一話 新学期とか面倒くさい
桜が散り終わった頃にやってくる高校二年生のクラス替え。新しいクラスになったとなれば最初にやることがある。自己紹介だ。
この学校で俺を知らない奴なんかいないとは思うが決まりだからやらなければならない。
次々と名前順に自己紹介が進んで行く。
自分の名前を言った後に大体のやつはどの部活に所属しているかなど趣味などを言っている。
はっきり言って興味などない。名前だけ言って「よろしく」とだけ言っておけばいいじゃないか。
そんなことを思っていたら既に次は俺の番だ。
前のやつが自己紹介を終え、席に着いたところで俺は渋々立ち上がった。
「僕の名前は風間翔太です。部活はサッカー部に所属しています。好きな食べ物は卵焼き、嫌いな食べ物はありません。得意な教科は数学です。何か数学でわからないところがあったら是非聞いてください。あまり自分から話しかけるような性格ではないので話しかけてくれると嬉しいです。一年間よろしくお願いします」
最後に最高の笑顔を見せて着席した。
すると周りの女子がざわざわし始めた。
「やばい、風間くんと同じクラスだ」
「やばい、本物の風間くんだ」
「やばい、風間くんがクラスにいるんなら私1日も学校休まない」
どんだけやばいを使うんだよ。でも、確かに俺と同じクラスなんて神様と対面してるようなものだからやばいという言葉は間違ってはいない。
周りからの褒め言葉としてとれる声に思わず口元が緩みそうになってしまった。
「ほら、静かにしろー。まだ自己紹介は終わってないんだぞ」
先生が手を鳴らしてうるさくなった空間を沈黙させた。
俺としてはもう少し聞いててもよかったんだけど。
とはいえ、こんなつまらない時間が早く終わって欲しいと思ってるから先生が女子を黙らしてくれて助かった。
自己紹介が次の番のやつはやりにくそうだ。
俺の次となればどんなやつだってやりにくいに決まっている。それは仕方ないことだ。誰も悪くない。強いていうならこんな完璧な俺を生み出した親、いや、神様が悪い。
こんな俺と釣り合うような奴なんてどこにもいないだろう。……一人を除いて。
「花澤華織です。よろしくお願いします」
名前を言って「よろしく」とだけの自己紹介。俺が理想とする一番短い自己紹介だ。
そんな自己紹介をしたのは俺と同等に人気のある花澤だ。
花澤は一言で言えば薔薇のように美しい女。
長くサラサラで一本一本きめ細かい清潔感漂う黒い髪の毛は揺れるたびに目を惹く美しさ。普段は口数が少なく、クールな花澤だがごく稀に見せる笑顔がとてつもなく可愛い。成績はトップクラスだし、運動もできる。それに出るとかは出ている女性らしいプロポーションに文句のつけようがない完璧な女子高生だ。
そう花澤香織は唯一俺と釣り合う女。
俺の恋人になるべき女なんだ。
花澤を恋人にすれば美男美女のカップルとして俺の株が更に上がるわけだ。
一年間花澤を見てきた(観察)が彼女は俺の恋人にふさわしい。
俺は成績もいいし、運動もできて部活動ではエースストライカーの座を掴み取った。それに何よりもこの完璧なプロポーションだ。小さい頃はよく女の子に間違われるような可愛らしい子供だったが、その可愛さはどこに行ったのか、今では完璧に男として整った顔になっている。身長も高くて八頭身だ。
知らない間に他校で俺のファンクラブが出来てた時は驚いた。学校の正門で待ち伏せされてた時は流石にちょっと引いたが、俺の神対応によって見事にその場は乗り越えたもんだ。
それにしてもどいつもこいつも俺とは釣り合うような女はいなかった。
マジで太ってる奴が来た時には「よくその体で俺の前に出てこれたな」と言いそうになってしまったほどだ。
そんな豚女にも優しくする俺ってマジ神かよ。
自分で自分を褒めたくなる対応力。
「よし、これで全員終わったな。残りの時間でHRするから静かにしとけよー」
おっと、いつの間にか全員の自己紹介が終わっていた。だが、まだHRがあるのか。めんどくせー。
クラスの連中も先生の言葉には罵声をあげた。
そんなこと御構い無しに先生の話は始まった。
残りの時間でとは言え、どうでもいい話となると退屈で長く感じる。
しかし、先生の最後にした話には耳を傾けることになる。
「今度委員会や係を決めるから考えとくように」
委員会だと。これは来たぞ。委員会といえば男女一人ずつ選んで決めるものだ。それにこのクラスには完璧で人気者な俺と完璧で優雅な花澤がいる。
そうとなれば俺と花澤が学級委員になるのは必然と言っていい。
つまりこれは俺と花澤の関係が深まる為の確定事項のイベントだ。
「これでHRは終わりにするぞ。次の時間からは普通に授業だからちゃんと休み時間の間に準備しておくようになー」
怠そうに先生は話している。どうしてあんな大人が先生になれるんだ?
「ねぇねぇ、風間くんは委員会どうするの?」
HRが終わると同時に俺の目の前の席の女子が話しかけてきた。えーと、名前なんだっけな。
「ちょっと何抜け駆けしようとしてるの!」
次は隣の席の女子だ。俺が前席の女子に応答する前に隣の女子が間に入ってきた。
それに続くように女子が次から次へと俺の周りに集まっては言い合いになっている。
「はーい、ちょっと失礼します」
言い合いになっている女子の中を小声で断りを入れてから脱出した。
俺が脱出したことに気づかずにまだ揉めている。
そんな馬鹿みたいに集まっている女子を見て呆れていると、ふと気づいた。
こんなに俺の席の周りに女子が集まっているというのに自分の席に座って友達と話している花澤がいた。
一年間見てわかっていることだが、花澤と今話している山下天音という女子は昔からの友達らしい。
ふっ、それでこそ花澤だ。手に入りにくいものを手に入れるからこそやりがいがあるというもの。
ひとまずトイレに避難。
「おっ、翔太。お前教室で早速女子に囲まれて大変そうだったな」
「笑い事じゃねーよ。マジで全く興味のない女子に話しかけられたところで面倒なだけだって」
トイレに入ってきたと思えば裕也の奴は俺のことを笑いにきた。
それには俺も本気で嫌な顔をしてやった。
俺は基本学校では良い人を装って男と女関係なく優等生ぶって振舞っているが、昔からの知り合いの裕也にはそうしない。
ありのままの俺を裕也には見せる。
優等生として振舞うのも結構疲れる。だから裕也との何も気にすることなく出来る会話は俺にとっては助かる。
休み時間の教室は俺にとって全く休み時間にならない。女子が集まり聞いてもいないことを話し、どうでもいいことを聞かれる。はっきり言って疲れる。
だから、休み時間はトイレに避難することが多い。
「そろそろ授業始まる時間だ」
裕也は左手首につけている高価そうな腕時計で今の時刻を確認した。
「マジかよ、授業とかマジでクソだるだろ」
「翔太って本当、人がいないところじゃ性格変わるよな」
「当然だろ。みんなの前では優等生を演じてるだけなんだから。知ってるだろ俺がどうしようもなくクズだってことは」
「まあ、そうだが……」
何か言いたげそうな裕也だが、最後までは言わなかった。
「チャイム鳴るから早く教室に戻ろうぜ」
「マジでだるいわー、早く終わらねーかなー」
「いや、まだ始まってもないから」
だるいと言いつつも優等生を演じている俺は裕也と一緒に渋々教室へと足を運ぶ。
「風間君どこ言ってたの? 風間君と話したいことあったのにー」
「あー、ごめん。ちょっと友達と話してたんだ」
教室に入って席に着くと直ぐに前席の女子が話しかけてきた。
突然の問いかけにも俺の神対応は笑顔で応答できるだけの能力はある。俺の笑顔を見れてか前席の女子も機嫌が良さそうだ。
こんなに話しかけてくるなら名前を覚えとかないとまずいな。席替えをしたら前席の女子じゃなくなるだろうし。
後で裕也に名前教えてもらうか。
「風間君ってさー」
「授業始まるぞ。切り替えろよ」
前席の女子の言葉を切るように先生がチャイムの音と同時に教室に入ってきた。
「えー、もう来たのー。まだ全然風間君と話してないんだけどー」
「授業終わったら話の続きしてよ」
俺の言葉には笑顔で「うん」と従う前席の女子。授業が始まると前を向いて授業に集中する姿勢を見せている。
その姿勢は俺にも授業が始まるのだと言っているような気がしてならない。
これから長くて怠い時間の始まるのか……。




