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灰色、赤色、鈍色

 どんよりと曇った空。空を埋め尽くす灰色の雨雲からは、お前をこの世界から出さないぞ、という意思が感じられそうだ。そんな気はさらさら無いさ、と思いながら、視線を前方へと向ける。


 一面灰色のこの世界。人の形をした灰色と、無機質な建築物――これももちろん灰色だ――が僕の視界を埋め尽くす。


 中央都市ナブル。この灰色の名前だ。


 大陸ラコンタルの正に中央に位置する、この世の中心。大陸には五芒星を描くようにして配置された五つの都市があり、ちょうどその中央にナブルは存在する。

 貿易都市として盛んであり、また各地の流行がこの都市に集まっているため、中央都市の名に恥じない経済力・話題性を持っている……はずなのだが。


「■■■■■■?」


「■■!■■■■■■!」


 二つの人型をした灰色が発する無意味な音。内容など理解したくもないが、おそらく堪らなく低俗で下らない話に違いない。

 僕の視線に気がつくと、一瞬硬直した後、少し早足になって立ち止まる僕を追い越していった。

 これもいつもの事で、もう慣れてしまった。僕を見ると、一瞬誰もが動きを止める。まるで腫れ物を触るような扱いである。当初はこれに怒って、よく相手を攻撃していた。その時はまだ世界に色があり、なまじ相手の言葉を理解出来たのがいけなかった。しかし徐々に世界から色が抜け落ち相手の言葉も理解できなくなったことで、僕は平穏と退屈を手に入れたのだった。


 目的地であるノーム研究所を目指し街の中を進む。ノーム研究所とは僕を研究する施設であり、僕に付いた鎖。そして……唯一色のある場所。

 早くこの退屈な灰色を抜け出すために、僕は足を早めた。



 灰色の中にぽつんと立った黒い箱。これこそがノーム研究所である。街の外れに位置する一辺一キロメートルもあるこの馬鹿でかい箱の中では、この世界における神秘、シグナの研究が行われている。まぁそれはあくまで副次的な物でしかないのだが。

 真っ黒な壁に近づき、手をあてる。音もなく僕の体がギリギリ入るほどの穴が開き、中へと進む。薄い膜を突き抜けた感覚と共に、凛とした声が聞こえた。


「ライン!」


 どうやら眼前十メートル先にいる人影が叫んだようだ。

 燃えるような赤い髪は肩を少し過ぎた辺りまで伸び、体を包む軽鎧は透き通るような青をしている。滑らかな曲線を描いていてまるで芸術品のようだ。

 そいつはどうやらシグナの練習をしているようだった。その証拠に、さっきの詠唱で作られた発動線が前方へと続いている。


「クリエイト!」

 発動線に沿って、透明で実体のない赤い結晶が出来ていく。恐らく炎系のシグナだ。結晶の大きさから見るに中級シグナだ。それに構成スピードもなかなかのものだ。


「ブレイズ!」


 発動詞が告げられた瞬間、結晶が砕け散る甲高い音と共に炎が発生する。莫大な熱量を放ち、空間の水分が残らず蒸発してしまったかのような錯覚を引き起こす。

 炎が消えるとそいつは手を下ろし、ふぅと一つ息を吐いた。そして僕の方へと振り返った。


「覗き見は感心しないな、フィン」


 赤い目は非難の色を湛えていた。が、瞳の奥には僕をからかって楽しもうとする考えが見え隠れしている。


「シグナの練習の覗き見なんてやる意味ないさ」

「ふむ、ならばどういう時に覗き見するんだい?」

「……これは一本取られたな」


 僕は両手を上げて降参のポーズをとった。すると、微笑みながらその女――ピリカはこう言った。


「じゃあご褒美にシグナの練習に付き合ってくれるか?」

「敗者の僕に拒否権なんて無いさ」

「決まりだ。楽しみにしておこう」


 ここに来る度、僕はピリカとシグナの練習をしている。といっても、僕はただ見て助言するだけなのだが。


「サーチェとの用事が終わったらすぐ来るよ。それじゃあ」


 そう言って僕は壁に手を当て、目的地への扉を開いた。


 真っ黒な部屋に白い調度品。完璧なコントラストのこの部屋は、僕にとって馴染み深い物となってしまった。そしてこの部屋の中央にある机上で書物を読んでいる妙齢――ただしどうみても少女だ――の女、サーチェがいるのも、また。


「来たね。そこに座って」

「また今日も変わらず本を読んでいるのか。飽きないのか?」

「仕事だからね」


 肩の辺りで切りそろえられた黒髪が、一層少女めいた雰囲気を与える。


「今日も貴方には模擬戦をしてもらうよ」

「わかった。今日はどんな条件だ?」

「攻撃系防御系シグナ禁止。相手は完全武装で、貴方は徒手空拳」

「なるほど。了解した」


 サーチェが高速詠唱でシグナを発動させると僕の体に紫の霧のようなものが纏わりついた。これは被術者の攻撃系と防御系のシグナを制限する補助系シグナだ。

 補助系シグナは大きく分けて回復・状態異常付与・能力支援の三つが存在する。この霧は状態異常に位置するシグナだ。好んで状態異常にかかりたがる馬鹿はそうはいないだろうが、僕はその数少ない馬鹿なのである。


「それじゃあ奥の部屋へ。私はここから見てるから」


 そして僕は奥へと進んでいった。

 目的の部屋はこれまた真っ黒である。五十メートル四方の部屋で、今までも何度となくここで模擬戦や実験を行ってきた。今回は向かい側にいる十人の人間との戦いのようだ。

 全員が鈍色のフルプレートアーマーを着込み、ショートソードを装備している。そんなのが10体も横並びしているのは壮観ですらある。

 


「じゃあ始めようか!」

「ライン」


 僕の開始の声と共に相手は一斉にシグナを唱える。発動線は僕の立っている位置を中心に、円を描くように向けられている。死角はどこにも無いようだ。


「クリエイト」


 全員が雷系のシグナを展開するようだ。黄色い結晶が恐るべき速さで発動線に沿って出現する。

 一般に、シグナの結晶展開速度は進む速度のイメージに比例する。よって光速で進む電撃は最も速いイメージがしやすく、必然的に展開が速くなりやすい。


「フラッシュ」

 発動詞と共に結晶が砕け、眩い閃光が発せられる。寸分違わず発動線に沿っているのは、この相手達がかなりの使い手であることを証明している。

 空気を裂く音で、まるで雷が何個も落ちたかのような音が発生する。

 もちろん僕もこれをまともに食らうようなことはしない。右に十メートル程ステップ、滑るように移動しこれを避ける。相手から見ると瞬間移動したかのように見えただろう。


「ライン」


 相手が発動線を作り出すのと同時に右端の三人へ向け加速。狙われた三人はシグナ発動が間に合わないと悟ったようで、右手のショートソードを構えた。他の七人は僕を囲むように移動し、


「クリエイト」


 結晶展開を開始する。僕はそちらには目も向けず三人に肉薄し、まずは右端の男にターゲットを定めた。真ん中の相手が僕の胸めがけて放った突きを、右足を軸にして体を反時計回りにに回すことで回避。回転の勢いを乗せた左の裏拳を右隣の鈍色の頭部目掛けて振る。そいつは僕の拳と自身の体との間にショートソードを構え、防御と同時に僕の左腕を切断しようとしたようだが……

 ショートソードはまるで鋼鉄に当たったかのような音を立てて折れ、僕の拳は傷一つ付くこともなく頑丈そうな兜へとめり込んだ。そいつは五メートル程吹き飛び、後方の壁にぶつかった。

 僕はそれだけの打撃を与えてなお衰えない回転を維持し、軸足を右から左へと変更。その勢いのまま右足を逆V字を描くようにして、隣にいるさっき僕を突こうとした男の背中へとめり込ませる。鈍色の鎧はまるで紙細工のように潰され、地面へと叩きつけられた。


 シグナ発動の気配を感じ、更にその隣に立つ鈍色の兜を右手で掴み、結晶を塞ぐようにして放る。


「フラッシュ」


 放たれた七つの雷撃がその男に直撃。ひとたまりもなくその男は再起不能に陥る。


「さぁ?次はどいつが相手だ?」


 僕が笑みと共に少し首を傾げながら挑発する。


「ライン」

 相手の体に発動線が絡まっていく。どうやら、肉体強化シグナを重ねるようだ。相手は最初から強化していたようだが、どうやら強化し足りないと気付いたらしい。


「クリエイト」

「さぁ、前哨戦はお終いだ。本番といこう」

「ビルド」


 発動詞と僕の言葉が同時に言い終わり。その刹那、これまでとは段違いの速さで鈍色の一人が飛びかかってきた。

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