表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白いおばさん

作者: もりりん

 


 康太こうたが朝目が覚めると窓の外は雨が降っている。朝から鬱陶しいものだ。康太は朝は苦手でいつも寝覚めが悪い。いつもそれなりに睡眠時間はあるから寝不足ではないのに、どうも布団から出るのが億劫でダラダラしてしまう。ほぼ毎日そうだったが、こんな雨の日はなおさらである。

 母の起こす声に

「はーい。」

 と面倒くさそうに応えて自室を出た。時計を見ると少し寝坊気味だ。

 ダラダラ学生服に着替えながら朝食をった。目玉焼きとパンを食べながらテレビをつける。ニュースは殺人事件の報道くらいしかなく特別興味の湧くチャンネルはありそうもない。それがなおさら、康太の気怠けだるい雨の朝を気怠くさせた。学校まで傘をさして歩いて行かねばならないと思うと雨を恨みたくなる。


 康太の学校に行くにはまず自宅からやや急な坂を下る。下った所には白い壁の小さな美術教室があり、その隣には雑草の茂った錆びれた公園がある。あるのはブランコ一台だけでしかも足と鎖は赤く錆びて所々ボロボロ欠けていて、晴れた日であってもそこで遊ぶ子どもはいない。

 康太は毎日そこを歩いて通っている。今日もイヤホンを付け傘をさして、白い壁と死んだ公園を眺めながら通り過ぎた。どちらも不気味な雰囲気を醸し出しているが毎日見て見慣れているから特に気に留めることはない。植え込みの葉からの水滴をよけつつ目的地に向かった。


 幸い遅刻はせずに学校に着いた。授業を一通り受け終わり、放課後部活の時間まで教室でぼんやりと時間を潰そうと雨の空を眺めていた。

「なんか台羽だいわ市の殺人事件の犯人捕まっとったな。」

 唐突に話しかけてきたのは前の座席のムラカミだ。台羽市というのは康太の家や学校があるのと同じ県の三つ隣の町である。

「ああ、そうやったっけ。」

 康太は興味無さげに返した。

「見てへんの?ニュース。朝からやってたのに。」

「見てる訳ないやん。」

「面白いから見たらええのに。なんか、五十歳のおばさんが犯人やったってさ。」

「へえ。五十歳で殺人か…。変なの。」

「飼い猫が殺されたのが原因やって。康太はそんな世間に無関心でいいん?台羽やで、すぐ近所やで。」

 とムラカミがからかった。ムラカミは頭が良くひょうきんな奴で康太の主な話し相手であった。内容に興味は無いが、わざわざ話を遮ることもないだろう。康太は言った。

「無関心って俺に全然関係ないやろ、台羽って言ったって三つ隣の町やん。全然遠いやん。」

 当然だ。康太は猫を殺したりしないし、猫を殺すような人もそのせいで人を殺めるような人も身近にはいない。しかしムラカミは言った。

「そりゃどうかなー。でも被害者も犯人も元々悪い人じゃなかったらしいで。」

 そう言ってムラカミは、聞いてもいないのに事件の経緯を説明し始めた。

「猫に庭を荒らされてるって苦情が隣の家から来たことがあったんやって。そこがたまたま猫を毛嫌いする家で、かなりキツい文句の言われ方したらしい。おばさんは猫がそいつの家に入れんように柵を作った。でもその隣の人は庭を荒らされて怒りが収まらずに猫に嫌がらせを続けたもんやから、それで毎日のように喧嘩してたんやって。

 でここまではまあ普通の近所同士の揉め事やねんけど、そんなある日おばさんが家から帰ると猫が首を絞められて殺されてるのを見つけたんや。可愛いがってた猫やから悲しんで、そんでおばさんは隣の家のそいつが犯人やと思った訳や。許さんって訳でそいつをナタで滅多打ち。

 けどな、実は猫殺しはそいつじゃなく…康太何やと思う?」

「あ、俺に聞くの?そんなん分かる訳ないやん。俺も隣の人かと思ったわ。」

「ホース。水撒き用のホースに首を巻き込まれて死んでたって近所の人が後に警察に話したらしい。ボタンで自動的にヒモが巻かれる仕様やったからやろな。その人は猫がホースに巻かれて死んでたのを見つけて、ほどいてあげて道に置いておいた。おばさんはただ首に跡がある死体だけを見せられてそれを隣の人がロープで絞め殺したと勘違いしたんやな。見つけた人が保健所に連絡するか書き置きでも置いとけばよかったのかもしれんけど、そこまで頭が回らんかったんやろ。」

「へえー、ひどい話…。」

 ムラカミの長い話がようやく終わった。

「どの人も特別悪い人やった訳じゃない。

 事件は、猫が庭に入らなければそもそも起きなかったし、隣の人がそんなに猫嫌いでなければ起きなかったし、近所の人がホースに絡まった死体をそのまま放っておけば起きなかった。他にも突き詰めたら色んな要因が重なってるわ。」

「うん、でも俺は要因じゃないやん。」

「せやで。

 要するにやな、小さいことが大きい事件に繋がることがあるんや。だから悲劇はどこででも起こる可能性がある。水撒きホースやで水撒きホース。あんなんで猫が死ぬことになるなんて普通分からんやん。

 被害者が一人で済むとも限らん。加害者がトチ狂った奴やったら何人殺してたか分からんやろ?」

「うん、うん、いや分かるけども…。」

 康太はムラカミの話を切った。聞いていられない。だいたいそんなの屁理屈じゃないか。実際には俺の周りでそんなことが起こる訳がない。

 ムラカミも康太が話題に飽きてきたのが分かったようだ。

「まあいいや。じゃ、俺帰るけど気ぃつけてな。」

「おう、お疲れ。」

 ムラカミは鞄を持つと教室を出た。

 再び康太は窓の外を見た。

 窓の外は相変わらず雨が降っている。もしかして明日もこんな天気なのだろうか?軽くあしらったとはいえ、さっきのムラカミの話を聞いてやや気分が暗くなっているのかそんな気がした。








 昨日と打って変わって空は快晴だ。

 朝が苦手な康太だが朝日の眩しさのおかげで今朝は珍しく寝覚めがよかった。ダラダラせずにたまには早く起きるのもいいものだ。康太を起こす母の大声が聞こえる前に部屋から出て階段を降りた。


 朝食はいつもと変わらない目玉焼きとパンである。だが眠気の中食べるよりも、すっきりした気分で食べる朝食の方が日常の平和さを味わえる。そんなことを考えるほどに康太は気分がよかった。食べながらテレビのスイッチを点けた。

 それでもテレビの中から聞こえるニュースの退屈さはいつもと変わりはしない。いつも流れている事故やら殺人事件やらのニュースに興味が湧くはずもなく、何か気の利いた話題を探してリモコンのボタンをポチポチやっては机に置くのを幾度か繰り返した。そんな似たようなニュースばかり流して誰かが気に留める訳もないのにもっと景気のいいニュースだけ流せばいいんだ、と軽い不平を言いつつ気がつくと朝食を食べ終えていた。


 学生服に着替え鞄を持ち学校へ向かう。改めて見てもやはり空は快晴だった。

 学校へ行くには自宅から坂を下り、小さな美術教室を開いている白い家と公園の前を通って行く。携帯電話にイヤホンを付け、晴れた空を見ながら坂を下った。やっぱり雨は降らないじゃないか。何も起きる訳がない。今日も明日もその先も、どうせずっと平和なままなんだ。きっと…。


 坂を下りきった所で突然音楽が止まった。携帯電話の誤作動だろうか。ふと前を見た。

 何だろうこの人は?

 髪のボサボサした白い服のおばさんが前を歩いていく。二秒に一歩進むくらいのヨタヨタした足取り。不自然に曲がった足で太い体を支えながらうつむいている。

 なんだか変な人だ。

 とりあえず胸ポケットの携帯電話を出してボタンを押し直した。そして再び前を向いた時、ゾッと鳥肌がたった。そのおばさんは忽然といなくなっていたのである。

 戦慄した。背骨に氷を流された気分だ。携帯電話に目を落としたのはほんの一秒程の間だ。その一瞬の間に目の前にいたあの不気味なおばさんは消えてしまっていたのだ。

 辺りを見回した。おばさんはどこにもいない。ただ、美術教室の家の白い壁があるばかりである。幻だったのか?実際康太の記憶もはっきりしない。もしかしたら壁の光を見間違えたのかもしれない。

 恐怖を拭い去れぬまま再び歩き始めた。しかしその足もすぐに止まることとなった。

 公園の前の道に落ちている黒い毛玉のようなもの。それは紛れもなく、猫の首だった。目を剥き口から血を流している黒猫の首だった。康太を再び悪寒が襲い鳥肌がたった。そして想起したのはもちろん昨日ムラカミが話していた事件のことだった。

『大きな事件に繋がることがある。』

 あの時猫の死が殺人事件に繋がった。これもそうだ。しかも今回は明らかに誰かが殺意をもって殺している。これはあいつの言っていた大きな事件の途中なんじゃないだろうか。昨日のムラカミの言葉が頭を流れる。

『だから悲劇はどこででも起こる可能性がある。』

 まさかニュースで流れていた殺人事件のようなおぞましいことがこれから起こるというのだろうか。そんなことは考えたこともなかったのに、今やそれが絶対に無いとは言い切れない気がした。

『ホースに絡まった死体をそのままにしておけば…』

 そうだ。しかも下手をすると死体に手を触れるだけで殺人に加担してしまうかもしれないんだ。何が要因になるか分からないのだから。一瞬ハンカチでもかぶせていこうかと思ったがその康太の考えは消えた。

 康太は小さい頃から見てきた公園が死んでいく様を思い出した。ブランコは段々錆びつきが酷くなり、雑草は伸びてゆく。それにつれて公園は薄闇に覆われるように死んでいった。目の前の猫の首は、ブランコの錆びや雑草のように、それに関わる何もかもを悲劇の中へ飲み込んでいくに違いない。考えれば考えるほど嫌な予感がしてくる。とにかくここから離れたかった。関わらないうちに立ち去って見なかったことにしたかったのだ。

 康太は目を閉じ走って猫の首を通り過ぎた。猫が後ろから睨んでいる気がする。公園のブランコも白い服のおばさんも後ろから睨んでいる気がする。その死神のような視線から逃げるように康太はとにかく全速力で走って学校へ向かったのだった。

通学途中の体験を基に書いてみました。何がなんだか分からないかも…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ