第56節-風呂場の一時、人との違い-
「ねぇ、楓ちゃん」
牡丹は楓が障子戸を開け中に入ると既に湯船に使っており
そこから首を横に回し、風呂場に入っていた楓に話かける
「はい?」
「……女将さんとの試合はどうだったの?」
「私が勝ちましたよ」
楓は桶を取り、頭から軽くお湯をかけ……長い髪を左右に振ると
それに合わせ、隣で雪花も同じ動作をする
それを牡丹が微笑みながら見た後、空を見ながら楓に言う
「楓ちゃんは居合以外、剣技は使えるの?」
「えっと……使えません」
「そっか……」
楓が体に巻いたタオルを取り、湯舟に入りながら牡丹の質問に答えると
それを空を見上げたまま答え……また質問をする
「もしもだけど、楓ちゃんの居合が利かない相手がいたらどうする?」
その言葉に雪花は少しだけ困った顔をする
先程の会話の一件もあるが……楓が戦えなくなったら雪花が一番困る
しかし、そんな雪花を余所に楓が笑顔で牡丹の質問に答える
「その時は……居合が相手に通るまで試します」
「通るまでって……それだと、通らせる前に負けちゃうわよ?」
「負けません、だって……牡丹さんと駿斗さんが一緒にいてくれるから」
その言葉に少しだけ眼元が緩んだ牡丹は楓を抱きしめる
それに両目を瞑り、雪花は楓の横にいるだけ……
『私が楓の力にはなれない……傍にいて見守るだけ……』
「それに……雪花に春菊さん、夏戦さんが力を貸してくれてますから」
楓の次の言葉に雪花は無言で牡丹の反対側から楓を抱きしめる
それに慌てながら楓は言う
「あ、あの……熱いんだけど……」
湯船の中で体の暖まった自分に2人が抱き付いてくればそれは余計に熱くなる
しかし、牡丹と雪花は楓から離れない
「もぅ……」
楓はそんな2人に小さな溜息を吐くと空を見上げると
そこにはまんまると満月と星が何十にも空に浮かんでいる
『……私の世界じゃ星はほとんど見えなくなっちゃったから
ここで見えるのは少し嬉しいかも……』
そう楓が思っていると、風呂場の障子戸が開き春菊が中に入ってくる
そして湯舟の3人を見ると呆れた顔で一言、3人に言い放つ
「何してるの?」
「春菊、あなた、後で1人で入るんじゃ……」
「気が変わったのよ」
「あっそ」
雪花と春菊のやり取りを余所に楓は湯舟から出ると
置いておいたタオルまき立ち上がる
「私はそろそろ出ますね、のぼせちゃった」
「わかった、私ももう少ししたら出るね」
「うん」
雪花の言葉を聴いた楓は微笑みながら頷くと障子戸を開け外に出る
それを見送りと春菊が2人から離れた位置にゆっくりと湯船に入る
「あなた達はのぼせないの?」
「私はお風呂好きだから」
「私も」
「……そ」
春菊の質問に2人は笑顔で答えると春菊は両目を瞑り考え事を始める……
『……今この旅館にある刀は2本、残りは2本
あの雪花は紛い物だし、数には含まれないけど
その全てが集まったとして……何があるというの?』
その心の問いに答える者はいなく、ただ静かな時間が過ぎていく中
春菊が両目を開け……先に入っていた2人の方を見ると……
「まだ出ないの?」
「あんたこそ」
「……私はお風呂好きだから」
「私もそうよ」
顔を真っ赤にした2人の女性が言い合いながら湯船に使っている
既にのぼせている体のまま、湯船に使っているのは誰が見てもわかる
それを余所に春菊は黙って湯船にから出て
障子戸の方へ歩きながら2人の方を見ると小さな声で言う
「……馬鹿ね」
そして春菊が障子戸を開け
濡れた体で部屋の中を歩くがその滴が部屋を濡らすことはない
足の裏の濡れがあったとしても、部屋の床は何も起こらない
それを気にせず春菊が服に着替え、縁側で外を見ている楓の横に座る
「春菊さん」
「……あの2人はまだ風呂よ」
「お風呂大好きって言ってましたからね」
「……そうね」
楓の言葉に苦笑を浮かべながら答えると春菊が楓に話かける
「ねぇ……この旅館を出た後、行きたい場所ある?」
「え? えっと……私は詳しくないので牡丹さん達にまかせようかと」
「そう……ねぇ、楓……あなたは本当にこの時代の人間?」
「え?! そ、そうですよ?」
楓の驚いた顔を横眼で確認した春菊は少しだけ口元を緩めると
すぐさまは笑顔に戻り、楓に言う
「冗談よ、あなたの服装と居合が珍しくて、つい言ってみたくなったのよ」
「……あ、なるほど」
「明日出発したら町を探しましょう、行き会ったりばったりも楽しいけどね」
「そうですね……でもこの近くに町はあるんですか?」
「さぁ? 明日の出発の時にでも女将とかに聴いてみましょ」
「はい」
そこまで会話すると風呂場の障子戸が開き
牡丹と雪花が顔を真っ赤にしその場に倒れ込む
それに慌てながら駆け寄る楓と呆れた顔で立ち上がり近寄る春菊
「大丈夫?!」
「の……のぼせただけ」
「そうそう、のぼせただけ」
楓は端っこに置かれていたうちわを手に取ると2人を仰ぐ
その風に涼しい顔を浮かべている2人を余所にひかれていた
布団の上に座りその光景を遠くから見ている春菊
『……男がいたらどうするのよ』
裸の女性が仰向けで部屋に寝っ転がる姿
しかし、牡丹の背中の湯は床を濡らす中
雪花の体の湯は床を濡らさない




