第48節-戦理の特訓-
「まずは、刀を『横』に抜刀してみてください」
「横に? 了解した」
戦理は楓の言う通り、その姿勢から横に刀を引き抜く
しかし……戦理自体、軍刀を横に抜くと言う動作に慣れていない
「……難しいな」
「そうしたら、また刀を鞘に納刀してください」
「ああ、わかった」
言われるがまま、抜いたままの刀を鞘に納める
そこで戦理は一息つく
慣れない動作と教えられた通りにできたのか……その不安2つ
「でも、それだと普段と変わらないので、ここから速くしましょう」
「速く……?」
「はい、今の抜刀から納刀を素早くやるのが居合の基礎なんですよ」
楓はにこやかに戦理の顔を見る
それに対して戦理は苦笑を浮かべながら考える
『ま……まさか、楓は……思った以上に厳しい子なのか?』
「では、お手法を1度見せますね」
楓は戦理の前に1歩出ると鞘に手を置き放つ
その音は空気を斬るような速さ、そして鞘に収まる刀の速さ
その動きは洗練されており、近場で見るとそれがよりわかる
「どうでした?」
「……俺にできるのか?」
「できると思いますよ?
今の基礎をひたすら練習、私もそうやってきましたから」
と楓は言っているが、楓が居合を始めたのは小学生
それから高校生になるまで、賢護が優しく丁寧に教えた
それを考えれば、楓の居合歴は相当な物になる
「そ、そうか……とりあえず、何本ぐらいやればいいんだ?」
「えーと……100本ぐらい?」
「……了解した」
楓が笑顔で言った100本と言う言葉に頷き、戦理は素振りを始める
しかし……30本ぐらいの所で戦理の動きが止まる
「っ……まさか……ここまで辛いとは」
それは普段、力任せに上段から振るっていた刀を横に向け
抜刀、納刀をひたすらに繰り返す
それに軽量化されているとはいえ『軍刀』を何十回も振れば手も疲れる
『……いや、俺がここまで辛いのに、楓はよくあそこまで……』
「……? なんですか?」
「あっ、いや……少し手が疲れたのだが、楓はよく平気だなと」
「ああ、それはですね
抜刀と納刀を速くすると刀を持っている、時間が短くなるんですよ」
「……なるほど」
楓の説明に戦理は納得する
それは抜刀して納刀する、慣れていないと抜いて戻しての動作が遅く
刀を手で持っている時間と静止する時間が長くなるため、それだけ力がいる
ただ……それを高速化する事によって刀の重さを感じないようにする技術
「……よし、では後70本、頑張るとするか」
「はいっ、ふぁいとです!」
戦理の言葉に楓は両手でガッツポーズをしながら笑顔で言う
それを見た戦理は少し顔を赤くするが……すぐ構えに入る
それからしばらくして……戦理が70本終えた所で
女将が戦理の前に来て、話かける
「戦理様、そろそろ朝ご飯の時間ですよ?」
「ん? ああ、もうそんな時間か……」
「ええ、そんなに汗かいて……辛そうな顔して
そこまで『いあい』と言う物を覚えたいんですか?」
「そうだな……教えて貰って初めて『居合』と言う物が
難しい事に気づいた……楓は凄いな」
「へ? そんな事ないですよ」
戦理の言葉に楓は両手を振り恥ずかしそうに顔を背ける
それを横目で見ながら女将はどこか楽しくないような顔をする
「どうした?」
「い、いえ……なんでもないですよ
さ、楓さんも朝ご飯にしましょう」
「あ、はい」
女将は戦理と楓を本館に案内し
広い部屋の中に入ると、そこには御膳2つに料理が置かれている
「では、ごゆっくりと」
そういうと女将は笑顔で部屋の障子戸を締め、出て行ってしまう
それを見送った後、戦理は御膳の前に座ると楓を手招きする
「……食べようか」
「えっと……2人だけなのにこんな広いお部屋……」
「いいんじゃないか? まぁ、気にせず、朝ご飯を頂こう」
楓達の朝ご飯
白いご飯に豆腐の味噌汁、アジの開き
小さな梅干し1つ、切ってあるたくあん2つ
至ってシンプルなのだが、楓に取ってはどこか懐かしく
そして嬉しくなるような料理だった
「美味しそう……」
「そうか? この旅館の朝ご飯はこればっかりだぞ?」
「そうなんですか?」
「ああ、まぁ……美味しいから気にしなくていいぞ」
「わかりました、ではいただきます」
楓は御膳の前に座り、箸を両手で持つて両目を閉じ声を出す
それを横で微笑みながら見た後、戦理も『いただきます』と声をあげる
そして……女将が戦理達の部屋から離れた場所で歩いている
そこには女将以外誰もいず、静まり返っている廊下で独り言を漏らす
「はぁ……私は料理得意じゃないのよ……」
料理を作っているのはこの旅館の女将達
だが……元々の『本業』は別にあるため、料理などに疎い
そのため、朝、昼、夜の食事は一緒の事が多い
そして楓が食事を食べ終えた時
戦理は楓に話かける
「どうだった?」
「美味しかったですよ」
「そっか、それはよかった」
「はいっ、でも……」
「どうした?」
「なんというか味が……薄いんですね」
「味が薄い……? 少し味噌汁を貰ってもいいか?」
「え? あ、はい、どうぞ」
戦理は楓の前にある御膳の上の味噌汁に手を伸ばし
それに少し口を付け、味噌汁をすする
『……たしかに薄い、俺のは濃かったが……
これはすくった場所が悪かったのか?』
「……どうしたんですか?」
「いや、なんでもない、この後も居合の特訓に付き合ってくれるか?」
「はい、もちろんです」
戦理がそう言い立ち上がると楓も立ち上がり
一緒に部屋の外に出て行く




