近未来漫才3
本作は『近未来漫才』シリーズの三弾目となっていますが、
過去作を読まなくても何となく内容はわかるかと思います。
ここはとある小規模な演芸会場。現在ステージには、二人の男が満面の営業スマイルをたたえながら上がってきていた。
一人は、田安春明。ありふれたグレーのスーツを着ている彼は、これといった特徴を持たない地味な感じの男だ。
もう一人の男は、東城渓人。こちらは田安と異なり、こじゃれたファッションをパリッと着こなして華やかな雰囲気を身にまとっている。一見すると、そこらにいる色男と何ら変わらない彼であるが、決定的に周囲と一線を画している点があった。それは、彼の頭から、銀色のアンテナ状の物体がちょこんと飛び出ているのである。
東城の正体は、自分の意思を持つ精巧なロボット。つまり、アンドロイドなのであった。
人間とアンドロイドが共生することが少しずつ当たり前になり始めたご時世において、二人は世界初の人間とアンドロイドの異色の組み合わせの漫才コンビとして活動しているのである。コンビを結成して数年。一度は物珍しさから若干注目された時期もあったが、今ではそのプチヒットもすっかり収束してしまった。だが、それでもめげずに、こうして細々と活動を続けているのだった。
そして今宵、無人の箇所がパラパラ目立つ客席を前に、異色コンビ『機人変人』のステージが幕を開けた。
田安「どうもー! 『機人変人』でーす!」
東城「よろしくお願いしまーす!」
田安「東城君。突然だけど俺さ、デートをしたいなーって思うんですよ」
東城「えっ……俺のことをそんな目で見てたの? ポッ♡」
田安「キモいって! 俺に男のアンドロイドとデートする趣味なんかねえよ」
東城「ほほう。では、女のアンドロイドとならデートをすると? 地味でパッとしない田安君にほれ込むようにわざわざプログラミングされたおべっか使いのアンドロイドとなら、お手々つないでランランしちゃうと?」
田安「いや……それはそれでちょっとむなしいから遠慮しとくわ。そりゃあ、普通の女の子とに決まってるだろ」
東城「ほうほう」
田安「で、俺はまだ彼女はいないんですけれども」
東城「ぷーっ! くくくっ」
(東城、口元を押さえて失笑)
田安「何笑ってくれてんだよ!」
東城「だ、だって。いい歳して彼女がいないのをカミングアウトしなくたって」
田安「は? じゃあてめえは彼女いるのかよ」
東城「ふっ。いるに決まってるじゃないの。だって俺、顔良し・スタイル良し・おまけに高性能なアンドロイドなんですよ?」
田安「ふん。どうせ機械のお前の彼女なんて、冷蔵庫か洗濯機なんじゃねえのか」
東城「なっ……」
(東城、暗い表情を作ってうつむく)
東城「ひ、ひどいよ田安君。いくら俺がアンドロイドだからって」
田安「あ、い、いや。わ、悪かったよ」
東城「俺の彼女は、冷蔵庫でも洗濯機でもないよ」
田安「……」
東城「俺の彼女は……ロボット掃除機だよ!」
田安「似たようなもんじゃねえか!」
東城「いーや、違うから。あの華奢で小柄な身体。隅々まで行き届くまめやかな気遣い。でもって、あの愛くるしい動き。冷蔵庫とか洗濯機には決して真似できない!」
田安「わかった、わかった。もういいから。で、俺は今のうちにデートプランというものを」
東城「でもって、毎晩寝る前に……むふふ♡」
田安「いいから。お前の彼女自慢はもういいから。で、そういうわけで今後のためにデートの練習をしたいから」
東城「俺はそのデートを実況する第三者をやればいいんだね」
田安「え、違うって。お前には彼女の役を」
東城「おーっと、田安君。彼女にキスをしようと、タイミングをじーっと伺い倒しております」
田安「勝手に役になりきるな! あと何? デートを実況する第三者って。意味わかんないんだけど」
東城「今か、まだか。今か、まだか。よし、今だ! 二人のムードが盛り上がったところでキッスターイム! ……ああっと残念、彼女に拒否された! 初デートでフラれたーっ」
田安「勝手に人をフラれた設定にしてんじゃねえよ!」
東城「じゃ、デートは失敗だったってことで、再び俺の彼女の話を」
田安「その話はもう終わったの! ほら、さっさと彼女の役をやってくれよ」
東城「そんなにデートの練習したいの? はあ……わかったよ」
田安「まずは、待ち合わせ。駅近くの銅像とかの前で俺が待ってると、遅れて彼女が来るわけ」
東城「ごめ~ん。待った?」
田安「いや、全然」
東城「よかった~。十八時間も遅れちゃったから、帰っちゃたかと思ってた~」
田安「どんだけ待たせてんだよ! 遅れるって言ったって、ちょびっとでいいんだよ。ちょびっとで」
東城「悠久の時が流れる地球において、十八時間はちょびっとだと思うけどなあ」
田安「そこは地球目線からではなく、人間目線で考えて下さい」
東城「イエス・サー」
田安「で、彼女がちょびっと遅れた理由がまたかわいいのが鉄板なんだよ」
東城「ごめんね。色々張り切り過ぎちゃったせいで、少し遅れちゃったの」
田安「お。もしかして、お弁当とか作ってくれたりしたの?」
東城「ううん。違うんだけど、多分喜んでもらえると思うんだ。はい、手作りのプレゼント」
田安「わあ、すごいな。一体何なんだい?」
東城「我ながらよくできてると思うんだ……頭のネジ」
田安「は⁉ ネジ⁉」
東城「だって田安君、何かおつむ弱そうだから。これ埋め込んだら少しは改善され……ぷっ!」
田安「馬鹿にしてんじゃねえか! しかも俺は人間だから、こんなもん使えねえし。まあいいや、もう。で、その次は映画館に行くわけだよ」
東城「ほうほう」
田安「でもって、アクション系の映画でも見ながら」
東城「ええ~」
田安「え、アクション系嫌いだったりする?」
東城「だって、アクション系って結構うるさいよね? それじゃあうまく寝つけないかも」
田安「映画館は仮眠をとる場所じゃねえ!」
東城「だって私、デートが楽しみで昨日あまり眠れなかったからつい……」
田安「え、あ……そうなの?」
東城「今日なんて、たったの二十時間しか寝てないから」
田安「充分過ぎるから! え? 睡眠二十時間で寝不足って、どんな身体をしてるわけ?」
東城「さあ。実際そんな体質の人間に聞いてよ。何せ俺は、高性能なアンドロイドなのだから!」
田安「……。で、映画が終わった後は、俺が予約していたこじゃれたレストランに彼女を連れていくわけ」
東城「わお。見事な無視ですこと」
田安「頑張って選んでみたんだけど、気に入ってもらえると嬉しいな」
東城「わ~。素敵なお店ね~」
田安「良かった、気に入ってもらえて」
東城「立派な立ち食いそば屋ね~」
田安「違うから! 立ち食いそば屋を予約する奴なんていねえだろうが」
東城「じゃあ、立たないタイプのおそば屋さん?」
田安「頼むからそばから離れてくれ。俺が予約したのはフレンチだよ、フ・レ・ン・チ」
東城「フレンチね。はいはい。 ……本当は高級オイルが理想なんだけどなあ」
田安「再三言っているが、俺はお前とのデートをシミュレーションしてるんじゃないから。お前はあくまでも人間の女の子。俺の彼女の役なの」
東城「本日二度目のイエス・サー」
田安「で、レストランでの食事の後は夜景のきれいな場所に行くわけ。いよいよデートもクライマックス」
東城「早く終わればいいのに」
田安「何か言った?」
東城「ううん、何にも」
田安「でもってさ、二人できれいな景色に見入るわけだよ」
東城「ま、所詮は夜景なんてどっかのビルの電気なんだけどね」
田安「夢をぶち壊すようなことを言うなよ! 例えそれが事実でも、ここではムードを重視するんだよ」
東城「素敵な景色ね」
田安「そうだね」
(田安、東城に対して肩に手を回すような動作)
田安「でも、君の方がもっ……」
東城「ま、この私の美しさには足元にも及ばないけどね。おっほほほほ!」
田安「自分でそんなことを言う女がいるか! もう、お前のせいで俺のデートプラン滅茶苦茶じゃねえか」
東城「俺がデートを滅茶苦茶にするようなクソ野郎みたいになっているのは、田安君がこんなネタを書いたからです」
田安「ネタは二人で書いてるだろうが! それに、このくだりは」
東城「ほほーう。では、再生」
(田安の声『ここの流れはもっと徹底的にやろうぜ。極端にやらないと、伝わりにくいんだからさあ。ほら、夜景のくだりとかさあ』)
東城「……証拠はそろっておりますぜ、旦那?」
田安「う、うぐう。これを出されたらどうにも」
東城「こんなネタを考えたのも、ちょっとしたひがみからだったんでしょ? 楽しくデートをするカップルに対してのひがみから、デートをぶち壊すようなネタを考えちゃったわけなんでしょ?」
田安「……」
東城「わからなくもないよ、その気持ち。自分よりも幸せそうな人を見たらそりゃあ……ねえ?」
田安「……」
東城「よし、わかった。今度俺、田安君のために、いい娘紹介するよ」
田安「え、マジで⁉ いい娘紹介してくれるの⁉」
東城「田安君。エアコンとクーラーだったらどっちが好み?」
田安「俺の恋愛対象は家電じゃねえんだよ! もういいよ」
東城「それではこれにてシャットダウン!」
田安・東城「どうも、ありがとうございましたー!」