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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第四章 かの人と
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○1○交差点

※ここからしばらく、しのりん視点が続きます。



「あ〜、楽しかった。つきあってくれてほんとありがとね、ほづ……!」


 「行ってらっしゃいませ、お嬢様」の言葉をもらい、執事カフェを後にして、ぼくは多分、満面の笑みを浮かべてほづを見上げた。

 ほづはと言えば、その店の中にいるときからすでに、ずっとうんざりしたような半眼だった。

 うん、しょうがないよね。ほづとは完全に住む世界の違う空間だったんだもんね。

 プロである「執事さん」たちは、そんな「ご主人様」の虫の居所にはとても敏感でいらっしゃって、仏頂面のままのほづに無用な声掛けなんかは決してしてこなかった。さすがは気配りのプロと呼ばれる方々だ。


「……おお。ま、お前が楽しかったんなら、なんでもいいわ」


 頭なんか掻きながらぶっきらぼうにそんな事は言ってるけれど、本気で機嫌の悪くなったほづがこんなもんじゃないことを、ぼくはよーく知っている。

 ほづが本当はとっても優しい人だってこと、ぼくだけはちゃんと分かっているもの。

 ごめんね、ほづ。ありがとう。


 そう思ったら、ぼくは本当に自然に、横からほづの腕に手を回していた。そのまま両手で自分の胸に抱きしめるみたいにして、肩に頭をもたれさせる。

「……本当にありがとう。ほづ……」

 ほづは反対側の手に、ぼくの分の荷物まで持ってくれている。それを一旦こちらの手に持ち替えて、ぼくの頭をぽすぽす叩いた。

「……ん。良かったな」

「うん。……えへへ」

 にやけてくる頬をもうどうしようもなくて、ぼくは猫がするみたいにして彼の二の腕に顔をすりすりした。


 いま、僕らは大きな交差点に流れる人の波の中ほどにいる。

 ほんと、週末っていうこともあるんだろうけど人が多い。周囲に立ち並ぶビルの上から見たら、人がごうごうと流れる大河の水みたいに見えるんだろうな。


「次は、ほづの行きたいところに行こう? ね、どこがいい……?」

 そう言いながら、ぼくが次の目的地を確認しようとスマホを出したときだった。

 いきなり、ほづの足がぴたりと止まった。

 どうしたのかと思って見上げると、ほづの顔が見たこともないほどに強張っていて、ぼくは胸を衝かれたようになった。

 ほづの目が、信じられないものを見た人のものになっている。


 そして。

「……にき」

 ごく低くて、小さな声。

「……え? なに……?」

 ほづが何を呟いたのか、その時のぼくには分からなかった。


 次の瞬間、ほづはぼくから腕を離し、持っていた荷物をぼくの胸元に強引に押し付けた。

わりい! ちょっと、持っててくれ!」

 そう言うなり、いきなりダッシュをかけて人混みの中へと駆け込んでいく。ほづに突き飛ばされかかった女性が、きゃっと声をあげた。

「ちょ、ほづ……!? 待ってよ……!」

 ぼくも追いかけようとしたけれど、荷物は重いしちょっとヒールのある靴も履いてるし、現役サッカー野郎のトップスピードになんて到底追いつけるわけがない。あっという間にほづの背中を見失って、呆然とそこに立ち尽くした。

 

 周囲の人たちは、その一瞬だけ「なんだなんだ」というような目でぼくらを見たみたいだったけど、すぐに関心を失ったように視線をそらした。あとはもう、完全に無関心な様子で歩き去るだけだ。

 さっき声を上げた女性がぼくをきつい目で睨んでいるし、後ろから来た男性はあからさまに「さっさと歩け、邪魔なんだよ」的な迷惑顔。中には「ふん、痴話喧嘩かよ。つまんねえ」みたいな、あからさまに鬱陶しいものを見るような目の人もいる。

 ぼくはいたたまれなくなって、荷物を胸に抱くようにしながら小走りに横断歩道を渡りきり、道の端に寄ってほづのスマホに電話を掛けた。


 でも、思った通り、ほづは電話には出なかった。




○○○




 人混みに呑まれるようにして見えなくなったほづを探して、僕はしばらく、そのあたりをうろうろと歩き回った。

 でも、荷物は重いしそんなに動き回れるような服装でもないしで、早々に諦めた。そうして、スマホで近くの広場を探し、そこの植え込みの縁石に腰掛けて、ほづに何度か電話やメールを入れてみた。

 だけどまったく、なしつぶて

 別に子どもじゃないんだし、ひとりで帰れないこともない。だからそんなに不安にはならずに済んだけれど、問題は、そうやってると次々に知らない男の人に声を掛けられてしまうことだった。


「どうしたの? ひとり?」

「可愛いね。ここで何してるの? 道にでも迷った?」

「待ち合わせ? 一緒にこれから遊ばない?」


 そんな、なんだか最初からまるで友達みたいな馴れ馴れしい言葉がつぎつぎに降ってくる。

 ぼくはそれにいちいち断りを言うのにも次第に疲れてきた。中には強引に腕を掴んで連れて行きそうにするような人もいるし。

 なんだかだんだん怖くなってきた。

 ほづにはいつも「とにかく街なかでは油断するな」って言われてる。「男はどんなジジイでもガキでもダメだ。場合によっちゃ女だと思っても安心できねえぞ」なんて言うもんだから、余計に怖い想像をしてしまう。

 「都会って怖いよう」って、つい思ったりするんだけど、よく考えたらぼくらだって別に田舎の出身ってわけでもないのになあ。


(ほづ……やだよ。どこに行ったの……?)


 どんどん心細くなってきて、泣きたい気持ちで荷物を胸に抱きしめるみたいにして座っていたら、遂にスマホに電話が入った。


わりい、シノ。大丈夫か?』

 ほづの声は、なんだか別人のものみたいに掠れていた。


 ぼくの心臓がどくりと跳ねた。

 こんなほづの声、ぼく、初めて聞いたかも。

 ぼくは思わず立ち上がった。

「うん……。あの、ほづこそ、大丈夫……?」

 それに対する答えはなかった。

 ほづはただ、今いる場所を教えてくれて、「悪いんだがよ。自分で来てくんねえか。今は手が離せねえ」とだけ言って、電話を切った。


 切れてしまったスマホを見つめて、ぼくはしばらく呆然としていた。

 ひどい胸騒ぎがした。


 なんだろう。

 一体、何があったんだよ。

 ほづ、本当に大丈夫なの……?


 頭の中が大嵐になっているそのときに、最悪のタイミングでまた寄ってくる男の影があった。

「ねえねえ、彼女、ヒマしてるう?」

 いかにも軽そうな茶髪にピアスのその男を、ぼくはいつになくきつい視線で睨み返した。

「……ごめんなさい。急いでるの」

 そうして、ちょっと面食らったらしい相手に呼び止める隙も与えないまま、ぱっとそこから駆け出した。



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