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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第三章 遭遇
20/41

◇3◇割烹着



 俺と篠原さんが手分けして野菜の皮を剥いたり、下ごしらえをしているうちに、馨子さんがさっさと洋介を連れて戻ってきた。


 俺たちの姿を見るなり、馨子さんがちょっと面白そうな顔になる。

「あら。どっちがどっちを着るのかしら、なんて思ってたけど――」


 そうなんだ。馨子さんが出がけに置いていってくれたのは、佐竹がよくつけている紺のシンプルなエプロンと、白い割烹着。エプロンはともかく、この家で割烹着を着る人が誰かいるんだろうかと思ったんだけど、まああるんだからしょうがない。

 俺と篠原さんは、最初じゃんけんで決めようかとしたんだけど、よく見てみたら割烹着は篠原さんの体格だと袖なんかが明らかに長すぎる。それで仕方なく俺が着ることになったんだ。エプロンの方は篠原さんがつけている。佐竹がつけてちょうどいい丈のそれは、篠原さんだともうくるぶしぐらいまである感じだった。

 最近すこし伸ばしているという髪を少し後ろで可愛いシュシュでくくっているんだけど、その格好だとエプロンもしているし小柄だしで、なんかぱっと見、ちゃんと女の子に見えてしまう。

 やっぱり篠原さんはちゃんとした女の子なんだなあと再認識する俺だった。


 洋介が、宿題なんかが入っているらしい手提げバッグを持ったまま、とことこと篠原さんの前にやってきて「こんにちは」とお辞儀をした。

 それから、「あれ?」という顔になって首をかしげた。

 その瞳の色を見て、俺はとあることに思い至った。


(……あ)


 そういえば、今の今まで忘れてたけど、この間の剣道場のときには篠原さん、男の子の格好をしていたんだったな。洋介にとって、あのときに会った人は大学生の男の人という認識だったのに違いない。

 でも、いま目の前にいるこの人は、顔はそっくりでも女の子みたいな格好だ。

 洋介は、ちょっと説明を求めるみたいにしてちらちらと俺を見ている。「この人、このあいだ会った人? 違う人?」「でも、前は男の人だったよね?」「これは質問していいことなのかな? ダメなのかな?」っていう顔だ。


(えーっと……)


 どう説明したらいいんだろう。

 篠原さんもやっとそのことに気づいたみたいな顔になって、困ったように俺を見た。

 どうしよう。あんまり、子どもに嘘とかつきたくないよな。


 俺はそこで、ちょっと篠原さんの袖を引いてキッチンの隅に行った。馨子さんが黙ったまま、意味ありげな視線でこちらを見ている。

 あんまり人の家でこそこそ話なんてしたくないんだけど、まあ仕方ない。


「……あの。どうしようか? 篠原さん……」

「ど、どうしようって?」

 篠原さんも困惑顔だ。

「えーっと。その……篠原さんのこと、洋介にどう説明したらいいかな? 大学でそうしてるみたいに、双子の姉妹がいるとか言っておく? 俺は別に、篠原さんさえいいなら本当のこと言っても構わないかなとは思ってるんだけど」

「ああ……」

 篠原さんは口許に手をあてるようにしてしばらく考えていたけど、やがて顎をあげ、俺をまっすぐ見て、うなずいた。

「……うん。それでいいよ。本当のこと、教えてあげて?」


 そんな訳で、俺と篠原さんは改めて、馨子さんと洋介に篠原さんの状態のことをそのまま素直に話した。

 洋介はきょとんとしていたけど、特にいやそうな顔なんかはしなかった。

 馨子さんはと言えば、「あら。やっぱりそうだったのね」なんて笑っただけだった。

 この人、やっぱり侮れないなあ。


 そればかりじゃなく、馨子さんは今度は洋介のほうを向いてこう言った。

「洋介くん。日本ではそんなに外で見ないかもしれないけれど、世の中にはこうした人が、ある程度は必ずいらっしゃるの。篠原さんみたいに、男の子の体をしていて、女の子の心の人もいれば、その反対の人もいる。外であんまり見かけないのは、周囲の目を気にして隠していたり、黙っていたりする人が多いからなだけなのよ。でも、なんにもおかしいことじゃないの。あたしの働いてるチームにも何人かはいるしね」

 にこにこと、何でもないことを話すようにして説明してくれて、俺は胸をなでおろした。さすがは馨子さんだ。説得力、半端ないよ。

「へー。そうなんだ……」

「そうよ。みんな、それぞれ事情は違うけれど、とっても優秀なメンバーよ。あたしはそれは、かれらが人一倍、これまでにいろんな努力をしてきたからなんだと思ってるわ。だから心から尊敬もしているし、大切な仲間だとも思っているのよ」

「……うん。わかった」

 洋介は素直にそう言ってうなずいた。

 馨子さんが晴れやかな顔でにっこりした。

「そう。さすが祐哉きゅんの弟ね。洋介くんは、素直でとってもいい子だわ」

 女性の手で頭をなでなでしてもらって、洋介がぱあっと嬉しそうな顔になった。

 篠原さんが、なんだか今にも泣き出しそうな、なんとも言えない目をして、そんな馨子さんをじっと見ていた。



 そうして改めてお互いの自己紹介が終わったところで、洋介が鼻をひくつかせながらキッチンに寄ってきた。

「で、兄ちゃんたち、なに作ってるの?」

「あ、肉じゃがだよ。篠原さん、カレーは一応、お母さんから教えて貰ったって言ってたから。あとはふろふき大根とか。今度はから揚げにしようって言ってるけど」

「あーら。男子の胃袋をつかむ定番料理ね。ちょっとあざとい気もするけど、君たちなら許せちゃうわ。で? あなたがつかみたいのは、いったい誰の胃袋なのかしら」

 篠原さんの顔を見ながらそんな返事をしたのは、もちろん馨子さんだ。

 俺が何も言わないうちに、この人いったいどこまで物事を把握しているんだろう。

 隣を見れば、もう篠原さんのほっぺがまっかっかになっている。馨子さんが楽しげに高笑いした。

「いや〜ん、可愛い! 若いっていいわねえ。しいちゃん、素敵な恋をしてるのね」


 おいおい。

 もう勝手に「しいちゃん」とか呼んでるぞ、この人。

 茅野くんが聞いたら激怒しちゃうぞ。

 ま、いつものことだけどさ。




◇◇◇




 佐竹が帰宅したのは、それから一時間ほどあとのことだった。その頃にはもう洋介は、父さんが迎えにきて連れて帰ってくれていた。


「こ、こんばんは。お邪魔しています……」

 玄関を開けるなり厳しい目になった佐竹を見て、篠原さんは硬直したみたいになった。

「お帰り、佐竹。大丈夫だよ、篠原さん」

 うん。佐竹がいま不快に思っているのは、間違いなく篠原さんのことじゃないから。

 いま俺たちの背後に隠れるようにしている、このひとのことだからね。

「……何をやってる」

 佐竹の声が地を這ってるのも、篠原さんに対してじゃなく、後ろのこの人に向かってだから。


「あらやだ。さすがはあきちゃん、やっぱり隠れても無駄よねえ」

 あっさりと俺の後ろからひょっこり顔を出して、馨子さんがからからと笑う。

 ちなみに、洋介を連れてきてからの馨子さんは自宅での服装に着替えている。ごくシンプルなデザインのカットソーと、裾の広がったゆるやかで長いパンツだ。結い上げていた髪も下ろして、ゆるく首の横でまとめている。


「……あまり夜遅くまで引き止めるな。二人とも、明日も講義があるはずだろう」

「あら。せっかくだからあきちゃんにも味見してもらおうって、二人ともわざわざ待っててくれたんじゃないの。さっさと着替えて、食べてあげなさいな。祐哉きゅんとしいちゃんの心づくしの手料理よ?」

「…………」

 それを聞いて、佐竹の目がじろりとこちらを睨み下ろした。


(えーっと……)


 「しいちゃんって誰だ」的な殺しそうな目で、俺を睨むのやめてくんないかなあ。

 だってそれ、俺の責任じゃありませんし。

 元凶はみんな、みーんなお前を産んだこのひとだからね!


「はいはい。そんな目しないの。眼光で殺人とか、勘弁してね? しいちゃんが怖がってるじゃない。さっさとしないと、祐哉きゅんのベリィキュートな割烹着姿、見せてあげないわよ〜?」

 と、馨子さんが手にした自分のスマホをふりふりする。

 途端、佐竹の目がぎらっと光った。

「…………」

 そのまま再び、いやもっと恐ろしい目が俺を見下ろしてきて俺は焦った。

「えっ? あ、あああの――」


 って、ちょっと待て。いつの間にそんなもん撮ってたんだよ!

 盗撮って、犯罪なんじゃなかったっけ。

 いいのかよ。職業柄、あっさりそんなことやっちゃって。

 まったくもう、この人は……!

 

 と、佐竹の手が伸びてきて、ぐいと俺の肩をつかんだかと思うと、篠原さんと馨子さんもろとも、俺は廊下の脇へ押しやられていた。

 佐竹はそのまま、剣道の仕合いさながらの身のこなしで俺たちの脇をすりぬけると、こちらには視線もくれず、まっすぐ自分の部屋に歩いて行ってしまった。



 その後、テーブルについた佐竹は、なぜか事前に「お前が作ったのはどれだ」って俺に尋ね、篠原さんが一人で作ったものは出さないように言って、箸をつけようとしなかった。

 それを見た篠原さんが明らかにしょぼんとした顔になってしまって、俺は焦った。

「あ……ねえ、佐竹、どうして……?」

 佐竹は眉間にわずかに皺を寄せて、かすかに吐息をついたみたいに見えた。

「……わからんのか」

 それから、真っ直ぐ篠原さんを見てこう言った。


「俺が先に頂いてしまったら、それこそあんたの彼氏に殺されかねん。……そのぐらいは理解してくれ」

「……ああ!」


 俺と篠原さんは、ほぼ同時に声をあげた。

 なるほど。そこは全然、考えてなかったよ。

 ダメだな俺。女子じゃないけど、女子力ねえ!


 俺たちは、佐竹が食事をするのにつきあう形で、なんと馨子さんに紅茶を淹れていただいている。馨子さん、紅茶党らしいんだよね。

 篠原さんと俺は佐竹と一緒にテーブルのところにいたけど、馨子さんだけはなんだか楽しげに、ひとりでカウンターのそばのスツールに腰掛けて、高級そうなティーカップを傾けていた。


 その目線がさっきからじっと、お仏壇のある和室のほうを見ていることに、俺と佐竹はもちろん気がついていた。

 

 

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