かぐや姫の調査
「姫様、こちらが『火鼠の皮衣』でございます。」
豪華な着物を着た男が、目の前の十二単を着た女にうやうやしく頭を下げる。
男の手には、なにやら布が入った黒光りする箱がある。
布は高価なものらしく、光を反射してキラキラと輝いていた。
女は箱からその布を取り出すと、じっくりと観察し始め、やがて口を開いた。
「とても美しいですね…これが私の頼んだ火鼠の皮衣で間違いないのですね?」
小鳥の囀りのような美しい声。
男は、女の問いを深く頭を下げて肯定した。
「では、これが本物であるかどうか…火の中に入れてみましょうか。」
女は立ち上がると、部屋の隅にあった灯火の火を布に近づける。
その途端、火は布に燃え移り、布はメラメラと燃えだした。
しばらくして火が消えた後には、真っ黒に焦げた布の残骸が残っている。
「そんな馬鹿な!大枚はたいて買ったというのに…!」
「残念ながら偽物だったようですね…」
女は端正な顔を歪めると、男に背を向け部屋を出て行った。
姫様、姫様、と叫ぶ声を背に受けながら、女は自室へ向かう。
「…あいつが持ってきたものも偽物か…」
女は呟くと、自室の畳の下から手鏡を取り出した。
誰にも見つからないように隠してあったのだ。
そして、手鏡に向かって言う。
「月よ、応答願えますか?」
すると手鏡の中に、黒い霧のようなモヤモヤしたものが浮かび上がり…
それは徐々に人の形を成していった。
『おお、かぐやか?どうだ、調子は。』
鏡の中から、しわがれた声が響く。
「好調です。ですが、火鼠の皮衣は偽物だったようです。これがあれば燃えない鎧も作れるかと思ったのですが…」
『まあ仕方なかろう。しかし、月の力をもってすれば地球を支配するなど容易いことよ!』
「ふふ、そうでございますね…では、私はこれからも調査を続行します。」
鏡は1つチカッと瞬くと、ただの何の変哲もない手鏡に戻った。
愚かなものよの、人間め…地球は、もうすぐ我ら天人のもの…!!
「フハハ…フハハハハハ…!」
「あのう…独りで盛り上がってるとこ申し訳ないんだけど、あなた、そういうことしちゃいけないよ?」
「フハッ!?」
クルッと振り返った女が見たのは、黒縁眼鏡をかけた1人の青年だった。
20歳前後のその青年は、パラパラと手帳をめくりながら、
「えーと、まず危険物所持、無断輸出入品持ち込み。あと侵略も企ててません?それだともっと罪状追加されるんですが。」
言葉を並べ、ぱたんと手帳を閉じた。
「きっ…貴様、何者だ!?」
女が取り乱した様子で叫ぶ。
「僕が何者かなど、どうでもいいですよ。それより、あなたはかぐや…かぐや姫で間違いありませんね?」
女ーーかぐや姫が動揺したのを見逃さず、青年は満足げに微笑む。
「そうでしたか…しかし、姫…」
小さく呟くと少年はかぐや姫にぐっと近づいた。
「あなたはやはり、話に聞く通りお美しい…その漆黒の髪も、白い肌も…」
「なっ…!?なにを言い出すか!?この無礼者っ!!」
叫んで後ずさるかぐや姫の手をそっと握り、青年は彼女の目を覗き込んで続ける。
「どうですか?これから一緒にお抹茶でもって痛っ!?」
スパンッ、といい音がして青年が前につんのめった。
「なに言ってんのよ、バカ!お前の方が犯罪者じゃない!」
怒号と共に現れたのは、二十代前半くらいの女性。端正な顔を怒りに歪ませている。
その女性が、青年の頭を手に持った雑誌で叩いたようだった。
「すいませんね姫様、このバカが…」
「え、ちょっとひどぶっ!?」
反論しようとした青年の頬をぐさっと指で突きながら、女性は苦笑いする。
「貴様ら…貴様らは何なのだ一体!!」
叫ぶかぐや姫に、女性はうっすらと笑って答えた。
「私たちですか?私たち、ただの警視庁の者ですよ。」
「け、けいしちょう?なんだそれは!」
「この時代に警視庁なんてあるわけないじゃん。」
「…そうだったわね…」
じとっとした青年の目線を避けて女性が呟く。
「フ、フハハハハハ!けいしちょうだかなんだか知らんが、貴様ら人間なぞに我ら天人が止められるとでも言うのか!無理であろうの、天人の前には手も足も出ないだろう!」
自信満々で高らかに言い放ったかぐや姫。
しかし、青年と女性は顔を見合わせ、頬を引きつらせた。
「天人の方に行ったのって…」
「あの2人…よね。」
「なんというか…ご愁傷様というか…」
ぽつぽつと喋る青年。
さらに困惑顔をしたかぐや姫に、女性は言った。
「あー…ボロボロにされてるかも…しれませんね…」