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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編置き場

亡霊の叫び

作者: 海ほたる

 帝暦263年。帝国は腐り果てていた。権力と富はある一族が独占し、自分達に従順な者にのみにそれらを分配することで影響力を国中に広げていた。


 それは正に弱肉強食。強者が弱者から搾取することで成り立っていた。国の中枢たる帝都は栄え人々は笑い、地方の農村では重税に苦しみ笑顔など何処にもなかった。


 そんな帝国では最近、辺境で反乱が頻発していた。その度に討伐軍を派遣して鎮圧していたが、ついに鎮圧に失敗する。討伐軍約五万は壊滅。慣れない土地に加えて風土病が軍内で蔓延、そこを反乱軍に強襲されたのだ。


 その報は帝都にも知らされたが、遠い辺境での出来事などに興味など無くいつも通りの生活を送っていた。中には辺境の猿共にしてやられるなど情けないと言うものまでいた。


 そして、鎮圧失敗から数ヶ月後の帝都でそれは起きた。


 ある朝、一組の男女の死体が発見される。運悪く通り魔に殺されたのだろうと、ろくに調査もされること無く片付けられて終わった。人々も可哀想になどと言って自分達の生活に戻っていった。


 しかし、事件はこれだけでは終わらなかった。次の日に若い男性の死体が見つかる。その次の日には老人が。その次の日も死体は見つかった。


 犠牲者が十名を越えたぐらいから夜に出歩く民衆はいなくなった。その代わりに死体で発見されるようになったのは、帝都警備隊の兵士だった。夜中に巡回していた者たちが朝になっても帰ってきた痕跡がなく、捜索隊が出された直後のことだった。


 巡回は二人一組で行っていたが、二人とも朝までに帰って来ない。そんなことが何日も続いた。そこで、四人一組で巡回を行うようになったが死体が四人に増えるという結果に終わった。


 何も効果的な手を打つことができない日が続いたが、ついに事態が動く。ある貴族子弟が通り魔を討伐せんと市民街に繰り出しただ。しかし、次の日の朝には従者ともども死体で発見された。


 事ここに至って初めて国が重い腰を上げた。市民や兵士が何人死のうが所詮は平民と流していたが、貴族が殺されたとなればそうはいかない。


「帝都を荒らす賊の討伐を命じる。確と仕止めよ」

「はっ、畏まりました」


 帝国の丞相は目の前で膝付く騎士に向かって命令する。その表情からは何も読み取れない。この男の口から出た言葉は決定事項である。それを違えた者に未来はない。それが例え身内であったとしても。


 命を受けた騎士はまず、夜に備えて寝ることにした。万全の状態で挑まなければ討ち取ることは難しいと考えたからである。


 そして、その時は騎士が巡回を初めてから三日目に訪れた。背後からの奇襲を剣で受け、振り返る。しかし、そこに姿はもうない。そのようなやり取りを何度か続けたところで騎士は襲撃者に問う。


「なぜ貴様は帝都で人を殺す?」


 それは騎士の純粋な疑問だった。平民など何人殺そうが意味はなく、貴族を殺せば帝国を敵に回す。まるで意味など無い行為だと考えていた。


「何故だと?」


 問の答えを期待していた訳では無かったが、そんな答えと同時に正面から襲撃者は現れた。声と背格好から成人男性と推測できる。手には帝国の正規兵に支給される剣を持ち、マントを被っているがその隙間からは正規兵に支給される軽鎧が見えた。


「そんなもの八つ当たりに決まっている」


 男は嘲るように答える。まるで何を当たり前の事を聞いてるのかと逆に聞いているかのようだった。


「あの地獄のような場所で戦って帰ってきて最初に見たものが何だか分かるか?」


 男は嘲笑いながら言う。


「いつもと変わらない生活をしている奴らだ」


 無表情に言う。


「まるで俺たちは存在していなかったかのようだった」


 その声に感情は感じられない。


「俺は此処に居る」


 それは心からの訴えだった。


「だから刻み付けてやったのさ、俺は此処に居るってな!」


 男は自分の気持ちの昂りを表現するかの様に腕を広げて叫ぶ。


「バカな奴だ。何もせず大人しくしていれば死なずに済んだものを、そんな下らない理由で帝都を荒らすとは愚かにも程があるぞ」


 それが、まるで理解できない行動原理を聞いた騎士の感想だった。反乱軍を鎮圧できなかった軍の兵士など存在価値がないのは当たり前ではないか。


「ああ、お前ら貴族には何も期待していない。何も知らないままそうやってふんぞり返っているがいい」


 そう言うな否や男は騎士に斬りかかる。しかし、相手はフル装備の正騎士。装備の差は歴然だった。男の剣を弾いた騎士は返す剣で男の右腕を斬り飛ばす。


 腕を失った男は軽く呻き声を漏らしながらも闇に覆われた街に消えていく。


「ちっ、仕損じたか。まあいい、どうせあの傷では長くは持たないだろう」


 男は身体中に傷を負っていた。その上、何故か衰弱していたようだったからである。そこに片方の腕を失ったとあらば助かる見込みは薄いだろう。


 剣を納め斬り飛ばした男の腕に近づいていく。男の腕を何気無しに検分していた騎士はあることに気付く。


「これは……、不味いかもしれないな」


 次の日の朝、丞相が登城するのを待ち構えていた騎士は姿を見せた丞相に駆け寄る。


「閣下、お耳に入れたいことが」


 開口一番そう口にする。普段とは違う騎士の様子に気が付き何事かと丞相は尋ねる。


「疫病が帝都に持ち込まれた恐れがあります」

「なに?」


 普段は鉄面皮の丞相もその内容には表情に変化が見られた。と言っても眉が少し寄ったぐらいだが。


「昨晩討ち果たした賊に末期の症状が出ていたのを確認いたしました。市民街を封鎖することを意見具申致します」

「うむ、そのように致せ」

「はっ」


 封鎖から数日後、市民街で最初の発症者が出る。それを皮切りに被害は広がり市民の八割が発症、四割が死亡する被害を出す。貴族街では数人の感染を確認されたが、特効薬のお陰で軽度で済んだ。


 この一連の出来事は市民の間でも噂される。帝都で殺しをしていたのは帝国の兵士だった。騎士が取り逃がした。疫病をバラ撒いたのは兵士の亡霊だ。疫病の事を知っていて貴族は自分達だけ守った。


 時代が変わりは、国が変わってもこの話は形を幾重にも変えて語り継がれる。最終的には人がたくさん殺された事があるといった程度の認識ではあったが、親が子を叱る際の常套句に使われる様になる。


 

悪い子は亡霊に憑き殺されると。

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