね。基本的に、あの王は俺たちに自分の姿を見せたりしないから。


《いつもの鳥小屋のような狭苦しいユウヤの部屋でないのは、こちらも気分が変わって助かるが》

「鳥ご……いや、あのですね……」

 そりゃ、あんたの住んでるあのでかい王城に比べたら、どんな家だって鳥小屋だろうよ。

 くつくつ笑いながらの皮肉げな物言いは、まったく佐竹に似ていない。でもこの人は、あの《黒き鎧》の中で佐竹と同等のものとして認められるぐらいに、姿といい声といい、本当にそっくりなんだ。ただし、髪だけは物凄く長いけど。

 あちらの世界の王国のひとつ、ノエリオールの国王、サーティーク。俺はこの人にも、あっちの世界で随分と世話になったんだよね。


 ちなみに俺たちは、この通信のとき、一応あちらの言語で話をする。

 本当はかの《鎧》には言語の翻訳機能まであるらしいんだけど、なんとなくそれには頼りたくないからだ。それに、べつに英語やなんかみたいにこっちで役に立つわけではないんだけど、せっかく覚えた他言語を忘れるのもなんとなくもったいないし。


《……ユウヤ。変わりはないか》

 ふとその王の声が優しくなって、隣に立っている佐竹の表情が複雑になったみたいだった。

「はい。体の方も、特に問題とかはないです。あの、この間、誕生日で。俺、十九歳になりました……」

《そうか。当然のことではあるが、お前たちの年がだんだん俺に近づいてくるのは、なかなか感慨深いものがある》

「あ、そっか。陛下の方はまだ、あれから一年もたってないんですもんね」

《ああ》


 そうなんだ。

 お忙しい両陛下は――あ、もう一人は俺の体を持っていらっしゃる、フロイタールの国王、ナイトさんなわけだけど――まさか俺たちと同じ頻度で遠方の《鎧》に出向くわけにも行かない。そもそも、馬や馬車を使って三日は掛かる道のりだしね。それで、あちらではこの連絡のために、こっちでの一年分をその一日だけでこなしておられるというわけだ。

 つまり、あちらは俺たちみたいに年はとっていない。今のサーティーク陛下は、あのときから一年ほどしか変わらない、二十五歳ぐらいだということだ。

 そこまで考えて、俺はとある人のことを思い出した。


「あのっ、ムネ……、小ムネユキ殿下は、お元気ですか?」

《……ああ》

 途端、陛下の声がさらに優しくなったみたいだった。

《お陰さまでな。相変わらず、子守りの女官をあれこれと困らせてはいるようだが》

「あ、そーなんスか……」

《先日はやっと、立って歩けるようになった。最近では、むやみに泣くようなことも少なくなってきたが、今度は目が離せんというわけだ》

「あ〜。ですよね〜……」

《甥っ子大好きの伯父バカ将軍どのが、甘やかし過ぎはせんかとひやひやしているところだな》

「うは……」


 俺は、ちょっと笑ってしまった。いや、幸せそうで何よりなんだけど。

 小ムネユキは、サーティーク陛下のお子さんだ。お母さんだった亡き王妃さまにそっくりのオレンジ色の髪をした男の子で、でも顔立ちやらなんかはお父さんである陛下に、つまり佐竹にもよく似ている。

 俺があっちに居る頃には、大泣きすると女官さんがつい俺のところに連れてきちゃって、よくあやして差し上げた。そしたらとうとう、俺が抱いてないとずーっと泣いちゃうベビーになっちゃって、ちょっと困ったなんてこともあった。

 ちなみに「伯父バカ将軍」っていうのは、その亡き王妃様のお兄さんの、ヴァイハルトさんのことだ。この人がまた、めちゃめちゃ正統派の二枚目だったりする。


(ああ。……でも、いいなあ)


 なんかこう言うとアレだけど。

 「愛が広がってる」、って感じがするよね。


《……どうかしたのか、ユウヤ》

「え」

 ふと、陛下の声音が怪訝なものになって、俺は目を上げた。隣で佐竹も、少し不審げな顔でこちらを見ている。

《少し、覇気がないように見えるが。何かあったか》

「い、いえ……。そんな。別に、なんにも――」

 言いかけたのを、陛下の声はあっさり無視した。

《せっかくそちらに戻っても、聞けば『シケン』『シケン』と日々追いまくられるばかりのようではないか。なにやらそちらは、色々とがんじがらめでつまらんな》

「え、いや……。そちらみたいに、日々、毎日の生活に追われているよりはよっぽどいいかと――。こうやって勉強させてもらえてるだけでも、十分幸せなことだと思ってますよ、俺は」

 目の前に居ないのをいいことに、俺もちょっとだけ反撃する。

 そうだよな。あっちの世界じゃ、俺ぐらいの年齢だったらもう結婚もして子どももいて、家族のために必死に働いてるなんて人はざらだった。医療だってずっと立ち遅れていて、ちょっとした病気や怪我であっというまに命を失う人もいた。

 ましてや、俺たちが行ったとき、あちらには戦争さえあったんだし。


 くはは、と佐竹とそっくりの声が、なんだか楽しそうに哄笑した。

《言うではないか。少しは成長したな、()()()殿()も》

 陛下はひとしきり笑って、それからすとんと真顔になったようだった。


《……まあ、無理はするな。そちらに居づらくなればいつでも、こちらにお前のための場所は空けてある》

「え、いや、あの……」

《いつなりと、もとの『算術講師ユウヤ殿』に戻ってもらって構わんからな》

 佐竹の顔が、途端にうんざりしたものになる。

「サーティーク公。何度も申しますが、どうかその儀は――」

《かりかりするな、兄上殿。だから冗談だと言っている。いずれにしても、こちらで《鎧》を破壊するまでの話だしな》


(まったくもう。陛下ってば……)


 せっかくあのカッコよくて色気のある顔に戻ったはずが、また意味深に口の端を歪めたのに決まってる。

 これはもう、どっちも俺にとっては「耳タコ」だ。

 いつも思うけど、これ、この王様の冗談だからね?

 佐竹、ちょっと気にしすぎだよ。俺が本気で、あっちに戻ったりするわけないじゃん。

 でも佐竹はこの話が出るたびに、いつも渋い顔で「あの王、けっこう本気だぞ」と俺をたしなめることに余念がない。

 ほんとかなあ。 

 だってこの人、あの時はちゃんと俺たちがもとの世界に戻れるように、実はすんごく尽力してくださったんだよ?


(……でも、そういえば)


 俺のことはともかく、佐竹のお母さん、馨子さんも、俺たちには内緒でこの王ととある約束をしているらしい。

 それが何なのかっていうことは、この王も馨子さんもいっさい言いはしないんだけど、でも俺、なんとなく分かる気がしている。

 馨子さんの愛する夫、つまり佐竹のお父さんである宗之さんは、俺と同じくある日突然、あちらの世界に連れ去られた。そして向こうでその命を終えてしまった。

 だから、こちらのお墓にはなにもない。宗之さんの亡骸は、ノエリオール王国の大きな陵墓に眠っているんだ。佐竹は一度、かの王に頼み込んで馨子さんとともにその陵墓に参らせてもらったことがあるらしい。


(……だから)


 だから、きっとそうなんだろうなと思う。

 馨子さんは、いずれこの世から去る日がきたら、あちらの世界で眠りたいって考えている。あちらに眠る、最愛の人のもとに行きたいと願っているに違いないんだ。

 だからこの王とも、密かに約束しているんじゃないのかな。

 その日がやってきたその時は、自分を迎えに来てもらえるように。


(どうするのかな……。佐竹は、その時)


 お父さんも、お母さんも、あっちの世界へ行ってしまったら。

 佐竹はこっちに、ひとりになっちゃうわけだから――


 気がつくと、俺はほんとに無意識に、隣を歩いていた佐竹の手を握っていた。

「…………」

 佐竹がちらりとこちらを見返す。

 そのまま、指を絡めた形にして、しっかり握りなおされた。

「……あ」

 俺は、自分の耳がまた、急に熱くなるのを覚えた。


 大胆だな、佐竹。陛下がまだ、俺たちを見ているはずなのに。

 って、先にそうしたのは俺だっけ。


《……お邪魔のようだな。それでは此度こたびは、このあたりで失敬しよう》


 笑みを含んだ静かな王の声がして、ふつりとその通信が途切れたのがわかった。

 あとはただ、元通りの夜の海が広がっているだけだ。

 砂浜を洗う波の音が、ざああ、と静かに聞こえるばかり。


 俺たちはまた、つないだ手をそのままに、ゆっくりと波打ち際を歩いた。

 前と同様、たまに車道を走り抜ける車からは、俺たちの姿は見えにくい。この暗さだ、もしも見えていたとしたって、男同士だとは分からないはずだった。


 と、佐竹が急に立ち止まって、つないだ手を引き、俺をぐいと引き寄せた。

 そのまま、ぎゅうっと抱きしめられる。


「わ、さ、佐竹……?」

「心配するな」

「……え」


 耳元で言われた言葉の、その真意が分からなくて訊きかえす。

 少しだけ体を離して、佐竹の顔をじっと見つめた。

 さやかな月明かりが、彼の頬に沈んだ影を落としている。

 いつもまっすぐなその瞳が、じっと俺のそれを覗き込むようにしていた。

 俺の頬に、佐竹の指先がかすかに触れる。


「お前のいる場所。……それが、俺のいる場所だ」

「…………」


 ああ、そうか。

 佐竹、やっぱり分かってたんだ。


「……そうなの」

「そうだ」


 あんまり言葉にしないことまで、わかられちゃうって恥ずかしい。

 俺、いつも、ほとんどろくなこと考えてないんだから。


 ……でも。

 これは、分かるかな。


 俺はひょいと両手をあげて、佐竹の頬を挟むようにした。

 そのままちょっとつま先立ちして、彼の顔に接近する。


 できるだけ、素早く。

 いつもこいつが、俺にやってくるみたいに。


 お互いの唇が触れた瞬間、俺はぱっと彼から離れた。

 きびすをかえし、そのまま駆け出す。

 文字通り、一目散に。


「……内藤――」


 呆気にとられたみたいな声が背後から聞こえたけれど。

 もちろん振り返ってなんかやらない。

 だってこんな真っ赤になった顔、

 見せられるわけないじゃんか。


 ただただ、夜の砂浜をまっすぐ走る。

 なんだかよくわからない、だけどたまらなく熱いものが、

 胸の奥からわきあがった。

 それがそのまま、俺のまぶたにも押し寄せてきて、

 やがて月の姿かたちにじませてゆく。



 ……だれかが、だれかをおもってる。


 俺は、もちろん、お前をだ。



 ……君を、想う。



 しずかに、想う。



 なかばで欠けたゆらめく月が、

 そんな俺たちを見下ろしていた。




                  完

 



2017.8.20~2017.9.28.Thurs.


これにて完結です。

お付き合いいただきまして、まことに有難うございました。

いつかまた、どこかで。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。ようやく読み終わりました。 『赤いロープウェイにのって』を拝読した時に、ほづって口数は少ないのに頼りになるところとか、佐竹くんに少し似てるなあ、と思ったのですが、内藤くんとしの…
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