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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第六章 そして
37/41

◇1◇打ち上げ



 そして、八月。


 篠原さんと柚木さんが言うところの「夏の戦場いくさば」とやらがあるんだとかで、二人は世界的にも有名だという、とあるイベントに「参戦」しに行った。

 俺と佐竹とのあの世界での顛末をもとにした彼女たちの「薄い本」――とか言いながら、実際にはかなり分厚いものになったみたいなんだけど――は、オリジナルストーリーであるにも関わらず、結構な売れ行きだったらしい。


 まあ篠原さん曰く、その本そのものは印刷会社に頼む時間的な余裕がなくて、二人で手作業で作ったコピー本だったらしい。だから最初からそんなに部数もなかったわけなんだけど、それでもあっという間に完売だったそうだ。

 俺はそういう本の相場とかなんとかはちっともわかんないけど、結構な()()()があったらしい。って、ほんとかよ。

 本人たちは「そんな大したことじゃないよ」って謙遜するけど、この子たち、実は意外とそっちの世界では名の知れた書き手さんらしかった。

 ともかくも、そのコピー本だけではまだ物語は完結はできなかったので、今後はこれをシリーズ化して、ちゃんと印刷会社に発注し、オフセット本として出してゆく予定なんだそうだ。

 なんかすでに、結構な予約も入っちゃってるんだとか。聞けば聞くほどすごい世界だよなあ。



 ま、それはそれとして。

 俺と佐竹は、今日、その「打ち上げ」と称するパーティに招かれることになり、今はなぜか二人で「ヲタクの街」にもほど近い、とあるマンションに伺っている。


「えっと……えっと。はじめまして。篠原さんの友達の、内藤といいます……」

「きゃーっ! いやーん! ほんと、ほんっとうにいい男――!」


 玄関先のインターフォンに挨拶をしかかった途端、「黄色い」と言うにはかなり不協和音の混ざりこんだ声がして、茅野くんによく似た重戦車みたいな女性がドアから飛び出してきた。

 いやもちろん、その人の言う「いい男」ってのは俺のことじゃないけどね。

 完全にびびって固まった俺の前に出て、その人との間にすいと体を入れるようにすると、当のそいつはしれっとした顔のまま彼女に向かって一礼した。


「……はじめてお目に掛かります。佐竹煌之と申します。本日はこのような場に、わざわざのお招きに預かりまして――」

 丁寧な挨拶は、だけど、その人の悲鳴みたいな声でかき消された。

「もう、いやん! そんな堅っ苦しいのはいいからいいから。さ、あがって? 遠慮なんてしっこなしよ? 内藤クンも! あらあ、あなたもほんと、シノちゃんの言ってた通り、可愛いわねえ。もう、ほんとお似合いだわあ」

 とかなんとか言いながら、女性の目は相変わらず佐竹の上に釘付けのようだった。

「ああッ、やだあ、もうほんっと目の保養! シノちゃんたちの見立てに間違いないわね。これで三十年は長生きできるう〜!」

「…………」


 すげえ。

 なんて言うか、うん、すげえ。

 なんかもう、馨子さんとは違う意味で色々圧倒されちゃうなあ。

 当の佐竹はと言うと、さすがのこいつも珍しく「恐れ入ります」さえ言わないで、とっくに半眼になっていた。




◇◇◇




 その人の住む部屋は、佐竹のところと負けず劣らずの広さと、品のあるしつらえになっていた。

 カーテンの色も家具の感じも、「いかにも大人の住処すみかです」って主張してるみたいに落ち着いていて、アースカラーで全体がまとめられている。

 広くて明るいリビングにはすでに例の三人がいて、銘々(めいめい)、好きな場所に位置を占めていた。


「あ、来たね、内藤くん、佐竹さん」

「こっち空いてるよ。二人で並ぶでしょ? どうぞ座って?」


 優しく笑って迎えてくれたのは、もちろん篠原さんと柚木さんだ。

 俺たちは勧められるまま、空いていた二人掛けのソファに腰を下ろして、みんなに挨拶をした。

 篠原さんは当然のように女の子の格好。今日はどっちかっていうと、かなり気合いを入れた感じ。つまり、「ゴスロリ」とか呼ばれる独特のスタイルだ。髪の毛もツインテールにしちゃって、少し幼くも見えるけど、それがほんとによく似合ってる。

 柚木さんもいつもどおり、ほんとすらっとしたアイドル顔負けの出で立ちだ。残る一人はもちろん茅野くん。彼は特に何も言わないで、ソファにふんぞり返るみたいにして座っている。

 気のせいかも知れないんだけど、無言のうちに佐竹と彼との間でほんの一瞬、冷ややかな視線だけのやりとりが行なわれたみたいだった。


 ああもう。

 もうちょっとなんとかなんないのかなあ、この人たち。

 ほんと言うと俺、篠原さんから「いつかダブルデートとかできたらいいね!」なんて目をきらきらさせて言われちゃってるんだけど、佐竹には怖くてどうも言い出せない。だってどう考えても、この二人が仲良くする図が思い描けないんだもんなあ。

 俺と篠原さんがいる間はいいだろうけど、何かのことでその場に二人だけになったらもう、そこにどんな空気が現出するか、想像しただけで怖くなる。そんなの絶対、凍りついてるに決まってるし。

 っていうか正直いって、せっかく佐竹に時間が取れる時に、なんでわざわざ二人きりになれないイベントを発生させなきゃなんないのか、よく分からないし。


「ちょっとアンタ。なーに偉そうに座ってんのよ。ホストの弟なんだから、ちょっとはそれらしくしなさいな」

 茅野くんに向かってそんなことをぽんぽん言っているこの大きな女性が、つまり彼のお兄さん――いや、お姉さんかな――の、省吾さん改め「美麗さん」だ。

「うるっせえよ。俺にこれ以上を求めんな。来ただけでよしとしろっつーの」

 もちろん、茅野くんだって負けてない。

 ちなみに、今日は美麗さんのお相手の方だという男性は、残念ながら大学の用事で不在なんだそうだ。本当はいらっしゃる予定だったんだけど、急に仕事が入っちゃったんだって。


 

 美麗さんと茅野くんとの顛末については、俺たちも篠原さんからある程度のことは聞かされている。

 この人たちにも、色んなことがあったわけだ。でも今は、こうして一緒のテーブルを囲んで楽しくしていられるようになったんだよね。まあ、ぱっと見、口げんかばっかりしてるようにしか見えないんだけど。


「ちょっとは気を利かしなさいよね。今日、内藤クンのお誕生日なんでしょ? 彼も主役の一人なんですからね。ささっとお飲み物ぐらいお注ぎしなきゃでしょうが!」

「はあ? っだよ、クソだりい――」

「あ、いやいや。どうぞ、お構いなく……」


 そうなんだよね。

 実は今日は、俺の十九歳の誕生日でもある。

 そのこともあって柚木さんたちは、ここに俺と佐竹を一緒に招待することにしてくれたんだ。週末なので、洋介は父さんと一緒に昼間は出かけることになっている。


「さあさあ。まずは、乾杯よね。みんなグラスは持った? よろしくて?」

 こういう席にはいかにも慣れてらっしゃる風で、美麗さんが手馴れた調子で明るくみんなを仕切ってくれている。

「それでは、このたびのゆのちゃんとシノちゃんのイベントの成功と、内藤くんの十九歳のお誕生日を祝って! かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 明るく唱和したのは予想通り、柚木さんと篠原さんぐらいだったけど、まあそんな感じでこのパーティは始まった。




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