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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第五章 遡行
35/41

○6○傷



「『あの時』……? え、なに?」

 美麗さんが、きょとんとした顔になった。


 ほづは驚いたみたいに、まじまじと自分のお兄さんの顔を見返した。ぼくもびっくりして、美麗さんを見つめていた。

 でも、美麗さんはただ戸惑ったみたいに、少し首を傾げて自分の弟を見つめているだけだった。


「……え、でも……美麗さん」

 ほづが絶句しているばかりなので、ぼくはとうとう自分から言った。

「あの、……あの、昔……ほづとの間にあったこと、覚えていらっしゃらない、とか……?」

 美麗さんが綺麗な眉をそっとひそめた。

「ごめんなさい。ちょっと本気で分からないんだけど。穂積に何かされちゃったとか、そんな記憶に心当たりがないのよね。一体なに? 穂積、ちゃんと説明してよ」

「いや……けどよ――」

 ほづはやっぱり、驚愕しているだけで次の言葉が見当たらないって感じだ。ぼくはほづと目を見交わしてから、また言った。

 周囲には前と同じように、ちらほらとお客さんもいる。だから、なるべく声を落としてこう訊いた。


「あの……。昔、『省吾さん』が救急車で病院に運ばれたってことが……あるんですよね? そのときの、ことなんですけど――」

「……ああ、ええ」

 美麗さんが、やっと合点がいったみたいな顔になる。そしてちょっと、遠い目をした。その右の手が、左の手首にはまった幅のある素敵なデザインのバングルをそっと撫でる。

 その下にあるもののことを、ほづも、ぼくも知っていた。

「そんなこともあったわねえ。あの時も、親や穂積に随分と迷惑掛けたわよね。その節はほんと、ばたばた振り回しちゃってごめんなさいね? ……って、あたしが謝るんなら分かるんだけど。なに? なんで穂積があたしに謝ってんの」

「…………」

 ほづはとうとう、片手で口許を覆って黙り込んでしまった。その瞳が、完全に困惑して下を向いてしまっている。

 ぼくも何て言ったらいいのかわからず、しばらく美麗さんとほづをかわるがわる見ているばかりで、続く言葉を見つけるのに苦労した。


 どういうこと?

 美麗さんは、そのことをちっとも覚えてないの?

 ほづがお兄さんに言っちゃったこと。

 それでお兄さんがあんな事になってしまって、ずっと、ずうっと心の傷みたいにして抱えてきたこと、この人はなんとも思っていなかったってことなんだろうか……?


「……なに? どうしたのよ、あなたたち。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれなきゃ、わかんないわよ」

 美麗さんもとうとう、困ったみたいに苦笑した。

 ぼくはもう、鳩尾のあたりがきゅうっと締め付けられるみたいになってほづを見た。

 ほづは、だけど、やっぱり唇を噛み締めるみたいにして下を見ているだけだった。


 ぼくは一度、ごくんと唾を飲み込んだ。

 これはもう、ぼくが言うしかないみたい。

 ここは覚悟を決めなきゃならないようだった。


「あの……。あの、ですね――」

 ああ、声が震えちゃう。

「ほづ、ずうっとずうっと……後悔してて。その時、子供だったとは言え、思わずお兄さんにひどいこと言っちゃって……それで、お兄さんがああいうことになっちゃったって――」

 ぼくの肩を掴んでる、ほづの手が僅かに震えてる。ぼくはそれをさらにしっかり上から握った。


(……ほづ。大丈夫だよ)


 だから、言うね?


「お兄さんが、ああいう格好をなさってるのを初めて見て……それでほづ、つい、そんなことを言っちゃって」

「……ああ!」

 そこでやっと、美麗さんはぱっと目を大きく見開いた。

「やだ! ……ああ、やだ! いやだわ、穂積! そんなこと気にしてたの?」

「え、いや、あの……」


 「そんなこと」って。

 それを何年も何年も心に沈めて、ひどい傷として抱えてきたほづに、それはないんじゃないの、美麗さん。


 そう思って、つい相手を強い視線で睨んじゃったら、美麗さんはさらに困った笑顔になった。

「あ、……あらあら。ごめんなさい。そんな怖い顔しないで? シノちゃん」

「あ、いえ……。ごめんなさい」

 ぼくは慌てて目をそらした。

「悪気はなかったの。ごめんなさいね? ……そうだったのね。あのあと、ずっと穂積、あたしに口もきいてくれなくて。てっきり、みんなに迷惑かけたあたしに腹を立ててるんだって思って、あたしの方からももう、わざわざ顔を見ようとはしなかったんだけど。……自分自身、その時はそんなに周りに気が回るような状態でもなかったし。……ただただ、そっとしておいて欲しくって」

 美麗さんの瞳は、また過去へと舞い戻っているみたいに、少し遠くを見るようだった。

 けど、やがてそれはまた、ほづの上へと戻ってきた。


「でもそれ、すっごく勘違いしてるから。穂積」

「え……?」

 ほづがやっと、顔を少し上げた。

「ほんと、勘違いもいいとこよ。……あんた、あの時あたしの部屋にやってきて、あたしのあの格好を見て、そのまんま家から飛び出してったわよね? 確かにそのとき、何か言ったみたいだったけど――でも、あのあとあたしがああいう事になったのは、別にあんたが原因なわけじゃないのよ?」

「…………」


 衝撃だった。

 ぼくも、ほづも、何にも言えないで、多分まったくおんなじ目をして、呆然と美麗さんを見つめていた。



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