闘争中
「ばれちまったら、しょうがない」
ブリーフィングを終え、芝居が掛かった口調と共に少年がこちらに向き直る。
「小細工は終わりか?」
「「んー、きりかえってだいじだしねー」」
双子の声がステレオで響く。
「切り替えて、どうする? このまま行ったらどっかで隙ついて俺の勝ちだ」
それはハッタリではなく、確信だ。パターンを読まれたスイッチ作戦に意味は無く、どこかで破綻する。新しい作戦に切り替えたとしても、付け焼刃が完成する前に俺は割り込める。
「生半可な策じゃ、俺には勝てないからな?」
「はっ、そいつは──どうかなっ!」
ひゅおん、と竹刀を振り払うと同時。
淡い緑の燐光を伴った幾何学模様が、少年の足元に出現した。
暴風が、吹き荒れる。
けれどこれは少年の術式では、ない。
『カゼよ、キたりて、そのカネをウちナらさん──』
ここまで一言も発さずにひたすらにサポートに徹していたはずの少女の幼い声が、しかしある種の威厳を持って反響を伴って耳に届く。
少女の言葉が進むに合わせ、風は少年の腕に収束し、模様と同じ光を放つ。
『『イカズチよ、キたりて、そのカネをウちクダかん──』』
双子の少女は向き合って手を繋ぎ、空いた手を少年へと向ける。少年が手にする竹刀に幾何学の紋様が走り、青の光が宿る。
『──フきすさべ!』
『『──ホトバシれ!』』
重なる三つの声。二つの叫び。
一際強い輝きが放たれて、消えて。少年の体と刃は、超常の力を得た。
「霊陣と、詠唱……」
額の汗もそのままに。目の前で起きたその現象を、改めて反芻する。
単に念じるだけでは起動しない、複雑な術式を編み出すための、二つの鍵。
詠唱そのものは、それこそ小学校で習うようなテンプレート。霊陣だって似た様なものだ。
けれど、有るか無いかでは、雲泥の差だ。
二つとも、揃っている。その事実。
それはつまり、こういうことだ。
──その威力は次元が違う、と。
「テメエら……やってくれるじゃないか。それ全部、固有術式系統の最大術式か?」
「そうさ。ばらばらにうってもかてないなら、おれたちのもってるなかでいちばんつよいのを、ぜんぶまとめてぶちこむことにしたんだ」
おれらのがどんなこゆうじゅつしきかは、わかってるんだろ? と。
少年は、その刃を最早目に捉えられない速度で試し振りしながら、言う。雷が、遅れて撒き散らされる。
「ああ。最初のが風の加護による身体加速、双子が使ったのは霊装の雷化、そして」
けれど、その先の言葉は、必要無かった。
なぜならば、ひとつのまばたきの後、説明の言葉など凌駕する、現象が存在したから。
『ホムラよ、キたりて、そのカネをウちホロぼさん──』
火柱が高く、渦を巻いて顕現する。
その赤の向こう、少年が、最後の一節を、叫ぶ。
『──モえチらせ!』
刃が、火を纏う。数メートル級の火柱を全て集めて。
さあ、と。
幼い声が、聞こえる。
「こっからはぜんりょく、ぜんかいだ」
好戦的、を通り越して、獰猛。
獣の笑みを浮かべ、本能のまま、自らの持つ最強の力を暴力として発現させる。
耳鳴りがする。
あまりの強烈なプレッシャーに、本能が警鐘を鳴らす。
逃げろ、と。
逃げてしまえ、と。
『術式を理解できても、使えない』弱きその身では、防ぎようがないだろう、と。
死んでしまう、と。
けれど、それは。
「しんじまっても、うらむなよ、まさご──」
「は。ほざけ餓鬼共。お前ら程度の力じゃ俺は、どうあっても死ねないよ」
許されないことだろう。立場としても、俺自身の過去からしても。
そう思って、言って。笑う。そんな、俺のせめてもの強がりは果たして少年に届いたのだろうか。
「うおおおおおおおおおおお!」
幼い獣の絶叫。瞬きの間すら、無かった。
その赤く燃える牙が、風雷の速度で、襲い来る。
俺の命を、食い潰す為に。