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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第二章 ほづと佐竹と
11/41

○2○萌える!



 ああ、どうしよう。

 これ、ものすごーく、ダメなやつ。

 ゆのぽんも、ひと目みただけでピーンと来ちゃったみたいだし。


(ああっ、ダメだ。今すぐぼく、家に帰りたい……!)


 え、どうしてかって?

 そりゃもう、いま心に湧き起こっているこの萌えを、どうにかこうにか文字や絵にとどめておきたいからに決まってる。

 ほづが隣から変な顔をして見下ろしてるのには気づいてるけど、どうにもこうにもこのときめきがおさまらない。


 ……あ、いや、誤解しないで欲しいんだけど。

 これは、ぼくがほづから気持ちを移したっていうことじゃないんだ。なんて説明したらいいのか分からないけど。

 恋、って言えば恋かもしれないんだけど、でも佐竹さん個人にどうこうっていうんじゃないし。

 だから内藤くん、安心してね? 

 って、心の中で言ってもしょうがないんだけど。


 いま、駅からすぐ近くの喫茶店でテーブルを挟んで座ってる、目の前の男子二人。

 その関係性とシチュエーション、この空間そのものに萌えているんだもん、ぼくは。

 なんだろう。

 さっきはもう、びっくりしちゃった。

 現代の日本に、まだこんな男子が生き残ってくれていたんだね。ぼくはもう、心底、萌えの神様に感謝しちゃったよ。


 え、だれのことかって?

 もちろん、目の前の佐竹煌之くん――いや、やっぱり「さん」が相応しいよね――のことに決まってる。

 それにしても、なんて最近風じゃない顔なんだろう。きりっとしてて精悍で、品よく知的に整っていて、ほんと完璧。どの角度から見ても、体つきまで文句なしの古風なタイプの二枚目さん。

 その上、言葉遣いから立ち居振る舞いまで、日本的な匂いがぷんぷんする。

 きっと、武道をやってるよね。それも多分、剣道だ。


 ああ、いいなあ。

 そんなありきたりな洋服じゃなくって、やっぱり和服を着てほしい。

 それで、ちょっとデッサンとかさせて貰えないかしら。

 あ、でもでも、土方さんの着てたみたいな軍服でもいいのかも!

 ああ、いいなあ! そっちもすごーく似合いそう。

 けど土方さんつながりなら、もちろん新撰組のあのだんだら隊服も絶対イイはず!

 剣道の試合とか、近々あったりしないかな。そしたら絶対、見にいくのに!


 そんなすらっとして、きりっとしちゃって涼しい眼をして、でも内藤くんと二人きりになったときには、彼はどんな声で、どんな目つきで彼に愛の言葉を囁くんだろう……。



「……あの、篠原さん。篠原さーん?」

「……え」


 自分の名前が呼ばれていることに気づいたのは、どうやら内藤くんが何回かそうしたあとのことだったらしい。

「あ、ご、ごめんなさい。えーっと、なんだったっけ……?」

 そう言った途端、隣からほづに平手で頭をはたかれた。

「どアホ。何をボケてんだてめえは。話の中心はお前じゃねえかよ」

「いったあい……。もう、ごめんってば、ほづ……」

「いや、気持ちはすごーくよく分かるよ、しのりん。でもこの件は、今はちょっとお預けね? あとでゆっくり、二人で語り合おうじゃないか。たっぷりとね」

「うん! ゆのぽん、絶対ね!」

 ぼくはあっさり、ゆのぽんから向けられた水に乗っかった。

「今夜は完徹、決定だね……!」

 あはは、と爽やかにゆのぽんが笑う。

「今年の夏の戦場いくさばも近づいている昨今だけど、その様子だとここから新たに一冊作れちゃいそうな勢いだよね〜。いっそ合作とか、してみない? せっかくこっちに住んでるんだし、前みたいに前日から泊まりこむ必要もなし。配送なんかも楽なはずだし、時間的な余裕はあるわけだから」

「わ! いいの? やったあ、その案、もらっちゃう! でも今からじゃ表紙の入稿間に合わないだろうから、コピー本かなあ」

「ん〜、だよねえ」

「そうなると、当日販売限定ってとっても鬼畜なことになっちゃうけど、いいよね? いいよね……?」

「通販に乗せられないのは申し訳ないけど、仕方ない。どうしてもってリクが多かったら、オフセ版は次回まわしで対応するといいんじゃない? 部数は限られちゃうだろうけど、喜ぶお客さんはきっといるよ」

「わー、楽しみ〜! あそび紙とか、装丁にもぜったい凝っちゃうんだ! 今からじゃアクキーとかグッズまでは手が回らないのは残念だけど〜!」

 ぼくは多分、輝く笑顔でゆのぽんにそう答えた。ゆのぽんはにこにこ笑ってる。


 ほづがとうとう、げんなりした顔になって唸った。

「……てめえら、日本語で話せ……」

 なんか、片手で頭を抱えてる。


 ふと見れば、内藤くんは相変わらず「よくわかんない」って顔だったけど、隣の佐竹さんは完全に半眼で、ほづと似たような顔になっていた。




○○○




 その興奮がやっとおさまってきたところで、なんと当の佐竹さんがこの場を仕切りはじめて、ぼくはちょっと驚いた。


内藤こいつから、おおよその話は聞いています。こちらはご覧の通りなので、そちらの篠原さんの身の危険はほぼないと考えていただければよろしいかと」

 うああ。

 話し方、ほんっと固い。

 同い年のはずなんだけど、とてもそうは思えないなあ。

 「ご覧の通り」のところで僅かに肩を竦めるみたいにしたけれど、ああ、この人、ほんとに内藤くんのこと愛してるんだなってよく分かるような表情だった。あまり表情筋の動く人じゃないみたいだけど、内藤くんを見るときの目だけは、ときどきものすごく優しい色になるんだもん。

 あはは、内藤くんが真っ赤になった。ほんとにわんこ。可愛いなあ。

 よかったね、内藤くん。愛されてるんだ。幸せなんだね。


 あんまりぼくがにこにこしているのが不思議なのか、佐竹さんがやや怪訝な目をしながらまた言った。

「むしろこいつがそばにいれば、そちらも安心して通学できるのではないかと愚考しますが」

 ぐ、「愚考」って。同い年の人の口から、初めて聞いたよそんな単語。

 そのとき、内藤くんがやっと立ち直ってきて口をはさんだ。

「う、うん。俺も、できるだけ協力したいとは思ってるんだ。やっぱり、その……篠原さんには特別な事情があるわけだし。あまり周りにおおっぴらになるのも困ると思ってるんでしょう? お友達や彼氏さんが心配するのも、当然だと思うんだ」

「あ、うん……それはね」

 ぼくはそう言って、ぼくを挟んで座ってるほづとゆのぽんをちらっと見た。

 二人も黙って頷くようにしている。

「内藤の都合がつかない場合、時間が合えば自分もサポートさせていただきますし。住む場所も近いことですし、大した手間ではありませんので」

「――いや。ちょっと待て」

 と、ほづがいきなり、佐竹さんの言葉を遮った。

 その人差し指が、いきなり内藤くんをぴたりと指す。

「百歩譲って、内藤そいつのほうはいいとしようや。けど、あんたは遠慮してくれ」

「え? あの、ほづ……」

「お前は黙ってろ」


 ぎろっと睨みおろされて、仕方なく口を噤む。ゆのぽんの目が「しょうがないなあ」って呆れたみたいな色になった。

 ほづは佐竹さんから視線を外さないままで、厳しい顔のまま言葉を続ける。


「……あんただって、わかるよな? 考えればよ。もしもそっちの内藤が、今のシノと同じ状況にあったとしてだぜ? 俺に傍についてて欲しいって、心底から思えるか?」

 佐竹さんはごく凪いだ目をして、じっとほづを見返していたけど、やがてひとつ、頷いた。

「……なるほど。了解した」


 わあ。この人たち、分かり合ってるよ。なんか怖いよ。

 あ、でもそうか。

 考えてみれば、立場とものの見方は似てるわけだもんね、この二人。


「な、なんなんだよ? 佐竹ってば……」

 内藤くんがもう完全に「わけがわかんない」っていう目で佐竹さんを見つめている。

「あ、でも、俺もちょっと……佐竹が篠原さんと二人きりで、っていうのはその……ちょっとイヤかも。ごめん……」

 最後のほうがもう消え入りそうだったけど、確かに内藤くんは「イヤ」だと言った。肩を落として、ものすごく小さくなって。申し訳なさが全身から伝わってくる。

 ほづがそちらを見てにやりと笑った。

「ほれ。あんたの恋人あいてもそう言ってんぜ?」


 あ!

 まただよ。

 また佐竹さんの目が内藤くんをそっと見て、なんか優しそうなものになったよ。


 ちょっとぼく、心臓がやばい。

 息が苦しい。

 これ、命にかかわるかも。

 だけどすぐ、彼は表情をもとに戻してほづとぼくの方を向いた。


「では、そのように。自分は命に関わるなど危急の事案のない限り、手出しは控えるようにしますので」

 そうして軽く一礼すると、佐竹さんはもう立ち上がる様子だった。彼にとって、必要な話はこれで尽きたと言わんばかりだった。

 彼に促されるようにして、内藤くんも立ち上がる。

 そうしてそのまま、二人は飲んでいたコーヒー代だけを置いて、そのまま軽く会釈をして店から出て行く様子だった。

 

「ごめんね、こんな短くて。佐竹、ちょっと午後から用事があって」

 内藤くんが申し訳なさそうに言う。

「近所の道場で、子どもたちの剣道を見てやってるんだよね、あいつ。もう行かなきゃならなくて」

「え、あのっ……!」

 ぼくは思わず立ち上がった。


 やっぱり剣道か!

 しかもこれ、チャンスじゃない? 絶対そう!


「あのっ! ごめん、待って、内藤くん……!」

 これをのがす手はないよ!

「ぼ、ぼくそれ、見学しに行っちゃいけませんか……!?」


「え……?」

 内藤くんがびっくりしてぼくを見つめる。

 もう店から出ようかとしていた佐竹さんも、入り口付近に立ち止まり、怪訝な目をしてぼくを見ていた。




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