第59節-楓と夏戦-
『俺の油断だ』
夏戦はそう思いながら盗んだ本人を追いかけるため走る
その後ろを戦浪季を抱え付いてくる楓を横目で見ながら速度を上げる
『ちっ……足が速い』
速度を上げたお陰で盗んだ本人の真横に辿り付き
その持っている紙を掴むと、何に引っ張られたのかわからず
盗んだ男性はきょとんした表情で浮かんでいる紙を掴もうとする
しかし、その紙は浮いているように見えて、その男性の手から逃げている
「な、なんなんだ?!」
『取られるかよ』
夏戦は見えてない男性から逃げるように距離を少しずつ取ると
その後ろから追いかけて来た楓の手元に紙が落ちる
落ちると言うより夏戦が楓を手を引き、その上に紙を置いただけ
「……てめぇ、その紙を返せ!」
「お断りします、この紙は私のです」
「何を根拠に……持っていたのは俺だぜ?」
周囲で見ていた町の人々に自慢げに話すその男性を見た後
町の人々は楓を睨むように見る
その視線に少し怯える楓に夏戦が右肩に手を置き言う
「大丈夫だ、それはお前のなんだろ? だったらそういえばいい」
「あ、はい……あ、あの」
「なんだよ? 返してくれるのか?」
「この紙の中、どうなっているか知っています?」
「そんなの当り前だろ、通行書だよ」
「通行書ですね、それ以外に何が書いてあります?」
「書いてあるわけないだろ、ただの通行書だよ」
男性は自信満々に楓に向かい言う
しかし、楓は紙を開く事なく男性の顔を見ると言う
「これは『天皇』様が書いた通行書です
それが書いてあるので、ただの通行書じゃないですね」
「そ、そんなの知ってるよ、そんな事言うわけないだろ」
「どうしてです?」
「そりゃあ、天皇が書いた通行書なんてただの通行書とかわんねぇんだから」
その言葉に周囲で楓を睨んでいた人々の目付きが変わる
天皇が書いた通行書がただの通行書じゃない事はすぐわかる
それが変わらないのに『ただ』の通行書だと言い、自分の私物と言う訳がない
「な、なんだよ……俺のって言ってるだろうが!」
男性はその視線に切れたのか腰に持っていた小型の短刀で楓に突っ込んでくる
それを見ながら夏戦は楓に向かい言う
「戦浪季を抜け」
「え?」
「死にたくないだろ? 早くしろ」
その言葉に頷き、楓は両手持っていた刀を右手で持つ
しかし、その重さに少し肩が落ちる
だけど、そんな事を気にせず……楓は戦浪季を鞘から抜く
その刀は重く、刀の先端が地面に落ちる
「お、重い……」
「なんだよ、自分の刀もろくに使えねぇのかよ!」
男性は楓の姿に笑いながら短刀を構える
それに対応するため、刀を持ち上げようとする楓に夏戦は言う
「……さすがに女には厳しいか」
そう言うと夏戦は楓の目の前から姿を消す
その直後、楓の持っている刀は軽くなる
『これで振れるだろ、やれ』
男性に向けて刀を振る
しかし、その振りは明らかに素人
戦浪季を大振りしただけ
「へっ、なんだよ……そんなの簡単に!」
男性は女性の刀と思い油断したのが敗因
楓の刀を短刀で受け止めた直後、男性の刀の刃はへし折れる
「なっ……」
『そのまま持ち上げて、振り下ろせ』
「はい!」
楓はどこからか聴こえる夏戦の言葉に従い
戦浪季を頭上に持ち上げて振り下ろす
それを男性が間一髪避ける事に成功したが
その地面に大きな音が響く
「ひぃ……」
それを見た男性は悲鳴をあげ
観客となった人々は後ろに半歩下がる
それを軽々と持ち直し鞘に納めた楓は男性に笑顔で言う
「まだやりますか?」
「……やりません」
男性の怯えた顔の言葉に笑顔で頷き紙を胸元に入れると
楓は歩き出すと、夏戦が楓の横に姿を現す
その直後、楓が片手で持っていた鞘は一気に重くなり地面に落としてしまう
「悪い、言うべきだったな」
「い……いえ、大丈夫です」
楓は落ちた戦浪季を両手で広い花束のように両手持つ
その姿に夏戦は少しだけ微笑むと歩きながら言う
「さて……牡丹達を探すか」
「あ、はい」
夏戦の後を楓は小走りで追いかける




