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絶望楽園タソガレ島~俺は星、君は月~(5)

 その時、トイレから悲鳴が聞こえ、何かが飛び出してきた。そいつはそのまま俺の横を通過すると思いきや、俺のスカートが一気にめくれた。舞い上がるスカート。駆け抜ける犯人。この時俺はスカートをめくられる屈辱が、どこか分かった気がした。マリリン・モンローがワオッと言ってるような穏やかな気持ちではいられない。なんたる屈辱! だからこそ、この事件、ここで終わらせてやる!


「そいつだぁぁぁぁ!」


俺は声を張り上げて思い切りゴムボールを投げた。真っ直ぐ飛んでいったものの、ボールの飛距離の問題で犯人には当たらない。暗闇で確認できなかったが、確実にあれは高校生くらいの男子だ!


「桜橋逃がすな! ヤサはーー」


振り返ると、ヤサが肩を落としていた。


「僕のこと、無視だったね……」


俺をめくってヤサを、この完璧女子生徒のようなヤサを無視だと!?


「それは別の意味で許せない!」


そこで、トイレからすり抜けてきた倉池と目があった。


「暗い毛! やつは桜橋の方に行ったぞ! 飛んでけ! 引っ捕らえろ!」


倉池は、


「僕は倉池ですー!」


と、言いながら一直線に飛んでいく。


「2階に向かってるっす! お二人は反対側から、挟み撃ちにしてやるっす!」


桜橋と倉池が階段を上がっていくのを見て、俺とヤサは反対側の階段へと走った。


「なんか、あの時を思い出すね」


サトラゲに追われたあの時も、こうやってヤサと走った。あれはもう必死だったし、もうだめかと思った。


 ふと隣を見ると、月明かりに照らされて一瞬見えたヤサの顔がなんだか浮かない顔をしていた。思い出して、不安になってるんだろうか。でも、ヤサは俺を暗い気持ちにさせまいと不安を隠そうとするんだろう?ばかだな。そんなときくらい俺にもわかるよ。それに、そんなときぐらい俺に支えさせてよ。


「手、つなぐ?」


と、ヤサに言って手を差し伸べると、それを見るなり一瞬ドキッとしてしまうような可愛らしい笑顔を向けた。女装は犯罪だ。


「いいの? 僕ら男なのに」


「今日はいいでしょ。俺ら女の子なわけだし」


大丈夫。どんなにその月が光乏しい三日月になっても、構わないから。俺はもしかしたら何もできないかもしれない。それでも側にいるから。月の側で道を示し続ける星に、それも一際輝く星になってみせるから。いつだって必要な時は俺が手を引くから。ヤサが、そうしてくれたみたいに。これからもそうしてくれるみたいに。


 俺達は手を繋いで、笑って走った。いいじゃん。女の子は手くらい繋ぐでしょ。


 犯人にゴムボールを投げつけながら、俺達がなんとか屋上まで辿り着くと、そこにはゴムボールの影響で動けなくなった犯人の姿があった。この学校のものではないと思われる体操服を着た男子生徒だ。坊主頭で、半袖短パン。日焼けした筋肉質な体で、一目で体育会系の部活をしていたことがわかる。


「なんなんですか。トレーニング中に」


男子生徒は不満そうにあぐらをかいて桜橋の方を見ていた。本当に動けないのか、その状態から全く動く気配がない。見知らぬその人を、どこかで見たことがあるような気がしていた。


「犯人っすよね! 今回のスカートめくり事件の! 相手がお化けだからって、調子に乗るのはだめっすよ。ちゃんと反省して――」


「スカートめくり!? 俺が!? そんなバカな! 何かの間違いです」


と、男子生徒はむしろ驚いていた。


「とぼけても無駄だって。ね、京子さん! 私達は実際に被害に遭ってるし、今日女装してもらった人達も被害に遭ってるわけだし、白状しなさい!」


石川さんがポニーテールを揺らしながら歩いてきて、その生徒に詰め寄った。


「だからしてないですって! 俺はただいつもと同じコースを普通にトレーニングしてただけです。外で走って万が一俺の姿見えたら大惨事になってしまうから、校舎でやってたんですよ。信じてくださいよ」


やっぱり、どこかで見たことがある。どこかで。どこか……。


「あなた、お名前は?」


「俺は滝本龍一」


その瞬間、俺は声をあげた。脳内で完全に繋がった。


「滝本龍一って! 初めてこの学校の野球部を全国大会に導いたあの不屈のキャプテン、滝本龍一!?」


下駄箱に飾られていた俺達の大先輩だ。それを聞くなり、滝本は笑顔になった。


「そう言われると照れるけど、今生きてる人が俺のこと知っててくれるのは嬉しいな」


俺達の学校は野球部が弱小で、初戦敗退が常だった。そこで立ち上がったのは一人の熱い少年滝本龍一だった。彼は自分だけではなくメンバー全員で3年最後の試合で全国大会まで勝ち進んだのだ。その不屈の精神は、在校生の間では英雄視されている。なんだか有名人に会ったような気分だ。


「も、もしかして!」


入学当初話される滝本さんの話を思い出した。彼は不屈の精神だけでなく、俊足の持ち主だった。それでも、陸上部ではなく野球部として活躍したのだ。


「滝本さん、俺の横を走り抜けてもらえませんか? 」


 意味が分からずに怪訝な顔をしているゴースト3人衆をよそに、俺は1階まで行くと、廊下の真ん中にたった。


「端から端まで、一気に駆け抜けてください」


滝本さんは気前よく位置につくと、自分のタイミングで一気に駆けた。やはり、今まで見てきた誰よりも早い。お化けだから体も軽く、より速さに磨きがかかっているんだろう。横を走り抜けて行くと、予想通りスカートはめくれあがった。


 スカートめくりの正体は、滝本さんが駆け抜けた後の風だったのだ。だから、あんなに可愛かった――もとい、両性的で女装が似合っていたヤサが無視されたのだ。滝本さんはヤサのそばを通ってなかったから。


 女子トイレから出てきたのは、滝本さんが生きていた頃から一建て替えているため造りが違っていた。そのためコースがたまたま女子トイレになったのだ。


 駆け抜ける滝本さんの姿を見た全員が、歓声をあげたのは言うまでもない。それは俺達の英雄で、あまりにも速くて綺麗な走りだったから。






 滝本さんは心霊研究会の新しい部員になることになった。男子部員がいなかったことと、倉池が一緒にトレーニングしたいと言い出したからだ。石川さんと、前田さんが滝本さんを知らなかったのは、この学校出身でなかったことと、桜橋が来て初めて心霊研究会として校舎を利用しだしたからだった。いるのはみんな幽霊部員だけど、毎日楽しく活動している、そんな部活に、滝本さんは惹かれたのかもしれない。成仏してと言いたいが、今は少しのんびりしたスクールライフを送ってくださいと、言いたくなった。無事一件落着したスカートめくり事件。俺達が経験したタソガレ島事件に比べたらかなり小さな事件だけど、それもそれでそんなに悪くないと思った自分が不思議だった。


 ようやく家に帰って、就寝支度を済ませた俺達は2枚布団を並べて敷いた。ヤサが先に横になり、俺が電気を消してから横になった。


「ねぇ、祐。今日は楽しかったね」


真っ暗な部屋から聞こえるヤサの声。滝本さんの走りをみた興奮がまだ収まっていないのか、なんだか楽しそうだ。


「毎日あれならちょっと疲れるけど」


そう言った俺に、少し遅れてから言った。


「でも、楽しいとすぐ終わってしまうんだね。一人の時はあんなに長かったのに」


その声は、どこか切なさを帯びていて、ヤサがどんな顔をしているのかなんとなくわかった。少し浮かない、寂しそうな顔をしているんだろう。


「そりゃあ、楽しい時間が長いと飽きるに決まってるよ! 人間ほどほどがいいんだって」


そんな俺の言葉が嬉しかったのか、ヤサがふふっと笑うような声がした。ヤサが笑ってる。それだけでなんだか俺も頬が緩んでしまう。良かった。今真っ暗で。


「ほら、もう寝るよ。また明日」


そういって目を閉じたのだが、


「やだー!」


という声と共に、すぐに何かがのしかかってきて目が覚めた。またヤサが乗ってきた。昨日も一昨日もだ。もう寝るって言ってるのに、今日も寝かせてくれそうにない。でも、そんな日も悪くないと思う。

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