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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第三章 遭遇
22/41

◇5◇桜並木  


 

 翌朝。

 俺は篠原さんと約束をして、駅の改札のところで待ち合わせをした。昨日、料理をしている間に話をして、二人とも一限目から授業がある日にはこうすることになったんだ。

 実は篠原さん、女の子の格好のときには勿論なんだけど、男の子の格好をしている時でさえ、電車の中で怖い目に遭ったことがあるんだそうだ。


「申し訳ないんだけど、内藤くん。もし無理じゃなかったら、一緒に大学行ってもらえませんか……?」

 そう言ったときの篠原さんはもう、とてもとても申し訳なさそうだった。佐竹の大きなエプロンをつけて小さくなっている篠原さんに、俺は思わず大声を出してしまった。

「なに言ってるの! いいに決まってるじゃない!」

 そんなの、当たり前だ。俺は一も二もなくOKした。


 あ、一応、佐竹やあの茅野くんにも報告はしたけどね。

 なんだか知らないけど、二人ともそれを聞いて明らかに声が不機嫌そうになった。

 けど、それでも異口同音に

「まあ、仕方がなかろう」

「ま、しょうがねえわな」

 ってしぶしぶ了承してくれた。

 なんか、どっかが似てるんだよなあ、あの二人。なんとなくおかしな感じ。こういう状況でさえなかったら、結構話も合いそうに思うのに、それって無理なのかなあ。なんだか勿体ないような気がするんだけど。


 今日は男の子の格好をしている篠原さんは、嬉しそうに軽い足取りで俺の隣を歩いている。普段はシャツにデニムにスニーカーっていう、本当に普通の男子の格好だ。今日のシャツはボタンダウンで、グレー系のギンガムチェック。

 さすがにアクセなんかはしてないけど、男の格好でもさりげなくお洒落に見えるところは、俺とはだいぶ違うなと思う。

 さらにその顔立ちの可愛さと華奢な体つき。男の格好にも関わらず、周囲の目をひいているのはさすがだと思う。俺じゃこうはいかないもんなあ。髪なんかも少し茶系のさらさらつやつやで、「いま、少し伸ばしてるんだよね」って本人が言う通り、もう首筋あたりまで伸びている。

 女の子でもなかなか、ここまで綺麗な髪はしてないよ。

 そりゃ、変な男も寄ってくるってもんだよなあ。茅野くん、大変だなあ。


「ねえねえ、内藤くん」

「ん?」

 大学の最寄り駅で降りたところで、篠原さんが俺を見上げた。

「大したことじゃないんだけどね? あの、佐竹さんちの割烹着って、どうしてあったんだと思う?」

「あー、あれね」


 あのあと、佐竹が俺を自宅の方まで送るみたいな形になったわけだけど、俺も気になったんで、その時に訊いてみたんだよね。

 そうしたらもう、佐竹の顔の嫌そうなことったらなかった。

「分からんのか。……あの女の嫌がらせだ」

 いや、あのね。一応自分のお母さんなんだから、「あの女」呼ばわりはやめようってば。

 要するに、あれは馨子さんがわざわざ佐竹のためにと購入したものなんだそうだ。

「あらやだあきちゃん。あきちゃんは洋装より、圧倒的に和装の似合う人でしょう? 和装のエプロンと言えば割烹着! これで決まりよ」

 とか、得々としておっしゃったらしい。

 さすが馨子さん、つわものだ……。


 篠原さんがそれを聞いて、「ああ、なるほど!」と納得した。

「そっかあ。でもでも、佐竹さんだったら昔の料理人みたいに、紺の和服に腰だけの前掛けとたすきがけとか、めちゃくちゃ似合いそうじゃない?」

「ああ! だね!」

 俺はぽんと手を叩く。

 叩いてしまってから、「なんだこの会話」とふと思う。

 なんかこれ、佐竹のファンクラブみたいだよなあ。


「そう言う篠原さん、茅野くんの服なんかはどうなの? 選んであげたりする? プレゼントとかしたりするの?」

「あ〜。いや、ほづはね……」


 篠原さん曰く、茅野くんはあまり身の回りのことには頓着しない人らしい。今は一応一人暮らしをしているわけだけど、サッカー部のほうが忙しいこともあって家事も本当に適当なんだとか。掃除なんかもほとんどしないでほったらかし。

「基本、『掃除しなくたって死なねえ死なねえ』って、なんでもそんな感じなもんだから……。しまいにはもう『いやこれ、死ぬよ!』ってぼくが叫ぶレベルになっちゃって。時々行って、慣れないぼくがお掃除してあげることも多いんだよね」

「あ〜、なんか、わかるなあ」

 うん、「これぞ男の一人暮らし!」っていう感じなんだろうなあ。なんだか目に浮かぶよ。

「そうかあ。大変だね。掃除だったら、俺もきっと何か教えてあげられるよ? 最近は便利なお掃除グッズも多いし。別にそういうの買わなくても、身の回りのもんで楽に掃除できる工夫もいろいろあるし」

とは言えそれも、結局はあの「スーパー主婦」佐竹直伝の技だったりするんだけどね。

 俺の言葉を聞いて、篠原さんの目がぱっと輝いた。

「ほんと? あのあのっ、お料理だけじゃなく、良かったらそちらの師匠にもなってくれない? 内藤くん……!」

「あ、うん……。俺なんかでも良かったら」

「わあっ、やった! ありがとう、内藤くん!」

 なんか最近、篠原さんの友達っていうよりは、すっかり「主婦の先輩」みたいな扱いになってるよなあ、俺。


 ちなみに、俺たちの馴れ初めについて話したことで、あの「お料理教室」をしている間に、篠原さんもその茅野くんや柚木さんとの出会いとか、付き合うことになったきっかけなんかを話してくれた。

 三人がもともと住んでいた街はファッションや洋菓子で有名な場所だ。話を聞いていると、向こうでの様子なんかがよく分かって、俺はとても興味を引かれた。

 俺も一度、佐竹とどっか旅行にでも行ってみたいなあ。

 もちろん、二十歳はたちを越えてからの話だけどね。


「で、あの……なんか、本とか作ってるっていうのは、進んでるの?」

 そう訊ねた途端、びくりと篠原さんが身を竦ませた。

「あ。えーと……」

 言おうかどうしようか迷っているらしい。

「あ、言いたくなかったら俺は別に――」

「あ、ううん! そういうんじゃなくって」

 篠原さんが慌てたように顔の前で手を振った。

 そろそろ大学の門が見えはじめて、周囲に学生たちが増えてきている。彼女は周りを見回すようにして、大学前の道にまっすぐ植えられた並木のほうへと俺を引っ張っていった。


 そして、少し耳に口を寄せるようにして言った。

「あの……。あのね? それがもう、びっくりするぐらいに筆が進んじゃって」

「へ、へえ……。そうなの」

「うん。あのっ、名前はもちろん変えてあるし、そのっ……ぼ、ぼくの勝手な妄想なんかもあっちこっちにわんさか入っちゃってるから、実際は完全に別ものだななんて思うわけなんだけどっ……!」

「う、うん……?」

「いつもみたいな二次の同人じゃなくって、一応オリジナルだから大して売れやしないっていうのは分かってるんだけど、でも、書いてるうちにこれ、どーしても本の形にしたくなってきちゃって……。いいかな? 内藤くん。君と佐竹さんのお話は、実体験なわけだけど。ぼくのオリジナルストーリーとして、発表しちゃっても大丈夫かな……?」

 篠原さん、こういうことを話し始めると急に早口になる上に饒舌になるんだよなあ。それに、いつもの三倍ぐらいは嬉しそうで、すごく生き生きして見える。

 この間みたいに、可愛い目がまたきらきら輝いちゃってるよ。

「発表するって言っても、別にぼく、プロの作家でもなんでもないし。夏や冬のイベントで、基本的にはお馴染みさんを相手に、同人誌として販売したいと思ってるの。ダメかなあ……?」


 えーっと。これ、著作権とか何とかいうアレのことかなあ。


「う〜ん……。俺は別に、構わないけど。でもそれは、佐竹がどう言うかによるかなあ」

「あ、うん……。そうだよね」

「いや、まあ名前なんかが変えてあるんなら問題ないとは思うんだけどね。まさかあれが、そのまま実話だなんて思う人もいないだろうし。今度、佐竹にも訊いてみるよ」

「うん! ありがとう、内藤くん。どうぞよろしく……!」


 にこにこしちゃって、ほんと可愛い。

 こんな子が喜んでくれるなら、別に本ぐらい構わないよな。

 と、俺がそう思ったのは、篠原さんの次の台詞を聞くまでだった。


「良かったあ。実はぼく、馨子さんに約束させられちゃって」

「……は?」


 なんだろう。なんか、嫌な胸騒ぎがするぞ。

 篠原さんは心底ふしぎそうに、唇に人差し指をあてて首をかしげている。


「どうして分かっちゃったのかなあ? ゆうべ車で送って頂いたとき、別れ際に言われちゃったの。『あきちゃんと祐哉きゅんの本を作るんだったら、是非とも一冊はあたしに送って頂戴ね』って、突然さあ……」

「…………」

「もうぼく、ほんと、びっくりしちゃって。あのひとって、あれかな? 何かそういう、特殊能力でも持ってらっしゃるのかなあ……?」

「…………」


 なんですと?

 ちょっと待ってよ、篠原さん。今、なんて言ったの?

 俺と佐竹のどんな本を作るのかは知らないけど、それをあの馨子さんに?


 俺の頭の中で、本気で血の気の引く音が聞こえた。

 そして目の前に、それを知ったときの佐竹の形相がありありと――


「いやいやいや。ダメダメダメ! それ、まずいよ。絶対まずいよ――!」

「え? そうなの……?」


 「そうなの?」じゃないよ。

 それは佐竹の超絶激怒コースまっしぐらだから!

 下手したら俺だって、凄いお仕置きされちゃうコース確定だから。

 勘弁してえ!


「え? どうしたの? 内藤くん、大丈夫……?」


 沿道の桜の木の下で頭を抱えてしゃがみこんでしまった俺の横で、篠原さんがおろおろしている。

 道ゆく学生たちがそんな俺たちを見て、なんだか変な目をして通り過ぎて行った。

 



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