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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第五章 遡行
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○7○真実



『あたしがああいう事になったのは、別にあんたが原因なわけじゃないのよ?』


 美麗さんの衝撃の台詞を聞いて、ぼくも、ほづも、呆然と美麗さんを見つめていた。


「……ま、とにかく。二人とも落ち着いてちょうだいな」

 美麗さんはそんなことを言いながら、誰より自分自身を落ち着かせるようにして、またひとくち、コーヒーに口をつけた。

 ぼくらはお互いの目を見交わして、少し頷き合うと、美麗さんを真似するようにして自分の飲み物を少し飲んだ。


「……じゃ、説明するから。ちゃんと聞いてね? 穂積」

 ほづが、黙って暗い目をして頷いた。


「あのね。あんたがあの時、家を出て行ってから少しして、あたしの携帯にメールが来たのよ。……ひとつ入ったら、もう、次から次へとね。分かるわよね? まあ、罵詈雑言っていうやつよね、そういうたぐいの。あたしの状態のこと、これまでは知らなかった奴にまで、その事実がどんどん回ってたみたいでさ」

「…………」


「あたしも、若くてまだバカだったのよ。それしきのこと、今なら『はあ? それがどうしたっていうのよ』って鼻で笑ってやれるんだけど。その時は、とってもそんな事はできなかったのね。だって、しょうがないでしょ。十代なんて、自分の世界はせいぜい自分の周囲、半径五メートルぐらいで構成されてるんだから。そこがダメになっちゃったら、『もう自分の人生、全部がダメになっちゃった〜』、『もう暗黒、真っ黒、生きていけな〜い』って、すぐに視野狭窄に陥って泣き喚くの。あるいは、ぜ〜んぶシャットアウトして閉じこもる。そういうもんじゃないのよ。違う?」


(……う。)


 あううう。これ、ものすごーく耳が痛いよ。

 めちゃくちゃ覚えがあるもん、ぼく。

 それで田舎の山に駆け込んで行っちゃって、みんなに迷惑かけた、まぎれもない前科もちだもんね。


 ひとは、匿名だと思ったとたんに酷い言葉を相手になげつけることを躊躇しなくなる生き物なんだ。

 もちろんそれは、みんなじゃないけど。

 でも、そういう人たちが居るっていうのは紛れもない事実で。


「死ね」とか、

「消えろ」とか、

「キモい」とか。


 それで目の前が真っ暗になって、どうしたらいいかもわかんなくなって。

 ぼくもあの時、暗い夜の山に向かって文字通り逃げ込んだ。

 もう、「どうでもいい」って、「ほっといてよ」って思って。

 ただただ、わき目もふらずに逃げた。

 あのときは、本気であのまま、この世から消えたいって思ってた……。



 ぼくの顔色を完璧に読み取ったみたいな顔で、美麗さんはさらに言った。

「みんな、世の中知らなさすぎなのよ。特にこの国の中にいたんじゃ、視野が狭くなるのもしょうがないのかもしれないけどね。世界中にはたーくさんの文化があって、セクシュアリティの考え方だって本当に色々あるのよ」

「こういう心と体をもってここに生まれて、こういう環境で育てられちゃってるからこそ、袋小路にも迷い込んじゃうわけだけど。ちゃんと周りが見えてれば、わざわざ自分で自分を粗末にする必要なんてないんだってこと、ちゃんと分かるはずなんだから」


「美麗さん……」

 ぼくはただただ、ぽかんとしてその人の顔を見つめていた。


「ホモセクシュアリティに関して言えば、それを忌避したり卑下したりする考え方には、いま世界を席捲せっけんしている宗教の影響が大きいとは思うわよ。けど、現実、歴史的に東洋でも西洋でも、各地で普通に容認されてきたことでもあるわ。その中には、『ホモセクシュアリティ』とはいいながら、きっとあたしや、シノちゃんみたいに生まれついた人たちの多くが含まれていたことでしょうよ。単に、それを言語化するだけの土壌がなかったというだけの話でね」

「日本についても、こんなの明治に入ってからのこと。そんなの、ごく最近じゃないの。そこまでは普通に、男性同士の恋愛が容認されてきたんだから。それをまあ、まるで鬼の首でも取ったみたいに『普通じゃない』って馬鹿にするこの風潮! こんなちっぽけな世界の中で『お前らはマイノリティだ、だから虐げて当然だ』って大きな顔して、そのくせ匿名だってんだからね。ちゃんちゃらおかしいわよ。そっちのほうがよっぽど下劣、かつ非文化的だっていうのよ。笑っちゃうわね」


 うわあ、うわあ。

 すっごい説得力だなあ。

 なんだかもう、大学の講義でも聞いてるみたいな気持ちになってきちゃった。

 その立派な体格のこともあるけど――あ、ごめんなさい――美麗さん、なんて堂々としてるんだろう。それに、言ってることは過激にも聞こえるけれど、この人はそれでも、きちんとした品格を失ってないところが凄いなって思った。

 ああ、でも、それもこれも、今はその彼氏さんと幸せにしていられて、彼に精神的に支えられていてこそなんだろうなあ。


「……ともかくね、穂積」

 やっと話がぼくらの上にもどってきて、美麗さんはなんとも言えない目の色をしてほづをじっと見つめた。

「そんなの、気にする必要なかったの。……あれは、あんたのせいじゃない」

 ほづがぐっと、僕の肩を握る手に力を入れたのが分かった。

「あんたは、何も気に病むことなんてなかった。むしろこれまで、ずっとそんな重荷を抱えてきたんだったら、あたし、あんたに謝らなくちゃならないぐらいよ。……あんたは、あたしに謝らなきゃなんないことなんて、なーんにもしてない」


 美麗さんは、まっすぐにほづを見ていた。

 ほんとに綺麗な笑みを浮かべて。


「……絶対に、してないわよ」


 それはいっそ、「爽やか」って言っていいような、

 本当に女神さまみたいな微笑みだった。


「…………」


 その瞬間。

 ぎゅっとほづが顔をしかめた。

 そして、口許を覆っていた手で目元を隠した。

 きりきりと、その奥歯が鳴った音が聞こえた気がした。


 ぼくは思わず立ち上がって、そのまま俯いたほづの頭を抱きしめるようにした。


(ほづ……ほづ)


 ぼくももう、零れ落ちるものを堪えるだけで必死だった。


 よかったね。

 よかったね。


 こんなところに、君の救いが落ちていて。



 かすかに震えているほづの肩を感じながら、ぼくはぼろぼろ涙を落として、しばらくはそのままじっとしていた。




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