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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第一章 彼と彼女と
3/41

○2○内藤くん


 

(内藤、祐哉ゆうやくん……か)


 大学を出て、駅まで向かう道すがら。

 三限目の終わりに声を掛けてきてくれた彼と歩きながら、ぼくは自己紹介されたその名前を頭の中で反芻していた。

 なんだか、苗字も名前もやわらかくて優しそう。なんとなく、彼のイメージにぴったりだな。そっと目をやった横顔も見るからに優しそうで、押しの強さなんて微塵も感じられなくて。そう、ほんとに「いいお兄ちゃん」っていう感じ。

 顔立ちはそんなに目立つような雰囲気じゃないけど、決して品のないものじゃない。

 派手じゃないんだけど、なんて言うか……そう、ひと目で相手を安心させられるような、不思議なオーラをもった人。

 うん、ちょうど、可愛いわんこを見た時みたいな感じかな。

 って、これ地味に失礼だよね。

 さっきだってきっと、彼はぼくに興味本位で近づいたんじゃないはずだった。あれは多分ほんとうに、困っているぼくを見かねて声を掛けてきてくれたのに違いなかった。


 実はぼくは、名前こそちゃんとは知らなかったけど、あの講義に彼が出席していることはずっと前から知っていた。

 今日は水曜日で、ぼくが女の子の格好をして大学へ行くことにしている日。

 語学や体育の授業のある日は、一応クラスで同じ教室に集められてしまうから、ほかの講義の時よりもはるかに名前と顔が一致しやすくなってしまう。ぼくの名前じゃ、とてもじゃないけど「女の子です」って堂々と自己紹介することはできないから。

 ああほんと、「かおる」とか「ひかる」とか「まこと」とか、そんな風な名前だったら良かったのにな。


 本当はぼくだって、そういう色んなリスクのこともあって、高校までそうしていたみたいにここでもずっと、男子の格好で過ごすことを考えなかったわけじゃなかった。

 でも、せっかく遠くの大学を選んで入学もできて、ぼくのことを知らない人ばかりの環境になれたのに、やっぱりそれじゃあ意味がない。それに、なにより周りの女の子たちが格段に綺麗になったのを目の当たりにして、我慢できなくなっちゃった。

 もちろん全員ってわけじゃないけど、うるさい校則から自由になり、アルバイトも始めて余裕のできたこともあって、彼女たちはそれまで我慢していたおしゃれをいま、存分に楽しんでいるみたいに見える。まさに、青春を謳歌してる、って感じ。みんなお化粧も上手になって、流行はやりの洋服やアクセに身を包み、ネイルなんかも楽しんでさ。


 きらきら、きらきら。

 見ているだけでまぶしいぐらい。

 

 ……なのに、ぼくはそれを指を咥えて見ていなきゃならないなんて。

 せっかく大学生になったのに、それじゃ今までとなんにも変わらないじゃないか。

 そんなのやっぱり、耐えられなかった。


 だからぼくは、水曜日、語学も体育もなくて男の姿のぼくのことを知っている人に出会いにくいこの日だけ、女の子の格好をして大学に来る。

 ぼくが本当にしたかった格好で、やっと堂々と外を歩けるようになったんだ。

 裾にレースのあしらわれた、ふわふわのスカート。男だったら絶対に履かないような、リボンのついた可愛いパンプス。ラメの入ったバッグにフリンジ袖のカットソー。ほづにもらった、ハート形のネックレス。濃くなりすぎないように気をつけて、うっすらとだけどお化粧もした。

 玄関先にある大きな鏡の中のぼくは、高校までのぼくとは比べ物にならないぐらいに輝いて見えた。

 どきどきしながら、でもやっぱり、その嬉しさは格別だった。

 ぼくは鏡の前で一回転して、別人みたいになったぼくににっこり笑った。

 あまり人と親しくなり過ぎないようにするために、サークルにはいっさい入らなかったから、友達らしい友達もいないけど。どっちを選ぶかって考えたら、ぼくはやっぱりこっちを取りたかったんだ。


 でも、やっぱりそれでも、まったく問題がないわけじゃなかった。

 水曜日、女の子の格好をした日はいつも、なんだか知らないけれどキャンパスのどこにいても、まわりじゅうから変な視線を浴びてしまう。気づかないふりはしているけれど、そんなの、わざわざそっちを見なくたって背中にびしびし突き立ってくるんだもの。分からないわけがない。

 それはなぜか、男子学生だけじゃなくて、女の子たちからまで飛んでくる。

 それもちょっと、あんまり想像したくないような怖い意味をもった視線としてだ。

 はっきり言ってしまえば、多分それは、ぼくのあらを探す視線。

 ウィッグの長い髪も、ワンピースのデザインも。

 可愛いけれど、ごくチープなアクセサリーとか、子どもっぽい色のネイルとか。

 ぼくがどきどきして、「おかしくないかな、変じゃないかな」って気にしていることの全部を、その視線がすぐに暴いてしまうんじゃないかって。


(……どうしてかな。やっぱりぼく、どっか変なのかな――)


 なるべく考えないようにしているんだけど、やっぱりどうしてもそんな思いが頭の中でぐるぐるしちゃって、とうとう気分が悪くなり、初めのころは四限目まで講義を受けられずに帰ってしまったことさえあるぐらいだ。

 でも、いつもそんな風で、ほかの学生からじろじろ見られるのに疲れているぼくにとって、内藤くんの視線は決していやなものじゃなかった。なぜなのかは分からないけど、彼は素直に、ただぼくを心配しているように見えたから。



「……あの。内藤くんも、こっちなんですか? 帰り道」

 おそるおそるそう訊いてみると、ぼくの歩く早さにあわせて隣をゆっくりと歩いていた内藤くんは、にっこり笑って僕を見下ろした。

「え? ああ、うん。あの駅からだと、三つ向こうかな。結構近いでしょ?」

 前方に見えてきた、大学の最寄り駅を目で示しながら彼が言う。

「あ、そうなんですか……」


 彼はぼくの彼氏ほどじゃないけど、それでもぼくよりは背が高い。ちょうど、友達のゆのぽんぐらいかな。って言っても、ゆのぽんは女の子なんだけどね。まあ、見た目は男の子みたいなんだけど。しかも、かなり美形のね。

 内藤くんは、今日はペールグリーンのパーカーに、デニムとスニーカーっていう、ごく普通のいでたちだ。今日は、っていうか、まあいつもそういう目立たない感じ。


 彼はちょっと、照れたみたいに鼻の頭を掻いた。

「自宅生なの、俺。まだ小学生の弟もいるし、近い大学えらんで受けて。俺の学力でもなんとか入れるとこが近くにあって、ほんと良かったよ〜」

 ごく暢気のんきな笑顔。下心があるようには全然見えない。

 でもまあ、それでも用心は怠らないけど。

「篠原さんは、下宿? ……って、ああ、ゴメン。女の子にそんなこと訊いちゃダメだよな」

 完全に天然のふりをして、敢えてやってる誘導尋問に聞こえなくもないけれど、どうやらそういうのでもないみたい。内藤くん、ほんとに天然そうだもんなあ。

「うん。ゴメンね? 今日の今日で、そういうことはお返事できなくて」

 それこそ、怖い「カレシ」に叱られちゃうよ。

「あ、いいんだよ、勿論!」


 慌ててまた手を振る仕草がなんだかかわいい。

 それでつい、ぼくは彼にもっとプライベートなことを訊きたくなってしまった。


「……あの、本当なんですか?」

「え、なにが?」

「だから、さっきの。『俺も付き合ってる人がいる』っていう――」

 そしたら途端に、内藤くんがふわっと笑った。


 あ、笑ったらもっと可愛くなったなあ。

 ほんと、優しそう。


「ああ。……ほんとだよ」

 へえ。それって――

「意外だった?」

「え、いえ。……そういうわけじゃ」

 ずばりと内心を言い当てられて、ぼくは思わずどきりとした。

 この人、案外、鋭いのかも。

「ごめんなさい……」

「いや、いいんだよ。本当のことだから。俺だって自分でも、まだ今の状態が信じられない感じだし――」


 いやいや、前言撤回。

 頭なんか掻いて、やっぱりただの天然かな。


「あの大学に入れたのだって、はっきり言ってそいつのお陰だし。もうめちゃくちゃ、勉強で世話になってさ。でなきゃ俺なんか、今ごろ浪人してたかもってぐらいひっどい成績で――」

「あ! わかる! 実はぼくもそうなんだ……!」


 言いかけて、はっとぼくは口をつぐんだ。

 思わず出てしまった一人称。

 そう、ぼくは普段でも、自分のことを「ぼく」と言う。

 案の定、内藤くんが目を丸くした。


「え? 『ぼく』……??」

「あ、いや……。えーっと……」


 ぼくはどぎまぎして、俯いた。

 どうしよう。ばれちゃったかも。

 ところが内藤くんは、また困ったみたいに笑って手を振った。


「あ! ごめんごめん。ちょっと意外だったから。でも、いるもんね? 女の子でも自分のこと『ぼく』って言う人。そっかあ、篠原さんはそういう感じの人なんだ」

 その笑顔には、やっぱり少しの曇りもなかった。

「俺、別に気にしないから。『ぼく』って使ってね、気にせずに」

「あ、うん……」


(……ああ。やっぱりこの人、いい人なんだ)


 ふわっとしてて、押し付けがましいところが全然なくて。ほんと優しい。

 そして何より、わんこっぽい。

 いいなあ。この人の彼女さん、きっと幸せなんだろうな。

 ぼくはほっとして、ちょっとだけ内藤くんに笑って見せた。


「ありがとう……」

「お礼を言われるようなことじゃないけど。……でも、うん。どういたしまして」

 

 だけど。

 そのときのぼくは、まだ分かっていなかった。

 彼の恋人っていう人が、実は「彼女さん」じゃないんだっていう、その事実を。



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