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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第五章 遡行
34/41

○5○詫び



 ほづの前に彼のコーヒーが運ばれてきてから、ぼくは約束どおり、今のほづと、ほづのご両親のことを美麗さんに話した。

 隣にほづ自身がいるので、よっぽど「自分で話したらいいのに」って思ったんだけど、ほづは頑として口を開こうとしなかったんだ。


 ご両親の話になると、さすがの美麗さんも懐かしそうな、心のどこかを傷めた人の表情かおになった。


「……そう。色々迷惑ばっかり掛けちゃったけど、今は二人とも元気にしてるのね。……良かったわ」

 ほづがなんにも言わないので、ぼくは仕方なくそこに付け加えなくてはならなかった。

「えっと、あれから美麗さんに言われた通り、ご両親にもほづが連絡してくれたので。美麗さんがお元気で、今はパートナーの人と幸せに暮らしているみたいだってこと」

「……そ」

 綺麗に手入れされた眉をややせつなげに寄せた美麗さんは、それでも嬉しそうに微笑んだみたいだった。

 そこで初めて、ここまでむっつりと口を引き結んだままだったほづが言った。

「……会ってやんねえのかよ。親父と、お袋によ」

「バカ言ってんじゃないわよ」

 美麗さんは自嘲ぎみに、でも静かな声でそう言った。

「いまさら、こんな姿になった()()()()が現れたって、あっちだって困るだけでしょうよ。言ったでしょ? あんたから『無事に生きてる』って伝えてくれるだけでいいって」

「…………」

 そう言われちゃったら、ほづはもう黙るしかない様子だった。機嫌の悪そうな横顔が、いつにも増して鋭くなったみたいに見えた。


(……でも。)


 そうかなあ。

 本当に、そうかなあ。

 ほづのお父さんとお母さん、美麗さんに会いたくないなんて本当に思っているんだろうか。


(……ううん。そんな筈ないよ。)


 もし、ぼくが美麗さんみたいなことになっていたとして、ぼくのパパとママがそんな風に思うようになるとは、どうしてもぼくには思えなかった。

 ……それに。


「あ、……あの」

 ぼくはスカートをぎゅっと膝のところで握り締めて、震える声でやっと言った。

 ほづと美麗さんが、申し合わせたようにぼくを見る。

「あ……の。ぼ、ぼくが言うことでも……ないんですけど」

 正直、「だったら黙ってなさいよ」なんてすかさず言われちゃうかと思ってびくびくしていたんだけれど、意外にも美麗さんは何も言わないで、じっとぼくを見つめているだけだった。

 ぼくは一度、隣のほづの目を見返した。

 心臓はまた緊張の度合いを引き上げて、ばくばく音を立てはじめていたけれど、ほづの目の中にはちゃんと、ぼくが聞きたいと思っていることの答えがあるような気がした。それがちゃんと、ぼくの後押しをしてくれるような気が。

 だからぼくは、改めて美麗さんをちゃんと見た。


「えっと……。ぼくとほづが、『お付き合いしています』ってお母さんに言ったとき――」

「え? 言ったの? あんたたち」

 美麗さんはそこはすかさず突っ込んできて、ぼくをと言うよりはほづのほうを、驚いた目で見返した。ほづは黙って、ひとつ頷き返した。

「……あらあら。まあまあ……」

 美麗さんはこの間とは違う色のマニキュアをした指先で、軽く口許を覆うようにした。

 ぼくはもう一度、自分を奮い立たせた。

「あの、……それで。その時、お母さんに言われたんです。ほづがもし、今後どんな『普通』じゃないことを家に持って帰ってきたとしても、自分たちは二度とそれを拒絶なんかしないんだ、って。今度こそ絶対に、『ああ、そうなの』って笑って受け入れて見せるんだ、って。お兄さんのことがあってから、ずっとそう思って生きてきたのよ、って――」

 あの時のことを思い出すと、ぼくの声はどうしたって震えてしまった。

 美麗さんは驚きのいっぱいに溢れた目をして、じっとぼくらを見つめている。

「そのことがあったときに起こったいろんなこと、お父さんも、お母さんも、ずっと考えて……本当に、いっぱい考えて来られたんだと……思います。だからほづの時には二度と失敗しないんだって。……だから、ぼくのことも……『ああ、そうなの』って、意地でも受け入れて見せるんだって、そう……おっしゃってくださって」

「…………」


 美麗さんは、本格的に言葉を失ったみたいになった。

 そこだけがまるで時間が止まってしまったかのように、かちんと凍りついていた。

 

 かちこちと、壁の古時計が時を刻む音だけがする。

 ぼくらはしばらく、そのまま黙り込んでいた。


「……っていうか、あんたたち――」

 ちょっと掠れた声でその沈黙を破ったのは、美麗さんだった。

 落ち着いた色のルージュを引いた唇が、少し震えているようだった。

「まさかとは……思うけど。もしかして、お互いの両親公認で……付き合ってるとか?」

「それが?」

 ぶっきらぼうに答えたのは、ほづだった。

 美麗さんがまた、言葉を失ったようだった。


 と、ほづの手がふとぼくの肩に回ってきて、軽く抱き寄せられたのを感じた。

「俺、どっちみち、こそこそするなんて性に合わねえし。んな事したって、どうせあのお袋の目は誤魔化せねえっつーのはわかってたし。だから、いずれちゃんと話はするつもりだった。……確かに、最初のお袋の反応にはびっくりしたが、今はもう、それで良かったと思ってんよ」

「あのっ。でも、それも――」

 ぼくは多分、無意識に、自分の肩に乗っているほづの手を握っていた。


「それも結局、美麗さんのお陰だったと思ってます。昔の美麗さんのことがあったからこそ、お母さんも、お父さんも、長い時間を掛けて、いっぱい悩んで、やっとそういう風に考えてくださるようになったんだって。……だからこれも、やっぱりぼく、お兄さんにお礼を言わなくちゃって……思ってたんです……」

「…………」

 美麗さんはなんとも言えない目をして、やっぱりしばらく黙ってぼくたちを見つめていた。

 そうしてやがて、くしゃっとその表情を一瞬だけ歪めたようだった。

「……バカね。あたしはただ、親にいろいろ、迷惑掛けまくっただけのことじゃないの」

 少し色素の薄いように見える美麗さんの瞳は、いま、ゆらゆらと何かの場面を映し出しているかのように虚ろに見えた。

 美麗さんの目に、その心に去来しているのがどんな場面なのか、それはぼくには分からなかった。でもそれが、彼女の心を切り裂くような、いまだに辛い思い出の数々なんだろうということは、容易に想像することができた。


 と、ぼくの肩を抱いているほづの手に、さらに力が籠もったようだった。

「あの……。あのよ」

 ほづの声が、微妙に掠れた不協和音を奏でている。

「あの……時よ――」


 過去に飛んでいっていた美麗さんの目が、ふと現実に戻ってきて、目の前の大きくなった弟に焦点を合わせたのが分かった。


「……悪かった……よ。俺……あんとき」


 ほづの手が、かすかに震えている。

 ぼくは思わず、その手をしっかり上から握りなおした。


 ぼくには分かった。

 それはほづが、子供の頃に起こってしまったあの事件からずうっと、心の傷として引きずってきた、あのことを詫びるための言葉なんだって。

 だけど。


「『あの時』……? え、なに?」


 美麗さんが、きょとんとした顔になった。



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