先生について僕だけが知っていること
冷めた紅茶を一口のんで腕時計を見ると、待ち始めてから二十分が経過しているのが分かった。
と言っても、別に退屈している訳でもない。
僕は視線を正面に戻すと、そこから右に向かって周囲を見回した。
僕のいる部屋は、二十畳ほどの広さがある。
室内は至るところに工具や試験管、フラスコ、さらにはむき出しのエンジンから何を計測してるのか分からないメーターまでが乱雑に放置されていた。
一方の角には手術台までが設置されているのだ。
そして正面には、種々雑多な物品の中でも飛び抜けて珍妙な物があった。
それは縦二メートル、幅一メートル、奥行き八十センチ程度の大きさをした、金属製の箱だ。
本体は銀色で、鈍く輝いている。
でもその光よりも、あちこちに備え付けられているパネルの液晶画面の方が目立っていた。
目まぐるしく色調を変え、目を細めないと見ていられないほどに発光している。
全体としては大昔の映画に出てくるコンピューターのような外見、とでも言えば良いだろうか。
よく見ると前面は両開きのドアになっている。
そのドアが金属のきしんだ音を立てながら、ゆっくりと開いた。
やがて全開放となったが、中の様子はまだ分からない。
箱の中は紫色の煙で満たされていて、澱んだまま宙に滞空していたからだ。
しばらくすると煙の中から薄汚れたズボンと使い古しの靴を履いた右足が、音もなく飛び出してきた。
続いて白衣をまとった上半身と、古びたモップのように乱れた頭髪が現れる。
その下にある顔には、深い皺が幾重にも刻まれていた。
皺に埋もれているかのような目は、ここだけは老いた風貌に似つかわしくない、鋭い光を放っている。
現れた老人はすぐ僕を見つけ、しわがれた声をだした。
「ここはどこだ?」
「見ての通り、先生の研究室です」
正直に答える。
と言っても、他に返答のしようはないのだけれど。
「時間は?」
「十七時二十六分です」
その老人、つまり僕の先生は、骨董品かと見まがうような懐中時計を白衣の中から引っ張り出し、文字盤を見た。
「わしの時計も同じだ。ということは、つまり」
「また失敗ですね」
返事を聞くや否や、先生は絞殺されるカラスのような、とでも表現すべき絶叫を上げ、部屋の片隅に走った。
置いてあったスレッジハンマーをひっつかみ、振り回し、先ほどまで自分が入っていた箱を滅茶苦茶に殴り続ける。
「やめてください、先生!」
「止めるな! 日下君! こんなもの、こんなもの、こんなもの!」
「別に壊すのはいいんですけど、こういうやり方は近所迷惑ですからやめてください!」
先生を後ろから羽交い絞めにして、全力で持ち上げる。
先生は小柄な上、外見は寝たきりになっていてもおかしくないほど老いている。
それなのに、時々尋常でない力を出すので僕も必死だ。
ただでさえ先生は近隣の人たちからは「キ○ガイ爺」呼ばわりされていて評判はよろしくないのである。
余計なトラブルの元になる行動はやめて頂きたいのだ。
しばらく宙に浮いた足を振り回していた先生だが、やがて落ち着いたのかハンマーを床に投げ捨てた。
そのままがっくりとうなだれる。
僕が床に降ろすと、座り込んでしまった。
何と言葉をかけようか、と思っていた時。
制服の内ポケットでアラームが鳴った。
スマートフォンを取り出して画面を確認する。
「先生」
「なんじゃね」
「急用ができたので失礼します」
僕はそそくさと後ろを向き、机の上に置いていた鞄を手に取った。
そのまますみやかに退室しようとしたのだが、先生の呼び止める声が聞こえた。
「待て、どこへ行く」
「彼女から連絡があって、会いたいということでしたのでちょっと行ってきます」
「は?」
見ると、先生は顎が外れたんじゃないかと思うほど口をポカンと開けていた。
「君に彼女じゃと? 初耳じゃぞ!」
「そりゃまあ、今初めて言いましたし」
「いつから付き合っとるんだ!」
「二日前です」
「どこで出会った!?」
「同級生なんですよ」
「美人か?」
「もちろん」
「まさか、もうやったのか?」
握りこぶしの人差し指と中指の間から親指を出して聞かれ、さすがに僕も辟易した。
「まだに決まってるじゃないですか。なんでそんなこと知りたいんですか」
「む……男女の関わり合いというやつは、完全にわしの専門外じゃからな。知識が皆無な分興味があるんじゃよ」
先生はなぜか悔し気な、しかめっ面で言った。
僕は思い出す。
先生は科学に人生を捧げたおかげで「年齢=恋人いない歴」らしいのだ。
これは僕しか知らない先生の秘密その一なのだが、知ってても全然嬉しくはない。
「そういう訳ですので、失礼します。また明日来ます。それでは」
別れの挨拶を澄ますと、僕は足を止めることなく一直線にドアに向かった。
何やら後ろから先生の怨嗟の声が聞こえたような気がしないでもなかったが。
薄情な弟子だと自分でも思う。
でも先生、人生には学問よりも大事なことがあると思うんです。
「時空間転移装置? なにそれ?」
繭ちゃんが目に疑惑の色を浮かべて問い質してきた。
大きな瞳。
茶色がかった髪をショートにしている。
そして健康そうな、小さい口もとをした繭ちゃんは、不機嫌気味の表情も可愛いと思う。
僕の惚気かもしれないが。
「まあ簡単に言うとタイムマシンとどこでもドアを合体させたような機械かな」
パスタをフォークでいじりながら、僕は返答する。
ちょうど夕食時のファミリーレストランは家族連れも多く、ほぼ満席だった。
「そんな胡散臭い物作ってるの? あのお爺さん」
疑惑の色をますます強めて繭ちゃんが言う。
僕はフォークから手を放すと頭をかいた。
「信じられないのも無理はないけど、先生ならいつかは……」
「完成すると思ってる?」
「いや、思ってない」
繭ちゃんの周りで空気が固まったような気配があった。
さすがに呆れたらしい。
「じゃあなんであんなお爺さんに付き合ってるのよ」
「なんでと言われると……」
両親にも以前同じ質問をされたことがある。
先生はキ○ガイだの偏屈だの言われている通りの変人で、しかも今の住居に来る前のことは誰ひとり知らないという、謎だらけの人物だ。
両親にしろ繭ちゃんにしろ、僕がそんな人と交遊があるのを喜ぶわけはないだろう。
それは分かる。
しかしそれでも、先生と僕はなぜか気が合った。
阿吽の呼吸と言うのか、お互いに足りないパズルのピースをそれぞれが持っているような感覚と言うのか。
これは他人に説明するのは難しいのかもしれない。
「先生の淹れてくれる紅茶が美味いんだよ」
結局そう返答した。
やはりというべきか繭ちゃんは納得してくれない。
「……なにそれ」
「いや、本当なんだよ。先生、紅茶を淹れる名人なんだ」
この話は嘘ではない。
繭ちゃんはと言えば、表情の選択に困ったように顔をひくつかせていた。
ややあって一息つくと可愛らしい口を開いた。
「じゃあ私が紅茶をうまく淹れられるようになれば、もう会う必要はないのよね?」
「え?」
「これから練習するから」
僕は返答に窮した。
「とにかく、明日は私も同席するわ。あのお爺さんがどんな紅茶を飲ませるのかを確かめないといけないし、いいよね?」
そう言ってにこやかに繭ちゃんは笑った。
その笑顔に無言の圧力を感じ、僕は黙って顔を上下に動かした。
明日、先生が繭ちゃんに失礼な質問をしなければいいのだが。
繭ちゃんと別れて帰宅し、風呂に入ってその他雑事を済ませてベッドに寝転んでいると、またスマートフォンからアラームが鳴った。
今度は先生からのメッセージだ。
「大至急来られたし。研究は完成した」
画面に映る文章を見て僕は眉をひそめた。
時刻は二十三時八分。
先生の研究室を出てから六時間しか経過していない。
まさかそんな短時間で新しい時空間転移装置ができる訳もないはずで。
「先生、大丈夫ですか。今日のショックでボケちゃったんじゃないでしょうね」
怒られるかな、と思いつつ返信する。
間を置かずに先生から再度メッセージが来た。
「いいから早くこんかい。今日は家に泊まるつもりで準備すること」
僕は軽く肩をすくめた。
こんなに強引な先生も珍しい。
弟子としてはここまで言われては断わるわけにもいかない。
繭ちゃんに連絡しようかと、一瞬迷った。
でも夜遅いし、一緒に先生のところに行くと約束したのは明日のことだしで、まあいいだろうと思い止めておくことにした。
簡単に着替えを済ますと、もう寝ていた両親に置手紙をして出発した。
外に出ると吐く息が白く曇る。
先生の家は徒歩で十分弱。
上空を見上げると綺麗な満月が見えた。
静寂に満ちた街中に僕の足音だけが響くという感覚は割と好きだった。
今夜の紅茶は濃すぎる気がする。
熱い琥珀色の液体を一口含んで、僕はそう思った。
先生が紅茶を淹れるのを失敗したことは、僕の記憶にある限りではなかったはずだ。
そこまで気持ちを乱しているとは。
ということは、ひょっとして本当に時空間転移装置が完成したのだろうか。
先生はと言えば、僕と机を挟んだ形で座り、組んだ両手に額を当ててうつむいている。
僕が来てからの先生は、夜分遅くに呼び出した詫びを言って研究室に案内し、紅茶を勧めた後はずっと同じ姿勢で動かなかった。
二人でいる時に、こんなに沈黙を続けるのも珍しい。
やや居心地の悪さを感じてきたので、僕から口を開いた。
「それで先生、研究が完成したっておっしゃってましたが」
「うむ」
先生が顔を上げる。
立ち上がると部屋の西壁面にある、大きな棚に向かった。
試験管やアルコールランプ、フラスコといった器具が並んでいるその中から、先生は橙色の液体が並々と注がれているビーカーを手にする。
戻ると、再度僕の正面に座った。
「これじゃよ」
「え?」
僕は素っ頓狂な声を上げた。
先生の顔に目を向けると、いつになく真剣極まりない表情にぶつかった。
そこで今度は視線を落として、先生の前にある物体をまじまじと見つめる。
五百ミリリットルサイズのビーカーは市販の、量産されているごくありふれたものだ。
その中を満たしている液体は一見するとオレンジジュースにしか見えない。
「これが、時空間転移装置なんですか?」
「違う」
先生の返答を聞いて、僕は今度は声を上げずにただ口を開けた。
先生が言葉を続ける。
「わしには時空間転移装置以外に君に内緒にしていた研究があってな。これはその完成品じゃよ」
「僕に内緒?」
言われて我ながらちょっとショックを受けているのに気が付いた。
先生に隠し事をされていたとは。
「うむ。黙っていて悪かったとは思っておる」
先生はビーカーを手にして立ち上った。
「だが、これはかなり以前から……二年前には九割程度出来上がっていたんじゃよ。時空間転移装置の開発が成功したら、同時に完成させるつもりじゃった。ところがそういう訳にはいかない事態が起きた」
「なにがあったんですか?」
先生はビーカーの液体を見つめて、僕の質問には答えない。
しばらくそうしていたのだが、顔を上げると僕を正面から見据える。
その眼光に怒気のような色が見え、僕は息を飲んだ。
「君が悪いのだ」
そう言うと先生は液体を一気に飲み干した。
室内に甲高い破砕音が響く。
ビーカーが先生の手を離れ、落下して床に衝突し粉々のガラス片となっていた。
先生はうずくまると頭を抱えてえづき、呻いている。
僕は慌てて立ち上がり、机を回り込んで先生の傍にひざまずく。
背中をさすって声をかけた。
「先生、大丈夫ですか!」
その時妙なことに気が付いた。
手に触れる感触が段々と変化している。
先ほどまでは老人の、痩せて緩んだ質感の肉体だった。
でも今は弾力もあり、張りも感じる。
いや、体だけではない。
変化があったのは先生の頭髪もだった。
使い古しのモップのごとく乱れて灰色だったそれが、みるみるうちに漆黒に染まり、美しい艶を出していた。
そして、先生の口から発せられた声音。
「君が悪いのだ」
その高く澄んだ少女の声を聞いた時、僕は思い出した。
僕しか知らない先生の秘密その二を。
皺だらけの顔はそこだけ見ても性別判断が無理なほど老いていた。
普段から白衣に男物のズボンという格好で、爺と呼ばれても本人もめんどくさがって否定したりしなかった。
その為誰もが男性だと誤解していたけど――先生は実は女性なのだ。
「君が、君が、君が! 彼女など作るから! だから完成させねばならなかった! 君を連れて、遥か昔の遠い場所に共に行く準備が整うまでは待つつもりだった。だがそれではもう間に合わない。君の心と身体が他の女のものになるなど……耐えられるものか!」
先生が顔を上げる。
あれほどあった深い皺が消え失せていた。
そこにいるのは、もはやかつての老人ではない。
腰まで届く漆黒の髪。
切れ長の鋭くも美しい目。
白く透き通った肌。
紅を差したような赤い唇の少女だ。
先生はうずくまった姿勢から膝立ちになると、自分の手の平を眺めた。
次にその手で両頬を撫でる。
そのまま体に滑り落として腿まで達すると、満足したように頷いた。
首を横に向け、僕を見て薄く笑う。
「成功したようじゃな。どうだ? 美人であろう?」
「はい」
返事が僕の口から出たものだと自覚するのに、数瞬の間を必要とした。
眼前の現象に呆気にとられ、僕の意識は半ば飛んでいるようだった。
「ふ、ふ、ふ……。かつては科学界にあるまじき美貌ともてはやされたものじゃよ。ま、研究に人生を捧げる身としては美しさなど邪魔なだけじゃったがな。だから容色を保つどころか、むしろ衰えさせる方に労力を使ったわ」
先生は立ち上がると両手を開き、僕に全身を見せつけてきた。
「それでも後悔などなかった、学問に殉じた人生に満足しておったよ……君に会うまではな。まさか晩年に至ってこんな気持ちになるとはな。我ながら思わなんだ」
「どういうことですか?」
「分からぬのか?」
「はい」
「わしは君に恋しておる」
僕は絶句した。
今、先生は何と言った?
「いつからかはわしも覚えておらん。何しろ恋愛感情というもの自体が初めてだったのでな、この心の動きはなんだろうと悩み続けたよ」
「……」
「だがそれが君への愛だと気づいた時、わしは自分の身と人生を呪った。君に出会い、恋に落ちたというのにそれを叶えるにはわしは老いすぎている」
先生の口調は、生徒にテストの解法を説明する教師のように、淡々としている。
「何度も諦めようと思ったよ。だが君と会う度にわしの気持ちは膨れ上がった。やがて、破裂寸前なぐらいにわしの心は君のことだけで埋め尽くされた。人生を捧げたはずの科学さえ、もはや石ころ程度の価値しかないほどにな。……だが、その石ころにも使い道があった、それを思い出した」
「……」
「若返ってやり直すのだ。そのためにわしのこれまでの人生の成果を全てつぎ込むことにした。そして成功した暁には、今度は君に人生を捧げると誓ったのだ」
そこまで話すと、先生は少女には似つかわしくない淫猥な笑みを浮かべる。
その表情に僕は戦慄した。
でも、おかげでやや気を取り直した。
大慌てで声を出す。
「っていうか、先生!」
「なんじゃ?」
「先生が内緒にしていた研究って、若返りの薬なんですか!?」
「そうじゃよ」
「凄いじゃないですか! 明日にでも大々的に発表しましょうよ! そうすれば……」
「いやじゃ」
これ以上ないぐらい冷淡な返答だった。
「そんなことをしてみろ、わしはもてはやされ、崇められ、富と名声で呼吸できないぐらいまで埋まってしまうではないか」
「それでいいじゃないですか」
「そうなったら君とも気軽に会えなくなる。君と共に居る時間が減るなど耐えられるものか。それでなくても今の彼女とやらのように、雌犬どもがいつ君にたかるか分からんと言うのに」
「……」
「だからこの薬は秘匿されねばならん。とは言え、君と結ばれるためにはわしが若返る必要がある。だが、若い体で暮らし続けていけばどうあがいても人目につくだろう、老いたわしと言う存在も消えるわけだし」
「……」
「そのための時空間転移装置だったのじゃよ。若返った後は、君を連れて古代の遠い国に行くつもりじゃった。そこで新しい君のための人生を始めるのだ」
「先生」
「なんじゃね?」
「そのご提案、お断りします」
きっぱりと言ったつもりだ。
先生は暴走している。
弟子としては止めなければならない。
原因が僕への愛情というのは、複雑な気持ちだ。
若返ってしまった以上、もう取り返しがつかないかもしれない。
それでも先生は大事な人だし、このままだと僕も巻き込まれる。
先生はと言えば、怪訝な表情で沈黙していた。
僕は会話を続ける。
「お気持ちは嬉しいです。でも、僕にはここでの生活があります。両親もいる、友人もいる。皆大事な人達です。その人達と離れたくはありません」
「そして雌犬もおるわけだな」
先生の眉間に皺が寄っている。
「それは許さん。というかだな、わしは君に提案をしているわけではないぞ」
「え?」
「これは決定事項だ。君がどう思おうが、たとえ不本意であろうが、わしと共に行くのだ」
背筋に霜柱が立つのを感じる。
僕は初めて先生に恐怖していた。
暴走を止めるどころではない。
今、この場から逃げ出さないと僕は生涯この人に束縛されるのではないだろうか。
室内を見渡す。
幸い、出入口は背後にあった。
僕は後ずさりを始める。
気付かれないように、頭を抱え、悩むふりをしながら。
「それに日下君、君はわしの弟子だろう? 弟子ならば師匠を見習わなければならんぞ。わしの心が君で満たされているように、君の心もわし一色に染めるべきなのだ」
扉まで後二メートル。
ここまで来れば、先生に追いつかれることなく部屋から逃げ出せる自信がある。
女の子に脚力で負けるとは思えない。
「先生、失礼します」
そう告げると、振り返る。
扉に向かって走り出した。
……はずだった。
足がもつれ、僕は右半身から床面に衝突してしまった。
慌てて立ち上がろうと手をつく。
だが、手がスロー再生のようにゆっくりとしか動かないのに気づいた。
愕然とし、うつ伏せに倒れこんでしまう。
「ふむ。ちょうどよい時間だったようじゃの」
先生の足音が床に響き、倒れる僕の体にも伝わってきた。
「今夜の紅茶は出来が良くなかったであろう? すまぬな、ちょっと特殊な材料を入れたのじゃよ。そのおかげでこうして君は大人しくしてくれるわけだが」
窓からさしてくる月光に照らされ、先生の影が見える。
やがて影の主は僕の体をまたぐような位置で仁王立ちした。
「急がねばならぬな。今夜中に君を心身ともにわしの物としなければならん。初の契りが手術台というのはムードがないが、まあ止むを得まい。わしの虜となったら、ここで二人で暮らすのだ。ああ、でもそう長い間ではないぞ。若返ったおかげで脳細胞が活性化しているのが分かるのだ。これなら時空間転移装置はすぐに完成する」
先生が僕の背に腰かけた感触があった。
両頬に手が後ろから差し延ばされ、愛おしそうに撫でまわしてきた。
本来なら快感を覚えるだろうその感触は、今の僕にとってはおぞましいものでしかない。
「完成したら共に旅立とう、いつでもどこでも構わない、君といられるならな。そしてそこでの生活も老いて終わる時が来たら、二人でまた若返って他の時代に旅立つのだ」
視界が暗転しつつあり、先生の声も遠くなる。
「それをずっと続けよう、永遠に、永遠に……。ふふ、比喩ではなく、君は永遠にわしの物だ」
誰か助けてくれ。
そう叫びたかったが、舌ももはや動かなかった。