俺は星、君は月(2)
朝一の教室は始めてだった。野球部を初めて全国大会に導いた今は亡き不屈のキャプテン、滝本龍一とそのメンバーの写真が飾られた下駄箱も、いつもは写真なんか存在すら忘れてるのに、今日は際立って見える。
それさえ知らないほど、俺にはいつも学校があることなんてどうでもよかった。むしろ、いじめられてばかりで全てがどうでも良かった俺が登校するのは大体最後だった。
辺りにはただ机が並んでいるだけ。いつも騒がしい教室が嘘のようだ。他クラスではあったが、静寂に包まれている様はいつもの教室より何倍も過ごしやすかった。
桜橋起一は、心霊研究会という部の部長なのだという。そんな部活があったことさえ知らなかった。とにかく人手不足でなんとか手を貸して欲しいということらしい。朝から声をかけてきたのはその勧誘のためだったのだ。桜橋の部活に入る気はなかったが、土下座しかねない勢いで頼み込んできた熱意に負けて、今回だけ手伝うことになった。つまり臨時部員だ。
「おいらの部活には、ちゃんと動ける部員がおいらしかいないんす。幽霊部員ってやつっす。だから、仕方なくおいらが動き回るしかないんす。でも、これでかなり楽になるんす! いやぁ、今回はありがとうございますっす!」
桜橋の頭につけている、カタツムリの目のような銀色の二つの角のことは無視して、とりあえあず活動内容を聞いてみる。依頼が来ると言っていたが、依頼とはどんなものなのか。そんなに人手が必要なものなゆだろうか。
「活動内容は、基本的に依頼者が持ち込んだ噂話、都市伝説なんかの解明っす! 最近舞い込んできたものは、お二人もご存知の都市伝説っすよ!」
嫌な予感がしてヤサを見てみた。ヤサもまたゆっくりと俺を見る。
「ま、まさか、その都市伝説って……」
桜橋は笑顔で言った。
「タソガレ島と、サトラゲっす!」
タソガレ島? サトラゲ? 頭の中に浮かぶのは、夜中突然聞こえる悲鳴。引きずられていく音。後方からチーター顔負けのスピードでの追跡。胸から生えた一角のような毒針。
俺達は桜橋につかみかかる勢いで迫った。
「やめた方がいいよほんと! お腹に穴が空くかもしれないしさ! ね、祐!」
「そうそう! 頭が2つに増えるかもしれないし! な、ヤサ!」
「お2人さん、一体なんの話してんすか?」
「とりあえずそれだけはやめといたほうがいいって話!」
どうするんだよ、またあの島行っちゃったら。あなたは守ってくれるんですか? もう少しでやられるって時に俺の手を引いて助けてくれるんですか? 仮に行けたとして、生きて帰ってこれないと思いますよ。奇跡だったからね! 奇跡だったからねあれは!
「でも、今回の依頼は全く別なんす。依頼者はうちの部員なんすけど、なんせもう、おいらしか動けないっすから。とにかく、部室に案内するっす!」
俺らは桜橋の後ろをついていった。朝早いということもあり、ほとんど学生がいなかった。直線的に伸びた約150メートルの長い廊下を進み、外に出るための扉を開けた。左側には1周200メートルトラックのあるグラウンドがあり、校舎に沿うように右に曲がり、校舎裏へと向かった。
校舎裏は、大体約縦150メートル、横5メートルくらいの細長い場所だった。生徒がほとんど出入りしないこともあり、地面を背の低い雑草が覆い、敷かれていた砂利は見えなくなっている。そこに、たった1つ何かあるとすれば、プレハブの小さな建物がそこにあったことだ。縦5メートル、横幅2メートルほどのもので、引戸の扉の横には磨硝子の窓が1つある。それだけでただの物置小屋のように見える。そもそも校舎裏に来たことがなかったし、校舎裏にこんな建物があることも知らなかった。俺としては、新たな発見でしかなかった。
「ここが、おいら達の部室っす。って言っても、大体が外での活動なんで、ほとんど使わないんすけど」
桜橋は頭をかきながら言い、引戸を右にスライドさせた。
「ようこそ! 心霊研究会へ!」
中に入ってみると、中央に長方形のテーブルがあった。リサイクルショップで購入したのか、はたまた年期が入ったものかはわからないが、所々傷がつき、一部色褪せていた。右奥の壁にはパイプ椅子が畳んで立て掛けてあり、机の周りには3人の生徒が座っていた。