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Crossover ~君ヲ想フ~  作者: つづれ しういち
第二章 ほづと佐竹と
10/41

◇1◇対面



「えーと。あのさあ、佐竹……」


 その週末。

 俺は最寄り駅の改札前で約束した人たちを待ちながら、隣に立っている仏頂面の恋人に何度目かの声を掛けていた。


「ごめんな? ほんと、忙しいのに。最初のうちは一応、会うのは俺だけのつもりだったのに――」

「気にするな。俺がしたくてしていることだ」

 そう言っている佐竹の目も表情も、いつもどおりに静かなもので、何を考えているのかは俺にもいまいちわからなかった。

「向こうは例の『彼氏』とやらだけじゃなく、親友まで連れてくると言ったんだろう。多勢に無勢。お前ひとりでは、どうなるか知れたもんじゃないからな」

「ん……ありがと」

 ああ。やっぱりそう思われていたんですね。なんか、へこむよなあ。やっぱり佐竹の俺の扱いって、せいぜい小学生並みなんじゃないかと思う。

「でも、そんな心配するほどのことはないとは思うんだよ? 篠原さんだって間に入ってくれるわけだし、親友さんは女の子だっていうし。別に取って喰われやしないんじゃないかと――」 

「どうだかな」


 ……ま、いいんだけどね。

 本当は、あのあと篠原さんから電話があって「やっぱりそちらの彼氏さんも、時間が合いそうなら是非ご一緒に」って言われちゃったからなあ、俺。まあ、佐竹にそうは言わなかったんだけどもさ。言ったら絶対、「そおら見ろ」状態になったに決まってるから。


 今日の佐竹は、落ち着いたブルーのサマーニットにスラックス姿だ。足許は、おそらく高級ブランド製なんだろうと思われる、かちっとしたかっけえ革靴。佐竹自身は別にブランドになんてまったく興味のない奴なんだけど、なにしろあのお母様が、海外からあれやらこれやら次々に買って来ちゃうらしいんだ。

 そして佐竹は、「あるものは利用するにくはなし」と考える人。

 とはいえ、中にはときどき明らかに佐竹の好みから外れまくったデザインのものがあって、それはそのまま右から左へと俺のところに流れてきちゃったりする。特に、可愛い系のとかポップ系のとかが多いかな。

 今日、俺が着ている蛍光ピンクのパーカーなんて、その最たるものだったりする。胸元に可愛いロゴなんかあったりしてさ。見るからに、こんなの佐竹が着るわけないよな。なに考えてんだろう、馨子かおるこさんてば。


 あ、馨子さんっていうのは、佐竹のお母さんの名前だ。

 なんか「お母さん」って呼ばれるのがめちゃくちゃ嫌いな人で、俺に対しても「馨子さん」呼びを強要してくるんだよなあ。ほかで呼んでも、ナチュラルに無視スルーされるしな。もちろん、息子である佐竹にもそう呼ばせてる。

 実際、「お母さん」て呼ぶには見た目も派手でほんと美人で、確かになんとなく似合わないのも本当だ。すげえパワフルで、佐竹をぞっこん愛してて、そばに居るとなんだかこっちまでいっぱい元気がもらえる素敵なお母さん。

 俺はいつも、なぜか「祐哉きゅん」なんて呼ばれちゃってるけどね。

 どうでもいいけど、「きゅん」ってなんだ。



「あ! あれかな?」

 と、駅構内の柱の向こうからそれらしい三人組が歩いて来るのを見て、俺はそちらを目で示した。とはいえ佐竹は、とっくに向こうに気がついていたようだった。


(……ん?)


 俺はその中の、一番背の低い人を見て驚いた。

 それは間違いなく、完全に男の子としての格好をした篠原さんだった。

 彼女――いや、この場合「彼」って言ったほうがいいのかな――は、一瞬恥ずかしそうな顔になったけど、ひらひらと軽く手を振って、まっすぐにこちらに歩いてきた。あとの二人もそれに続いてやってくる。


(ああ、篠原さん……ほんとだったんだ)


 俺は改めて、先日の彼女からの告白について考えていた。

 あのとき、篠原さんは俺に、とても重大な告白をしてくれた。

 つまり、彼女が戸籍上は男子ということになっていること。でもその心のなかは、男性のそれじゃない人なんだということをだ。

 今、グリーン系のポロシャツとデニムに身を包んだ篠原さんは、髪も短いものになって、もちろん化粧も、アクセサリーなんかもしていない。どうやらいつもは、自分の髪色に合わせたウィッグをつけているらしい。この出で立ちだと、ちょっと細身で小柄で可愛い顔立ちをしている以外、本当に普通の男の子にしか見えない。


(あ、そうか……。もしかして)


 要するに、噂されてた「双子の兄か弟」っていうのは、篠原さん本人のことだったんじゃないだろうか。こんな感じで男の子の格好をしている「篠原くん」を見て、周囲の学生はそれをあの「篠原さん」の双子のもうひとりだろうと勝手に勘違いをしていたということなんだろう。

 うん。でもまあ、これじゃあ無理もないよなあ。


 俺は今の篠原さんの姿を見ながら、なんだかちくりと胸の奥が痛むのを覚えた。

 本当のことを言えば、このあいだ篠原さんからその告白を聞いてからあと、俺も色々と考えたんだ。

 世の中に、トランスジェンダーだとか性同一性障がいだとかLGBTだとかいう言葉が流布されるようになって、もうけっこうな時間が経つ。でも、この国ではまだ、みんながそういう人たちを十分に理解したとは言えない状態が続いているんじゃないだろうか。

 そんな中で、幼い頃から今までずっと、この子はどんな苦労をしてきたことだろう。きっとそんな、単純に「苦労」なんて言葉でひとくくりにできないぐらい、たくさんの辛い経験があったのに違いない。

 いわれの無い差別だとか、心ない嫌がらせだとか。そのほかにも、俺には多分、想像もつかないほどの悲しみや、怒りや、やるせなさなんかを、この子はこんな華奢きゃしゃな体で、ひとりでずっと舐めてきたんじゃないんだろうか。

 そう思ったらなんだかつらくて、俺は佐竹にこのことを話さないではいられなかった。もちろん、話す前には篠原さんにもちゃんと了解をもらったけどね。


 佐竹は黙って、いつもみたいにとても真摯な態度で俺の話を聞いてくれた。

 そうして本当に忙しい中、予定を繰り合わせて、今日はここに来てくれることになったんだ。



 俺のそんな内面を知ってか知らずか、なんだか篠原さん自身は妙に浮き足立っているように見えた。

「こんにちは、内藤くん。今日はわざわざ、ありがとう――」

 とか言いながら、なぜか激しく目が泳いでる。

 その視線が紛れもなく佐竹に吸い寄せられているのを見て、俺は苦笑した。

 まあしょうがないか。佐竹、黙ってれば相当なイケメンだからな。

 決して今ふうの顔じゃないし、ちょっととっつきにくいとこあるし背は高いしで、かなり怖そうな感じはあるけど。


 実はそういう俺は俺で、あっちの人たちを見て驚いていた。

 まず、篠原さんの隣に立ってる、一番大きな男。

 背の高さそのものは佐竹と同じぐらいなんだけど、なんか全体的に大きく見えるのは、上から下まで黒っぽい服のせいだろうか。Tシャツにカーゴパンツ、それにミリタリーブーツ。短めの黒髪をツンツン立ててる。

 がっちりした体つきは、いかにもスポーツマンっぽい。シャツの下の腹筋、あれぜったい割れてるよな。俗に言う、シックスパックってやつだ。ちょっと羨ましいかも。

 一重ひとえで三白眼に近い目つきは、ちょっと獣じみてて怖いような気もする。けっこう鋭い眼光だ。剣道はやってなくても、ちゃんと佐竹の向こうを張れそうな存在感がある。一見して「イケメン」っていうよりは、なんかごつくてワイルド系の、ラガーマンみたいなイメージだ。


 一方の、俺と同じぐらいの背丈の細身の人は、逆にぱっと見、だれも文句のつけようのないぐらいの「イケメン」だった。やや長めの黒髪。優しげな眼差し。すらっとした体型に、白いシャツとデニムっていう、ごく簡素な出で立ち。でも、それがめちゃめちゃ似合ってて品があり、アクセサリーなんかも嫌味がない。つまり、センスがいいんだろう。

 この人、ほんと普通にテレビにでも出ていそうだよ。


(でも……。あれ?)


 ちょっと待てよ?

 事前に篠原さんから聞いていたのは、たしか「ぼくの彼氏と、友達の女の子を連れて行くね」ってことだったような。


「えっと。じゃ、ぼくから紹介するね」

 と、そこで篠原さんから声が掛かって、俺の思考は中断させられた。

「こっちがぼくの、か、……かか、カレシ……で、茅野かやのです……」


 はは。「カレシ」でどもるとこ、やっぱ可愛い。別に女の子の格好をしていなくたって、この子、十分可愛いなあ。

 にへっと笑ってしまったら、当の茅野っていう奴に凄い目で睨まれた。

 うわ。さっそく殺されそうです。明らかに「俺のモンをそんな目で見るんじゃねえ」的なオーラを感じます。

 うん、気をつけよう。

 この人は怒らせちゃダメな生き物。

 思わず佐竹の後ろに隠れてしまいそうになりながらも、俺はなんとかその場に踏みとどまった。


 篠原さんの紹介は続いてる。

「で、こっちが友達の柚木美優ゆのきみゆうさん。ぼくは『ゆのぽん』って呼んでます」

 あ、なるほど。普通にイケメンにしか見えないこの人、やっぱり女の子だったんだ。こっちの人は、ごくにこやかな感じで「よろしく」なんて声を掛けてくる。親しげにさっと片手なんか出してくるので、思わず握手までしてしまった。

「あ、よろしく……」

「噂の内藤くんですね。柚木です」

「えっと、はい。内藤……祐哉ゆうやです」

 なるほど、声を聞いたら確かに女の子に違いなかった。手だって思ったよりは小さくて柔らかくて、やっぱり女の子のものだった。

「で、えっと、こちらが――」


 と、篠原さんがふと言葉を途切れさせたのを見計らったように、佐竹が一歩、自分から前に出た。

 きりりと背筋の伸びた、きれいな剣士としての一礼。


佐竹煌之さたけあきゆきと申します。このたびは、勝手ながらこの場にお邪魔させていただくことになりました。以後、よろしくお願いします」


 落ち着き払った静かな声。さらさらと、まるでよどみのない言葉。

 さすがは佐竹。前に聞いたことがあるけど、こいつに言わせるとどんな相手に対してもひと通りの礼を尽くすのが、剣士としての心構えなんだそうだ。なるほど、こういうことなんだな。

 相手の男も、静かに発せられている佐竹の気魄に、ちょっと気を呑まれたみたいな顔になった。あとの二人も、なんだか呆気に取られたみたいな顔になっている。


 柚木さんと篠原さんは、そのままなにやら意味ありげな顔で目配せをしあっているみたいだ。いったい何があったんだろう。よくわかんないけど、二人してやたら瞳をきらきらさせているように見えるんだけど。

 「……だよねだよね?」「でしょでしょでしょ」ってこそこそ言ってるのが聞こえてくるけど、どういう意味なんだろうなあ。

 「もえる」って、何が燃えるんだろう。


 一方、茅野っていう奴は眉間に不機嫌そうな皺を入れたまま腕組みをし、黙って俺と佐竹を見比べる様子だった。佐竹の挨拶に対しても微妙に頭を下げて「ウス」ってひとこと、言っただけ。

 佐竹はろくにまともな挨拶を返す風もない茅野くんを、一瞬だけすっと目を細めて眺めたみたいだった。けど、すぐに視線をそらした。

 俺にはそういう()の流れみたいなものってよくわかんないけど、どうやら相手から発せられているそれを、柳に風とばかりに受け流しているらしい。佐竹の周囲には、いつもの剣の仕合いのときと同様、ただ静謐せいひつなものが流れているだけだ。


(とりあえずは、よかった……のかな?)


 なんだかもっとこう、「東西の龍虎対決」みたいにして最初からガンの飛ばしあいだとかなんとかいう険悪な状態になるのかと思っていた俺は、ちょっと胸をなでおろした。

 よかったよかった。佐竹も大人になったんだなあ。

 って、俺が言うことでもないけどさ。

 


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