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続*虹を架ける人  作者: 城 マリカ
23/24

◆うつくしい世界

 雪の降る音がする。

 凍りつくような、クリスマスの朝だった。

 暖房をつけてずいぶん経つのに、なかなか部屋があたたまらない。

 毛糸の肩かけを羽織って、白く曇った窓硝子をてのひらでこする。町が白銀に染まっていた。

 奏ちゃんの部屋の窓にはまだ、空色のカーテンがかかっている。

 特別な朝。

 わたしに羽があったなら、飛んでいってノックするのに。

 カーテンがひらいた。伝わったのだろうか。

 窓をあけたとたん、刺すような冷気が流れこんできた。

 喉が凍えて声がでない。

 金魚みたいに口をぱくぱくさせていると、奏ちゃんが窓から顔をだした。

「はなちゃん」

 奏ちゃんはわたしをみて、すこし驚いたような表情をした。冬のつめたい朝に、わたしが早起きしているのは奇跡に近いのだ。

「おはよ、もう起きてたの?」

 花ひらくような、この笑顔に会いたかった。

 降りしきるぼたん雪が、視界を白く遮るけれど。わたしの目には、奏ちゃんしか映っていない。

 ゆうべ、生まれて初めてラブレターを書いた。

 うつくしい水晶ペンで、純粋ないまの気持ちをしたためた。

 ポストに忍ばせておいたそれを、奏ちゃんは読んでくれたのだろうか。

 みつめる漆黒の瞳から、喜びがつたわってきた。

 読んでくれている。

 奏ちゃんは、わたしの気持ちをすべて受けいれた。

 窓辺を離れて部屋をでる。階段を駆けおりて靴を履く。扉をあけて、まぶしく輝く銀色の世界に飛びだした。

 遮るものはなにもない。

 白い柵ごしに、わたしたちはもういちど巡り逢う。

「やっと、おれのものになった」

 清らかな微笑をたたえて、奏ちゃんはわたしを抱きしめた。

「やっと叶った、やっと……」

 歓喜を抑えたような声音だった。

 どこか懐かしい、雪の匂いと奏ちゃんの匂い。

「はな」

 わたしは伏せていたまつげをあげた。

 初めて逢ったときとおなじ、はにかんだ笑顔がそこにあった。

「……って、呼んでもいい?」

 わたしの頬を、愛おしそうに両手でなでまわす。

「いいよ」

 わたしは奏ちゃんの胸に、ひたいをよせた。

 何度でも。

 永遠になまえを呼んで。

「はな……」

 心が震える。

 涙が熱いのは生きているから。

 感動するのは生きているから。

 悲しみも憎しみも怒りも、痛みもすべて、生きているから。

「はな……」

 奏ちゃんは、何度も、何度も、わたしのなまえを囁いた。

「可愛いなまえだな。この音だけで、世界を変えられる気がする」

 力がわく。

 希望がわく。

 あなたを想うだけで、わたしはつよくいられる。

 人はなぜ生まれてくるのだろう。わからない、だけど、ひとつだけわかることがある。

 人は、不幸になるために生まれてくるわけじゃない。


 ――幸せになるために、生まれてくるのだ。


「奏ちゃん」

 心のなかにもう一度、あの幻の情景をみる。黒い海面にのびる、澄んだ蜜色の道。

 満月が示してくれた、それは希望の道だった。

「わたし、看護婦になる」

 奏ちゃんが、やさしい面差しでわたしをみおろしてきた。

「奏ちゃんのお嫁さんになるんじゃなかったの?」

「看護婦になったわたしをお嫁さんにして」

 たちまち奏ちゃんは噴きだした。

「わかった。勉強頑張りな」

 笑いながら奏ちゃんは、わたしの頭に積もった雪をはらった。

 さりげない。

 奏ちゃんは、いつだってさりげない。

 なにも言わずに雪をはらってくれる。そのやさしさを、わたしはどれほど多く見逃してきたことだろう。

「はな」

 なまえを呼ばれるだけで、幸せになる。

「すきだよ」

 言葉ひとつ、想いひとつで、わたしの住む世界は虹色に変わる。


「きみに出逢えてよかった」


 愛しい人と、みつめあえる幸せ。

 寒さも忘れて。どちらからともなく、くちびるを触れあわせた。

 すき。

 あなたがすき。

 ときに激しく、ときに切なく、ときに甘く、ときに苦しく。

 子どもだったわたしに、恋をおしえてくれた人。

 幸福の意味。

 生きる意味さえも、わたしはあなたで知っていく。


 ――生まれてきてよかった。


 頬に落ちた雪が、体温で溶けていく。

 熱い吐息と囁きで、世界は純白に変わっていく。

 雪の庭。

 ひかり輝くこの庭で、わたしたちは出逢った――……


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